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嵐を呼ぶ婚約への旅立ち 4

うう、やっぱり痛いものは痛いですわ……。深夜、部屋の片隅でひっそり自分の腕に巻いた包帯を確認しながら、わたくしはしみじみと“悪役令嬢”なんて称号を呪いたくなりました。あんな大立ち回り、わたくしの華麗なる人生設計に予定されていたはずがないのに! ちょっとかすり傷程度とはいえ、体力からメンタルまでゴリゴリ削られたような疲労感が全身を覆っているのですもの。ああ、これがいわゆる“修羅場ブースト”の反動というやつなのでしょうか。


「セレス、大丈夫?」

ふすまの隙間から顔を出したリリアが、そろりと様子をうかがってきます。彼女も泥だらけのドレスを着替えるのに苦戦したみたいで、髪が微妙に跳ねているのがちょっと笑えますわ。お互い、着の身着のままで何とか寝床に潜り込もうとしたのに、あまり眠れずにしょんぼり夜を明かしそうな雰囲気。こんなとき、ラグジュアリーなお風呂とふかふかベッドがあれば即昇天なんですけど。


「大丈夫というか……大丈夫じゃないというか……」

わざとらしくため息をついたら、リリアが苦笑い。「まあ、本当によくみんな無事だったよね」としみじみ言葉を落として、床に腰を下ろします。もしカイやシャルロット、そして宿の主人たちがいなければ、わたくしたちはここに立っていられたのか怪しいもの。あんな黒装束集団、どう考えても“そこらのチンピラです”なんて軽いレベルではありませんわよ。


「だけどセレス、あの瀕死の男が吐き捨てた言葉、覚えてる?」

「ええ。“公爵家の血筋を断つべし”とかいう、おどろおどろしい呪文みたいなアレですわよね。うわ、聞き返すだけでゾッとします……」

ふと、あの男の焦点の定まらない瞳が脳裏にちらついて鳥肌が立ちそう。公爵家とこんなにも激しく対立している一派がいるのだとすれば、わたくしの婚約が単なる“家族を救う手段”という枠を軽々と飛び越えてしまう恐れがあります。もう嫌なんですけど――怖いんですけど――でも、ここまで来たらやめるわけにもいかないのがツラいところ。人生とは何と試練に満ちた舞台なのでしょう。


リリアは黙ったまま、胸ポケットから何か紙切れを取り出しました。これこそ、あの襲撃者から押収した書簡の切れ端。王家の紋様に似た封蝋がこびりついているやつです。どうにも不自然な暗号文らしきものが記されていて、リリアの頭脳をもってしてもまったく意味不明。

「惜しいわね、私の悪魔的暗号解読スキルでもわからない。とりあえず、陛下の勅令がどうとか書かれてる気配は感じるけど……」

「そりゃもう大スクープ。でも裏取りする前に、皇太子に口封じされたら笑えませんわね」

わたくしの口が勝手に毒舌をぶっ放すと、リリアはひゃっと吹き出しました。もはや余裕などないはずなのに、笑うしかないってところが悲しいやら何やら。


ふと廊下から一定の足音が近づき、カイがドアを控えめにノックして入ってきました。彼も顔に軽い擦り傷があって、なかなか痛々しい。

「なに? 夜這いに来るには早すぎるんですけど?」

「あのな、冗談言えるほど元気ならいいけどさ。シャルロットが負傷した従業員の人たちを手当てしてるから、お前らも手伝えって」

深夜にもかかわらず非常用の灯りが忙しく点々と。宿のあちこちで救護活動が行われています。わたくしたちのせいで、と言ったらちょっと自己嫌悪が深まってしまうけれど、現実問題、原因の半分は公爵家絡み。はあ、申し訳なさでさらに胃が痛く。


再び廊下に出て、手分けして救護の真似事をしてみると、部屋の片隅で倒れ込んでいた襲撃者が一人、うめいていました。他の仲間から置いていかれたらしい。カイと顔を見合わせながら、「見捨てられたのか?」と囁き合う。

「気の毒だけど、どうします? 敵は敵ですわよ」

「でも死なれちゃ困るんだよなあ。情報を引き出せるかもしれないし」

そりゃそうです。わたくしは鼻息をひとつ鳴らし、「悪役令嬢メソッド」で尋問すべくひざまずきました。すると、その男は焦点の合わない瞳でこっちを見て、切れ切れに「グ、グレンフィールド……の……血……を……」とか申し訳程度に繰り返すばかり。もう少し具体的な脅迫文句が欲しいんですけど……。


「なんとか喋らせられないかしら? わたくしの毒舌、そこまで万能じゃありませんわよ」

「やってみる? キツめにいけばワンチャンあるかも?」

「一瞬吸血姫にでもなりそうな物騒な台詞だしてこないでくださいまし!」

目を白黒させる男を前にコソコソ相談していたら、男は薄っすら嘲笑を浮かべ、「どうせ……お前らも……じき破滅……公爵、呪われた血脈……なんだよ……」と吐き捨てるように言い残し、がくり。……はい、死亡フラグ確定の最期でございました。悪役令嬢たちを侮った罰かもしれませんが、死骸を前にドン引きするしかありません。


そこへシャルロットが駆け寄り、手袋を外して脈を確かめ、「もうダメね……」とそっと目を伏せました。狡猾な黒幕がこの人物たちを駒として使い捨てた、そんな最悪の図式が見えてきて胸がムカムカします。と同時に、血生臭い現場をこれ以上見ていたくない気持ちが湧き上がり、わたくしはそっと顔をそむけました。


その後、部屋に運び込まれた襲撃者の亡骸から、また少し怪しげな小物が発見されました。蓋付きの紋章入りペンダント。中にはちぎれた羊皮紙とやけに血生臭い黒い羽根が入っていて、それを見たシャルロットが「これは普通じゃないわ……」と難しい顔。ああもう、次から次へと閃光のごとく悪い予感材料を投げ込んでくるのやめていただきたい。わたくし、精神的に処理仕切れません。


やがて辺りが白み始めたころ、ようやく宿の混乱状態は落ち着いてきました。次の行き先は当然グレンフィールド公爵領ですが、この襲撃の傷跡を考えると、引き返すという選択肢もちらりと頭をよぎります。実際、カイやシャルロットも「一度屋敷に戻って、対策を練るべきでは?」と提案するのです。

しかしわたくしは、バリバリと握りしめた拳に力を込めて、「いいえ、進みましょう」ときっぱり告げてしまう。自分の人生を押し流す“婚約”という運命が大嫌いなはずなのに、途中放棄するのがもっと許せない。もし逃げ帰ったら、あの皇太子やら陰謀グループに「ほーら見ろ、腰抜けめ」と鼻で笑われる未来が透けて見えてしまうんですもの。そんなざまぁ、わたくしが受け取るわけないでしょう。


「セレス、それで本当にいいの?」

リリアが案じるように声をかけてくる。もちろん怖いですし、次に襲われたら命がいくつあっても足りないかもしれません。でも、おとなしく引き返すわたくしなら、最初からこんなトラブル満載の婚約なんて選ばずに済んでいたはず。

「大丈夫。少なくとも、わたくしは“悪役令嬢”としてこんなハンパな幕引き、まっぴら御免なんですの」

胸を張って宣言してみせると、リリアは少し呆れ顔。しかし目には微かな敬意が宿っているようで、なんだか誇らしいじゃありませんか? 毒舌魂に火がついた以上、やるしかないのですよ。


結果、シャルロットもカイも、わたくしの強気に折れるようにして微笑み、「じゃあ、徹底的に面倒ごとをぶっ潰す覚悟で行きましょう」と声を揃えました。当然、宿の主人たちに別れの挨拶をするときも「お気をつけて。本当にありがとうございました」と涙目で見送られ、何だか罪悪感がマシマシ。また帰りに立ち寄る機会があれば、謝礼に山ほどチップを置いていくしかありません。


そうして意地でも前進すると決めた朝。何かが始まるような胸騒ぎと、何度目かわからない大きなため息を抱えながら、わたくしたちは再び馬車に乗り込みます。護衛強化の算段はこれから急ピッチで考えるとして、まずは己の気力を高めるために――いっそ裏で画策する連中全員を爽快に“ざまぁ”してやる妄想でもして、気合いを注入いたしましょうか。


頭上にはまだどんよりとした雲が広がるばかりですが、かすかに差し込む朝日を見上げて、わたくしは息を吐きました。もう後戻りはなし。公爵家がもたらす闇と、悪役令嬢としての自分自身の運命。全部まとめてねじ伏せてこそ真の勝利。ええ、わたくしは絶対に折れませんわ。次にどんな大波が来ようとも、笑いながら踏破して差し上げます――覚悟なさいませ、陰謀渦中の皆さま!

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