王宮夜会の騒乱と公爵家の策略2
あれほど波乱を引き起こした夜会を終えて屋敷に戻った翌朝、わたくしはまだ布団の中で足をさすりながら「どうしましょう、この痛みは」と軽く泣き言をもらしておりました。なにせ昨夜のバタバタ劇は、わたくしの足に大ダメージを与えたのですよ? おかげでドレスの裾どころか絨毯の目にも引っかかりそうなくらい足をずるずるさせながら帰ってきたんですから。ワーワー言いながら家路に就く悪役令嬢と公爵様なんて、前世の乙女ゲームでは見たことありませんわ。もう「ロマンチック皆無」と笑っていただいて結構です。というより、笑ってもらわないとやっていられませんわよ!
そこへ、わたくしの部屋の扉をノックして入ってきたのは侍女のカトレアとトリーシャ。それぞれが手に湿布やら塗り薬やら、ありとあらゆる治療グッズを抱えているものですから、その姿はさながら町医者の行商隊。思わず「あなたがた、いつから医療革命を起こしたの?」とツッコミを入れてしまいましたわ。
「セレスティア様、じっとしていてくださいませ。足首を少々固定いたしますわね~」
「今は大人しくしていないと完治が遅れますから、調子に乗って歩き回っちゃダメですよ?」
おっとりボイスと小悪魔スマイルでささやきつつ、手際よく処置を進める二人。そのあまりの連携プレーに、わたくしは観念してベッドの上ですくみ上がりました。すると扉の外からひょっこり現れたのは、昨夜なんとなく巻き込んでしまったリリアとシャルロット。なになに、まだ朝ですよ? そんな早々に何のご用かと思いきや、彼女たちが顔を合わせた瞬間、クスクスと笑い始めるではありませんか。
「朝っぱらからお見舞いに来ちゃう私たち、けっこう優しい友達でしょ?」
「いやあ、まったく。その優しさがちょっぴり胡散臭いのは何故でしょう?」
わたくしはすかさず嫌み半分に返してやりましたが、リリアとシャルロットは全く動じません。むしろ、そんな毒舌すらご馳走にする勢いで鼻歌まじりにわたくしの部屋へ入ってきたのです。聞けば、今日は朝イチで情報収集に奔走したらしく、どれだけ面白おかしい噂が転がっているか教えてくれるそうで。さすが仕事が早いですわね!
「昨夜の騒ぎのせいで、“いよいよグレンフィールド公爵家は王家と全面対決か!?”みたいな噂が飛び交ってます。あとはセレスティア様が皇太子殿下を袖にして、公爵様との愛を貫いたとか。まあ脚色テンコ盛りですよ」
「あと、謎なのは“婚約破棄秒読みか!?”ってやつね。どう転んだらそんな話になるのかしら? ここまで種々雑多だと、むしろ一周回って快感よね」
ふたりは楽しそうに盛り上がっておりますが、聞いているこちらは頭が痛い。一触即発の場面をたまたま見かけた人たちが、あることないこと大袈裟に吹聴しているのでしょう。ほんと、社交界の妄想力というのはもはや芸術の域。わたくしの捻挫が王国崩壊の片鱗にされかねない勢いですわ。
「ふうん、じゃあその辺りの尾ひれをどうやって取り除こうかしらね」
――なんて口にしたら、わたくしの後ろでひそかに扉を開き、入ってこられたのはルーファス様ご本人。あら、こんな乙女まみれの部屋に堂々と登場されて大丈夫ですの? と思ったら、彼は首をすくめつつ苦笑しておられました。
「すまない。朝から女性陣が集まっていて、入りづらい雰囲気だったから。けど大丈夫そうなので、お邪魔させていただきます」
何が“大丈夫そう”なんでしょうか。でもまあ公爵様なんですから、屋敷の自室くらい自由に入ってきて下さって結構ですよ……そう言いたいところなのに、なぜかリリアとシャルロットが意味深に目を輝かせております。ちょっと、あなた達はもう黙っていてくださらない? ニヤけ具合が怖いんですけど。
「公爵様、実は“病弱なふりをしている”説まで出てますよ。あまりにもピンピンしてるから、裏があるんじゃないかって」
「なるほど。じゃあいっそ“秘密の悪役公爵”という噂でも流しておいてもらおうか。どうせなら盛大に誤解を煽ってやれば、そのうち真実味も消えるだろう」
さらりと言ってのけるルーファス様に、わたくしは思わずお茶を吹きそうになりました。本人が自ら“悪役”化計画を提案するなんて、聞いたことありませんわよ! しかも妙に説得力があるから怖い。わたくしが軽く驚いた顔をしていると、彼は笑って肩をすくめました。
「大丈夫。噂が噂を呼んで適当にかき混ざるだけで、いつの間にか誰も信じなくなる。それが社交界の常だからね」
確かにそのとおり。わたくしも以前、似たような“黒い噂”を流されたことがありますが、次の週には「そんな話、初耳だわ?」なんて冷たくあしらわれたものでしたっけ。ああ、ほんとにこの界隈って自由奔放ですこと。
そんな話題で盛り上がっていると、今度は突然「カイがお見えです!」と廊下から声が聞こえて、まるでショータイムでも始めるかのようにカイがのしのしと入ってきました。彼は開口一番に、
「おいセレスティア、足は大丈夫か? ……って、これだけ賑やかなら問題なさそうだな」
ああ、今日はみなさま酷いですわね。わたくしの怪我を茶化すために集っておられる。まあわたくしもベッドでくつろぎながら毒づいている時点で大差ありませんが。
「ところで、皇太子殿下の次なる動きがちょっと怪しいらしいぞ。兄貴筋から小耳に挟んだんだが、どうやら直々に謝罪を……というか“和解を申し込みたい”なんて言ってるとか」
カイのその言葉に部屋の空気がピリリと変わりました。皇太子殿下がわたくしとルーファス様に“和解”を? とんだ茶番を企んでるようにしか思えませんわ。
「和解という名の“もう一回面倒起こしてやろう”作戦なんじゃない? だってそれとなく接触してこようとしてるんでしょ?」
シャルロットの言葉に、わたくしは内心同意しつつも、表向きは苦笑いでやり過ごします。公式に謝罪だの和解だの持ちこまれてしまっては、下手に断ると“心の狭い公爵夫人”というレッテルを貼られかねませんからね。かといってホイホイOKするのも、腹の底が読めなくて不気味です。
「まあ、私たちとしては表面的な会談に応じるしかないでしょう。表だって拒否すると、逆に相手の狙い通りになる気がする」
そう言うルーファス様の瞳は、どこか鋭い光を帯びておられます。まるで“次の一手”を既に見据えているような、そんな頼もしさが感じられて、わたくしは思わずホッと息をつきました。今まで突拍子もなく騒ぎを振り撒いてきた皇太子殿下が、突然しおらしく詫びを入れてくる――これはどう考えても裏がある半面、同時に乗らなければ逆手に取られてしまいそうだと、嫌な予感がひしひし。
「なら、わたくしからもひとつ“おもてなし作戦”を考えておきますわ。相手が取り繕うなら、こちらも全力で綺麗ごとを演じて差し上げます。ついでにうっかり地雷を踏ませて『あらこんなところに落とし穴が?』と微笑んであげるのもアリかと」
――と、申し上げたら周囲から「性格わる!」というツッコミを頂戴しました。ええ、わたくしは“転生悪役令嬢”ですから、そこにブレはございませんのよ? でも大丈夫、地味にいじめたりなんかしませんわ。ただ、あちらが先に手を伸ばしてきたなら、それこそ結果はご自由に――というスタンスです。
こうして朝からドタバタと策を巡らすわたくしたち。痛む足を囲んで討論する光景は、さぞ滑稽でしょうけれど、危機管理は早いほうがいいに決まっています。リリアとシャルロットはさっそく情報拡散に走り、カトレアとトリーシャはわたくしの足を看護しながら「いざとなったら準備しておきますね」と侍女らしからぬ不敵な笑み。カイにも「いつでも呼んでくれ」と言われましたが、何をする気なのか具体的に聞くのがちょっと怖い。
そしてルーファス様は、恐らく王宮の裏事情をいくつか把握しておいででしょうに、あくまで冷静なまま。ああ、こういうときこそ夫婦でがっちりタッグを組むべきではありません? ――なんて、それを伝えようにもみんながいる前でイチャイチャするのは恥ずかしい。というか、また無駄に噂の燃料になりそうなので自粛ですよ。
「それでは、各自役割分担をしておきましょう。僕は王宮へ出向いて様子を探ります。カイ、君は……余計なことはしないでくれ」
「なんでだよ! 任せろ、ウマいこと場を引っかき回してやるから」
「だからそれを“余計なこと”と言うんだが」
バチバチ言い合う二人を見ながら、わたくしは面白くて仕方ありませんでした。人徳なのか何なのか、ルーファス様の周りには頼れる仲間が揃っているってこと、改めてわかりますわね。というわけで、今日もグレンフィールド公爵家は多方面に出動開始。わたくしは足の調子が改善するまではしばし屋敷で情報を取りまとめ、それこそ最強の頭脳プレーで勝てる戦略を組み立ててあげましょう。ま、皇太子殿下へはとびきりの“表面上の笑み”を用意しておいて……
さあ、この奇妙な和解劇、どんな展開を引き起こすのかしら。婚約破棄だの愛憎ドロドロだの、どんどん煽られるのはご自由に。わたくし、転生悪役令嬢の名に懸けて、その裏を華麗にかっさらってみせますわよ。足の痛みはきょうだいケンカのカスリ傷みたいなもの、もう慣れたものですもの。次の“火種”が投下されるのなら大歓迎。遠慮なく、こちらもざまぁと返り討ちにいたしましょう。ほら、読者の皆さまもワクワクしてきましたでしょう? ええ、わたくし自身が一番ワクワクしているんですから、きっと面白いことになるに違いありませんわ!




