海辺の別荘と夜会での華やかな波乱 5
「ちょっと待って、そこの使用人さん、この青い宝石サンプルを置き去りにしないでくださいまし! ええ、あなたですわ! いま無造作にテーブルの端っこに乗せていきましたでしょう? そのまま落下でもしたらわたくしの心臓が先に落ちますわよ?」
開口一番からギャンギャン言ってしまうわたくしに、使用人は「ひぃっ!」と肩をすくめて逃げ腰になる。そのまま腰を折りそうな勢いでお辞儀を繰り返すのだから、見ているこっちが疲れそうだわ。ああ、意地悪な悪役令嬢と呼ばれるのには慣れているけれど、せめて宝石は大事に扱ってほしいものよね。
今日は“セレスティア・サファイア”の加工試作品が海辺の別荘に届いたばかりで、その確認に大わらわ。潮風の香り漂うここで宝飾のプレゼンなんてミスマッチ? いえいえ、それが意外とロマンチックなんですのよ。ほら、穏やかな海ときらめく宝石のコラボレーション! そうして「ブランドの顔はやっぱりセレスティア様」なんて言われたら、わたくしもその気になってポージングのひとつでも披露してしまいますわ。
もっとも、足の痛みは引き続き絶賛継続中。隙あらばズキリと主張してくるから困りもの。さっきも飾り石の色味をチェックしようと軽く立ち上がったら、ジーンと痛みが走って涙目に。そこに通りかかったディオンから「やめとけ、無理するな」と手を貸され、「大丈夫よ、痛いのは慣れっこだから」と強がったら、そのまま小声で「相変わらず無謀だな」と呆れられましたわ。ええ、あなたほど魔力暴走の危機で無謀じゃないわよ、と心の中で鋭く突っ込んだのはナイショ。
「セレスティア様、こちらの指輪のデザインはいかがでしょうか? 爪留めをもう少し繊細にした方が……」
「うーん、いい線いってるわ。でももうちょっと攻めた感じをプラスしてほしいの。可愛らしさより“強そう”な雰囲気を出してっていうか、ほら、パッと見た瞬間『うぎゃー、歯向かうと痛い目見る!』ってなるような迫力が欲しいのよ。それでいて品格は損なわない程度に、よ?」
「――じ、じゃあ、宝石周りにちょっと爪を引っ掛けたような装飾を足して……」
「あら、面白いじゃない! わたくしの“ざまぁ”スピリットがギラギラ滲み出るような指輪にしてちょうだいな」
職人が苦笑いを浮かべる。その表情は「難問だなぁ……」と呟いているも同然。ふふ、でもこのくらい要求がハチャメチャな方が創作意欲が湧くはずよ? 悪役令嬢を満足させる逸品を作り上げたら、一躍名声を得られるかもしれませんわよ?
少し離れた場所では、いつの間にかルーファスとロータスが領地の警備計画について会議中らしい。ルーファスの顔は相変わらず“半分真面目、半分苦悩”モードになってるわね。海辺の町で目撃される怪しい男が何者なのか、誰の手先なのか、情報が集まりきらないのだとか。わたくしの耳にも「妙に帝国の兵が入り込んでるかも」「あるいは皇太子クロードの差し金か?」なんて噂が入ってきている。あちらも飽きずに陰謀を巡らせているのかしら。
「セレスティア、こっちに来られるか?」
わざわざ呼びかけてきたルーファスのところに行くのも一苦労ですよ。さっきステラリアにグルグルに巻かれた包帯のおかげで、足がロボット歩行みたいになっているんですもの。泣き言を言いつつ歩み寄ると、彼はわたくしをちらりと見てから声をひそめた。
「悪いが、次の夜会まで警備体制をさらに強めることにした。あまり大きく動くなよ。特に単独行動は厳禁だ」
「またその台詞? 子どもみたいに扱われるのはご免だわ」
「子ども扱いじゃない。俺にとって大事な存在なんだから、当たり前だろう」
おや……さりげなく言い放ったその台詞、妙に心臓に来ますね? 繕うようにルーファスは咳払いしてるけど、その耳元は少し赤いような――あらあら、病弱設定どこいった? 乙女ゲームの「俺様ルート」に片足突っ込んでませんこと?
にやにや笑いを浮かべていたら、カイが遠くからひょいっと顔を出した。
「おーい、セレスティア! ウォーキング用に用意したバランスボード、やる気あるか?」
「ないわ。わたくし今、ルーファスの甘々セリフを嚙み締めてニヤニヤしてるところなの」
「なんの報告だよ! というか、足首ケアのためにリハビリしろって言いたいんだが……」
「はいはい、わかりましたよ。あとで行くから先に準備しといて」
「うん、30分待って来なかったら無理やり連行するから覚悟しろよ」
……もう、本当に容赦ない幼馴染だこと。苦笑いするルーファスを横目に、わたくしは小さく嘆息をつく。
それでも、この忙しさと痛みの最中なのに不思議と嫌じゃないのよね。むしろ、まるでアトラクションの連続みたいで、次から次へと刺激が押し寄せてくる。オタク女子中学生が夢中になる乙女ゲームでも、ここまで怒涛のイベント詰め込みはそうそうないわよ? “悪役令嬢ルート”に限定すれば、むしろご褒美みたいなものかしら。
すると、さっきの職人が「ひとまず指輪の修正案がまとまりました! ドレスとの相性を考えてラインをシャープに……」とメモ書きを持って戻ってきた。見れば斬新な装飾イメージがびっしり書かれていて、「おお、これなら“強くてゴージャス”を同時に実現できそう!」と思わず声を弾ませる。
「いいわ、この凶暴な爪飾り。サファイアが獰猛な青い虎の目みたいに見えるじゃない。これぞ悪役令嬢の凶暴シグニチャー!」
「え、あ、はい……」
職人は困惑しているけど、とにかく上出来ね! この宝石が夜会に燦然と輝き、社交界のピラニアどもにわたくしという存在をガツンと印象付けることになるわ。
「ただ問題は、セレスティア様がド派手に登場しすぎると、また変な輩が飛びついてくることだな」
口を挟んできたのはシャルロット。いつも能天気に笑っているくせに、意外と鋭いところを突いてくるわ。
「そうね。まあ、そのときは“ざまぁ”案件として処理しますけど、向こうもタダではやられない気もするわ。それこそ、わたくしがドレスの裾を踏んで転んだ隙に“婚約破棄”とか騒ぎそうな貴族がね」
「でた、婚約破棄。悪役令嬢のお約束イベントですわ」
「ええ、だけどそんなチンケな嫌がらせが通用するほど、わたくしもヤワじゃありませんもの。転んだら起き上がってざまぁ返し、うっかり靴が脱げたら片足でヒール投げつける勢いよ」
シャルロットが思わず吹き出す。わたくしは痛めた足をさすりながらも、不敵な笑みを絶やさない。やっぱり悪役令嬢の本領発揮は、余裕と皮肉がセットじゃなきゃね。
そうこうしているうちに、ルーファスがこちらに戻ってきた。どうやら領地治安の件もひと段落したらしい。
「カイがそろそろ待ちくたびれてるぞ。無理せず行ってこい。また何かあればすぐ俺を呼べ」
「ええ、頼りにしてますわ、ルーファス様。まあ“嫉妬全開の俺様アピール”でもされたらもっと張り切っちゃうんだけど」
「…………」
一瞬言葉を失ったルーファスが、微妙に視線を逸らしている。わたくし、ニヤけが止まりませんわ! その様子を見逃さないロータスがやけに含み笑いをしてるのも、ここだけの話。執事ってば、いちいち観察眼が鋭すぎるのよね。
さて、ではウォーキング練習と洒落込みましょうか。夜会で再び失態を演じて“笑い者ざまぁ”なんて、勘弁願いたいですもの。そのくせ、ちょっとしたトラブルはむしろおいしいと感じてしまう自分が怖いわ。
――だからこそ、次の夜会は最高に派手でドラマチックな舞台にしてやるわよ。セレスティア・サファイアの輝きと、悪役令嬢の毒辣さと、わたくしの足首が惜しみなく連携プレーして、いつかは陰謀の黒幕どもを一網打尽にして差し上げるんだから。目撃情報? 警備強化? やりたいならどうぞご自由に。わたくしはわたくしのやり方で、社交界をざわつかせる準備万端なんですの。
カイの怒号がそろそろ聞こえてきてもおかしくない頃合いだから、一旦この辺で失礼するわね。足首の痛みを抱えながらのウォーキングに、絶妙の笑いと毒舌が混ざり合うこの感覚、なかなかクセになりそうよ。
「さあ、夜会まであと少し。みんな、覚悟はできてるわよね?」
わたくしの呼びかけに、離れた場所で立ちすくむ侍女たちが「は、はいっ!」と戸惑いながら返事をする姿が微笑ましい。よし、その調子で行くわよ。
――“婚約破棄”なんて美味しいネタ、今さらわたくしには通用しませんから。ざまぁは悪役令嬢のアイデンティティ。むしろ望むところですわ! 心の奥底でそう宣言しつつ、わたくしは痛む足を引きずりながら、次なるレッスン会場へ足を運んだのだった。




