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仮初めの婚礼と本当の想い7

ああもう、次から次へと落ち着く暇なんてないんですわね! つい先ほどまでロラン執事の“隠し子騒動”でドタバタしていたのに、本日は朝っぱらからルーファス様が「音楽会の準備を始めようと思う」とさらりと爆弾発言を投下なさったのです。


「音楽会って、いきなり何ですの?」

わたくしが思わず口をあんぐり開けておりますと、ルーファス様は涼しい顔で「ささやかな演奏会にするつもりだ。騒がしくするわけではない」と付け足します。いえ、そういう問題ではなくて、ですよ? まるで朝食のジャムの種類を増やそうかと言わんばかりのテンションで音楽会なんて宣言する人がどこにいますの。しかも「ささやか」って言いながら、使用人の間じゃすでに「公爵家総動員」「成功させるためには王都中の一流楽士を呼ぶんだとか?」と、かしましい噂が駆け巡っている始末なんですけれど!


「まあ、突然ではありますがね」

お父様(公爵閣下)が朗らかに笑ってフォローを入れる横で、お母様(公爵夫人)も「ルーファスの奥様への感謝の気持ちでしょうねえ」と、なにやらほほ笑ましげ。その言葉を聞いた瞬間、わたくしの頬はカッと熱くなります。ほら、わたくし、こういうシチュエーションにからっきし弱いんですの。人前でいきなりロマンチックなことを言われたり、あるいは行動で示されたりすると、くすぐったいと言うか何と言うか――もう! 表向きは悪役令嬢を気取っているはずが、こんな場面ではまるで純粋乙女のように平静を失ってしまいそう。


「で、その音楽会には誰をお招きするんです? まさか厄介な殿下たちまで?」

わたくしが疑り深く尋ねると、ルーファス様は少し目を伏せて「現段階では招待客を絞るつもりだ。皇太子殿下や皇女殿下は、まあ……必要があればね」とやんわりぼかす。ええ、必要があれば、というか、あのお二人は必要もないのに勝手に鼻を突っ込んでくるタイプでは? でもここは深追いしないことにしましょう。どうせ後から「お二人揃ってサプライズ登場!」なんて勘弁願いたいですし。


そんなこんなで、わたくしは落ち着かない気持ちを抱えながら朝食を終え、しれっとクイナちゃんに顔を合わせに行きます。昨日の混乱よりは少し気が楽になったのか、彼女は表情が柔らかくなり、細やかな手つきで書類の整理をしているところでした。

「あら、もう屋敷のお手伝いを再開してるのね。無理はしなくていいのよ?」

「セレスティア様、ありがとうございます。私、何かしていないと緊張でそわそわしてしまって……」

クイナちゃんは照れ笑いしつつ、ロラン執事のために書類をまとめているようです。なるほど、中身をちらっと拝見すると、見慣れない地図やら孤児支援の細かな報告書らしきものが並んでいますね。


「……もしわたくしのお好み焼きみたいにベタベタな比喩で言うと、ロラン執事はあなたの人生の大切な土台を作ってくれた人。これからはその土台に、あなた自身の希望や夢を好きなだけ積み上げていけばいいんじゃなくて?」

どこかから借りてきたような説教くさい台詞を口にして自分でも赤面しかけたら、クイナちゃんはぱちぱち目を瞬かせ、ぷっと吹き出しました。

「……セレスティア様、ありがとうございます。そうですね。土台、かあ。私もそう思います!」

あら、きちんと受け止めてくれるあたり、やっぱり素直な子なんですわ。いやもう、わたくし、この子には将来なにか“ざまぁ返し”が必要なとき、遠慮なく頼ってほしいですのよ。半端な嫌がらせなら余裕で蹴散らしてさしあげますから!


そんな微笑ましい場面に、リリアがするりと現れ「セレスティア、ちょっといい?」と低音ボイスで呼び止めてきました。顔を見ればいつものような揶揄う表情ではなく、少しばかり真剣みを帯びたまなざし。さてはまた物騒な話でも持ってきたのでしょうか。わたくし、今はほのぼの空間を楽しんでいる最中なんですが……。

「なによ、リリア。まさか皇太子殿下が今すぐ突撃してくるとか言わないでしょうね?」

「いや、そこまでじゃないわ。でも似たようなものかも。実はソレーユ皇女殿下が、クイナちゃんを直接見たいとかなんとか。もうね、なんでそんなにスピード感あるのよって思うくらい早い話。あと、ディオンのことも気になってるみたい」

「……なるほど、相変わらずお忙しいご皇女でいらっしゃるのね。やれやれ」

クイナちゃんの件はともかく、ディオンまで名指しされるとは。あの子(?)というか青年は魔力の不調で例のごとく籠りがちだけれど、皇女殿下がお目通りを望むなら避けきれないかもしれませんね。まったく、一難去ってまた一難。そういうお役目は皇太子殿下だけで十分ですのに。


リリア曰く、「音楽会の準備が進むなら、それを口実に公爵家へ出入りするかもしれない」ということ。これって相当、警戒レベル上げておくべきじゃありません? クイナちゃんを挟んで、またぞろ公爵家の評判を揺るがす企みをしそうな気配がビンビンしますわ。いえ、考えすぎ? いえいえ、あのお二人は『考えすぎ』なんて甘い言葉では済まされない存在。だって、一見静かな皇女殿下のほうがむしろ怖いと相場が決まってるんですから。

「はあ、でも音楽会で上手くかわすしかないですわよね、きっと。わたくしとしては無計画に嵐が来られても困るんで、逆に呼んでしまう? 先手を打って、おもてなしして、あちらの出方を探るとか?」

わたくしが提案すると、リリアは「大胆ね」と苦笑しながらも「そっちのほうが可能性は高いかも。少なくともじわじわ侵食されるより、先にテーブルにつかせたほうがやりやすい」と同意してくれます。じゃあ、ルーファス様と手を組んで“皇女殿下大歓迎作戦”を演出し、勝手に探りを入れられる前にこっちが謎を収集してやろうではありませんか。どうせただで帰すつもりはありませんのよ。ふふふ。


そんな話をしていると、当のルーファス様が通りかかったので、すかさずわたくしとリリアで両脇を固め、「ねえ、殿下たちに音楽会へ正式招待状を送るっていうのはどう?」と直接打ち上げてみました。するとルーファス様は片眉を上げ、静かに呟きます。

「……なるほどな。こちらが門を閉じても、いずれ強行訪問してくるのは目に見えているし……ならばいっそ、堂々と招こう。大勢の客人の前で動きにくくしてやるのも一手だ」

おおっと、さすがルーファス様、冷静に計算が速い。近くにいたお母様(公爵夫人)は「まあまあ、なんだか怖いわねえ」と笑いつつ、どこか楽しげ。危険が迫っているときほどワクワク顔って、親子って似るんでしょうか? 悪役令嬢としては大変心強いです。


かくして“皇太子&皇女もろとも音楽会へどうぞ作戦”が電撃的に決行されることになり、翌日ルーファス様はさっそく招待状を王宮へ飛ばされました。これであちらが承諾しようがしまいが、こっちには正当な理由がありますから、一方的な奇襲を回避できる可能性が高まるわけです。いやもう、これぞ先手必勝。策を弄ぶ悪役気質の血が騒ぎますわ!


一方、その裏ではクイナちゃんが必死に書類や手紙の整理を行い、ロラン執事は慣れぬゴシップ対策にバタバタ。さらにディオンの体調を少しでも良くしようと、わたくしがリリアやカイと共に情報を探ったり、薬草の手配をしたりすることに。カイは「お前の悪役っぷりには毎度のことながら驚かされるけど、こうやって人助けしてるの、意外とギャップあっていいな」と訳のわからない感想を吐いてきます。「ふん、あたくしは好きでやってるの。あなたに評価されるためじゃないわよ」とは言いつつも、ギャップ萌えなんて言われたら悪い気はしませんが。


そうしてバタバタと数日が過ぎるうち、あれほど大騒ぎになっていたロラン執事の“隠し子疑惑”は沈静化し、音楽会のほうも着々と支度が進んでいきます。噂好きがいつのまにか「公爵家の慈善音楽会、かなり豪華らしい」「執事さんが実は超ハイスペ!?」「公爵夫妻が若夫婦にデレデレなんだって?」などと、また盛大に盛り上がっているようですが――まあ好きに言わせておけばよろしいわ。変な誤解や邪推さえされなければ、むしろ宣伝になるかもしれませんしね。


そして迎えた夜、わたくしの部屋にルーファス様がお忍びで来訪。ドアをノックする音に「こんな遅い時間に誰?」と開けてみれば、そこには控えめな笑みを浮かべる公爵様が立っているんですから、心臓が大きく跳ね上がってしまいましたわ。

「え、何か急用?」

めざとく顔を赤らめるのを悟られまいと頑張るわたくしに、ルーファス様はそっと視線を下げ、低い声で囁きます。

「単に礼を言いたくてな。音楽会の協力もそうだし、クイナの件も……おかげで屋敷の空気がだいぶ良くなった。ありがとう」

……あ、しまった。こういう不意打ちで、いきなりダイレクトに優しい言葉を掛けられると、わたくしの悪役オーラが完全に迷子になるんですけど? 思わず息が詰まりそう。夕闇の中、薄明かりに照らされたルーファス様の穏やかな表情に、どうしても視線が離せません。


「い、いえいえ、別にわたくしが得意でやったわけじゃありませんわ。ほら、あなたに迷惑がかかるとわたくしも色々まずいし……」

「正直に喜べばいいのに」

「え?」

「その、いつも堂々としているセレスティアが照れてるのを見ると、意外と……可愛いなと思ってしまう」

わあああああ、待ってください、その甘やかすような声は反則――! いつもはもっと冷静なのに、今だけはどこか柔らかい響きを帯びているように聞こえます。せっかく「悪役令嬢としての格好良さ」アピールに余念がないのに、何を言ってるんですかあなた。ここにいるのは正真正銘の悪女ですよ、たぶん。


……なんて弁解しようとしても、口の中がカラカラでうまく喋れません。もしかして、わたくし相当ピンチに陥っている? 敵は皇太子殿下でも皇女殿下でもなく、目の前にいる“病弱公爵”のはずが実はかなり致死性のある口説き文句を投げてくる男。どうしますの、こんなの、わたくし完全にぶっ倒れてしまうかもしれませんわよ!


「……そ、その話はまた今度。遅いので早くお休みになってくださいませ」

咄嗟に話を切り上げてドアを閉めようとするのを、ルーファス様は笑いを含んだ目で見つめてきます。ええい、なぜそこまで余裕たっぷりなのか。いつぞやまで“病弱モード”を演じていたとは思えないパンチ力。そして無念やら恥ずかしいやらで動揺のあまり顔が熱い。こんな姿、使用人にでも見られたら「噂:セレスティア様が惚れてしまった?」なんて面倒な火種がまた転がるに違いありません。


結局、わたくしが「ほんともう、寝不足はお肌に悪いんですからね!」と声を上ずらせてドアをソッと閉じるまで、ルーファス様はどこか満足そうに微笑みっぱなし。まったく、あの人の照れない技術は何なのでしょう。こんな状況に強いとは思わなかった……いや、そもそも演技じゃなくて素なんですか? だとしたら、やっぱり“ただの病弱公爵”じゃないわ。


ドアの向こうから足音が遠のき、やっとわたくしは胸の動悸を落ち着けようと深呼吸。ああ、なんだかものすごく疲れましたわ。でも、このドキドキ具合……悪くない。いやいやいや、落ち着け自分! 今は皇太子殿下と皇女殿下の来訪が迫るという重大局面。変な夢を見て浮ついてる場合じゃありません。でも、こういうささやかな優しさに触れると、いずれ本当に“形だけの婚姻”を抜け出してしまうのでは? そんな予感すら芽生えてしまって、ちょっと怖いくらい。


――ま、いいですわ。どうせあの皇太子&皇女コンビが空気ぶち壊しに来てくれる可能性が高いんですもの。わたくしの乙女心なんて豆腐より脆いかもしれないけれど、同時に雑草レベルで何度でも立ち上がりますわ。音楽会当日まで、皇族の不穏な動きを泳がせつつ、こちらはしれっと準備を進めるのみ。そして開催当日には見事に“ざまぁ”も妨害も、どちらでも上等。来るなら来い、というわけです。


そう心に決め、意識を興奮状態からなんとか落とし込みながら、お部屋の灯を消すわたくし。日中あれだけばたばた走り回っていたはずなのに、今や胸の奥が高鳴って眠れそうもありません。……仕方ないわ、こんな日は自分の未来図でも想像してみましょうか。たとえば、本当にわたくしとルーファス様が“形だけ”ではない夫婦になったら? そんな選択肢が目の前にぶら下がるなんて、はたして想像以上に甘美なのか、それとも危険なのか。どっちになってもこの心臓がどうにかなりそうですけれど!


――さあ、皇太子殿下と皇女殿下が公爵家を揺らすのが先か、わたくしの心が揺らされるのが先か。そんなジェットコースター的展開が待っている気がして、ぞくりと身震いが止まりません。うん、やっぱりわたくしは“悪役令嬢”と呼ばれてこそ燃える種族なんですよ。甘い恋心ごとき、ぜひ危機的状況と一緒にまとめて乗り越えてみせましょう。その先にある“正式な婚約”は、決して悪い響きじゃなさそうですものね。

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