海辺の別荘と夜会での華やかな波乱 3
「あ、そこのお二人、くっついてないで早くこっち来なさいよ! 不審者はすぐそこって騎士たちが大騒ぎなんだから!」
シャルロットが砂浜で手を振りまくっているのを見て、わたくしはヒールのかかとが砂に刺さらないよう、必死に足元を気にしつつ急ぎ足。ルーファスはというと、わたくしの腕をさらっと支えながら「よほど追い込みたくないようだな」とつぶやく。どの口が言いますの? あなた、さっきからわたくしの袖を無駄に引っ張って進みを妨げてるでしょうに。
砂浜に降り立った瞬間、潮の香りにふわりと包まれつつも、微妙に鼻につく磯臭さ。これが現実というやつですね。ロマンチックとは程遠いわ。騎士の一人がこちらに駆け寄って「目撃情報があって探していたのですが、すでに姿を消してしまったようです」と報告。なんですって、早速空振り? 観光気分を差し引いても少々拍子抜けではありませんこと?
「無駄足だったかあ。ま、別に帰ってお昼寝してもいいが」
カイが口元を緩めて冗談を飛ばす。そこへ、予想外にリリアが鋭い眼差しを投げつけた。
「何言ってるの、こちらはセレスティア様の大事な領地なのよ? 油断こそ禁物でしょ。突然どこかで“婚約破棄?”なんて揉め事が起きたら困るじゃない」
「え、どういう理屈……」
カイが苦笑いを浮かべるも、リリアは「だって、元の世界線やら乙女ゲーム的展開って突然きたりするのよ」と不穏なワードをさらっと呟いている。彼女、時折この手のメタい発言をしては皆を凍りつかせる天才ですわ。
そんな空気を一変させたのは、シャルロットの「あれ? あそこ、砂浜に足跡が残ってるわ!」という声。波打ち際には、確かに妙に大きな足跡が幾つもついている。しかもところどころ深く抉れたように乱れ、まるで逃げるように走った跡ではありませんこと? これはちょっと追わないわけにいかない。
「ルーファス、どうする?」
わたくしが尋ねると、彼は苦笑いを浮かべながら騎士たちに指示を出した。
「足跡の先を辿れ。見失わないように、だ。ただしセレスティアを巻き込みすぎるなよ?」
「またそれですの? わたくし抜きで秘密裏に動こうとか、そうはいきませんわよ」
「だろうな。まあ、お望み通り同行すればいいさ。ただし、くれぐれも危険な真似はするな」
「はぁい、気をつけましてよ~」
裏声でちょっと茶化してみせると、ルーファスがわずかに吹き出す。あら、病弱キャラ設定どこいったのかしら。あなた、結構元気じゃありません?
そんな微妙に甘い空気をブチ壊すように、ディオンが静かに口を開いた。「足跡が不自然だ。単なる不審者というより、魔力を帯びた何かが絡んでいる可能性が高い」
……もう魔力だの陰謀だの、そういうめんどくさい単語はお腹いっぱいですわ。でも逃げてちゃ悪役令嬢の看板に傷がつきますから、ここは一丁、乗って差し上げるしかありませんわね。
「よろしいわ、どんな相手だろうと、わたくしに何か被害を与えてみせるものなら、華麗にざまぁしてあげますことよ。やっちゃいましょう、皆さま」
「おお、こえーな」とカイが縮こまりつつも、「そういうセレスティア様が一番頼りになるから困る」と付け加える。まったく、あんまり煽ると本気で毒を撒き散らしますわよ?
足跡を辿って砂浜を奥へ進むと、簡素な漁小屋が見えてきた。どうやら鍵もかかっておらず、騎士たちの一人がドアをそっと押し開ける。
「……誰もいないようだ。荒らされた形跡はあるが」
散らばる網やバケツ、転がる貝殻の山。奥の壁には大きなシミがついていて、何かを引きずったかのような痕跡まである。小屋の隅を覗き込んだ瞬間、シャルロットが「ぎゃっ!」と悲鳴を上げ、思わずこちらも身構える。何事かと思えば、ただのカニがサササッと横歩きしていただけ。もう、心臓に悪いわね。
「あんなもんで悲鳴出すとか、平和だなあ」
と呟いたカイの袖をわたくしは引っ張る。
「平和じゃないから来てるんでしょう? せめて周囲をきちんと調べなさいな。仮にこの中にお宝でも隠れていたらどうします?」
「お宝? ちょっと燃えてきた」
カイは目を輝かせるが、リリアに「下心すごいわね」とばっさり切り捨てられて、しょんぼり項垂れる様子が何とも滑稽。このやりとりだけ見てればただのコメディだけど、視線を巡らせれば小屋のそこかしこに怪しい跡が残っているわ。意外と洒落にならないかも。
「セレスティア、この辺は一旦騎士たちに任せて、お前は屋敷へ戻れ」
何だかんだ言いながら、ルーファスはわたくしを気遣うあまり強引に送還させたいらしい。ふふ、そう簡単に引き下がる悪役はいないんですのよ。
「どのみち調査が続くなら、一緒にいたほうが効率的でしょ。あとで『この場で実は重大な事実が見つかりました!』なんて言われたら嫌ですもの」
「ふっ、わかったよ。じゃあ少し距離を置いて見守るだけにしてくれ。突撃禁止だ」
不承不承といった表情ながらも、わたくしの言葉を受け入れるルーファス。そのやり取りを横から見ていたディオンが、小声で「相変わらず息の合ったやりとりだ」とつぶやく。息が合ってるんでしょうか、これ。
小屋の調査に時間をかけていると、外から「奥様、念のために…こちらを!」と騎士が袋を持って駆け込んできた。中には目を引く青い石が数個。……なんだか見覚えがあるわ。以前わたくしが拾った、例の不思議な鉱石にそっくりではありません? これはまさか、わたくしの宝飾ブランド“セレスティア・サファイア”に影響してくるフラグなのでは?
「これ、まさか密売が絡んでるとか?」
「だとすれば余計に放置はできないな」
ルーファスが厳しい顔で袋を受け取る。うわ、嫌な予感。盗掘とか密輸とかロマンとは逆方向な単語がぐいぐい押し寄せてきそうじゃありませんか。
「何やらいっそうキナ臭い空気になってきたわねえ」
まるで他人事のように呟くシャルロットに、わたくしは言ってやる。
「他人事じゃないわよ。もしこれに皇太子だの誰かさんの陰謀が絡んでたら、あっさり泥沼劇かもしれないのよ。噂話で婚約破棄とか吹聴されかねないわ」
「あー、そっちが怖い! ザラにあるわよね、デマで破滅一直線シナリオ!」
ぎゃんぎゃんと騒ぎ出す彼女に、リリアが「落ち着きなさい、これからセレスティア様の逆転劇が始まるかもしれないじゃない」とニヤリ。わたくしの“ざまぁ”フラグを煽るその表情は嫌いじゃありません。
結局、不審者に実際のところ遭遇することは叶わず、怪しい足跡と散乱した道具、そして何よりあの青い石を残すのみとなった。振り返れば、潮の香りもなんだか禍々しく感じられるから不思議なものね。でもわたくしは、こんな乱雑な舞台が用意されるほど燃えるタチですよ?
ルーファスは疲れた顔をしているけれど、そんな彼の苦労もまだまだ続くでしょう。わたくしだって、新妻(?)として黙っていられない。もし背後に誰かが糸を引いているならば、どこかで派手に痛い目を見てもらいましょうか。ここから始まる攻防は、悪役令嬢セレスティアの腕の見せどころ。ご期待あそばせ。
「さ、まずは屋敷へ戻りましょう。お互い砂まみれだもの」
そう言ってルーファスに差し出した手を、彼は少しだけ躊躇してから握り返す。まるで甘ったるい恋人のような仕草だけど、その実、二人とも目の奥はギラギラ。いいわね、こういう張り詰めた空気。さあ、この次の展開はどうなるのかしら? わくわくしつつも、どこかで爆笑覚悟しておいてちょうだいな。わたくしの鮮やかなざまぁ劇が、これから誌面を大いに騒がせちゃいますわよ!




