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仮初めの婚礼と本当の想い2

「おはようございま~す! って、うわあ、朝から胃がねじれそうな緊張感が漂っておりますわね」


そう、今のわたくしの視界に広がるのは――広いダイニングの端っこに陣取って、まるで監査官のようにこちらを観察する先代公爵夫妻のお姿。微笑まれてはいるのだけど、何とも言えない迫力がございますの。表情は柔和なのに目が笑っていない、というやつですわ。おかげで朝食を運んできた侍女たちは、すでに半泣きモード。ご愁傷さまです。


「セレスティア、どうした? 気分が悪ければここで一息ついてもいいが?」

ルーファスが隣で小声をかけてくれます。あら、わたくしがあまりにも落ち着きなくキョロキョロしているから、気遣ってくださるのね?

「大丈夫ですわよ。ただ、いつもと同じ朝食のはずなのに、義父母様が視線を飛ばしていらっしゃると妙に味がわからなくなりそうなだけで」

そう答えると、ルーファスが苦笑まじりに「そりゃわかるな」と返してきました。いやいや、あなたまで同意しちゃってどうしますの。


「お父様、お母様、今日はお加減はいかがでしょう?」

わたくしは努めて朗らかに声をかけました。すると先代公爵様と先代公爵夫人様が顔を見合わせ、意味深に頷き合ってからこう返されます。

「ええ、とっても元気よ。むしろゆっくり滞在するつもりだったのに、もう行かなくちゃいけないような気分になるほど、家の中が落ち着いているわね」

「屋敷の管理も行き届いているようだし、何より息子が浮かない顔をせずに過ごせているのが安心材料だな。まるで“仲睦まじいご夫婦”に見えるが……そうなのか?」

後ろの方、ほぼ聞き捨てな問いかけ。あらやだ、このご両親、早速核心に迫ろうとしていません? さすがルーファスを育てた方々だけあって一筋縄ではいかないご様子。


「仲の良さ、ですか? そりゃもう、わたくしと旦那様、しっぽり甘~く――」

「誰が甘いんだよ!」

わたくしがわざと猫なで声で答えようとしたら、ルーファスが急にむせかえってカップを取り落としかけているじゃありませんか。おかげで後ろにいた侍女がひいっとスライディング気味に受け止めてセーフ。ナイスキャッチです。

「まあまあ、冗談ですわ。それにしても、お父様とお母様、やはり目の付け所が鋭いですのね。わたくしたち夫婦がどんな雰囲気で暮らしているか、気になります?」

「ええ、当たり前でしょう。さぞや“甘い新婚生活”をおくっているのだろうと噂されているから、実際どうなのか見に来たのだけれど……さて?」

公爵夫人様がちらりとこちらを見て、わざと意味ありげに眉を上げます。なんとなく胸がチクチクと刺されるような視線。でもここで押し黙るわたくしじゃありません。


「噂通り、ですわよ。看板に偽りなし、ラブラブほやほやですわ!」

「ちょっ、セレスティア! いきなりハードルを上げるな!」

ルーファスが喉を詰まらせるような声を出して拒否反応。そこでわたくし、ちゃっかりクロスさせた手を彼の肩に置いて、にこりと微笑んでみせました。これもまあ、役者としての演技力を鍛えるいい機会ですもの。義父母様たちは「ほほう」と眼光を鋭くしつつも、どこか愉快そうに見ていらっしゃる。よかった、これで第一ラウンドは合格かしら?


――と思った矢先、ふと視界の隅に動く人影。執事ロランが、緊急事態といわんばかりにちょこっと手招きしています。何事かと抜け出してみると、廊下に出たとたん彼が低めの声で告げました。

「セレスティア様、昨日お伝えしていた孤児の子が到着いたしました。ですが、先代公爵夫妻にどう紹介すべきか迷っておりまして……」

「あら、ロランったら今さら迷うことなんて。普通に『使用人見習いです』でいいじゃないの?」

わたくしが肩をすくめると、彼は勢いよく首を振ります。

「それが先代公爵夫人様が直接『どんな子なの?』と興味をもたれていまして……万が一、『ロラン、あんたの隠し子か!?』なんて騒動になると困るかと」

「……ぷっ、そっち系の疑惑ですね。確かに騒がれそう。わたくしの出番というわけね」

まさか。隠し子ではなく“孤児支援”の結果だと言っても、あらぬ疑いを向ける人は出るもの。ここはわたくしがシャキッと場を仕切って、先代公爵夫妻に印象よく説明すればいいでしょう。


さあ、ダイニングへ戻ったら、早速わたくしは場をまとめるモードに切り替えました。

「お父様、お母様、実は本日から“新人”が増えますの。ロランが支援していた孤児の子を、このたび正式にお屋敷へ迎え入れることになりました」

「あら、それは賑やかでいいことね。どんな子なの?」

夫人様が身を乗り出されたところへ、わたくしはルーファスにも視線を投げます。すると彼は了承した合図をくれたので、わたくしは堂々と続けました。

「名をクイナといいまして、とっても優秀で努力家な子です。ロランの隠し子……では決してありませんわよ、ええ、そこははっきりさせておかないと。わたくしの“ちょっとした悪役令嬢的な嗜好”で、新人に厳しく逆らわせないよう取り込む計画などございませんので安心を」

「おまっ、余計なことを……!」

ルーファスが低い声でツッコむのを横目であしらいます。いいのいいの、ここはギャグで和ませるが勝ちですわ。


その瞬間、先代公爵様が「ふはは」と笑い出しました。

「なるほどのう。ロランをからかいつつ、変な憶測を先に潰す狙いか。相変わらずお前は口がうまいな、セレスティア」

「恐縮ですわ。だって“先回りして対処する”のが悪役令嬢たる所以ですもの」

機転に困るどころか、むしろ先代公爵様は楽しそうで助かります。夫人様も「じゃあその子に会ってみたいわ」とすぐ乗り気。わたくしはこっそり壮大な胸を撫で下ろしました。


こうして公爵夫妻はクイナとの初対面を無事に終え、一見うまく丸く収まった……と思いきや、夫妻の視線はまるで年輪の如く深く鋭い。わたくしたちにめいっぱい気を使っているのか、あるいはなにか他の思惑があるのか――。

「ふむ。セレスティア、一緒にお茶でも飲みながら、もっといろいろ話しましょうか?」

夫人様が優しく手招きしてくださるものの、その笑みに宿る隠れた力は相当なもの。見れば夫のほうも「ルーファス、お前も来い」とほんのり微妙なトーン。横でミモザとダリアが「ど、どんまいです……!」と密かに親指を立ててきたのが笑えますわ。


迎えた次の瞬間、夫人様はティールームへわたくしを連行し、夫様はルーファスを別室へ連れ去り。これ、完全な“取り調べ”モードではありません? わ、わかりやすいわね。先代ご夫妻、息子夫婦を分断して一人ひとり面接する気満々じゃありませんか。いやはや、正式な嫁入りからまだ日が浅いですし、疑念が尽きないのも頷けます。

「そういう仕掛けなら、受けて立ちますわ!」

反射的にぎゅっと拳を握りしめたところで、夫人様がくすっと笑いを漏らしました。

「ん? 何やら闘志を燃やしてるようだけど、ひょっとしてこわがってる?」

「こわがって、いるわけ……ないですわよ? わたくし、こう見えてわりと面の皮が厚い悪役令嬢ですもの」

「うふふ、それは頼もしいわね。じゃあ、あなたが本当に“わが家の嫁”としてふさわしいか、みっちり見極めさせてもらうわね?」

夫人様の声はやわらかいのに妙な重みがあって、わたくし思わず背筋がしゃんと伸びました。こういう本物の貴婦人って本当に侮れません。だけど、ここで負けたら“悪役令嬢”の名折れですものね。さーて、わたくしの全力トークとコミカルなジェスチャーを駆使して、この場の空気を掌握してみせましょう!


一方、ルーファスのほうはどうやら先代公爵様から妙な追及を受けているみたい。壁越しに聞こえる断片的な声には「セレスティアはどうなんだ」「お前、腹の底はどう思ってるんだ」といったワードがちらほら。んん、ちょっと気になるじゃありませんか。けれどこっちも自分のバトルがあるので、彼の健闘を祈るのみ。


そして、いよいよ夫人様と二人きりの優雅なティータイムが始まった途端、夫人様は一口紅茶をすすってから、こう切り出されました。

「あなたね、なかなか面白い発想をするし、実は相当しっかりしていそう。だったら聞いてみたいの。ルーファスと“形だけの婚約”って本当?」

「あら……まあ、そういう噂が流れているのは重々承知ですけど」

「ルーファスは『セレスティアは頼りになる』と言うわりに、何だかあなたの思惑に振り回されていそうなのよね。これは母親として安心すべきか、それとも息子が食われてしまわないか警戒すべきか……」

「お、お母様ったら。何というか、わたくしの腹黒さを見透かそうとしてません?」

「そうよ。腹黒いなら腹黒いで、ちゃんと突き抜けてほしい。中途半端に遠慮して息子に負けて泣くような嫁なら、認めないわ」

くっ……さすが、バサリと鋭利な刃でえぐってきますわね。でも、こういう“ざまぁ”スパイスの効いたトーク、大好物ですわ。


わたくしは敢えてニッコリしながら、テーブルの上で両手を重ねてアピールしました。

「でしたら任せてください。遠慮なく突き抜けてみせますわ。義両親様にも社交界にも、そして皇太子や皇女殿下の前でも、“悪役令嬢セレスティア”ここにあり、と」

「……ふふ、なるほど。じゃあその才覚、たっぷり見せてもらうわよ」

そう言って夫人様が意味深に笑みを深めた瞬間、ああ、これはきっと——“更なる試練”が待ち受けているな、と背筋がゾクリとしました。でも、構いません。やるからには徹底的にやるのがわたくし流! 夫人様に言われるまでもなく、立場も家名もわたくしとの“仮初め婚”だって、全部ひっくり返してみせますわ。日々の雑踏さえ最高の舞台に変えて、円熟のざまぁ劇を炸裂させるだけですもの。


そんなこんなで先代公爵夫妻の滞在は、まだまだ続くことに。ルーファスもわたくしも、彼らと向き合いながら“本当に仲睦まじい夫婦”を演じたり、いや別に演じなくてもいいのだけれど、どうせならベストパフォーマンスをやってみせようじゃありませんか。クイナの迎え入れや社交界の行事、そして秘かな“指輪騒動リベンジ”も待ち構えているわけですし。


「さて、地獄のような長丁場になるか、それとも新たなチャンスになるか……。いずれにせよ、わたくしはこの家をさらに面白くしてみせますわよ!」


そう心の中で高らかに宣言するわたくしに、夫人様の一瞬の微笑みが重なりました。それはまるで『やれるものならやってみなさい』という挑戦状。いいわ、望むところですとも。今さら遠慮なんかしていられませんわ。


さあ、第二幕の始まりにございます。

(本文ここまで)

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