海辺の別荘と夜会での華やかな波乱 9
「あらいやだ、ここにきてまた一段と騒がしくなってきましたわね!」
そう思わず呟いたわたくしの前で、フォーン侯は天井近くまで跳ねそうな勢いでワインを掲げ、「公爵閣下とセレスティア嬢に盛大なる祝福を――!」と声高らかに宣言。もうすっかり乾杯の段取りに入っているんですもの、こちらとしては微笑むしかありませんわ。リリアたちがわくわく顔で待っているのが見えるし、シャルロットも「そろそろフルーツタルトを頬張りたいわ」なんて言い出すし、なんかもうパーティ感満載。ところが、わたくしの隣でグイッと手を握りしめてくるルーファスの表情はまったく晴れない。気のせいか先ほどよりもギラギラ加減が増してるような……?
「セレスティア……その、フォーン侯の隣に行くのか? なんだか目付きが――」
「え? 行きますけれど。だってあちらもわたくしにご挨拶を――」
「いや、危険だ。気をつけろ」
「……どちらかというとあなたの嫉妬オーラのほうが危険物指定になるかと思いますわよ?」
ルーファスは返す言葉もないらしく、わたくしを握る手だけが若干震えている。それはそれでちょっと笑いを堪えきれないのだけど、危険察知能力だけは抜群に働くわたくしは悟りました。ああ、これは上機嫌なフォーン侯と社交辞令を交わす瞬間に、またどこからともなく“皇太子派”やら怪しい連中が茶々を入れてくるパターンね、と。ほら、グラス片手にニヤついているあの男爵子息とか、今にも近づいてきそうじゃない? それに今まさにクロード殿下が斜め後方から視線を送ってきてますわよ。何、そのうつろ気味の微笑は?
「セレスティア嬢、せっかくだからわたしの腕をお貸ししましょうか」
などと、あの男爵子息が嬉々としてヌルッと割り込んできましたわ。この空気の読めなさ具合、さすが前世で言うなら“モブキャラA”ってところかしら。ただし今夜はモブのはずでも立派にフラグ起動してくれそうだから、こちらとしては笑顔で対応して差し上げましょう。そのかわり――ちょっと痛い目ぐらいなら容赦なくお見舞いしてもいいわよね? ルーファスが後ろで「グウッ……!」と喉を鳴らしているの、あれ絶対怒りの抑制音ですもの。
「まあ、ご親切にどうも。ですがご覧のとおり、わたくし足首を痛めていますし、お相手は公爵閣下限定ってことで交渉を済ませておりますの。お気遣いだけありがたく頂戴いたしますわ」
一秒でも長く絡まれる前に、ウルトラスマイルでカットアウト。男爵子息は撃沈顔になったものの、どうやら周囲の目が気になったのか、すごすご退散していきました。よかったわ、これ以上しつこくされたらルーファスの“嫉妬バロメーター”が臨界突破していたに違いありません。
「ふう……ご苦労だったな」
「あら、意外と素直にねぎらってくれるのね。ありがと」
「いつも苦労をかけるからな。俺の……婚約者に、勝手に触れられるわけにはいかない」
ルーファスはそう言いながら、うっすら赤面している。なんだか不器用すぎて可愛い。意地悪してもっとからかいたくもなるけれど、今は夜会の場ですもの、わたくしも程々にしてあげましょう。殿方の嫉妬はちょっと危険なスパイス。長引かせるとめんどくさいことになるんだから。
「セレスティア、あちらのテーブルにカイとリリアが合流してるわよ」
シャルロットが指で示す先には、カイがこっちを見て苦笑い中。その隣でリリアが「今の男爵子息、撃退されて当然!」と毒舌全開でぷりぷりしている。いつもながら頼もしい味方たちだわ――と感謝しつつ目をやると、あら? ディオンがしれっと戻ってるじゃないの。何やら難しい顔で考え込んでるようだけど、さっき魔力研究者と話をしていたときよりは落ち着いて見えるものだから、少し安心しました。後で詳しく聞いてみようかしら。
「あーもう、そろそろ乾杯かと思ったら、今度は皇太子殿下がフォーン侯と親しげに話し込んでらっしゃるわよ」
ビシッとシャルロットが視線を向ける先を見ると、ちょうどクロード殿下が「へえ、それは面白い」とでも言いたげな薄ら笑いを浮かべ、フォーン侯とひそひそやっている真っ最中。今回の夜会、その主催者であるフォーン侯をうまく取り込んで、わたくしとルーファスを追い詰める気満々なんじゃない? もうバレバレですわよ、その作戦。
「雑魚が手ぐすね引いてるのを見ると、逆にこっちがワクワクしてきそうだわ」
シャルロットのそのセリフにはリリアも「ざまぁの準備は万全だからね!」と続いてくれて、横でカイまで吹き出している。さすがに社交界デビュー以来、場数を踏んできただけあるわね。みんな堂々としたもの。ディオンは「……派手にやると、わたしまで巻き込まれそうで怖いんだが」と呆れ顔。ごめんなさいね、美しい嵐に巻き込む形になるのは本意じゃないのだけど、夜会で乱闘は悪役令嬢のお家芸みたいなものでしてよ?
「さあ皆さま、いざ乾杯を!」
フォーン侯の大声が会場を揺るがせたかと思えば、各々がグラスを手に取り、いっせいに上げる。ワインの香りがふわりと広がり、蝋燭の灯りがグラスの中で妖しくきらめく。さて――この瞬間が勝負の始まり。そう確信した矢先、案の定クロード殿下がすかさず、わたくしたちの方へ視線を滑らせてきましたわ。まるで「ここからが本番だよ」と言わんばかり。
「はは、さすがグレンフィールド公爵閣下とセレスティア嬢。社交界の華だね。……とはいえ、本当に華なのか雑草なのかは、これからわかることだが」
ほら出ましたわ、これ見よがしな皮肉。会場の中央で聞こえるような声量じゃなかっただけマシだけれど、明らかにわたくしとルーファスを挑発しまくり。それを受けたルーファスがフッと微笑したかと思ったら、「華なのか雑草なのか……試してみるか?」なんて、えらく口調が冷たいじゃありませんこと。
きゃー、ここで切り返しちゃうのね。デート中のカップルが通りすがりのチンピラに絡まれたときの、彼氏の激おこモードみたいな構図。背後でリリアが「あらあら、また血の雨不可避?」と驚いてるし、シャルロットも明らかに顔が輝いてる。あなたたち傍観モード大好きね。カイもディオンも「うわー、こりゃ止めたほうがいいのか?」と困惑気味。まさかこのまま拳の交換なんてしないわよね? でもルーファスの目がいつもより危険な光を帯びているのは事実。あらまあ嫉妬に加えてクロード殿下の皮肉まで乗っかり、完全な地雷踏み抜いたんじゃありませんの?
――でも、ここはわたくしが止めるしかないわよね。悪役令嬢は口先で勝ちを拾うのが王道、物理攻撃はもう少し後のお楽しみに取っておきましょう。わたくしは腕をそっと伸ばし、ルーファスの袖を引っ張りながらにこりと笑います。
「閣下、せっかく盛り上がった乾杯の席でございますもの。もっとスマートに撃退なさってはいかが?」
「……わかった」
意外にもあっさりとルーファスが身を引いたのにはびっくり。どうやら先程からギャラリーが増えているのを察して、場を荒立てるほど無粋じゃないってことかしら。ほら、わたくしの背後には、実はフォーン侯がビビり顔でスタンバイしているし。周囲の操作を忘れないだなんて、さすがによくできた公爵様……って、一瞬どやってる場合じゃないわ。
「むしろ、わたくしから一言だけ。クロード殿下、あまりご期待に添えぬようでしたら、この華を摘む前にご自身がお怪我をなさらぬようお気をつけくださいませ?」
さらりと脅しを込めて言い放つと、クロード殿下は明らかにカチンときたらしく、バッと眉をつり上げた。でもここで何か言い返したらフォーン侯の主催する夜会が完全に台無しになるのを理解しているのか、殿下もプイッとそっぽを向く。どうやら当面、直接的な場外乱闘は回避できそうね。
重たい空気を吹き飛ばすかのように、フォーン侯がわざとらしいほど大きく咳払いし、「では皆様、引き続き今宵の集いを楽しんでいただきたい!」と締めくくってくれたおかげで、辛うじて乾杯後の混乱は免れました。ざっと見渡すと、リリアとシャルロットがこっちに向かって親指を立てているのが可笑しい。勝利の合図ですわね。カイは苦笑、ディオンは心底ホッとした顔。何だかんだでいつもの仲間がそろっていると心強いわ。
――とはいえ、夜会はまだ中盤も終わらない。ご祝儀のように出される料理や、次から次へと注がれるワイン。そこでひそひそ交わされる貴族同士の取引や情報交換。クロード殿下がまた仕掛けてくる可能性だって十分あるし、皇女ソレーユ様の動向も油断ならない。ディオンの魔力問題や海辺の町の謎だって片付いてない。わたくしの足首痛は勝手に加速しそうで心配だけれど、こうなったら気合いで乗り切るしかありませんわ。
さあ、読みたいのは皆さまも同じでしょう? わたくしが悪役令嬢の格を見せつけて、皇太子一派をぎゃふんと言わせる瞬間を。ルーファスの嫉妬もまだくすぶっているし、リリアとシャルロットが拍手喝采するような“ざまぁ”はここからが本番かもしれませんもの。さあ、次にどんなトラブルが飛び込んでくるのやら――わたくしは胸の高鳴りと共に、夜会のさらに奥まった空間へと足を踏み出しました。どいつもこいつも上等です。さあ、ジェットコースターの続き、とくとご覧あれ!




