王宮夜会の騒乱と公爵家の策略8
「うわあ、もう始まっちゃいますわよ、急いで急いで!」
カトレアがめずらしく慌てた声を上げ、わたくしの手を引きながら庭へと突進していきます。グレンフィールド家執事カーブルトと侍女トリーシャの結婚式がいよいよ本番を迎えるというのに、控室でちょっとお茶を淹れていたら、いつの間にやら式がスタート寸前ではありませんの。慌てる姿は令嬢としてどうなの? と言われそうですが——あら、細かい礼儀は後回しですわ! 今は祝福の舞台に遅刻しないことが最優先。
「はー、だらしないわね、セレスティア。主役じゃないにしても、一応は公爵夫人でしょう?」
突っ込みを入れてくるリリアに「お黙りなさいな、もともとあなたがせっせと最新ゴシップを報告してくれたから遅れたんでしょう?」とピシャリ反論。ご丁寧に「えー、おしゃべりに花が咲きすぎちゃった?」なんて言い返してくるものですから、こちらも苦笑いするしかありませんわよ。
とはいえ、ここはグレンフィールド公爵家の庭園ですもの。真っ白なアーチや季節の花々に彩られ、あちらこちらでマダム達がうっとりした表情を浮かべている。今回の婚礼は、王宮の方々や各貴族にもお披露目した大がかりな式ゆえ、昼間から麗しい衣装を纏った人々がゾロゾロ参集していては、そりゃもう派手。その裏では「皇太子派閥の動きがどうだ」とか「いや公爵家は今こっそり外交で手を打っていた」とか、意外な緊張も交錯しているんですけど……表向きはあくまでハッピーモード、全員ニコニコなごやか路線でございます。
「さあ、セレスティア様、席はこちらに。足は平気? 今日は大事を取って無茶はなさらないで……」
黒い燕尾服姿のルーファスが心配そうに声をかけてくれます。ええ、無茶はしませんとも。たぶん、ね? せっかくの式が台無しになるようなイタズラは厳禁。わたくしとて空気は読める女ですわよ——と内心呟きつつ椅子に腰掛け、静かに開式を待つことにしました。
祭壇代わりに整えたテラスの方では、カーブルトとトリーシャが既に緊張しながらも笑顔で並んでいます。普段は堅物っぽい執事がこんなにもデレデレ顔になるなんて、そのギャップにわたくし思わず「ぷっ」と吹き出しそうになりました。ごめんなさい、あれは破壊力がありますわ。トリーシャもいつになく可憐ですし、二人して照れながら視線を交わす姿を見ていると、胸がほんのり暖かくなる。
「でも、皇太子殿下もご臨席とは、すごい皮肉ねぇ」
隣からシャルロットがそう囁く。ええ、皮肉もいいところ。最前列のちょっと奥の方に、クロード皇太子とソレーユ皇女がきちんと席を陣取っていて、まるで「余は特別枠であるぞ」オーラを放っているじゃありませんか。いえいえ、こちらからすれば“貴方方ほど厄介な特別枠もない”とツッコミたくなるところ。
しかしながら、ここは幸せの場ですもの。お二人もおとなしくしてくださる……と思いたい。実際、表向きは黙って祝福に参加している風です。けれど、その背後で「皇太子派閥がまたひと波乱起こすらしい」なんて噂が飛び交っているのも事実。“波乱”とか“ドッカン”とか、そういう単語が頭をちらつくあたり、わたくし的にはちょっとワクワクしちゃうのですが。
「ディオンは大丈夫かしら?」
式の列席者を見渡しながら、リリアがひそひそ声で問いかける。彼は魔力の制御がままならない状態らしく、人前で倒れでもしたら一大事。……と心配していたら、後ろの方に静かに立っている青年がちらりとこちらを見た気がしました。少し顔色が悪い。それでも、周囲の人混みに気づかれないよう必死に平常を装っているようで、何ともやるせない。わたくしとしては何とか手助けしてあげたいのだけれど、今は騒ぎを起こさぬよう様子見に徹するしかありません。
やがて神官役の方が儀式を宣言し、誓いの言葉が始まりました。辺りはしんと静まり返り、祝福の空気に満ちていく。カーブルトがトリーシャを見つめて穏やかに言葉を紡ぐたび、その背筋はまっすぐに伸び、歴戦の武人さながらに凛としている。トリーシャも瞳を潤ませつつ「この人を一生支え抜きます」とはっきり宣言。すると客席からは大きな拍手と、ちょっとした涙混じりの感嘆が巻き起こりました。ああ、あそこだけはまさしく輝かしい幸せ空間……!
「いいわねえ、あんな風に素直に愛を誓えるなんて」
わたくしがつぶやくと、ルーファスが「誓えるだろう? 俺たちも……いつもそうしてるつもりだが?」などと言うものだから、「まあそうですわね」と頷きつつ、思わず顔が熱くなってしまう。ああ、こんなところで夫婦イチャイチャを演じるわけにはいきません。冷静を装うのよ、セレスティア!
なんともほのぼのムードな一方、その華やかな景色の向こうでは、クロード皇太子が執事に小声で何やら指示を出している姿がチラリ。隣に座るソレーユ皇女も意味深な笑みを浮かべていて、どちらも“祝福だけで終わる気ゼロ”な雰囲気が漂ってるじゃありませんか。うーんもう、空気が読めない方々! ここでドカンと騒ぎを起こそうというなら、大歓迎です。わたくしが華麗に――ざまぁして差し上げますわ。
しかし、式の要所要所では公爵家の人々が素早く動いて、皇太子サイドの邪魔を適度にいなしている様子。前公爵夫妻がさりげなく話しかけたり、リリアとシャルロットがあちらこちらで社交辞令を飛ばしては牽制の網を張っていく。いわば“敵意バリア”がしっかり張られているのですわね。
「セレスティア、彼らを相手に派手にぶちかますのはまた後日ね。今日は静観して、カーブルトたちの晴れ姿に拍手しときましょ」
「あら、心得ていますわ。わたくしの見せ場は、こんな穏やかな場所にそぐわないもの」
祭壇では宣誓が終わり、指輪の交換(今回はちょっと新しいデザインを採用したとか)に移っているところ。二人は緊張しつつも嬉しそうに指輪をはめ合い、その喜びを隠しきれずに顔が紅潮。観客席から「可愛い!」「お幸せに!」という歓声が起こり、感動の波が庭園全体をゆるやかに包み込みます。わたくしもしっかり拍手を送らねば——と手を叩いていると、ぱっとディオンの方から視線が合いました。青ざめつつ笑ってるような、何ともいえない表情。もしこの祝福ムードで彼が少しでも息抜きできるならいいのに……。
最後はカーブルトとトリーシャが揃って深々と一礼。見事にフィナーレを飾った直後、あちこちでシャンパンの栓が抜かれ、「おめでとーっ!」とばかりに派手な乾杯の儀がスタート。わたくしたちも盃を受け取り、泡の弾ける音に耳を傾けながら、胸にこみ上げる熱いものを感じました。この瞬間だけは嫌な思惑すら吹き飛ばしてくれるような幸福感が満ちている。
「うふふ、やっぱり結婚式っていいわね。何度見てもいいものですわ」
わたくしがしみじみ言えば、リリアは当然の如く「セレスティアだってまだまだ新妻感あるじゃない。人の式見てほろりとか、ちょい早いわよ」とツッコミ。失礼しちゃいますわ! でもまあ、言われてみればこのハッピーオーラに当てられて、わたくしすっかり気分が舞い上がってるかも。
そして心の片隅では「クロード皇太子よ、次に動くならかかってらっしゃい。わたくしの痛快ざまぁ砲が、そろそろ貴方を狙って照準合わせ済みなんですのよ?」と意気込んでいる。ほのぼの空気の裏側で陰謀の影はじりじりと動いている élanをひしひし感じながら、わたくしはにやりと微笑む。それを察してか、ルーファスも苦笑しながらこっそり囁く。
「……まあ、無茶はほどほどにな。俺としては平穏無事が一番だが、あんまり止めると拗ねるしな」
「さすが分かっているじゃありませんの、ルーファス様。わたくしがじっとしている悪役令嬢なわけ、ないでしょう?」
こうして結婚式は大成功のうちに幕を下ろし、あたりでは大歓声と祝福の笑い声が止まらない。にもかかわらず、皇太子と皇女の眼差しは依然として遠巻きに光り、ディオンのこわばった口元は晴れぬまま。おそらく今後も波乱の嵐が吹き荒れそうな予感がひしひし。でも、だからこそ面白くなるというものですわ。
「さて、これから宴会が続きますけれど、どなた様も存分に楽しんでくださいませ。わたくしも腹ごしらえして、次の作戦に向けて英気をたっぷり養いますわよ!」
心なしかルーファスがちょっとあきれた目をしている気がするけど、とりあえず気にしない! 今はカーブルトとトリーシャの幸せを讃え、ここから来るであろう“ざまぁ大乱舞”に備えておくのが最善。浮かれモードと陰謀が交差する場こそ、悪役令嬢の腕の見せどころですからね。
笑顔でグラスを掲げ、わたくしは次の一手を胸に秘める。ほら、目の前にはこれでもかというほど盛られたご馳走が待っている。婚礼の後はしっかり食べて、存分にパワーチャージ。すべては「今」も「その後」も、思い切り楽しむために——そう、わたくしはいつでも本気で走り続けますわ!




