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嵐を呼ぶ婚約への旅立ち 2

「ええい、そこのへらへらした嬢ちゃん!」

足止めしてきた先頭の男が妙に甲高い声で吠え立てるので、わたくしは背筋をピンと伸ばし直しました。なにしろ彼らの容姿がいかにも「裏道で酒とチンピラがご挨拶」みたいな雰囲気なので、こちらもそれなりの“気合い”が必要ですわ。こんな状況、誰も望んでないんですけれどね。


「まあまあそんなに叫ばなくても結構聞こえておりますけど? そちら様、喉を痛めませんこと?」

笑顔を作って返答してみせると、男はギョロッとした目つきで「いいから黙れ」と放ってきました。わたくし、内心では“げっ、しゃべりにくい相手”とげんなりしながらも、こういうときこそ笑いが大事。だって下手にビビってると思われたら負けみたいなものでしょう?


「ぶっちゃけさぁ、あんたには公爵家との婚約、やめてもらう。そうすりゃ見逃してやらんでもないぞ?」

妙な威圧感を含ませながら話してくるその男を見据え、わたくしは「おお、ずいぶんと強引な御提案」とくすりと笑いました。いや、実際笑えませんけど、下手に動揺は見せたくないのですよ。


「へえ、じゃあ断ったらどうなさるおつもり? まさか私の髪でも引っ張って、号泣させてくれるとか?」

「……テメェ、この立場わかってんのか?」

「ええ、いい感じに四面楚歌ってやつですよね。ありがとう、痛感しておりますわ」


横で見ているリリアが腕を組みながらにやりと笑い、「セレス、余計に相手を煽っちゃダメよ」と軽く囁いてきます。言われなくても承知なんですけれど、あちらがケンカ腰なら、ささやかにこちらだって皮肉を踏み倒したくなるものです。


「そっちの茶髪の兄ちゃんと、そこのお嬢さんも共犯か? 大人しくお縄につくんなら――」

「お縄って、何の容疑でしょう? 罪状が漫然とし過ぎじゃありません?」

カイが低い声で割って入ると、相手は明らかにムッとした表情に。駄目だ、わたくしの友人たちは軒並み毒舌属性ですもの。今回の下手人さんたちとは相性が悪すぎるかもしれません。


「それより、あんたたちさぁ、公爵様に何か怨みでもあるワケ? この婚約潰したからって、あたしら平和になる保証どこにあるのよ?」

リリアが肩をすくめながら問いかけると、男は「ああ?」と不機嫌な声を漏らし、仲間たちに視線を投げました。どうやら誰かに言われて動いているって雰囲気がプンプン漂っています。


「そっちが素直に破談を飲めば、うちの雇い主は喜ぶんだとよ。俺らは命令通り動いてりゃいいんだ。さっさと承諾しろや」

「ふむ、雇い主……ほうほう、とってもわかりやすい構図ですわね。ご苦労さまでございます」

わたくしはもう、鼻で笑うしかありません。言葉こそ荒っぽいですが、頼まれてやってる便利屋のように見えてきますし、背後には確実に“とあるお方”の影があるのでしょう。


だけど、こっちも「わかりました、婚約やめまーす♪」なんて返すわけにはいきません。家族のためだとかその辺りはもう散々自分の中で納得してますし、今さら方向転換はありえないんですもの。


「話になんねぇな……さっさと終わりにすんぜ」

男が合図すると、取り囲んでいた手下らしき連中がじわりと狭まってきました。わわ、怖い。わたくし、大声で叫びたい気持ちをグッと飲み込みます。


ところが、狭まってくる男たちの横合いから、突然キンと金属音が響きました。見ると護衛隊の精悍そうな兵が一人、剣を抜いてブンッと宙を切りながら「この令嬢に手を出すな!」と制止してくれているじゃありませんか。あら、頼りになるじゃありませんか。わたくし、思わず拍手したい衝動に駆られました。


「でもこれ以上やり合うなら、お互いに痛い思いをしてしまいますわよね? やめません?」

わたくしはわざとらしく首を傾げてみせるものの、「ハッ、それを決めるのは俺たちだ」なんて返事が返ってくるだけ。まったく、お硬い連中ですね。


だけど次の瞬間、ひときわ耳障りな“ドンッ”という暴発音のような衝撃が走り、思わずその場にしゃがみ込んでしまいました。ぶるぶるっ、何が起こったのか一瞬わからなかったのですけれど――どうやら手下の誰かが矢を放ったらしく、馬車の横にグサリと刺さっているではありませんか。


「ひいいっ……」

横でリリアの顔が青ざめてにやけたような引きつりに変わりました。滅多に動揺しない彼女でもビビる瞬間はあるんですね。そりゃそうです、こんな危険極まりない場面、誰だって冷静じゃいられませんよ。


「あー……もう、あんたたち、控えめに言ってクズすぎですわ」

思わず本音がこぼれ落ちました。相手もわたくしの言葉にカッとなったのか、「何とでも言え。敗け犬になるのはてめぇのほうだろ」なんて唸り声をあげています。こんな状況、どう考えても一触即発。


「カイ、リリア……さすがに笑ってる場合じゃなさそうですよ。わたくし、本当に逃げる準備していいですか?」

「逃げ道、確保できたらね……」

カイが目を細めて周囲を見回し、リリアは引き結んだ唇でぐっと耐えている様子。護衛隊数名が前面に立ちはだかってくれているものの、敵の数もけっこうなもの。これはマズい、非常にマズい。


そんな空気をピリピリと引き裂いたのは、思わぬ方向からの声でした。

「そちら、弓矢を持ったまま動くな! この場は王国法の秩序を乱す行為とみなし、反逆罪で取り締まる!」

バサッと翻るマントに、金色を象徴する王家の紋章。ぎょっとしてそちらを見ると、なんとそこにはクロード皇太子の紋章を背負った、いかにも優秀そうな近衛兵が現れたではありませんか。


「えっ、ちょっと待って……これって噂の“皇太子派閥”?」

小声でカイが唸る。こちらも「あまり助けられた気になれない」と顔を見合わせました。あちらはあちらでルーファス公爵を嫌っているはず。なのに今回、わたくしたちを助ける理由があるのかしら?


「この場の混乱は我が主の望むところにはございません! 速やかに退きなさい!」

近衛兵の威圧に、男たちは「あ、あぁ?」と戸惑ったように後ずさり。どのみち法を振りかざされちゃ分が悪いんでしょう。


わたくしはとりあえず隙を見て、護衛隊の後ろに隠れつつ息を整えます。思いがけず皇太子陣営に助けられる形になるなんてこの展開、ちょっと予想外というか、不気味なくらい。


「ちっ、せっかく稼ぎ時だったのに」

男たちは舌打ちしながら、ささっと崩れ散るように退却していきます。どうやら大掛かりな騒ぎになる前に逃げる判断をしたらしい。ああ、助かったと胸をなで下ろそうとした矢先、近衛兵の隊長らしき人物がこちらに近づいてきました。


「イヴァンローズ令嬢、ですね? わたくしどもは殿下の命により、この付近の巡回と不穏分子の一掃を任されています。先ほどの連中が何を目論んでいたか存じませんが、もし危険を察知した場合はただちに報せてください」

淡々とした口調ながら、その瞳には明らかな探るような光が宿っています。わたくしにとっては“助けられた? でも本当に?”という複雑このうえない気持ち。


「お、お気遣いどうもありがとうございます。こちらとしても助かりましたわ」

一応礼は述べますけど、心中は疑念だらけ。だって彼らがわざわざ気を利かせてくれるなんて、もしかして皇太子殿下の思惑で何か別の計略が……? などと勘そくを働かせずにいられません。


「しばらくの間、我々が巡回を続けておりますので、ご無事をお祈りいたします。それでは」

短く言い残し、隊長は部下たちとともにさっさと立ち去っていきました。その背中を見送りつつ、わたくしたちは思わず顔を見合わせ――次の瞬間、どっと脱力。


「カイ、私、今ものすごく嫌な胸騒ぎしかしないんだけど……」

「そりゃあそうだろ、あいつらが急に都合よく現れるなんて、まるで見計らってたみたいだし」

「ほんと、全然素直に『あーよかった』と思えない……ああ、最悪!」

リリアまで珍しく大声でぼやいています。確かに命拾いしたと思う半面、皇太子派閥のご機嫌取りに利用された気もするし、何より“これから先がさらに荒れそう”という不安が爆発寸前。


とはいえ、今は混乱を乗り切っただけでも僥倖でしょう。わたくしは持っていたハンカチをぐしゃぐしゃになるまで握りしめつつ、ひとまず馬車に戻ることにしました。まだまだ目的地までは遠いのに、こんな始末じゃ先が思いやられます。


「……どんな陰謀を巡らされていようと、わたくしはこのまま突き進むしかないですわよね」

大きく息を吸い込みながらつぶやくと、カイが「ああ、そうだな」と頭をかき、リリアは「おいしい展開が増えたと思えばいいんじゃない?」と変な笑顔を浮かべます。ほんと、仲間の顔ぶれは頼もしいのか怖いのかわかりませんが、ここまで来たらやるしかありません。


こうしてわたくしたちは再び馬車に乗り込み、ボロボロの護衛隊を励ましながら先を急ぐことに。婚約の道が平坦とは誰も言ってませんが、まさかこんなに波瀾万丈とは……。しかし逆境であればあるほど、むしろ燃えてくるのが悪役令嬢たるわたくしの信条。


上等ですとも。背後で糸を引いている親玉が誰であれ、その陰謀をまとめて返り討ちにした後に、凱旋するように公爵家の門をくぐってみせますわ。ざまぁをお見舞いしてやると決めたからには、意地でもこの婚約、死守いたします。


さあ、旅はまだ始まったばかり――わたくしの破滅フラグ回避への道のりは、きっとここからが本番。次なる危機が来ようとも、今度こそ上手く返してみせましょう。誰が相手だろうと、この先に待ってるのが最強の山場だろうと、何とか笑える結末にしてやりますわよ! このセレスティア・イヴァンローズをナメると痛い目見るってこと、いいかげん学んでいただきたいものですわね。

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