海辺の別荘と夜会での華やかな波乱 10
アルゲンテア家の夜会会場は、まるで名家の品格を絵に描いたような壮麗さ。なのに、その扉をくぐったとたんにわたくしは冷や汗タラリ。どうしてかって? 奥のほうでうろつく怪しげな貴族たちのヒソヒソ話に加え、クロード殿下とフォーン侯の結託をチラつかせるような視線がビシバシ飛んできているんですもの。これ以上ないくらい嫌~な空気漂ってますわ。まったく、せっかく華やかに盛り上がりそうなのに、何なんでしょうこの違和感。
「セレスティア、ドレスがずいぶん映えてるじゃないか」
ルーファスが、わたくしの隣でぼそっと囁きます。その声のトーンはさっきまでの嫉妬オーラが少し引っ込んだ感じ。さすがに周囲の目がある状況では、あまり露骨に所有権主張できないってところでしょうか? 今宵わたくしが纏っているのは、あの“セレスティア・サファイア”を映えさせるために用意された特注ドレス。宝石の輝きがドレスの刺繡からもキラキラと煌めいていて、遠目には「ふふん、歩く宝石箱ってこういうことよ!」と高らかに宣言しているようなもの。どうです、この水色の裾がふわりと揺れるたびに周囲の羨望が刺さる感じ。ああ、悪役令嬢やってる甲斐があるってものですわ。
「まあ、アルゲンテア家ですもの。こんな夜会くらい朝飯前に仕切れるでしょうけれど、あちらさんもわたくしに『セレスティア・サファイア』を存分に披露してほしいみたいで」
軽口を叩きながら、わたくしは姿見がわりに窓ガラスに映る自分をチラッと確認。髪飾りにあしらった青い宝石が、場の照明に反射してまるで青い炎みたいに光っています。ここまで豪華に盛り上げられると、逆にプレッシャーがすごい。失敗したら「え? せっかくの新ブランド、意外と大したことないね」なんて陰口を叩かれそうですもの。もっとも、今ここで失態を晒そうものなら、皇太子派が待ってましたとばかりに突っついてくるに決まってるし。
「セレスティア、見て。リリアたちがアルゲンテア家の先代ご夫婦に囲まれてる」
シャルロットの視線の先では、リリアが目を輝かせながら何やら先代のご婦人にものすごい勢いで質問攻めにされている。先代ご夫婦は、アルゲンテア宝石の伝統とか、夜会の由緒とか、とにかく語りたがりなご様子。いつもならリリアが曲者相手に鋭い質問を投げ返す展開が多いんだけど、今回は完全に相手の熱量に押され気味ね。あれはあとでフォローしないとリリアが心折れそうだわ。
そのとき、わたくしの胸元をじっと見つめていた中年紳士がツカツカと歩み寄ってきました。名札(じゃないけれど身分を示すバッジ)によると、どうやら伯爵位のお方。ニコニコ顔がやけにソフトですが、その目はもう「宝石! 宝石ちょうだい!」と手ぐすね引いてる商魂むき出し。呆れつつも礼儀上、ご挨拶だけはしなくちゃ。
「セレスティア・イヴァンローズと申します。今宵はありがとうございます。皆さまにお披露目……いかがでしょう、“セレスティア・サファイア”」
「おお、素晴らしい輝きですな! 実物は噂以上だ。ぜひうちの伯爵領でも販売を――」
はいはい、来ましたわ商談。噂話で聞いてはいましたが、これほど食いついてくるとは。小声で「ルーファス、どうする?」と尋ねると、ルーファスはフッと優雅な笑みを浮かべて伯爵を見やります。
「詳しい話は後ほど我が家の執事が承りましょう。今夜は夜会、楽しく過ごすための席ですので」
ほう、いつもの冷ややかモードとは違い、丁寧にあしらえる余裕があるんですね。伯爵は上機嫌で「ではまた!」と去っていきました。商人顔負けの熱意だったから、下手に絡まれていたら面倒なことになっていたかも。ありがとう、ルーファス。こういうとき頼りになるわ。
ところが油断していたら、今度はクロード殿下とフォーン侯が二人連れ立って近づいてきたじゃありませんか。あーもう、あきらかに面倒度合いがグレードアップ! つい先ほど、乾杯の場で意地悪な言葉を交わし合ったばかりなのに、どんな顔して登場するのかしら。フォーン侯はうわずった声で「ああ、セレスティア嬢! 殿下があなたをぜひご紹介してほしいと――」なんて演技丸出しのスマイル。そうですかそうですか。わたくしとルーファスをひとまず殿下に近づけて、また変な絡みを期待しているんでしょう? わかりますとも。もうこれでもかってくらい司会進行係やってますもんね、あなた。
「ふふ、グレンフィールド公爵閣下も、こんな華やかな場所でご活躍いただけるとは光栄です。あのご病弱っぷりがただの噂であれば、わたくしとしても敬服に値するのですが」
クロード殿下がまるで毒を混ぜた笑みを浮かべて、ルーファスをチラ見。しかしルーファスはその程度じゃ動じません。むしろ「どうぞ続けて?」とでも言いたげにクイッと首をかしげてみせるから、もうまるでカウンセリング受けに来た患者さんみたいな余裕ぶり。それに殿下、一応ここはアルゲンテア家の夜会、外で大暴れは控える場面でしょうに。まあどうせ嫌がらせは小出しに続けるつもりなのでしょう。
「おだやかに参りましょうよ、殿下。いまこの場で騒ぎになったらフォーン侯が涙目になるだけですし」
わたくしがさらっと皮肉を混ぜると、フォーン侯は「ひゃあっ! そ、それは困る!」と弱々しい声を上げ、クロード殿下をそろそろと引き離す。おやおや、さすがに今回は早めに退散? 珍しく扱いやすい展開じゃありませんこと。どうやら前話(などとあえて言いませんが)でのにらみ合いで、少しは懲りてくれたのかしら。
リリアとシャルロットも、遠巻きに「しっしっ」と手を振って何か合図してくる。視線の先を見ると、先代ご夫婦がお待ちかねで、さらにその向こうではディオンが溜息をつきながら周囲に捕まっている様子。「魔力研究」という甘美な響きにつられた学者や貴族が群がっているんですよね、きっと。ディオンが苦笑いをしてるってことは、ついさっきまで突破口を探していたけれど、うまく逃げられなかったんでしょう。後でまとめて救出ミッションを行わなきゃ。
「ルーファス、ちょっと先代ご夫婦にご挨拶してくるわ。あなたは方々から引っ張りだこでしょうし、合間にフォロー入れてくれると助かる」
「任せろ。俺もおまえを一人にはしない」
ここでまたギラッと目が光るのは、嫉妬スイッチ作動の合図かな? ええ、いいんですよ。あなたの“騎士”モードはちょっと格好いいんだから。深い紺色の衣装に身を包んだルーファスが、さらりと手を差し伸べてくるのに、わたくしも悪い気はしません。さっきみたいに拳をふるう直前みたいな怖いオーラはだいぶ引っ込んだわね。一安心。
先代ご夫婦は相変わらず熱量満点で、さっそくわたくしの宝石を手に取って「ひゃー、こりゃまた素晴らしい色合いだこと!」と興奮気味。リリアが「いえ、ここだけの話、『セレスティア・サファイア』はもっとすごい企画が進行中でして……」と切り出した瞬間、先代ご主人の目がキラーンと光ったのが印象的でしたわ。何でもアルゲンテア家と公爵家のコラボとか? 詳しくはシャルロット情報だけど、まだわたくしにも完全には知らされてない計画らしい。こういう話があっさり進んでしまうあたり、貴族社会はほんと縦横無尽に動きますわねえ。
わたくしの留守を見計らってか、クロード殿下のグループがまたどこかで策略会議を開いているようだけど、まあしばらくは放っておきましょう。どうせロクなことを考えてないに決まってますもの。結局のところ「皇太子が公爵夫妻をけん制している」っていう噂がどんどん広まって、わたくしたちのブランドが注目されるんだったらむしろ好都合。フォーン侯だって盛り上がったほうが喜ぶはずよ。今夜は、こちらのほうが主役の座を奪われる気なんて全然してませんしね。
「セレスティア、ありがと、少し息継ぎできたわ!」
リリアが先代ご婦人から解放され、駆け寄ってきて胸を押さえてます。相当しゃべり倒されたのね。シャルロットは「まあでも、夜会らしい騒がしさ。これくらいが私たちにはちょうどいいんじゃない?」と笑いながら、おいしそうなデザートをかすめ取っている。「あら、それわたしが狙ってたムース!」とリリアが抗議してるんだけれど、シャルロットはひらりと身をかわして食べてしまいました。やれやれ、どこまで自由なの、あなたたち。
そんなほのぼの(?)シーンに癒されかけたところで、今度はどこか奥まった一角から小さな悲鳴が聞こえました。おや、これはトラブルの香り。わたくしとシャルロット、リリアが互いに顔を見合わせ、「またですか」と苦笑しつつ駆け寄ってみると――どうやらディオンが言い争いに巻き込まれているではありませんか。相手は見覚えのある魔力研究者ですって? 何をそんなにヒートアップしているのかしら、まさかディオンの魔力を強制的に測定したいとか言い出したんでしょうか?
「おいおい、ディオンをいじるとは、また危険なことを」
カイが途中で合流してくれてぼそっとつぶやく。そこに追いつくルーファスが「……面倒だな」と眉をひそめるけれど、はい、わたくしもだいぶ面倒だと思ってますよ。だけど助けるしかありません。だって、こういうスキャンダルが起きたら悪役令嬢の出番ですもの。
さて、会場中から好奇の目が集まる中、わたくしはディオンの肩をポンと叩いてひょいっと割り込む。ふんわり笑いつつも眼光はキッと鋭く。何なら背後でシャルロットが「ざまぁ準備完了ね」とウキウキしてるし、リリアも「相手の論破はお任せください!」とばかりに構えてる。
――さあ、この騒ぎ、どうやって一喝してやろうかしら。ひとまずは「ディオンにつきまとうなら、相応の覚悟は終わり?」って問い質す方向で。問題解決のついでに、わたくしやルーファスへの嫌がらせも一掃できたら最高。夜会はまだまだ終わらない。そこにクロード殿下まで混ざってくるんでしょう? つくづく波乱尽くしで、こっちのジェットコースター熱が冷める気配は微塵もございませんわ!
さあ、ここからが本当の山場。次の瞬間、わたくしは満面の笑みでディオンの前に立ち塞がり、そして――悪役令嬢らしい毒舌の刃を閃かせる準備を整えたのでした。どいつもこいつも覚悟しなさいませ、きょうは誰も彼も華やかなステージの脇役として、わたくし達の“ざまぁ無双”の見物人と化していただきますわよ! さあ行くわよ、わたくしのとびきりの秒読みに備えてちょうだい!




