海辺の別荘と夜会での華やかな波乱 4
「うーん、砂が入った靴ってこんなに気味悪いものだったかしら。歩く度じゃりじゃり音がして、おまけに足の裏が痛い……ああ、もう! 優雅な公爵夫人のイメージはどこへ消えてしまったのよ?──なんて文句を言いつつ、わたくしは屋敷に戻るや否や膝上に靴を載せて砂を払い落としておりました。足の痛みは、どうやら昨日のダンス練習で始まったものが悪化しているみたい。こんな状態で華麗にステップを踏めるのかしら?
「セレスティア様、大丈夫ですか? いつもよりずいぶん神妙なお顔をなさってますが?」
ちょうど通りがかったシャルロットが屈託のない笑顔を向けてくる。おかげで重苦しい気分が少しだけ和らぐわ。彼女の無邪気な表情を見ると、先ほどの不審者騒動やら青い石やら、一瞬忘れそうになるから不思議よね。
「ええ、そろそろ足の裏が離婚届を突き付けてきそうな痛さだけど、まだ我慢できる範囲よ」
「離婚届って何事ですか、物騒すぎますわ!」
シャルロットのツッコミが冴え渡る。いや、わたくしのボヤきも大概だと自覚はあるわよ。でも痛いものは痛いのよね。
「足が悲鳴を上げるくらいなら、ダンスレッスンはしばらく中止にすればいい。だが“セレスティア・サファイア”の準備は待ってはくれないからな」
背後から聞こえてきたのは、あくまで冷静を装っているルーファスの声。彼、昨日の漁小屋で得た青い鉱石の報告にあれこれ追われているくせに、わたくしの顔色もきちんと伺ってくれるのがニクい。
「そうそう、夜会の前にピラニアみたいな貴族に囲まれて“あなた、足がもつれてみっともないわね”とか揶揄されるのは御免だわ。今のうちに踊りの仕上げをしろってことよね?」
「えらく物騒な例えが来たな。まあ、社交界の悪意はピラニア並ってことか?」
「ご明察。何か文句ある?」
「いや、むしろ同意だ。遠慮のない貴族どもがセレスティアを泡食わせたら、俺がひとりひとり説教してやりたいくらいだからな」
ひょいとわたくしの手を取って、さらりと守護宣言するあたり、やるじゃない。でもそんなに甘やかすと、わたくしの毒舌はますますエスカレートしますわよ?
「奥様、その足首、大丈夫ですか? アイシングした方がいいかもしれません」
そこへステラリアとローザが申し訳なさそうな顔をして駆け寄ってきた。どうやら、わたくしがフェイントでリズム取りをしていたら、ズキンと痛みを訴えてバランスを崩しかけたのを見ていたらしい。
「いやー、大丈夫……と胸を張りたいけど、正直ちょっと痛むわ。動けなくはない程度よ。夜会が間近なのに練習もままならないなんて地獄絵図、勘弁してほしいんだけど」
「やはり無理は禁物です」
ローザが真剣な表情で首を振る。わたくしとしては、じっと安静にしていられるほどお利口じゃありません。うずうずするのよ、悪役令嬢は常に動いてないと陰謀に飲み込まれちゃうからね。
「なら、僕がウォーキング用のレッスンメニューを考えてあげようか?」
不意に顔を出したカイがニヤけ顔でそんな提案をしてくる。
「またあなたは妙なことを思いついたわね。ウォーキングって、わたくしはモデルじゃないんですけど」
「でも、優雅な立ち居振る舞いは公爵夫人のたしなみだろ? 足に負担をかけずに姿勢を整えるメソッドってやつ、信頼の幼馴染による特別メニューだぜ」
「信用したいところだけど、あなたが考えると“筋トレ地獄”になりそうで怖い。今もヨロヨロ歩くのが精一杯なのに、さらに鞭打ってどうするつもり?」
「ははは、いや、そりゃあ……スパルタもちょっとだけ混ぜるかもしれん」
まったくもう! ちょっとだけっていうのが一番アテにならないんだから。
リリアは腕を組んで、「でも、クッション性のある場所でゆっくりきちんと歩く練習をするのはアリかもしれないわ」と真顔で賛同している。彼女、こういうガチ理論には妙に説得力があるのよね。
「そうねえ……夜会でドレスの裾を踏んづけてスッ転ぶ悪役令嬢なんて笑えないから、少しでもマシな方法を考えないと」
「笑えないどころか、即座に“婚約破棄”とか騒がれてもおかしくないのが社交界なんですよね」
ステラリアまでもが深刻そうに頷いている。彼女、時々えげつない妄想を繰り広げては恐縮顔になるのが可愛いのよ。
すると、ディオンがひょっこり姿を見せた。「夜会の目玉は“セレスティア・サファイア”だって聞いたけど、まさか足の怪我で先送りにはしないよね?」
「当然しないわよ。せっかく立ち上げた新ブランドに、水を差されてたまるものですか。誰が何と言おうと、正式にお披露目してやるわ」
胸を張るわたくしに、ディオンは苦笑い。「そうか。まあ君なら、もし何かトラブルが起きても、笑顔で“ざまぁ”って返り討ちにするんだろうな」
「決まってるじゃない。悪役令嬢たるもの、仕掛けられたトラップはぜーんぶ跳ね返してみせるのが宿命ですもの」
この辺りでリリアが「まったく、あなたって本当にタフねえ」と呆れ顔。そりゃあわたくしだって落ち込む時は落ち込むけど、ここで下を向いて何かが解決するわけじゃないでしょ?
一方、ルーファスは書類の山からチラリと顔を上げ、「領地の治安は相変わらず不穏だが、夜会での発表が成功すれば、外部からの支援や人脈も増えるはずだ。君にばかり荷を背負わせるのは申し訳ないが、頼む」と言ってくる。
「ええ、言われなくても盛り上げますとも。“セレスティア・サファイア”をガンガン売り込んで、わたくしを軽んじる者たちに一泡吹かせてやりますわ。領地の泥臭い問題だって、ゆくゆくは私たちの勝利で終わらせるんだから」
「そうか。まあ、まかせた。……ありがとう」
意外と素直な「ありがとう」に、わたくしは一瞬ドキリとする。彼、病弱設定が控えめなわりに、感情の奥底を見せるのは得意じゃないものね。それでもここで元気づけ合うくらいは悪くない。
さて、そうと決まれば足の痛みなんて吹き飛ばしたいところだけど、現実は甘くないわ。夜会のドレス合わせもあるし、あの青い石をどうやって装飾するかデザイナーと打ち合わせもしないと。さらに騎士連中からは「例の不審者の手掛かりがまた出ました」とか報告が入る可能性もある。
「忙しすぎて、一歩もベッドで寝落ちするヒマがないんだけど……まあいいわ。悪役令嬢は常に転がり続けてこそ価値があるというもの」
「何その斬新な哲学」
シャルロットのツッコミが聞こえるけど、こっちとしては強がってでも進まなきゃね。“夜会で派手に失態を演じて婚約破棄”なんて、どこの二次創作シナリオですかと笑い飛ばしてやらなくちゃ。むしろわたくしが望む展開はただ一つ──
「貴族どもが驚くほどの輝きと、痛快なざまぁ劇。それで一気に注目をさらうわよ!」
その決意を胸に、わたくしは足を引きずりながらも執務室を後にした。ルーファスがちらっと心配そうな視線を寄越してくるけど、振り向きません。いずれ大舞台で、もっと驚かせてあげますから。それまでせいぜい病弱なりに気を張っていればいいわ。
砂だらけのピンヒールも、痛む足首も、青い石の怪しい匂いも、全部まとめて華麗に乗り越えてみせる。夜会までもう時間はない。けれど悪役令嬢は“やるときはやる”主義なのですから。どうか次の嵐に備えて、皆さまくれぐれも覚悟なさいね。わたくしが、新ブランドとともに社交界に旋風を巻き起こして差し上げますわ!




