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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第8話:足りなかった言葉

ブレンダンはマティルダに声をかけた。


「マティルダ。涙のわけを聞いてもいいか」

「……」

「国王陛下からの回答次第になるが、場合によっては、貴方の希望は叶えてやれない。すまないな」

「希望?」

「貴方ではなく、ラウラローズ嬢と婚姻を結ぶという話だ」

「!それは……!」


言いかけたはずの言葉は、最後まで上手く声にならなかった。

つらそうな表情になったマティルダに、ブレンダンは困り顔で苦く微笑む。


「すまない。しかし、まだ決まったわけではないし、私も最善を尽くそうと思う」


ブレンダンは、ラウラローズとの結婚など全くしたくないが、何とか慰めの言葉を尽くす。

しかしマティルダは、余計に悲しそうな顔になって、いやいやと首を横に振った。

途方に暮れるブレンダンは、マティルダに手を伸ばそうとしたが躊躇い、力無くその手はおろされた。


ハイリンヒとラウラローズは2人を黙って見ていたが、あまりにもすれ違いが過ぎる状況に思わず顔を見合わせる。

そして、やれやれといった様子で、ハイリンヒが口を開いた。


「あのさ。横から口を出して申し訳ないけど、マティルダちゃんの希望はそうじゃないと思う」


ハイリンヒからもたらされたヒントに、ブレンダンは怪訝そうな顔をした。

するとラウラローズは、ふぅとため息をついて、ハイリンヒに加勢した。


「鈍感だとは思っていましたが、閣下は本当に乙女心が分かっていませんわね。

マティルダさん。ちゃんとはっきり言わないと、この人は一生気づかなくてよ?」


「ですが、それではラウラローズ様が……」

「本当にお人好しね。ここまで来ると、ただのお馬鹿さんだわ。私はこう見えてモテるのよ?オルフェイの地で、素敵な出逢いを探すから問題ないわよ」

「うぅっ……」

「って、ちょっと!そんなに泣かないでよ。貴方達の邪魔はしないって言ったじゃない。それは本心なのよ?」


マティルダは、ラウラローズのツンツンした優しさに触れ、滂沱の涙を流す。

泣き止ませるつもりが余計に泣かせて、ラウラローズは流石に慌てた。


「で、でも、ラウラローズ様のほうが、辺境伯夫人には相応しいと思います」

「まあ、家柄だけを見ればね。でも人間には、相性や好みというものがあると思うのよね。閣下もそう思いませんこと?」


「ああ。その点については同感だ。

申し訳ないが、正直なところ、私はラウラローズ嬢の事情はどうでもいい」


「やはりそうですよね。普通、私の事情を話したとて、速やかにワイルダム侯爵家に事の次第を確認し、私を王都へ送り返すだろうと思っていました」

「正解だ。しかし、その日の内にマティルダの希望を聞いてしまった以上、ワイルダム侯爵家に直接接触する選択肢を横に置いただけだ」


オブラートゼロで本音を言い切ったブレンダンに、ラウラローズはやれやれと苦笑した。

ブレンダンに初めて会って初めて言葉を交わしたあの日、ラウラローズは悟った。

辺境伯という立場上、ブレンダンは丁寧な対応をしてはいるが、ラウラローズは明らかに招かれざる客であり、拒絶されていると。


やはりマティルダに事前に言っておいたことで命拾いした。

ブレンダンは、マティルダほど優しくない。寛容でも、博愛主義者でもない。

つまりラウラローズにとって、マティルダは命綱ともいえる存在なわけだが、ラウラローズのせいで2人の仲が拗れているのは間違いなかった。


「マティルダさん。閣下のお気持ちは、私と話し合った最初の時からこれよ。

でも、私の事情を汲んで、一旦は国王陛下からの回答が届くまで、このお屋敷に留まることを許容してくださった。ただそれだけよ」


「そうだったのですか。私、全然知らなくて。

お兄様にも、ラウラローズ様にも、気を遣われているのだと思っていました」


「うーん。多分、そもそもの前提が違うと思うのよね。

閣下の中の選択肢の問題というか。

取り敢えず、ちゃんと2人で話し合うべきだと思うから、私は一旦、部屋に戻るわね。

――閣下、私はこれで失礼します」


「分かった。ハイリンヒもすまない」


「問題ない。俺は単に王都へ立つ前の挨拶に来ただけだから、それはもう済んだ。

それより、できれば今後の話がしたい。

明日の朝には出発するから、どうしても今日がいいと思うのだが」


「その通りだな。では、1時間後に改めてというのはどうだろうか」

「了解。じゃあ俺は、ラウラローズ嬢を口説き落とそうかな」


にっこりと、爽やかに微笑むハイリンヒに、ラウラローズは驚いた顔になった。

ブレンダンは、そんな2人の様子に、どこか肩の荷が下りたような表情になる。


「心から応援する。家令ジョセフには、私が応接室で持つように言ったと伝えてほしい」

「了解。ではラウラローズ嬢、邪魔者は退散しましょうか」

「はい」


ハイリンヒは、流れるように自然に、ラウラローズに腕を差し出す。

ラウラローズも卒無くそのエスコートに応じ、ブレンダンとマティルダに背を向ける。

しかし、数歩歩いたところでちらりと振り返ったラウラローズは、緑色の宝石のような瞳でマティルダを見つめ、一つ頷いた。

マティルダは背中を押されたような気分になり、小さく頷き返した。


ラウラローズの頬が、仄かに赤く染まっていたのは、多分、マティルダの見間違いではないと思う。

ハイリンヒの台詞が単なる冗談ではないのなら、恐らくラウラローズは、ハイリンヒと両想いだ。


「マティルダ」


ブレンダンに名を呼ばれ、マティルダはビクリと身を震わせた。

おずおずとブレンダンを見つめ返すと、どこか遠慮気味な金色の瞳がマティルダを映していた。

マティルダは、ここはひとつ腹を括るべき時だと、覚悟を決める。


「お兄様。私の望みは、お兄様とラウラローズ様の幸せです。たった数ヶ月前、仕方なく婚約した私なんかのために、責任を取るだなんて思ってほしくありません」

「マティルダ……」


「どうかお心のままに選んでください。

ラウラローズ様の方が、お兄様とお似合いだと思います。

でも私は、お兄様のことが好きです」


マティルダはそう言って、泣き出しそうに笑った。

ド直球な台詞は、ブレンダンの胸に真っ直ぐに突き刺さった。嬉しい。

しかし同時に、ブレンダンは愕然とした。

もしかしてマティルダに、何も伝わっていないのかもしれないと、今この瞬間気付いたからだ。


「その、だな。そもそも私は、マティルダのことが好きなのだが。もしかして、言っていなかっただろうか」


確かにブレンダンは、マティルダに対して、結婚したいと、結婚するならマティルダがいいと、正面から告げたことはある。マティルダを愛する許可もとった。

その一方で、ちゃんとした告白は、そういえばしていない気がしてきた。


もしかしてマティルダは、物凄く不安な気持ちで過ごしていたのではないかと。

ぽかんとするマティルダに、ブレンダンは己の失態を心底悔いた。

これはもつ、大声でお詫びしながら、スライディング土下座するレベルかもしれない。


「言っていなかったのだな。すまない」

「えっ……えぇ?では、責任を取るというのは」

「取る。いや違う、是非取りたい。それは、マティルダのことが好きだからだ」


食い気味に即答したブレンダンに、マティルダは呆然とした。


「私はマティルダがいい。貴方に側にいてほしいし、他の男にやりたくない。例え相手がハイリンヒでも無理だ。先ほども、柄にもなく嫉妬した」

「そんな、全然知らなくて」

「すまない。伝えた気分になっていた」

「き、気分って。聞いていないです」


「すまない。私の言葉が足りなかった。だが、私の幸せを願ってくれるなら、私と結婚してくれないか」


ブレンダンの真摯な告白に、マティルダの心臓がどくりと大きく跳ねた。

マティルダはぶわっと赤くなり、涙ぐみながら「はい」と震える声で頷いた。

ブレンダンは、マティルダからの色良い返事に安堵の笑みを浮かべた。


「ありがとう」

「でも、ラウラローズ様は……」


「大丈夫だ。それをこの後ハイリンヒと相談するからな。

彼女はどうやら、ハイリンヒが探していた女性らしい。

あの様子を見るに、彼女もハイリンヒを覚えているようだったし、間違いないだろう。

しかし、ハイリンヒもそうだが、マティルダは彼女のどこがそんなにいいのだ?」


ブレンダンは、ため息と共に問う。


「どこと言われましても」

「マティルダは、もし私が彼女を選んだらどうするつもりだったんだ?」

「それは……そうですね。色々考えましたが、一番現実的なのは、生家に戻って別の男性に嫁ぐのかなと思っていました」


つい先程ブレンダンと想いが通じ合ったばかりなのに、想像するだけでつらい。

マティルダは、何度か想像した未来――ブレンダンとラウラローズが微笑み合い、仲睦まじく腕を組み、結婚式で誓いのキスをする様子――をもう一度思い返してみて、視界が滲むのが分かった。


マティルダは、力無く微笑んだ。

その表情が、その頼りなさが、先ほどの姿――マティルダがハイリンヒに慰められていた時の姿――と重なって見えて、ブレンダンはハッとする。


「まさか、その相談をハイリンヒにしていたのか?」


マティルダは一瞬の躊躇いの後、諦めて認めた。

ブレンダンは堪らない気持ちになった。

そして、若干悔しそうな色をその金目に滲ませ、優しくマティルダを抱きしめた。


「私の妻はマティルダだと決めている。これからは、ハイリンヒではなく私に相談してほしい」

「はい」

「貴方が他の男を頼るのは悔しい。それに、貴方の泣き顔を他の男に見せたくない」

「……はい」


嬉しさと恥ずかしさで真っ赤になりながらも、マティルダはブレンダンをぎゅっと抱きしめ返した。

恥ずかしげもなく素直な気持ちを吐露したブレンダンは、想像以上に心が狭い自分に驚く。


(私にも、こんな風に誰かを想う日が来るとはな)


ブレンダンとハイリンヒは、お互いに信頼し合っているし、良き友人であり、戦友でもある。

ハイリンヒが若手の騎士として王都からオルフェイにやってきた頃から、ブレンダンとは切磋琢磨してきた仲だ。


ハイリンヒは女好きではあったが、恐らく他の誰よりも根は真面目で、優しさと賢さと実力を持っていることをブレンダンは知っている。

それなのに、ブレンダンは確かにハイリンヒとマティルダが2人でいるところを見て妬いた。


(私も、ハイリンヒのことをとやかく言えないな)



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