海辺の別荘と夜会での華やかな波乱 14
それからしばらくして、公爵家の朝はいつも以上に慌ただしい空気で満ちておりました。わたくしが立ち上げた新ブランド「セレスティア・サファイア」の売り出し準備が本格化してきたせいか、使用人たちがひっきりなしに駆け回っているのです。どこかで書類が散乱するガシャガシャ音、あっちでは誰かが「サファイアの石はどこに置いた!?」と絶叫。朝っぱらから修羅場っぽいんですけれど……案外わたくし、このカオス感、嫌いじゃありませんのよ。まさに“創造の嵐”というやつですわね。
とはいえ、わたくしが社交界で勝負をかける以上、ブランドの立ち上げは一大イベント。日頃の怠慢がバレないよう、皆さま気合いが入りすぎなのです。特にシャルロットとリリアが「色合いの見せ方が命よ!」「サファイアと言っても地味な印象は避けたいわ!」とテンション高く張り切っておりまして。その端で「いや、派手に盛ることこそ最強!」と反論してくる侍女見習いちゃんがいたりして、なんだか分科会状態。いずれにせよ完成イメージがどうなるかは、わたくしですら予測不能ですわ。
朝の打ち合わせを一通り終えると、使用人相手に「今のうちにしっかり仮眠でも取っておかないと倒れますわよ?」と脅し……もとい優しい助言を入れて回ります。だって現状、全員目が血走ったまま走り回ってますからね。これ以上過労で倒れられたら、目も当てられませんもの。
そんな中、わたくしは屋敷の奥まった廊下でばったりルーファスと遭遇しました。彼はなんだか気恥ずかしそうに視線を漂わせております。昨夜会以来、少々空気がぎこちなくなるかなと思いきや、意外と彼なりに平常運転を保っているようで安心しましたわ。もっとも、あの嫉妬爆弾の記憶がわたくしの頭をくすぐるせいで、ついニヤニヤしてしまうのですけれど。
「……あまり無理はするなよ。ブランドの件も気合いを入れるのはいいが、夜会の後ということもあるし……」
「お気遣いありがとう。でもそれを言うなら、あなたも休むべきでは? わたくしほどの“元気印”令嬢を捕まえて心配している暇があったら、自分の身体を労わってくださる?」
わざと上から目線で言ってみたら、彼は苦笑いしつつ「はいはい」と軽くため息。こんなちょっとした掛け合いですら、わたくしの胸には一種の甘酸っぱさが広がります。ああ、もう、何度でも言うけどルーファスのそういうところ、可愛いじゃありませんの。自覚あります?
さて、わたくしがそんな浮かれ気分で廊下を抜けると、執事が深刻そうな表情で報告書を手渡してきました。噂に聞いていた海辺の町の治安悪化、やはり形となって現れています。盗賊というほど大がかりでもないけれど、小競り合いや窃盗が増えているらしく、ひそかに怖がる住民の声が届いているようなのです。わたくしの新ブランドを売り込む先だって、領地内の商人を頼るつもりなのに、これじゃ向こうも落ち着いていられないでしょう。まったく、クロード皇太子が裏から手を引いている疑惑も浮上しているし、なにやら香ばしい香りがしますわね。
問題はこれだけでは終わりませんでした。今度はディオンが「とても大事な話があります」と物憂げな顔で近寄ってきます。どうやら、魔力研究の専門家とやらが本格的に動きだしたらしく、彼らがディオンのことを“非常に興味深い被験体”と呼んでいるのだとか。わたくしの目の前でディオンったら唇を噛み締めて、「俺がこういう体質なのは仕方ないけれど、利用されるのだけはごめんだ」と青ざめた顔で訴えてきました。
「もちろん、黙ってやられるようなわたくしではございませんわ。あなたを不当に扱う研究者がいるなら、ばっさり叩き返して差し上げますからね?」
「……ありがとう。でも、もし本当に王家が絡んでいるのなら、きみが危険に巻き込まれる可能性もある」
「危険? それこそ我が家の専売特許みたいなものですわ。気にせず一緒にざまぁしてあげましょう」
わたくしが肩をすくめて答えると、ディオンはわずかにほほ笑んでから「頼もしすぎる」とひと言。いいですね、苦悩の塊がちょっとだけほぐれたようで。
そんなやり取りを目撃していたカイが、「お前、本当にブレないな」とあきれ顔でぼそっと呟き、自分は自分で警戒態勢を強めるらしいです。幼馴染みのわたくしがこう言うのもなんだけれど、カイは剣の腕なら一級品。実力を隠しきれてない点が玉にキズだけど、いざとなれば相当頼もしい味方になってくれるでしょう。
その日の午後、今度は皇太子クロードと皇女ソレーユの動向を探っていた情報屋からの連絡が入りました。やはり奴ら、夜会の後も何やら企んでいるとのこと。どうせ地味に嫌がらせを仕掛けてくるか、わたくしの破滅フラグをお膳立てしようとしてるんでしょう。浅はかですわねぇ。言うまでもなく、そのフラグは粉砕済みなのであしからず。
そして、夕刻になってようやく一息ついたころ、わたくしは護身術の稽古部屋へ足を運びました。転生前のゲーム知識どおり、ここから先のシナリオはやたら物騒な展開が増えるはずなのです。ならば、実践スキルをアップさせておくに越したことはありませんもの。すでに柔軟体操で筋を伸ばしていたシャルロットが、「あら、今日も気合い十分ね」と笑っております。こういうときの彼女は妙に頼れるので助かりますわ。
「ふふっ、なんだかセレスティア、目がキラキラしてる。さては“危機はチャンス”とか考えてるんでしょ」
「バレました? だって決心ついちゃったんですもの。わたくし、公爵家を守るためにも、そして自分の運命を護るためにも、何でもかんでもなぎ倒す覚悟はできてますから」
「うわあ、さすが悪役令嬢。将来的に“魔王公爵夫人”なんて呼び名がつくかもね?」
シャルロットが茶化すように言うと、そこへリリアが胸を張って合いの手を入れます。
「それはそれでなんかカッコいいわ。新たな称号ってことで、早速わたくしが乙女雑誌に売り込んであげようかしら?」
「ちょっと、変な異名をつけて広めるのはやめてくださいまし!」
そんな風にわいわいギャーギャー言い合ううちに、わたくしはまるで昔の部活動のような熱量を取り戻しておりました。だって、どこを見渡しても課題と謎が山積みなんですもの。燃えないわけにはいきませんわよ。
さあ、いよいよ次の社交パーティが視界に入ってきたところです。新ブランドの売り出し、海辺の町の治安、新たに始動する皇太子と皇女の陰謀、ディオンの魔力問題……舞台は完全に整いつつあります。わたくしはこの逆境を絶好のチャンスへ変え、ヴィラン令嬢としての華麗なるざまぁ返しをお披露目するのみ。
関係者はみーんな、黙ってわたくしの大勝利を見届けるといいのですわ。ルーファスの嫉妬で垣間見えた甘い関係も、ここからさらに美味しく味付けする予定。たとえどんな愛憎劇が待っていようと、どんと来いですわ。むしろ大好物。わたくしは一気に駆け上がってみせましょう。
暗雲立ち込める公爵家を背負い、新たな決意を胸に、わたくしセレスティア・イヴァンローズは今日も高らかに宣言しますわ。 この物語、まだまだ終わりませんことよ! 拍手喝采のクライマックスへ向け、全力で突き進むといたしましょう。さあ、誰が何と言おうと、わたくしの未来はわたくし自身で切り開いてみせますわよ。




