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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第9話:ブレンダンとハイリンヒの作戦

約2年前のことを、ブレンダンはよく覚えている。

ハイリンヒが王都から戻ってきた後、パッタリと女性付き合いをしなくなったのだ。


この国では、騎士団長は2年に一度、国王陛下から任命を受けることになっている。

騎士団長は王都に1名いるが、国防の要であるオルフェイにも1名置かれている。

そのため、オルフェイ騎士団長であるハイリンヒは、王都で開催される式典に出席していた。


ブレンダンと同じで、ハイリンヒには決まった婚約者がいなかった。

ブレンダンもハイリンヒも、時々娼館には通っていた。

しかし、ブレンダンとは異なり、玄人とは別に、ハイリンヒには途切れることなく恋人または大人の関係の女性がいたことをブレンダンは知っている。

何故なら、遠征の後には大抵、ハイリンヒを出迎えるか、宿屋で待つ女性が存在していたからだ。


しかし、3回連続でそのような様子がなかった。

だからブレンダンは、正面から尋ねたことがあるのだ。

「王都でなにかあったのか?」と。

するとハイリンヒは、「王都で抱いた女が忘れられない」とあっさり白状したのだった。


その女性の名前はローゼ。

年下で、金髪碧眼で、巨乳だったらしい。

一夜を共に過ごしたものの、朝目が覚めたら、何の痕跡も残さずに忽然と姿を消していたらしい。


ブレンダンは驚いた。

ハイリンヒは、来るもの拒まず去るもの追わずの人で、どちらかと言えば、求められるがままに応じていた。

そのハイリンヒが、こんな風になるなんて、と思った。


ハイリンヒは、「自分でも驚いている」と憂いた顔をして苦く笑っていた。

その様子を気の毒に思う半面、ブレンダンは羨ましく思った。

ブレンダンは、誰かに恋焦がれた経験がなかったからだ。




それからというもの、叶わぬ恋のためにどこか哀愁を帯びたハイリンヒは、より一層人気が出た。


元々ハイリンヒは、ブレンダンとオルフェイの女性たちの人気を二分していた。

より正確には、突き抜けて身分が高い辺境伯であり、硬派で無愛想なブレンダンに、直接猛アタックするような強者つわものはあまりいなかった。


よって、数で言えば、騎士団長のハイリンヒにアタックする女性の方が多かった。

これはひとえに、軟派で愛想が良くて伯爵家次男という気軽さ故にでもあった。

そして、ハイリンヒの女性遍歴故にでもあったわけだが、ローゼに出会った後のハイリンヒは、どんな女性に誘われても、その手を取らなくなっていた。



*****



応接室にて、ハイリンヒとラウラローズは向かい合って座っていた。

そこへ、ブレンダンにエスコートされたマティルダが姿を現す。

マティルダの目は少し赤い。


「想像より早かったな。2人できちんと話し合えたのか?」

「ああ、問題ない」

「お騒がせしました」


いい笑顔のハイリンヒに、ブレンダンは平然と、マティルダは恥ずかしそうに、肯定の意を示した。


「それは何より。じゃあ、早速本題に入っても?」

「ああ」


ブレンダンは頷いて、ハイリンヒとラウラローズのどちらの隣に座るか逡巡した。

その結果、ハイリンヒの隣を選んで座ろうとした。


「おい。俺とお前が喋るのに、俺の隣に来るのかよ」

「お前の斜め向かいに座ると、マティルダがお前の隣になる。しかも同じソファだ」

「は?じゃあ俺があっちの一人掛けに座るから、2人でこっちに座れよ」

「分かった」


ほぼ無表情で文句を言うブレンダンに、ハイリンヒはやれやれとため息をつく。

どうしようもない低レベルなやり取りに、ラウラローズは唖然とした。そして、くすりと笑みを浮かべた。

その柔らかで美しい笑顔に、ハイリンヒは思わず目を奪われる。


「私は外しましょうか?」

「でしたら、私も外します」


ラウラローズの台詞に、空気を読んだマティルダが被せる。

ブレンダンとハイリンヒは顔を見合わせた。

そして、ブレンダンが口を開いた。


「いや、2人共此処にいてほしい。マティルダは私の隣に」


マティルダは不思議そうな顔をしつつも、人一人が余裕で座れる距離を置いて、ブレンダンの隣に素直に腰掛けた。

するとブレンダンは、ソファの上でぐっとマティルダとの距離を詰め、小柄なマティルダ腕の中にすっぽりと囲うように、片手をマティルダの腰あたりに回した。

されるがままのマティルダは、少しだけ照れたように頬を染めている。

ハイリンヒは、ブレンダンの変化に目を瞠り、どこか安堵したような笑みを浮かべ素直に詫びた。


「さっきは悪かった。誤解させたようだな」

「こちらこそすまなかった。主に私が悪い。しかし、マティルダに気軽に触れるのは許容できない」

「はいはい。基本的には触りませんよ」


ハイリンヒは、ブレンダンの独占欲に苦笑した。


「それで、どうする」

「俺がラウラローズ嬢と婚約する」


ブレンダンからの短い問いかけに、ハイリンヒは迷いなく即答した。

マティルダは驚いた。ラウラローズも、その宝石のような瞳を大きく見開いて固まっている。

しかしブレンダンはほぼ表情を変えず、ほんの僅かに口角を上げた。


「ラウラローズ嬢はそれでいいのか」

「私の意見を聞いてくださるの?閣下にもマティルダさんのお人好しが移ったのかしら」

「貴方は客人で、仮初とはいえ婚約者候補だからな。現時点においては、貴方の人生に対して私には何の権限もない。よって、貴方の意向は聞くべきだ」


「確かに、言われてみればその通りですね。

以前お伝えした通り、私の希望はワイルダム侯爵家を出ること。

できれば、王都から遠く離れたこの地で、静かに余生を暮らしたいです」


「他に希望は?」

「ございません」

「そうか。ならば、ハイリンヒと正式な婚約を結ぶ形でも構わないな」

「正気ですか?」

「勿論だ」

「率直に申しますが、私の父は権力の亡者です。その娘がオルフェイ騎士団長と婚約などというのは、過ぎたお話かと思いますが」

「上昇志向が強いというのは、悪いことばかりではない」

「それはそうかもしれませんが」


「ハイリンヒは、オズウェル伯爵家の次男。

侯爵令嬢の貴方より格下と言えるものの、オルフェイ騎士団長という肩書がある。

釣り合いは取れていると思うがな」


至極もっともなことを宣うブレンダンに、ラウラローズは押し黙る。

ハイリンヒとラウラローズの間でどのような会話がなされたのか、ブレンダンには分からなかった。

しかし、ハイリンヒの意思表示があった今、ブレンダンがラウラローズに提示できる選択肢は2つしか無かった。


「申し訳ないが、ハイリンヒと正式に婚約するか、ワイルダム侯爵家へ帰るかの2択で、今この場で決めてもらいたい。さて、どうする?」


ブレンダンは、淡々とラウラローズに告げた。

その様子が酷く冷たいもののように見えて、マティルダは少々動揺する。

つい先程、マティルダと2人きりで会話していた時との態度や表情の差が激しく、別人のように思えたからだ。


(ラウラローズ様にも、心の準備がいるのでは?)


マティルダはそう思い、思わずハイリンヒを見ると目が合ったものの、黙って目配せをされたのみだった。

これはつまり、黙って見ていろということなのだろう。

マティルダは、瞳を揺らすラウラローズとブレンダンのやり取りを、固唾を呑んで見守ることにした。


「分かりました。ハイリンヒ様との婚約をお受けします」

「そうか。では早速、ワイルダム侯爵家とオズウェル伯爵家への書面を用意しよう。ハイリンヒは明日、王都に立つのだったな」

「ああ。2年ぶりにオルフェイ騎士団長の任命式に行く」


ブレンダンの台詞に、ハイリンヒはにやりと笑みを浮かべた。

貴族の爵位と違い、騎士団長という地位は、2年に一度、国王陛下から任命される仕組みで、ハイリンヒは今回で三度目の任命式となる。


初回はブレンダンの父親、つまり、前オルフェイ辺境伯が身罷って1年経った時、ブレンダンが正式に後を継ぐタイミングに、ブレンダンとハイリンヒは2人で王都に向かった。

二度目はハイリンヒが単身で王都へ行き、ローゼと名乗っていたラウラローズと出会っている。


「では国王陛下に、私が既に送った書面の回答状況を確認してきてほしい。主役の一人なのだから、国王陛下と言葉を交わすタイミングは間違いなくあるだろう」

「了解。陛下に送った書面の内容を聞いても構わないか?」


「ラウラローズ嬢が婚約者候補としてオルフェイに送り込まれてきたが、国王陛下のご意志なのかを尋ねる内容だ。

もし本当に王命だとしたら、私は正式な婚約者であるマティルダと結婚すると決めているから、取り下げてほしいと書いた」


「なるほど」


「ワイルダム侯爵家とオズウェル伯爵家へは、私からの書面を用意すべきだろうと思っている。

オルフェイ騎士団長を務めるオズウェル伯爵家の次男・ハイリンヒが、ワイルダム侯爵令嬢との婚姻を望んでいるため、オルフェイ辺境伯はその後ろ盾になる、という内容を考えている。

ただ、両家への説明は、私からの書面より効果的な方法が取れるならそれでもいい」


「ありがとう。それは心強いな。国王陛下にご挨拶するタイミングで、直接婚約の許可をいただくつもりだ。もしうまく許可をいただけたら、その書面は最高の追い風になる」

「ああ。まあ、国王陛下が反対する理由は特に思いついていないがな」

「同じく。好きにすればよい、むしろ国防の要のオルフェイが盤石になるのは喜ばしい、と仰っしゃりそうだ」

「同感だ」


そう言って、ブレンダンとハイリンヒは視線を絡ませる。


「ブレンダン。俺がいない間、ラウラローズ嬢を頼む」

「承知した」

「手は出すなよ」

「誓って出さない。彼女には引き続き客人として滞在してもらうだけだ。私にはマティルダがいるからな」

「急にどうしたんだ。この短時間で、別人のようにマティルダちゃん贔屓になったな」

「分かりやすく言葉にしないと駄目だと理解した。またマティルダが悲しむ」

「ああ、そう。ご馳走様です」


真面目な顔できっぱり言い切ったブレンダンに、ハイリンヒは苦笑した。

マティルダは、そのやりとりに赤面しつつ、思わず顔が綻びそうになるのを必死に我慢した。

ブレンダンが、分かりやすく言動で好意を表してくれるのは、とても嬉しいと思った。


きっとラウラローズも、思い出の騎士様との婚約を喜んでいるだろう。

マティルダはそう思ってラウラローズを見たが、その整った顔は、どこか憂いを帯びているように見えた。


(え?どうして……)


マティルダは、不思議に思う。

ラウラローズから聞いた話では、騎士様――つまりハイリンヒは、それなりに理想の相手に近い筈だからだ。

望まぬ結婚の前に、初めてを捧げてもいいと思うほどには。


(ハイリンヒ様と、何をお話されたんだろう)


マティルダは、気遣わしげにラウラローズを見た。



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