嵐を呼ぶ婚約への旅立ち 3
宿に着くころには、もう全員クタクタでベッドにダイブしたい気持ちだったのですけれど、世の中そうスムーズにいかないものですわね。なにせ外はしとしと夜露が降り始め、屋根のある場所に落ち着いたというだけで安心しかけた矢先、「あの、すみませんが何か騒がしいようで……」と宿の主人が青い顔で飛び込んできたんですもの。おいおい、もう勘弁していただきたいところですが、聞こえてくる低い怒声にピリッとした足音。あ、またしてもヤバい連中がいらっしゃったようで? ご苦労様ですわ。
「セレス、もしかして――また見事に当たりくじ引いちゃった?」
リリアがささやくように言うので、「当たりっていうかハズレしか入ってない福袋じゃございません?」と返してやりました。こんな嫌な予感しかない状況で、わたくしたちの胃は早速きりきり痛み出しています。ただ、ここまで来た以上はお茶会の優雅な空気を装ったって通じやしない。仕方ありません、悪役令嬢スタイルで返り討ちさせていただきますわ。
ところが、宿のロビーに降り立った瞬間、勢いよく吹きつける夜風とともに窓ガラスが「ガシャーン!」と割れ、黒ずくめの連中がどやどや雪崩れ込んできました。まーた物々しい出で立ちで登場してくれちゃって、わたくしすでにため息が止まりません。
「おい、そこの貴族風情、婚約話を白紙に戻さんかい!」
その脅迫文句、デジャヴ感ありすぎて笑えますけど? 今夜もご苦労なことで。こちらが引きつった苦笑を浮かべていると、黒装束の親分らしき男がズカズカと踏み込んできて、宿の主人や宿泊客たちを威嚇し始めるではありませんか。おかげで悲鳴じみたうめき声があちこちで発生。勘弁して、そんなホラーイベント望んでませんのに!
「ちょっと、また同じようなネタですか? もう少しマシな殺陣とか、ほら、もっと盛り上げられる脚本ないんですか?」
わざとらしく首を傾げつつ、わたくしは口角をぐいっと引き上げて皮肉を放り投げます。すると男はバシンとテーブルを蹴り飛ばしながら、「黙れ! あの公爵をかばう愚か者が!」と吠えてきました。はいはい、吠えるのはご自由ですが、破談しろだのなんだのと人の人生に土足で踏み込まれてばかりじゃつまらない。ここは一発、わたくしの毒舌で応酬盛り上げて差し上げようじゃありませんか。
「そんなにわたくしを潰したければ、もうちょっとスマートに誘導してくれればいいのに。バッサリ襲撃だなんて、あまりにも品がなさすぎでは?」
リリアが「セレス、今すぐ煽るのやめなされ」と細い声で諫めてきます。いや、わかってるんですよ。相手は単細胞な暴力集団かもしれませんが、こっちは巻き込まれた宿の人たちを危険にさらしたくない。そろそろやめといたほうが……と言いたいところですが、男は「やかましい!」とわたくしの手首を掴もうとしてきました。げ、触るなっての!
しかしそこに素早い動きで割って入ったのがカイです。彼は相手の手をひょいと跳ねのけ、「セレスがどうしても嫌だってさ」と軽口を叩いたものだから、男はますます立腹。いよいよ殺気ムンムンの空気に。あとでカイには「みんなで上手にかわせ」って言っときましたよね!? もう。
そこへさらに不運なことに、別の黒装束がダダダッと客室側の廊下からも登場して宿の従業員たちを取り囲み始めるじゃありませんか。このままじゃ人質を取られそうな勢い。やだやだ、まさに最悪の展開ですわ。
「言うこと聞かねぇなら、宿ごと焼いてやってもいいんだぞ?」
そいつは油の入った瓶みたいなものをチラつかせて、正真正銘の脅しに出ます。今そこにいる従業員のおばさんなんて「ひいい」と腰を抜かしてしまい、もう見るに堪えないくらい怯えて……。わたくし、ほっといたら寝込みそうだったリリアと目を合わせ、「これ、もしかして私たちのせいでこんな事態……?」と後ろめたい気持ちが湧いてしまいました。
そのときです。ルーファス公爵のお屋敷で見かけるような紋章をちらりと胸元に忍ばせた男が、ふと短剣を抜きかけているのに気づきました。何よそのマーク? 王家関係? もう、また嫌な予感の塊なんですけど。背筋がゾクッとした瞬間、シャルロットがぬっと横から現れて、その男の手首をがっちり掴んで一撃を空振りさせたじゃありませんか。ほんとにこの人、社交界だけじゃなくこういう物騒な場でも器用に立ち回るなんて凄すぎる。惚れ惚れしますわ。
「人質なんて卑怯なまね、よくも平然と言えるものね? ここで騒いでただで済むと思ってる?」
音もなくスッと回り込むシャルロットはさすがの貴婦人オーラを振りまきつつ、そのまま男の足を思いきり踏みつける! すると男は「ぐあっ!?」と情けない声をあげ、短剣を取り落としました。その短剣にはやはり何やら怪しい紋章が。これぞ陰謀の証拠品、ってやつでしょうか。後々じっくり解析して、首謀者を炙り出してやりたいものですわ。
それを見た親分が「こ…こしゃくな!」と今度は火炎瓶じみた瓶を振りかざそうとしたその刹那――カイとリリア、そしてわたくしが声を合わせて飛びかかり、瓶を叩き落とすことに成功! わあ、やればできるじゃありませんか、わたくしたち。ガシャンと床に落ちたそれは幸い割れず、中身も零れずに済んで一安心。宿はとりあえず焼失の危機を免れました。ホッ。
「ちょ、ちょっと! あんたら素人が何でそんなに厄介なんだよ!?」
親分が口を曲げて怒鳴る。まあ、さっきからわたくしオーラ全開で“悪役令嬢”やってますので、見くびっていただいちゃ困ります。とはいえ、本格的な武力制圧なんてむしろゴメンこうむりたいんですけれど。
「そっちが襲ってきたんでしょ。自業自得ですね。さて、次はそちら様の“謝罪のターン”じゃなくて?」
わたくしはわざと笑みを浮かべながら、親分を見据えます。すると、あれだけ強気だった男たちが急に目線を泳がせて、仲間同士で合図のようにヒソヒソと。何か嫌な作戦でも考えてる? でも、こちらも手荒な真似はご遠慮したい所存ですわよ?
けれど、親分がポケットから笛のようなものを取り出してピッと吹いた瞬間、廊下の奥から追加でさらに二、三人――じゃなく、倍以上の人数がわらわら押し寄せてきました。……え!? これ、笑えない規模ですよ?
「へへっ、重ねがけだ。こっちにはまだ援軍がいるってのを忘れてたろ?」
歯を剥いて笑う親分。その声が合図になったのか、黒装束集団は怒涛の勢いで詰め寄って――
「セレス、もうちょっと粘れる?」
「もーっと毒舌で追い払ってみましょうか?」
リリアと顔を見合わせ、意気込んだはいいものの、さすがにこれは多勢に無勢。婦人のシャルロットも、さすがに連続攻撃の余波で息が上がりかけ。これは正真正銘の押し返しピンチ……かと思った矢先、
「おやめなさい!」
甲高い声がフロント奥から響きました。そちらを見れば、宿の地下倉庫から杖を携えた宿の主人が出てきたじゃありませんか。しかもさっき腰を抜かしてた従業員たちも、ロープとか木槌とか、あるだけの武器を手に集結してきた様子。自分たちの宿を守る気概が伝わってきて、高揚感がじわり。まさに全員一丸の“迎撃パーティー”です。
「他所で聞きかじった知識しかありませんが、こう見えて昔はちょっと腕っぷしに覚えがあったんです!」
主人が唸り声をあげて杖を高く振り上げると、従業員たちも一気に勇壮な叫び声をあげて前に出てきます。その迫力に押され、黒装束たちが一瞬気圧されたところを逃さず、わたくしたちも最後の力を振り絞って突撃。床に転がった短剣を蹴っ飛ばし、火炎瓶も回収しながら、怒涛の勢いで黒装束連中を廊下の奥へ追い詰めました。
「ち、こんな田舎のしょぼい宿ごときに……!」
悔しげに唇をかみしめつつ、彼らは壁際までじりじり後退。派手に武器を振り回してた親分ですら、劣勢を悟ったのか舌打ちしながら「今日は退くぞ!」と仲間たちに合図し、転がるように逃げ去っていきます。ドタバタと駆け離れる足音とともに、嵐のような夜の襲撃が終わりを告げました。ふう……とりあえず安堵していいんでしょうか?
わたくしは荒い息をなんとか整えながら、隣にいるカイと目を合わせます。彼も疲れ切った表情ながら、どこかホッとしたように微笑み返してきました。また大怪我する前に済んで何より。とはいえ、あの短剣に刻まれた紋章、その裏の組織。そして公爵家への執拗な嫌がらせ――やはりただのチンピラの仕業で片付くわけがない。今度はどんな陰謀の尻尾を踏み抜いたのか、考えるだけで胃痛が増殖しそうですわ。
「……まったく。こんな大立ち回り、社交界じゃあり得ない光景よね?」
シャルロットが肩で息をしながら苦笑すると、リリアが「うん、私、体へのダメージより今後のトラブルが怖いわ」とへたり込んで答えます。私も同感ですわ。だけど、震える宿の人々を見ていると、ここで諦めるなんて選択肢はない。これ以上、私たちを巻き込もうとする黒幕がいるなら、徹底的に炙り出して“ざまぁ”を叩きつけてみせるのみ。ええ、そうでしょうとも、こんなもんで終わらせる気はさらさらありませんわよ。
息を吐きながら杖を片付ける宿の主人を見遣り、わたくしたちは軽く礼を言いました。すると彼は、「お嬢様方がお怪我なくて本当によかった。お代は要りませんから、とにかく今日はゆっくり休んでください」としきりに頭を下げてくださいます。いやいや、こちらこそご迷惑を……と頭を下げ返しつつ、もう何が何やら混沌状態。でも少なくとも、一晩の安眠を確保して明日に備えないと、話になりません。
「ああ、今夜は絶対熟睡するわ。明日の悪夢に備えてね」
リリアが力なく言って、カイも「俺も……もう寝かせてくれ」という声。シャルロットもぐったり首を振っています。わたくしだって、これまでだいぶ神経すり減らしました。さすがに少しは充電させていただかないと。
とはいえ、今さら引き返すつもりは毛頭ありません。たとえ次なる陰謀がどれほど途方もない罠であろうと、わたくしは意地でも食らいついてみせましょう。もう、こうなったら周囲にどう思われようが知ったことではない。
――そう、このごたごたを耐え抜いた先に待つ婚約と、キラッキラの“ざまぁ”の瞬間を逃す手はないのですから!




