波乱を呼ぶ隣国からの客人5
翌朝というにはまだ早い時間帯に、わたくしはバタバタと廊下を行ったり来たりしていましたわ。だって、あのラフレス皇太子が「朝からお話したいことがある」とドヤ顔で言い残してきたっていうじゃありませんか。おまけにヴェロニカ皇女も「ちょっとだけおしゃべりを」と抜かしている。いやいや、ちょっとだけで済むとは到底思えませんのよ。
「はあ~……寝起きにロイヤルコンビの洗礼はキツいですわね」
そう呟きながら、広間に向かう足取りが重くなるのは仕方ありません。眠気まで吹き飛ぶような緊張感ですもの。
すると、廊下の曲がり角で急に少年が飛び出してきて危うくぶつかりそうになりました。
「わわっ……おっと、セレスティアっ!? ごめん、ちょっと急いでて」
声の主はカイでした。何やら何本も巻物らしきものを抱え込んで、慌ただしげに走っているではありませんか。
「どうしたの、その大荷物」
「皇太子連中が『我が国の偉大な歴史書を披露する』とか言い出してさ。執事長が慌てて対抗資料を取り寄せてるんだよ。こっちも“しれっと格の違いを見せつけちゃいましょう”って作戦だとか」
「はあ……すごいバトル勃発中なのね。まるで文化対抗合戦ですわ」
文化交流っぽい響きだけど、絶対ただの張り合いにしか聞こえません。お互いに負けず嫌いオーラを放り合って、周囲まで巻き込んでるご様子。わたくしの婚約問題まで混ぜ込まれたらさらにカオス確定です。いやもう、予想通りすぎて笑いたくなってくるわ。
そうこう言っているうちに、次々と招集される家中の者たち。メイドや執事が慌てて廊下を駆け回り、置き忘れた装飾品など手にしては「あちらにも飾り付けを!」なんてもうてんやわんや。突然の押しかけロイヤルにここまで踊らされるなんて、さぞかし向こうは得意顔でしょうね。
「セレスティア、今は辛抱して。例の舞踏会までは何も荒立てないほうがいい」
通りがかったシャルロットが耳打ちしてきました。彼女も朝イチから髪型をきっちり整え、妙に気合い十分。
「でも私、もうそろそろ爆発しちゃいそうですわ。もし彼らがわたくしの前でまた“求婚”とか“奪い去り”とか言い出したら、耐えられる自信ないんですけど」
ハンカチをぎゅっと握り締めながら本音を零せば、シャルロットはうーんと唸ってから、すこし悪い笑みを浮かべました。
「まあ……相手が仕掛けてきたら、そのときは存分にやり返すチャンスかもしれない。ほら、あなたの“十八番”あるでしょ?」
「十八番?」
「そ。『ざまぁ返し』のことよ」
くすっと笑う彼女を見て、わたくしもちょっとだけ気が晴れてきました。確かに、やられっぱなしじゃないわ。やられた倍返し、ざまぁ上等。準備だけは万端にしておくべきですね。
そう決意を新たにしつつも、油断は禁物と思い知らされたのは――あろうことか突然、グレンフィールド家の応接室で皇太子と鉢合わせになったから。
「おや、随分と朝早いご出勤だな、お嬢さん」
にやりと嘲笑気味に言われ、「ええ、わたくしだって暇じゃありませんのよ。そちらこそ余裕たっぷりなご様子で?」と返すと、皇太子は鼻で笑いました。
「余裕とは失礼な。俺はただ、お前を正式に“こちらの国”からお迎えしたいと言っているだけだ。事情が変わる前にな、手を打ちたい」
……事情が変わる前? 嫌な響きしかしませんわね。焦りを感じてると言ってもよろしいかしら? 軽く警戒スイッチが入ります。
さらに油を注ぐのは、そこへだらりと現れたヴェロニカ皇女。彼女は優雅に挨拶してみせながら、背後に控えた侍女にクスクス笑いを投げかけ、わたくしを見下ろすように囁きました。
「グレンフィールド公爵は今日もお忙しいみたいね。まあ、彼の心を射止めるのは時間の問題ですわ。昔を思い出すと、あの方は結構お茶目でしたのよ。ふふっ……」
――己の存在感を存分に自慢しつつ、わたくしは「あらそうですか」以外の言葉を選びようがありません。何が“お茶目”ですって? 知るかそんなもの。わざわざ張り合って見せる余裕はないから、ここはバカバカしい煽りには乗らずに流します。
しかし彼女の視線は明らかに挑発的。いつでも勝負に応じる気大満々って感じですし、皇太子の態度も変に余裕ぶってる。これは近いうちにドカンと仕掛けてくる合図かもしれませんわね。
なんとか応接室から脱出すると、そこにリリアとディオンが待機していました。こそこそ声をかけてきたリリアいわく、
「舞踏会当日に、“香り”を使った策を仕掛けるらしいって噂を聞いたの。眠らせるのか、毒なのか、詳細はわからないけど……メイドの子がそれらしき小瓶を見かけたって」
なんという物騒な情報! これがゴシップじゃ済まないのが皇太子一味の怖いところ。わたくし達に警戒させるだけでなく、実際に仕掛ける気満々でしょうね。隣国からこんなダーティーな手口を運んでくるなんて、とんだ訪問客です。
ディオンは険しい顔で続けます。
「魔力の乱れがどんどん顕著なんだ。相手は魔道の道具か術者を使っているかもしれない。俺の力は安定してきているけど、不測の事態が起きたらすぐ知らせる」
「ありがとう。あなたがいてくれると百人力だわ。……燃え尽きないように気をつけてね?」
失礼ながら、ディオンの魔力暴走だって心配ではありますが、ここは彼を信用するしかありません。これまで何度も助け合ってきた仲間ですもの。
そんなわけで、来たる舞踏会と晩餐会は、表向きは“華麗なもてなし”裏では“危険極まりない謀略合戦”という修羅場に突入決定。わたくしも自分の身を守るため、活用できる護身術やら“ドレスを無しで動きやすい衣装に仕立てられないか”とか、細かく検討中です。もちろん、乙女ゲームのようにきらびやかな衣裳は魅力的だけど……命にかかわる事態ですからオシャレより安全第一よ。
昼下がりにリハーサルがあるというので、シャルロットと連れ立って広間へ赴くと、そこではカイが軽くステップの確認をしていました。彼は見つけるなり「おっそいぞ!」と手招きしてくる。
「『いざというとき踊りながら逃げる』とか『ドレスの裾を引きちぎって走る』とかいう作戦、ほんとに準備しとくのか?」
「当たり前でしょう。華麗に舞うように敵をチョイ避けして、そのまま一撃で返り討ちがベストよ」
カイは「物騒だなあ」と嘆息してるけど、これくらいしないとアイツらの“強奪イベント”を潰せそうにないんですもの。行けるところまで真剣にやりましょうとも!
そして日暮れ間際、ルーファス様から一通の文が届きました。
「“舞踏会当日には必ず行く。準備はぬかりなく”」
短いながらも、彼らしい端的な言葉がそこに綴られています。公務に追われがちなルーファス様が万全の形で登場してくださるなら、それほど心強いことはありません。ただ……具体的に何を計画しているのやら。わたくしの前でまた甘い言葉を囁き、ラフレス皇太子たちを回れ右させるような華麗な宣言でもするのかしら? それが実現したら痛快ですけどね。
いっぽうヴェロニカ皇女も「ルーファス公爵との二人きりのお茶会はいつになるの?」と騒ぎ立てているようで、こちらも負けず劣らず突撃スタンバイ中らしい。これほど食い下がるなんて、本当に未練たっぷりなんでしょうね。ならばどうぞ、最後に盛大に玉砕してくださいませ。わたくしのほうは負ける気ゼロですから。
……そう、負ける気ゼロ。どんな陰謀と罠が迫ろうと、最終的にわたくしとルーファス様の仲を崩そうなんて千年早いのです。むしろ皇太子&皇女の方々の寿命が縮むような“ざまぁ展開”が待っているのを、今から確信してしまいますわ。
その夜、部屋に戻ったわたくしはドレス姿での護身動作を練習がてら、お鏡の前でくるりと回ってみました。まだまだ完璧とは言えないけれど、やってやれないことはありません。
「さあ、覚悟なさいませ。わたくしは“悪役令嬢”にして最強のヒロイン(自称)ですもの」
自分にそう言い聞かせて微笑を浮かべると、胸の奥で膨れ上がる期待感にゾクゾクします。嵐のごとき舞踏会がすぐそこまで迫っている。絶対にただでは終わらないでしょう? しかし、それでこそ盛り上がるというもの。
次々と泡立つ企みの香りを嗅ぎ分け、こちらが一枚も二枚も上をいってみせますわ! そう拳を握りしめるわたくしの瞳は、暗闇の中でも怪しくギラついているに違いありません。
ああもう、待ちきれませんわね。うずうずするこの“ざまぁ欲”を解放する究極の場面がきっと訪れる――そう信じて、わたくしは夜空に向けどこか妖しい笑みを浮かべたのです。




