魔力の刻印と公爵邸の夜 5
「ねえ、みんな生き残ってるかしら?」
荒れ狂った騒動の名残を踏みしめながら、わたくしは廊下に積み重なった瓦礫をひょいひょい避けております。まとわりつく焦げ臭さには、さすがにうんざり。ああ、今すぐシャワーでも浴びたいですわ。でもこんな惨状じゃ水道まで怪しいかも……ちょっと燃えた配管から噴水みたいに水が出てきたら泣いちゃうところでしたけれど、ギリギリ無事らしいのは不幸中の幸いですわね。
「セレスティア様、無茶をなさらずに……って言っても、聞かないですよね」
さっそくお小言をいただいたのは、どこかで倒れていたディオン。ひどく青い顔をしているわりに、口調だけは淡々としてますわ。あの苦しみに慣れているあたりが何とも皮肉というか、さっさとゆっくり就寝させてあげたいところですが……わたくしたちの周囲にはまだまだ片付け待ったなしの惨状がデコレーションされていて、とても布団に転がる雰囲気じゃございませんの。
「ディオンこそ、もう少し休まれたら? ほら、そこで控えている護衛さんに頼んで、運んでもらえば――」
「……ご厚意は感謝します。しかし、僕は今少しだけ、この魔力の余韻を監視しておく必要があるんです」
「なるほどね。では頼もしく見守っていただきましょう。“悪役令嬢”の断捨離パワーで、いらん闇は嘆きも躊躇もなく叩き割っていきますから」
と、わたくしはちょっぴりヒールを鳴らしてみせます。いえ、実は足首がさすがに悲鳴を上げているのですけど、ここで膝を折ったら“悪役”がおしまいですもの。痛みには目をつぶってガッツを出しますわ。
そんな中、廊下の奥に佇むわが旦那様……ようやく目が合ったと思ったら、いつになく真剣な面持ちで「そろそろ話せるか?」なんて切り出すから、こっちまで急に背筋が伸びます。どうやら、あの“家に代々宿る呪縛”なるものについての告白タイムがいよいよ始まるご様子。ええ、全力で受け止めさせていただきますわ。
「先ほどまで口火を切りかけていたけど、こんな場所で立ち話ってのも何だな」
「ならば場所を移すのですか? ちなみにサロンはボロボロ、応接室はドアが吹っ飛び気味。ああ、寝室なんていかがかしら? ワクワクしますわよ?」
「……やめてくれ。そんな顔で言われると、俺まで困る」
そう言いつつも、旦那様の頬がわずかに赤く染まった気がするのは見逃しませんでしたわ。いつもは無駄にクールな雰囲気を装っているのに、こういう時だけ青年らしくなるから面白いことこの上なし。
とはいえ実際、これだけ破壊されまくった邸内では、密談できる部屋を探すのもひと苦労ですの。仕方ないから、窓ガラスがあちこち割れた廊下の隅っこに陣取りました。ええ、立ち聞きしようとするならガレキを乗り越えてこなきゃいけないでしょうし、何とかなるでしょう。
「……要するに、あれは呪いっていうより、魔力の暴走を押さえつける刻印らしいのですね?」
旦那様の手短な説明を聞き終えて、わたくしは軽く顎に手を当てます。予感的中、といったところでしょうか。でも本人から直接聞くと、そりゃもうインパクトが段違い。心臓がバクバクしてきますわ。
「ええ、俺の先祖が“とある大罪”を犯した代償のようだ。表向きは『病弱』と誤魔化してきたが、実際はこの呪縛が体を蝕んでいる。それを王家側は知っているか、あるいは利用しようと画策している節がある」
「なるほど。つまり今回の襲撃は、お家最大の弱みを突き崩すための下準備でもあったわけですね。うふふ、手が込んでらっしゃる」
わたくしは思わず皮肉笑い。これが社交界という名の戦場では常套手段だとはいえ、尺を守らない皆さまはほんと無粋ですわ。
そこへ、リリアがちょうど駆け寄ってきました。いつも笑顔な彼女が、珍しく顔をこわばらせております。
「公爵様! 呪縛の刻印についての詳細を、あちらの魔導書庫で調べてみました。でも閲覧できたのはごく一部だけ。何者かに盗まれた可能性があります!」
「やれやれ、痕跡は何も残っていない?」
「ごめんなさい、付近が荒らされていたせいで……でも、外に逃げた一部の連中と繋がりがあるかもしれません」
これには旦那様も渋い顔。しかし、続く台詞には鋼の決意が滲んでいましたわ。
「そうか。ならば、俺が先導して一から再編成した防衛網を張り、王家にも妙な干渉を許さないように動こう。今この状況で黙っているのは危険すぎる。格好だけの警備じゃもう間に合わない」
「わお。今の台詞、さすが“公爵”って感じで惚れ惚れしますわ。病弱キャラは卒業ですの?」
「最初からそんなキャラじゃない。お前が勝手にからかってただけだろうが」
「まあまあ、いがみ合うのは程々にしておいて。めでたく新生“公爵軍団”を結成ってことですね!」
横からカイが乗り気な声で口を挟みますが……“公爵軍団”ってネーミングはどうかと思いますわ。正直、聞くだけで中二病感が炸裂していて笑ってしまいそう。
一方、ディオンが冷ややかな表情で小声を漏らします。
「はしゃぐのは自由ですが、王太子派への対策は入念に。あちらはこの家の内部事情をかなり把握している様子です。むしろ今回は様子見で、次こそ本番、なんてことも考えられる」
「もちろん存じ上げておりますわ。だからこそ、わたくしたちも全力で盛大に“ざまぁ返し”させていただくのですから」
ふと視線を上げれば、旦那様と目が合いました。一瞬、お互いにすっと笑みがこぼれる。あら、さっきまでぎこちなかったくせに、なんだかいい感じじゃありませんこと? ……こういう小さな瞬間に、一緒に戦ってきた仲間意識とか、夫婦としての絆とか、いろんな感情がタンポポみたいにふわりと芽吹くのですわ。うん、ロマンチックなムードと謎の瓦礫臭が相まって、何このミスマッチ感。でも悪くありません。
「――それじゃあ、お互いの心も体も、“次の決戦”に向けて準備しなくちゃね」
わたくしが緩やかに語りかけると、旦那様は小さく頷きます。これで運命共同体度がさらに高まった気がするのは気のせいでしょうか? いいえ、きっと本気です。
しかしその一方で、説得力のある未来図を描けば描くほど、不穏な影もじわじわ押し寄せてくるのを感じます。先ほど取り逃した密偵たちは確かに王宮まで到達しているかもしれませんし、皇太子クロードが手ぐすね引いて待っているでしょう、と想像するだけで鳥肌が立つ。やはり敵は粘り強いですわ。それこそご丁寧に第二ラウンドだか三ラウンドだかを準備してるに違いありません。
「ふふ、でもそう来なければ、悪役令嬢の出番が減っちゃいますわね。狙われているくらいがちょうど良いスパイス! 何なら次回はさらに盛り上げてあげますわよ!」
内心の焦燥を、あえて底抜けの強がりで塗りつぶす。そして、ざまぁをお届けする企みをしっかり胸にしまい込んで、わたくしはもう一度細く笑うのです。さあ、泥と木くずまみれのこの舞台で、新しい幕が上がるわけですわ。
――どうか次はもう少し防火対策も万全に。いい加減、燃えカスの後片付けは勘弁してほしいですもの。でも覚悟しなさいな。どんな泣き言を漏らす敵さんであれ、ここにたどり着いたならとびきりの“ざまぁ”をセットにして、存分に歓迎して差し上げますから!




