王宮夜会の騒乱と公爵家の策略9
ああもう、さっきので式は大団円——のはずなのに、いったい何なんでしょうか、この空気。
カーブルトとトリーシャの結婚式、めでたく誓いのキスまでばっちり終わって、あとは「さあ祝宴よ!」と行きたいところ。実際、お花畑のように浮かれたマダム方の笑い声があちこちから響いていて、シャンパンの泡もバチバチ弾けまくり。なのに私の周り、高級料理の香りよりも“不穏”というスパイスの方が濃厚に香っているのは気のせいじゃありませんわ。
「ねえセレスティア、聞いた? ついさっき、グレンフィールド前公爵の緊急手紙が届いたらしいの。内容がすっごくヤバいとか何とか……」
リリアがまたしてもワクワク顔で寄ってきます。まったく、あなた、ゴシップの収集能力だけは王国一じゃありませんこと? 私は素知らぬふりを決め込みながらシャンパンを一口。
「そうヤバいって、いったいどれほど? たとえば皇太子の権限がっつり削減なんて、夢のまた夢……とか?」
軽く切り返すと、リリアは「お察しがいいわね~」と、おどけた口調でグラスを合わせてきました。どうやら私の義父ジェラルドが先に仕掛けた外交が予想以上に大成功を収めて、クロード皇太子は完全に崖っぷちらしい。いやまあ、王族ってそもそも強大な権力をお持ちと思いきや、きっちり根回しされると案外こうも簡単に形勢逆転しちゃうんですわね。人の力関係なんてホント儚いもの。
もっとも、当の皇太子はといえば、さっきから庭園の片隅で執事を従えてやたら深刻そうな顔をしています。ほとばしる「お前ら、今に見てろ」オーラが眩しすぎて、一目見ただけで鳥肌もの。隣のソレーユ皇女も似たような表情で、あの優雅なドレスをまといながらも、まるで毒蛇が獲物を狙うみたいな目つきをしていらっしゃいます。恐ろしい兄妹ですわ。
「でも父上ったら“結婚式に水を差す真似はしないが、情報は流す”とか言ってませんでしたっけ? 結果として水どころか、お湯ぶっかけちゃったような……」
ひそひそ呟くと、後ろからシャルロットの声。
「こっそり動くのも外交テクニックのうちでしょう? 現に万事うまくいってるみたい。皇太子派、いま完全に浮き足立ってるみたいよ。ほら、あの重役風の貴族連中も慌ててどこかへ走っていったし」
なるほど、たしかに場の端っこで“どうする、どうするんだ!”と顔を見合わせている人々がいて、視線だけ私たちにビシバシ刺さってる気がします。もう勝手に刺してなさい。痛くも痒くもありませんわよ?
「……ただ、これでクロード皇太子が黙って引き下がるとも思えないけど?」
カイがやってきて、低い声で言います。彼は私の幼馴染だけあって、こういう場面になると抜群に勘が鋭い。いつの間にか周囲のガードマンたちとも連携しているらしく、複数の視線が常に皇太子の一挙一動をチェックしている模様。
「それがむしろいいんじゃなくって? さてはあの皇太子、何か策を練ってるはずよ。失敗したらどんな顔するか、ちょっと楽しみだわ」
私はくすりと笑ってお返事。正直、ここで派手にやり合えば、私が“華麗にざまぁ”を披露するチャンスじゃありません? 無論、今は婚礼の余韻を大事にすべきタイミングなので即バトルはしませんけれど、後々思う存分“うわー残念でしたね皇太子様、ぷぷぷ”とできるならお買い得。
ところが、ルーファスは私の脇にそっと寄ってきて、少し困ったように耳打ち。
「なあセレスティア、正式な祝宴が終わるまでは大人しくしててくれ。カーブルトたちの特別な日だし、闇討ちっぽいことはあとでいいだろう?」
「はーいはい、分かってますわよ。真ん中でケーキぶちまけるような真似はしません。可愛い二人の門出を邪魔するほど、私も鬼じゃないんですから」
そうそう、さっきまで誓いを立てていた花嫁花婿は今、会場のニコニコ撮影タイムで大人気。トリーシャは裾の長いドレスがふわっふわ揺れて実に可憐だし、カーブルトは普段の真面目ムードから飛び出したような顔で“いっそこのまま主役交代すれば?”ってくらいのスポットライトを浴びている。みなさんの祝福を受けながら、二人は終始ほこほこした微笑みを浮かべていて……もう、なんかジーンときちゃうわ。
でも、その視線の先で見つけてしまいました。ディオンがまるで隠れるように柱の影に立って、息苦しそうに胸を押さえている姿を。つい、心がぎゅっとなります。ここは幸せが溢れる場所なのに、あの人だけはまるで闇に閉ざされているかのよう。
「ちょっとディオンの様子、見てきますわ」
言いかけた瞬間、ルーファスが私の腕をそっと掴みました。
「……わかってる。でも、様子を伺う程度だ。深入りするのは今じゃない」
なんでも、ディオンの魔力に関するゴタゴタが皇太子と皇女の策と繋がりかねないらしい。無理矢理にでも連れ出して対策しようとすれば、かえって騒ぎの種になってしまうでしょう。私もそこは承知しているけれど、それでもなあ。
「ごめんなさい、でも声をかけるくらいなら問題ないわね」
ありがと、と小さく囁いてルーファスから離れ、私はディオンのもとへ向かいます。相変わらず彼は顔色が青白いまま。私が前に立つと、一瞬かわいそうなくらいビクッと震えた。
「……ごめんなさい、じっと見ちゃって。大丈夫かしら?」
「セレスティア様……申し訳ありません、大丈夫ですので、どうかお気遣いなく」
まるで半分酸素不足のような弱々しい声で言われると、もう放っておけないじゃありませんか。だけどここで「どこか休憩室へ」みたいに強引に誘導したら皇太子サイドに何を言われるか分からない。
そこで私はそっと、ミニフラワーの香袋を彼に押しつけました。ほんのり甘い香りのハーブが詰め込んであって、鼻に近づけると気持ちが落ち着く一品。
「心の支えにでもなれば。……今は式の後のパーティですし、まだまだ人目があるから、無理しないでね」
ディオンは一瞬唇を噛み、「ありがとうございます……」と俯きながら受け取ってくれました。微力でもいいから、彼が少しでも呼吸しやすくなれば嬉しいのだけれど。
そういえば、そのちょっと離れた位置で、ソレーユ皇女が何やら執事相手にちくちく言いつけているのが気になります。こっちを見遣るたびに、えげつない光を帯びた笑みをビシバシ飛ばしてくるのはやめてもらえないかしら。まるで「あなた、何をコソコソやっているの?」という監視を受けているみたいで不快極まりない。
「ったくもう、私が何か目立ったことしてる? ただ心配な人に声かけただけなんですけど」
不機嫌気味に口を尖らせながら、すーっと息を吐きます。すると後ろからシャルロットが軽い調子で肩を叩いてきました。
「そうカリカリしないの。あの皇女は“人の幸せを見てると虫唾が走る”タイプでしょ。敵意を矢のように飛ばすのが趣味なんだから、放っておけばいいのよ」
「シャルロット、私以上に皮肉屋ね……ま、間違ってないんだけど」
会場中央のメインテーブルに戻れば、すでにあらゆるご馳走が並んでいて、賓客たちは手当たり次第に舌鼓を打っています。カーブルトとトリーシャが皆に祝杯を勧める姿が微笑ましくて、思わず私まで「もぐもぐ」したくなる気分。いや、実際に手を伸ばしてしまいましてよ。
「おや、セレスティア様が主催者顔で料理を食べまくるとは驚きだ」
という誰かの言葉に、「だって人前で『新郎新婦よ、あなたたちも僕の胃に入ってちょうだい』なんて言うわけじゃあるまいし!」と危うく返しかけて、口をつぐむ。ちょっと今のは言い過ぎですね、反省。
何にせよ、その賑やかさの裏側で、クロード皇太子とソレーユ皇女は着々と何かを企んでいる。しかもディオンの具合も芳しくない。これ、後々必ずメリハリつけてドッカーンと爆発しそうなフラグが林立している気がします。
「セレスティア、これから先どう動く?」
再びカイが横で尋ねてくるので、私は心底ワクワクを外に出さぬよう笑顔を作りました。
「もちろん、徹底的に迎え撃ちますわ。私もルーファスも、あっちに一矢報いる準備は万端よ。だけど、その前に――」
私は視線をルーファスに送ると、彼は苦笑しながら私に微かに頷きを返す。ほんの数瞬、夫婦だけが分かる合図を交わすと、私たちはスッと立ち上がりました。周囲を気遣わしすぎない程度に、だけど警戒を解かない姿勢で、さりげなく手を取り合う。
「まずはお祝いに集中するわ。ここは心から祝福して、みんなの笑顔を守らなくちゃならない。カーブルトたちの結婚式を汚させる気、さらさらないもの」
「そうだな。今は俺たちの大事な執事と侍女の新たな門出、邪魔するヤツは容赦しない」
……ルーファスが目を細めて言うと、本当に“護る”という鋭い気概が伝わってきて、私は胸がじんわり熱くなる。見れば、メインテーブルの向こうでトリーシャが笑顔で手を振ってくれていました。私も思い切り手を振り返して、心の中で「おめでとう」と再び念じる。
——その瞬間、ちょうど会場の奥から、ひそひそ声で新情報が小さく漏れてきました。ほら、リリアがにやけ顔で耳打ちに来ています。
「皇太子の取り巻きが『まだ手はある』って、不敵に笑ってたらしいわ。どうする? 婚約破棄とか言い出して大荒れになるとか?」
はいはいもう、お好きにどうぞ。どんな手を繰り出されようと、こちらは全部叩き返して“ざまぁ”へ一直線です。むしろ来てくれたらスッキリ必至。
パチパチと拍手が響いて、改めて新郎新婦がワイングラスを掲げる。周りの皆が祝福の掛け声を重ね合って、ほんのしばし、邪な陰謀などないかのようなきらめく一瞬が訪れました。
でも、私は知っている。この先も絶対に平穏とはいきそうにないってことを。いえ、むしろいいじゃありませんか。ドロドロした策謀と愛憎が交差し、それをまとめて蹴散らして“ご愁傷さまでしたね”と笑えるなんて、悪役令嬢の醍醐味ここにあり、でしょう?
「もうすぐ盛大なざまぁ展開、ご用意しておりますわよ。この次は一体どんなドラマチックな事件が待ち受けてるのかしら?」
新郎新婦の祝福を横目にそんな黒いつぶやきを漏らしたら、傍らのルーファスが「あんまり楽しそうな顔するなって。バレちゃうぞ?」と真顔で警告してきました。ごめんあそばせ、表情が漏れ出してたかしら?
グラスの中身を飲み干し、私はにんまり笑う。さあ、平和なおめでたムードはここまで。次は皇太子サイドの一手と、ディオンをめぐる魔力騒動、そして私たちの反撃による華麗なるざまぁ劇場の開幕タイムが近いはず。考えただけで心が躍るわ。
もちろん、中途半端には終わらせませんとも。波乱の予感がビリビリ漂うほど、私の悪役令嬢スイッチはフル稼働。大丈夫、グレンフィールド家っぽい穏やか対応に加え、言うべきときは言う、やるときゃやる。カーブルトとトリーシャの幸福を守り抜いた以上、興行はこれからが本番。
目の端では、クロード皇太子が明らかに不満げに唇を噛んで、こちらを鋭く睨んでいます。その負け犬感まる出しの顔、じっくり拝ませてもらいましょうか。ふふ、どうやら私の出番はじきにやってきそう。
「楽しみね、ルーファス様。次に起こることも、全部ひっくるめて」
「……はぁ、やれやれ。また駆け回ることになるな。まあいい。守るよ、セレスティア」
彼の頼もしさに思わず顔がほころんでしまう。ほどほどにね、とは言われたけど、もうこればっかりは止まらない。乙女ゲームの悪役令嬢ポジションで転生したからには、とことん波乱を楽しんで何ぼというもの。
吹き抜ける初夏の庭園の風が心地よくて、これから起きる大嵐の前兆なんて微塵も感じさせない。だがその裏では、皇太子と皇女の切り札がゴソゴソ動き始めているのを私は見逃さない。ディオンの魔力騒動もいずれ爆心地になるでしょう。いいわ、望むところよ。
「さあ、どんな悪趣味な陰謀でも来るなら来い。その度に、私が華麗にざまぁを叩き込んでみせますわ」
心の奥でそう宣言しつつ、祝宴のまばゆい光の中、私はグラスをもう一度掲げたのでした。




