波乱を呼ぶ隣国からの客人1
「ああもう、今朝はやけに空気がのほほんとしてませんこと? 嵐の前の静けさってやつかしらね?」
わたくしは頬杖つきつつ、視線を窓の外へぽーんと投げました。陽射しは柔らかく、気温はちょうどいい。おまけに屋敷の使用人たちも余裕の笑顔を振りまいていて、なかなかほっこりムードですわ。こんな優雅なお茶会日和に限って「隣国からのあの兄妹が来る」とか、もう確実に地雷の香りしかしませんのに。
「セレスティア、気抜きすぎじゃない? ほら、わたしたちもうちょっと練習しておかないとヤバくない?」
わたくしの向かいで大きな地図を広げているのはリリア。はいはい、わかってますわ。おそらく護身術強化の話でしょ? 最近どうにも物騒というか、どこから爆弾が投下されるかわかりませんものね。わたくしだって一応、結構真面目に拳の握り方とか学んでるんですのよ? ただまあ、いざ本気で殴る場面が来ると燃え上がっちゃう性分なので、むしろ周囲に止められるというか……ええ、先日だって近衛騎士が慌てて割り込んできましたもの。
「いいじゃない、ちょっとくらいセレスティアに暴れさせておけば。そもそも虫の居所が悪い時、彼女が一発やるだけで大抵は大人しくなるし」
と、シャルロットがくすくす笑っております。外見はほんわか令嬢でも、中身はわたくしと同レベルの猛者であると、みなさまに広めたい気分。危険極まりない女子が集まると、屋敷の廊下にほんのり殺気が混じるというのは本当ですわ。
けれど、和気あいあいも長くは続きません。奥からメイドが「隣国の使いが王宮に到着した」なんて急報を運んでくるものだから、みんな一気にせわしなくなりました。しかも来るのはラフレス皇太子とヴェロニカ皇女の二人。聞くところによれば、以前ヴェロニカ皇女はルーファスを“熱烈なまなざし”で見つめていたとか。なんですって? わたくしのダーリン(本人は病弱キャラを装う闇の人格アリ)にそんな過去が? ええ、そりゃあ多少は動揺しちゃいますわよ。
「セレスティア、大丈夫?」
リリアがどうにも気遣わしげに覗き込んできます。大丈夫なわけがないでしょうに、でもここは気丈に笑っておきましょう。
「わたくしに不用意に近寄ったら、“ざまぁ”必至ってことだけ教えておいて差し上げたいですわね」
「うわ、毒舌きたー!」
シャルロットが嬉しそうに手を叩き、リリアは苦笑しながら髪をかき上げました。これだから悪役令嬢はやめられませんの。
そんな一方で、わたくしの婚約者であるルーファスは当の朝から公務で忙殺されております。遠くの執務室で書類とにらめっこしてる姿をチラ見したら、視線すら合いませんでしたわ。まったく、こういう大事な局面に限って放置プレイですのね。でも知ってますわよ。明らかにソワソワしてましたもの、あの人。噂になった“元ファン”皇女の登場に、どう顔を合わせる気なのかしら。
「ルーファス様のこと気になるなら、今のうちに行ってあげれば?」と、さりげなくシャルロットが促してきます。
「いいんです。あの人、自分のタイミングでちゃんとやってくるタイプですから」
「うわあ、信頼関係ばっちり。わたしには眩しすぎるよ」
リリアがわざとらしく目を覆い、シャルロットは頭を振って笑顔。そうなんです、わたくしは彼を心底信用しております。婚約破棄も愛憎劇も大好物だけれど、ルーファスとの関係だけは絶対に揺るぎませんから。
それにしても問題はあの皇太子ですわ。噂によればラフレス殿下、他国で気に入った婦女子を「一目惚れした」とか言って強引に求婚する常習犯なんですって。まさか、こちらでもやらかす気ではありませんわよね? もっと言えば、わたくしを狙うなんてことは……あら、もしそうなったら “悪役仕草フル装備”でド派手に返り討ちにして差し上げますわよ。
「あ、それからディオンが『しばらく館に控えたい』って言ってるよ。魔力制御がうまくいかないから、あんまり出歩きたくないんだって。セレスティアに直接言うのは遠慮してるみたいだけど……」
リリアの報告に、わたくしは一瞬だけ眉をひそめました。ディオンの魔力は確かに厄介。わたくしとしては徹底的に彼を守るつもりですけれど、研究者の餌食にされる前に手を打たなくちゃ。要するに、こっちも時間がないってことですわね。はぁ、問題がてんこ盛りで、嬉しい悲鳴が止まりません。
「もう、嵐だろうが地雷だろうが大歓迎。でもその前に、ちょっと体術の復習しておくわ」
わたくしが椅子をスッと立ち、シャルロットたちとホールへ移動するや否や、カイが登場しました。例によってむすっとした顔ですが、言うことは協力的。
「その練習、俺も混ぜろよ。お前だけカッコつけられたら尺に触るからな」
あらあら、ここにも隠れツンデレが一名。リアクションには毒が混じりますが、手助けには本気がこもってるのがわかります。こういう仲間がいるからこそ、わたくしは心強いんです。
わたくしとカイとリリア、シャルロットのちょっとした稽古が始まると、使用人たちが「あらあら楽しそう」と笑いながらも、いざとなったら大けが必至の雰囲気を察するのか、遠巻きに見守ってます。そりゃそうですわ。ほらカイ、その長い脚! 危ない! わたくしに回し蹴りなんてしてくる気?
「いきなり本気ですわね、腕に負けじといきますわよ!」
「誰が手加減するか!」
こうしてわたくしたちは嗜む程度(盛大に見える?)の護身術をおさらい。ちなみにシャルロットとリリアは杖の扱いを練習しながら、合間合間に「セレスティアー! もっと腰入れて!」なんて指導してくるのがなんとも愉快。
そんなこんなしながら、わたくしはふと思います。あと数日後にはラフレス皇太子&ヴェロニカ皇女が堂々と王宮に現れ、なんなら公爵家にも挨拶に来るでしょう。そのとき、わたくしはどんな顔をして迎えてやろうかしらね? 「あらまあ、ルーファス目当てならお引き取り下さいませ。ついでにわたくしへの求婚とかは一切ノーサンキューですわよ」なんて笑顔で言えちゃう自信、ありますけど?
けれど胸の奥に小さな不安もあります。過去にヴェロニカ皇女がルーファスに向けていた想い、一体どの程度のものなのか。もし再燃なんてしたら、間違いなく面倒な火種になりそうで――けれど、わたくしは悪役令嬢。火種ならむしろウェルカムですわ。容赦なく消火という名のざまぁ展開へ誘って差し上げます。
「さぁ、いよいよ次は隣国の皇太子たちがくるわねぇ」
シャルロットが身体を伸ばしながら、感慨深そうに呟きました。
「ええ。準備万端、いつでも来なさいな。わたくし、公爵夫人(予定)の名にかけてガツンと見せ場を作りますわよ」
からりと笑って、わたくしは誇らしく胸を張ります。このまるで学園祭前夜のようなドキドキ感、たまりません。恋あり、陰謀あり、魔力トラブルに隣国トラブル。次から次へと波乱続きですが、わたくしにとっては最高の宴。
「もし皇太子がナンパしてくるなら、返り討ちにするんだぞ」
カイが冗談半分で言うと、リリアとシャルロットは声を合わせて拍手喝采。
「一瞬で地に伏せさせるわ。そしたらもう、鼻っ柱叩き折れて二度と近寄れないでしょうね。おほほ!」
結果はわかりませんが、何かが起きる予感はひしひし感じています。悪役令嬢の勘はめったに外れませんから。
こうしてわたくしは、不穏な空気が漂う隣国の一行を迎え撃つべく日々を重ねることにしました。ディオンの魔力問題も後回しにはできませんが、いまはまず、ラフレス殿下&ヴェロニカ皇女の“挑戦状”を受け取るのが先決です。さあ、さっさとやってらっしゃいませ。わたくしの平和を乱すなんて一筋縄ではいきませんわよ。
――嵐が起こる予感? 大妙。お望みならわたくし、真っ向からお相手いたします。この華麗なる“セレスティア・イヴァンローズ”に、どんな手を仕掛けてくるのか、心待ちにして差し上げますわ。次なる展開への胸騒ぎを抱くほど、わたくしのテンションはうなぎ上り。どうぞ、存分にわたくしを楽しませてちょうだいませ!




