王宮夜会の騒乱と公爵家の策略6
雨音がしとどに響く窓辺で、わたくしはふと我が足を見下ろして深いため息をつく。そう、絶賛・治療中の足首でございますわ。おとなしくしてなさいと、ルーファス様は言う。けれど「安静第一」に身を委ねるなんて、退屈以外の何ものでもないでしょう。ここ数日は、黙っていれば治るかもしれませんけど、黙っていられないのがわたくしの性分というもの。
調子に乗って立ち上がろうとした瞬間、侍女カトレアとトリーシャが同時に「お待ちくださいまし!」と駆け寄ってくるではありませんか。慌てて腕を引っ張られ、椅子に逆戻り。
「ちゃんと湿布と包帯のチェックをさせてくださいませ。いいですわね?」
カトレアの笑顔が優しすぎて怖い。同時にトリーシャまでもが「足を枕に乗せて安定を……」と念入りにサポート。まるで踊り出しそうなほど丁寧で、どこか“ダンスレッスン中に姿勢を矯正される貴婦人”みたいな気分だわ。正直、痛みというより自由を束縛されている窮屈さが勝ってますの。
そこへノックもなく勢いよくやってきたのはリリア。
「にゃはは、セレスちゃん、足は大丈夫? ……って聞くまでもなさそうね。そのがっちり固定、なかなかの迫力よ」
彼女はわたくしの足首を見て大笑い。まさに“まな板の上の魚”状態を堪能しているご様子。つい先日も、ケーキ片手に「早く治せばまた悪巧みできるでしょう?」なんて言っていたから、あれは本気で期待しているってことかしら。
「ちょっとリリア! また余計なことを言うのはやめてちょうだい。わたくし、これでも必死に治療に励んでおりますのよ」
ダンスレッスンの先生張りに厳しい視線を向けると、リリアは鼻歌まじりで「ま、それはそれとして」と大きな紙袋を差し出す。
「ほら、夜会用に仕立て直そうと思ってたドレス。シャルロットが『また皇太子殿下がうるさく言ってくるかもしれないし、せめて衣装だけは完璧に』って張り切ってるわよ。若干、復讐心みたいなものを感じないでもないけど。」
そう言いながら肩をすくめる様子が、いかにも楽しそう。わたくしのドレスを戦闘服か何かと勘違いしているような気がしますわね。
すると、またもや扉が勢いよく開き、今度はシャルロットが走り込んできた。
「セレスティア、緊急連絡! ジェラルド前公爵様(義父上ね)が、今夜にも“皇太子対策会議”を開くって。そろそろ本格的に動き出すのが確定みたい」
わたくしは「待ってました!」とばかりに膝を打とうとして、ちょっとだけ足首をひねりそうになる。……痛い。だけど、痛さよりもワクワク感が勝りますわ。だって、前公爵様が動くときは必ず“裏ワザ満載の妙案”が飛び出るんですもの。
「じゃあ今夜の会議で、皇太子殿下の出方を先回りしてダメージを与える作戦を練るのね? いいわ、最高! ついでにディオンの魔力騒動の件もクリアにしてしまいましょう。あの方を利用しようなんて、クロード殿下もなかなか粘着質なんだから……ざまぁ返しするしかありませんわね!」
わたくしが颯爽と宣言すると、リリアが「ひゃ〜、疾風怒濤の悪役根性!」と手を叩いて喜び、シャルロットは「ちょっと黙らせたほうがいいんじゃない?」と苦笑混じり。しかし、どちらも止める気配はありません。こういう時の二人は全力で協力してくれるのを、わたくしは知っているのです。
そこに、やや遅れてルーファス様も姿を見せる。柔らかな笑みを浮かべながら、わたくしの足もとに目を落として「痛みはどうだ?」と問いかけてくる姿はまるで穏やかな護衛騎士のよう。でも、その瞳の奥には確実に“火”が宿ってるわ。
「大丈夫ですわ。貴方が一緒なら、痛いのも動けないのも忘れられそうなくらい。……まあ、足を引きずりながらの参戦になりますけど」
わたくしがそう冗談めかして言うと、ルーファス様は小さく息をついて微笑む。そしてすぐ意識を切り替えたかのように、厳かな声で皆を見回した。
「では、本日の対策会議だけど、父上の判断に従い、こちらも万全を期す。必要なら王宮に誠意を示しつつ、ついでに皇太子を詰める方策も探る。皆、協力してくれ」
カトレアやトリーシャまで一緒になって「かしこまりました」と深々頭を下げる光景に、わたくしは思わず吹き出しそうに。いくら家族会議でも、侍女たち総動員で立ち向かう姿勢はちょっぴり軍隊みたいですわ。
「なら、わたくしの役割は“各所への根回し”と“足首に貼る湿布の補充”でしょうか? 今のうちにどちらもまとめて片付けておかないと」
そう茶化すと、リリアはすかさず「一番大事なのは湿布でしょうが!」と激しく同意。シャルロットもすかさず「そうね、痛みに耐えられなくて途中で退出とか、勘弁よ!」と追い打ちをかける。わたくしが反論しようにも、二人の圧がすごい。もう笑うしかないじゃありませんの。
そもそも会議の目的は、皇太子殿下の次なる画策を潰し、皇女ソレーユ殿下の動向までも牽制しておくこと。そしてディオンの魔力に関する不穏な噂が広まらぬように先手を打つ――と仕事は山積み。当然、わたくしには休んでいる暇なんてありませんわ。
「本当に足が治る頃には、わたくしの精神が先にへし折れていたりして……いや、ざまぁを決めるまでは倒れるわけにはいきませんわね!」
嘆く風を装いながら、内心は燃えておりますとも。見事に皇太子殿下を返り討ちにしてみせる、その瞬間だけは絶対に外せませんわ。
カトレアたちが包帯を巻き直してくれるのを待ち、わたくしは椅子からそろりと立ち上がる。ほんのちょっと痛むけれど、これを我慢してこそ対策会議にフル参戦する資格があるというもの。
「セレスティア、無理はしないでね。本当に限界を感じたら即ギブアップして。頼むから」
ルーファス様にそう諭され、一瞬きゅんと胸が締めつけられる。……ええ、わたくしだって貴方に心配をかけるのは不本意。だけど“悪役令嬢”としての意地は最優先なのですの!
「安心して、わたくしが倒れるときは“皇太子を完膚なきまで論破した後”でございますわ」
そう宣言して、一歩踏み出す。痛いけど、それも含めて高揚感が止まらない。どんな陰謀が待っていようと、先手を打って笑うか、後手を踏んでも笑い返すか。どのみち勝利のシナリオはわたくしの手の中。
――この雨が上がる頃には、きっと“大爆笑のざまぁフィナーレ”を手繰り寄せるはずですわ。さあ、足首の悲鳴とともに前へ進みましょう。会議はもうすぐ始まる。痛みも退屈も、まとめて蹴散らしてやりますわよ!




