波乱を呼ぶ隣国からの客人10
あの騒動の直後だというのに、会場のざわめきはまったく収まる気配を見せませんわ。むしろ人々の好奇心がこれでもかと膨れ上がって、廊下を歩けば「さっきの昼ドラばりの修羅場ってこの子?」みたいな視線がひしひしと突き刺さるんですもの。わたくし、心の中では「どうぞご自由に眺めてちょうだい、しかし写真撮影は有料ですわよ?」とでも呟きながら、優雅な笑みをキープしておきます。
「セレスティア、お疲れー。気分はどう?」
控え室から出て廊下に出た瞬間、シャルロットが長いスカートをつまんで軽く駆け寄ってきました。彼女の瞳は相変わらずキラッキラ。こちらの胸中を察しているのか、もう少し大人しくしてよと言いたい反面、その元気さに何度も救われているのは事実なんですのよね。
「ま、ぼちぼち。ドレスを破られたり、眠り薬を盛られたりはしていないから合格点ですわ。たぶん今後、あの二人――というかあのおバカ皇太子ペア――が何を企んでいるかを探るのが私たちの課題になりそうだけど」
コツコツとヒールの音を響かせながら答えると、シャルロットは「そうよねー」と小さくうなずき、指先でくるくると髪を巻く仕草を見せます。すると、その後ろから親友リリアの姿も。彼女はきょろきょろ周囲を警戒しつつ、すっとこちらの耳元に囁きました。
「実はね、さっき使用人の人たちとちょっと情報交換したんだけど、どうやら皇女ヴェロニカはラフレス皇太子に“手早く証拠を隠せ”とかなんとか、せっついてたらしいの。あんなに盛大に失態を晒したんだから、よほど焦ってるみたい」
「へえ、あれだけ大騒ぎさせといて、今更なにを隠すつもりなのかしら。“自分たちは潔白です”ってシラを切る気満々?」
わたくし、少々呆れ気味に漏らすと、シャルロットがクスッと笑い声を漏らしました。
「潔白どころか、ど真っ黒だってみーんな気づいてるっていうのにねぇ。まあ、わたしとしては花形ステージを荒らしてくれてありがとうって感じよ。おかげで社交界が退屈しなくて済むわ」
なんともイイ性格をしているわね、と言いたいところですが、実際わたくしも同意見。退屈する暇などないほうが楽しいじゃありませんこと? どんな罠があろうとひっくり返して“ざまぁ!”してあげればいい話。なにしろ、一度邪魔を仕掛けられた程度でこのセレスティア・イヴァンローズが日和るわけありませんわ。
「でも――」
急にリリアの声のトーンが落ちました。わたくし、シャルロットと同時に彼女の顔をのぞき込むと、リリアは真剣な表情。これはなにかあるパターンですわね。
「どうやら騎士団の中に、隣国と組む可能性のある裏切り者がいるかもって噂があるみたい。もちろん“噂”レベルだけど、今回の件で不穏な動きが見えかけてるんだって」
「わたくしたちの国の騎士が、あんな連中と通じてる可能性がある? ふーん、そりゃあ面白い。ますますドラマチックになってきたじゃない」
「セレスティア、ちょっと。それ笑いごとじゃないんだから……」
シャルロットはさすがに渋い顔。でも、こういう時こそ安易に顔をこわばらせるわけにはいきません。相手もこちらの表情を探ってくるでしょうし、なによりわたくしのキャラ的に怖がったりしないのが信条ですもの。
「じゃあ今後は、転んでもタダでは起きない精神でいきましょ。むしろ向こうがどんな手を使うか、お手並み拝見といきたいところ」
そう吠えると同時に、曲がり角の先からカイがやって来ます。彼は相変わらず立ち姿が男前……なのに、歩くたびに靴から微妙に変な音がしてますわ。先ほど誰かのイスを強引に避けた際、変な角度で踏んで傷めたらしいです。
「おいおいセレスティア、おまえらこそ怪我とかしてねーか? なんならリリアに見てもらえ……って、見た感じは平気そうだな。まあ、おれはそろそろ限界なんだが」
「フフッ、ナイト的ポジションかと思いきや、自分が靴底ギリギリじゃ守るどころの話じゃありませんわね」
わたくしが口元をゆがめてからかうと、カイは「ちょっとはいたわってくれ」とぼやきながらも苦笑を浮かべました。どうやら大事には至っていないようで一安心。
すると、後ろの扉ががらりと開いて、ディオンが顔を出します。あら、そんなに急いでどうしたのかしら。彼はわたくしたちを見つけるなり、申し訳なさそうな顔で言いました。
「ラフレス皇太子とヴェロニカ皇女が、このままじゃ終われないとか言いながら“セレスティアをさらに恥をかかせる策がある”って、密かに騒いでいるみたいです。僕の友人が偶然聞いたって」
「またもや“私たちが本気出せば逆転可能!”みたいな根性論かしら。……じゃあ遠慮なく両断してさしあげましょう。いいわね?」
まるで『おかわりどうぞ』とばかりに挑発してくるあの皇太子ペア。わたくしを撃退し損ねたのが、よほど悔しかったのね。毒吐きたい気持ちがフツフツ湧き上がります。どうやら今夜の舞踏会、まだまだ幕は下りそうにありませんわ。
「せめて次のラウンドは、もうちょっと見応えのある“勝負”を用意してくれると助かるわ。ちょろまかした薬だけじゃ面白みに欠けるのですもの。さて、わたくされたち、作戦会議といきましょうか」
パッと周囲を見ると、リリア、シャルロット、カイ、ディオン、それぞれがいっせいにうなずいてくれました。さすが、いいチームワーク。すでに小部屋でのウォーミングアップも済ませていますし、次に何か仕掛けられても――むしろ仕掛けてきてほしいくらいの余裕はありますわよ。
──そこに、ちょうどルーファス様が姿を見せます。少し疲れ気味ではありますが、その眼差しははっきりとわたくしを見つめている。思わず背筋が伸びたわたくしに、彼は淡い笑みを向けました。
「やあ皆さん、どうやらラフレス皇太子とヴェロニカ皇女は“失地回復”を狙って動きはじめたらしい。警備体制はさらに強化させるけど、君たちも気をつけて。セレスティア、とくにね」
「ええ、ご心配には及びませんわ。矢でも鉄砲でも好きなだけ撃ってもらいましょう。わたくし、あなたの婚約者としての名に恥じぬよう、華麗にかわしてみせます」
そこまで言い切った瞬間、ルーファス様の瞳に一瞬だけ驚きが混じったのを感じました。彼がこれほどまでに心配そうな顔をするなんて、少し意外。けれどわたくしはあえて深く追及せず、彼が少しでもほっとできるよう、にこやかに微笑むだけにしておきました。
「それでは、わたくしはあちらに控えるお友達のところへ行ってくるわね。なんだか、次の一手がどうくるのか予想するのも楽しくなってきたんですもの。皆さまもどうぞお気をつけて」
左サイドに待機しているいつもの取り巻き――いえ、仲間たち――のところへ体を向け直し、わたくしは軽やかにステップを踏み始めます。シャルロットがすぐに続いてきたし、リリアたちも同じ方向へ。まるで舞踏会のフロアへ向かうように、一列になってすすり笑いを交わしあうこの感じ……なんとも痛快じゃありませんこと?
周囲からの好奇の視線? ラフレス皇太子サイドの不穏な動き? どんとこいですわ。わたくし、むしろ燃えてきたのです。あの二人に悔しい思いをさらに味わわせるなら、自分たちなりに舞台装置を整えてしまえばいい。ほら、せっかくの舞踏会ですし、暗転させるよりライトをガンガン当てて差しあげるのも一興でしょう。
「さあ、どんな手を見せてくれるのかしら。わたくしとしては、もっとド派手な展開を期待してますわよ、ラフレス殿下。……もちろん、結果はお分かりですよね?」
スカートの裾を翻し、背後にいる仲間へ向けて口元に指を立ててみせるわたくし。その仕草の示す意味はただひとつ。“わたくしたちの逆襲劇”は、まだ途中段階。終息なんかさせやしません。さらに強く、痛快なフィナーレを飾るまで、決して踊りを止めるつもりはないのですから──。




