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仮初めの婚礼と本当の想い6

あれからまだ一晩も経っていないというのに、公爵家の屋敷は朝っぱらからまたもザワザワ騒がしい。理由は――ロラン執事の“隠し子疑惑”ですって? 聞くほどに仰天ですわ。誰がそんな妙ちきりんな噂を拡散しているのかは存じませんけれど、ある意味ルーファス様の病弱談義より遥かにセンセーショナルに転がっているようで……ほら、通りすがりの使用人まで「やっぱりあの少女、そうに違いありませんわよね」とヒソヒソ。いやいや、わたくしも昨日まではそんな話、露ほども聞いたことなかったんですのよ?


しかも今朝、シャルロットから届いた走り書きの手紙には「社交界でも『公爵家に秘められた闇』としてめっちゃ盛り上がってるわよ!」とびっくり情報が。闇って何ですの、闇って。屋敷の奥底に怪獣でも隠しているような言い分はやめていただきたいですわ。現実にいるのはクイナちゃんという可憐で生真面目な少女だけ。どこが闇要素なのか、一回しっかり説明してほしいものですわ。


「あ、あの、セレスティア様……お騒がせしてすみません」

怯えた小動物のような瞳でわたくしを見上げてきたのは、当のクイナちゃん。彼女はロラン執事が長年支援してきた孤児で、このたび屋敷の手伝いなどをしながら学園通いを目指している存在。元々はとても健気で礼儀正しい子なのですが、さすがにこんな怪情報を耳にすれば動揺しますわよね。

「わたくしこそ、あなたを巻き込んでしまってごめんなさいな。だって hidden child(隠し子)なんて、あまりにも荒唐無稽ですもの」

冗談めかして笑い飛ばそうとしても、クイナちゃんの頬はこわばったまま。視線を床に落として小さくうつむく姿に、なんだか胸がキューッと締め付けられます。

「私、ロラン様のお邪魔になってないでしょうか……噂って怖いですね。もし公爵家に迷惑かけてるなら、出ていったほうがいいのかと――」

「こらこらこら! そんな悲壮感たっぷりの決断を即下さなくてもよろしい!」

思わずわたくしのほうが声を上げてしまいましたわ。いつもはクールなふりをしているけれど、正直こういう場面には弱いんですの。自分の存在が周囲の負担になるんじゃないかって怯える気持ち、ちょっぴり他人事じゃありませんので。


ところが事情を聞きつけたリリアがわたくしの背後でニヤリと妖しい笑みを浮かべ、「へえ、これまた面白いネタが増えたわね」と腕を組んでいます。聞けば、王都の情報屋筋では早くも「ロラン執事が稀代の色男だった?」「実はロランさん、夜な夜な秘密の部屋で情事を楽しんでいたらしい」「そこから生まれた愛の結晶が宮廷転がしを狙ってる」とか滅茶苦茶かしましい。ね? 皆さま、想像力が豊かすぎて笑うしかありませんわよね。

「ロラン執事が夜な夜な色男? 度を超えたジョークにも程がありますわ」

「まあ、火のない所に煙は立たないって言うし。……うそ、立ちまくりだわね」

リリアは深く溜め息をつきながらも、面白がっている様子が隠せません。おそらく、彼女の情報ネットワークならすぐに噂の出どころくらい突き止めてくれるでしょう。


昼前にはルーファス様も様子を確かめに姿を見せ、「なにやら大騒ぎみたいだな」と渋い面持ち。ええそりゃもう、今度はあなたの“病弱うんぬん”どころではなく、執事の隠し子騒動ですもの。これまた公爵家の評判を揺るがしかねない大問題。とはいえ、今のルーファス様はまだ公に健康体と認められたくないらしく、「大事にはしたくないが……」と唸るばかり。周囲から見れば「相変わらず病弱を装っている(はず)ルーファス公爵」が強行に噂を否定して回るのも不自然ですから、確かにやりにくいんでしょうね。儚げな雰囲気をキープしながら、華麗に収拾に動くなんて、まるで難易度の高い芸当ですわ。


そうこうしていると、ロラン執事本人がひょっこり姿を現し、「セレスティア様、どうか私の不始末をお許しください」と深々と頭を下げるではありませんか。「いえ、そもそも執事殿に不始末なんてございませんから」と言っても、ロランは疑惑が高まるほどに苦悶の表情。彼にしてみれば、自分の意思で保護を続けてきた少女をこんな目に遭わせるなど想定外。周囲を疑われさせてしまったことが申し訳なくて仕方ないようです。

「執事殿、あなたが長年積み重ねてこられた孤児支援活動は、この屋敷の宝の一つと言っても過言ではない、そうわたくしは思っておりますわ。実際、公爵夫妻もあれほど誇りに思っていらっしゃるのに、ご本人がふさぎ込んでどうしますの? 今はクイナちゃんのためにも、堂々と真実を明らかにしてみせるときなんじゃなくて?」

わたくしが明るくエールを送ると、ロランは目を伏せつつも小さく息をついて、「はい……」と決意した面差し。よろしい、これで覚悟は決まりましたわね。


その後、わたくしとリリアが段取りを整え、公爵夫妻や使用人たちの主要メンバーを集めた“真相説明のためのミーティング”が行われることに。正直、屋敷の中だけなら小さな話に留められますが、どうせ外部へも誤情報が広がっているのですから、ちゃんと公式にお披露目したほうが効果的ですわ。メンバーが続々と集まる中、クイナちゃんが何度も「こんなに大勢の前で話すなんて……」と震えていましたが、大丈夫、わたくしがあなたを下手な陰謀から守ってみせます。


実際の会合では、公爵夫妻も同席なさっていました。お母様(公爵夫人)なんて「まったく、ロランったらどうしてこんなにも苦労性なのかしらね」と苦笑する余裕まで見せています。これだけでロランとクイナへの信頼感は十二分に伝わりますよね。奥様おそるべし。

「では皆さま、このたび噂となっている“隠し子”についてですが――」とわたくしが冒頭を切り出した瞬間、参加していた使用人がどよめき、「本当に……隠し子なんですか?」なんて恐る恐る声を上げる。わたくしは思わず苦笑しましたわ。

「残念ですが、そのような秘密のラブロマンスは一切存在しません。すべて幻です。クイナちゃんは、ロラン執事が長年行ってきた孤児支援活動の中で最も成果を上げた……といいますか、大切に育まれてきた存在なのです。」

そこでロラン執事も真摯に頭を下げ、クイナの生い立ちやこれまでの支援過程、そして公爵夫妻の許しを得てこの家に暮らしていることを筋道立てて説明。クイナちゃんもおずおずと自己紹介し、「わたしは執事様の子というわけではなく、救っていただいた恩人だと心から感謝しております」とはっきり言葉にする。その声の震えが、逆に皆の心を打ったようでした。


追い打ちをかけるように、公爵夫妻も「ロランが立派に支え続けている活動を誇りに思う」とゆったり微笑むものだから、ああ、これでもう隠し子疑惑がどうこう言ってる場合じゃなくなった感じ。最後は「勘違いしてごめんなさい!」と頭を下げる使用人や、「バカな噂をまことしやかに広めていた外部の連中をこっそり炙り出しておきましょう」とメラメラ燃える人までいて、どこか頼もしい。人様の面倒話はめちゃくちゃ盛り上がるけれど、真実が判明すると手のひら返しで団結するのが人間の面白いところですわね。


で、会合が終わる頃にはホールがほわっとした空気に包まれ、クイナちゃんの表情にもだいぶ安堵が戻ったようす。彼女は深々と頭を下げ、「セレスティア様、本当にありがとうございます」と小さく笑ってくれました。……もうね、わたくし、この子をいじめた奴らはまとめて闇に落としたくなるほど、全力で守りたい気分ですわ!


ところが――そんな平和な空気も束の間、リリアが何やら新たな情報を仕入れてきました。

「セレスティア、聞いて。皇太子殿下と皇女殿下が公爵家の動向を再調査するらしい。しかも“クイナって子は何者だ”って興味津々だとか」

「まあ、何故そこに皇族のおふたりが首を突っ込んでくるのかしら。暇なの? それとも王家の権威でわたくし達を制圧したいのかしら?」

鼻で笑いつつも、背筋に冷たいものが走るのを自覚してしまう。そもそもクロード皇太子は常にルーファス様を警戒していたし、妹のソレーユ皇女にも油断ならない雰囲気がある。もし彼らがクイナをダシに何か仕掛けてきたら? 考えただけで嫌な汗が出ますわ。


が、わたくしも悪役(?)令嬢の名に懸けて、そう簡単に押しつぶされるつもりはございません。むしろ、回ってきた火の粉なら華麗にジャジャッと返り討ちしてやるまで。クイナちゃんを泣かせるような真似をするなら、皇太子であろうと皇女であろうと覚悟なさいませ。わたくしとルーファス様とで、見事な夫婦コンボをお見舞いして差し上げますわ。……いや、ルーファス様がどこまで乗り気かは分かりませんが。


とにかく、まずはこの“隠し子疑惑”が屋敷内で無事に鎮火できたのは朗報。ロラン執事も晴れやかな顔つきですし、クイナちゃんも少しずつ笑顔を取り戻したようで一安心ですわ。今夜あたり、公爵夫妻を交えて改めて“お祝いごと”のテーブルを囲む計画が進行中。これでまた、使用人や家族の絆もぐっと深まるはず。こういう機会に、ルーファス様がさりげなく“気の利いた言葉”でもかけてくれれば――どうでしょう、わたくしもキュンと来てしまうかもしれません。


もっとも噂好きの方々は、新たな話題を求めて別のターゲットを探すでしょう。今回のように屋敷の外にまで広まるケースだってある。だからこそ抜かりなく裏で手を結び、いざという時は一丸となれるように準備を怠らないことが大事。そう、わたくしは愛とざまぁを同時に掲げる者として、見えない敵にはそれ相応の手を打たなくては。次なる陰謀が控えているに違いないんですから。


その夜、クイナちゃんとロラン執事が少しだけ緊張しながら晩餐会に顔を出し、いつもよりにぎやかな夕餉がはじまると、公爵家の皆がどっと笑って「もう隠し子何ゾやめてちょうだい!」と和む。わたくしもそんな皆の顔を見ていると、ほっこり優しい気持ちが湧きあがってきて――あら、意外とわたくし、穏やかな生活が好きだったのだわ。毒舌やざまぁが得意と言ってもね、本当は背伸びしているだけ……かもしれませんわね。


でもまあこの先、王家関連の暗躍が待ち構えているのは火を見るより明らか。セレスティア・イヴァンローズとしても、悪役令嬢の名に恥じぬよう華麗に騎士道? いえいえ、悪役道を貫き通しますわよ。真の脅威が襲ってくる前に、今回の噂騒ぎで得た身内の結束力をしっかりと固めておきましょう。


そうやって続編クリフハンガーをばっちり決めつつ、わたくしは心の中で決意を新たにしたのでした。いざとなったら、ルーファス様を“病弱公爵からの謎変身・マッチョ公爵”へプロデュースしてでも、ざまぁ逆転を魅せて差し上げますわ。皇太子殿下が目を白黒させる様を楽しみにしながら、次なる試練をお待ちいたしましょう――このニヤリ顔はきっと誰にも見せられませんけどね。

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