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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第7話:ハイリンヒの想い人

「差し出がましいようですが、閣下とマティルダさんはどうしてこじれているのでしょうか」


立派な机を挟み、腕組みをして立ったまま、呆れと怒り半々状態でブレンダンに尋ねたのはラウラローズである。

現在、ブレンダンは執務室にいて、立派な執務用の机に座っている。

ラウラローズの陽の光を集めたような長い金の髪はハーフアップにされており、ほぼすっぴんのような薄化粧になったその顔は少し幼い。

無論、美人には違いないけれど。


「全く、何のためにさっさと敗北宣言したと思っているのですか。

あれから2週間近く経つのですよ?

貴方はそれでも炎の獅子様なのですか」


「それは勝手についた呼び名だ」

「そんなことは分かっています。そうではなくて、潔く愛の告白でもして、その場で押し倒してしまえばよかったのにという意味ですわ」


無茶苦茶だが半分は正論だ。

ブレンダンは、苦虫を噛み潰したような顔になった。




ブレンダンに事情を打ち明けてから、ラウラローズとブレンダンには奇妙な連帯感が生まれている。

それは、知人よりは親しいものの、友人でも恋人でもなく、まるで共犯者のような不思議な関係だった。


約2週間ほど前、ブレンダンとの話し合いの席で、ラウラローズは「私に敬語は不要です。閣下の方が格上で、私は前彼ざる客であり、居候の身ですから」と伝えた。

するとブレンダンは、一瞬だけ逡巡した後、能面のような無表情さで言った。


「承知した。では貴方も、その猫被りをやめていただこうか」

「!」

「貴方の事情がどうであれ、マティルダを傷つけたら許さない。これだけは覚えておいてくれ」

「かしこまりました」


その時、ラウラローズは自らの敗北を確信した。

ブレンダンは、マティルダを大層気に入っているらしい。

ならば、自分の身が可愛いラウラローズにとって、今後の身の振り方は決まったようなものだ。

2人を応援して、何とかくっつけるしかない。

その結果が今である。




「そういうわけにもいかないだろう」

「何故ですの?」

「何故って、まだ国王陛下に宛てた質問状の回答が来ていないからに決まっているだろう」


「貴方は、どうしてそう四角四面なのですか。

2人は想い合っている上に、王命で正式に婚約までしているのですよね?

私がお2人の邪魔はしないと言っているのに、何がいけないと言うのですか」


「いや、問題はあるだろう。万が一にも、貴方が此処へ来た理由がちゃんとした王命だったらどうするんだ」

「仮に王命でも、今この瞬間、貴方の正式な婚約者は彼女なのですから、いっそのこと問題が出る前に早めに囲い込んでおくほうがいいのではありませんか?」

「何故そう思う」

「人間、本気で思い詰めたら、とんでもない事を思いつくことがあるからです」

「ほう。心当たりでも?」


「どうでしょう。単なる一般論かもしれませんわ。

それにあの日――閣下に初めてお会いした日、マティルダさんに色々お仕事を教えていただきながら側にいましたが、彼女を見ている男性はそれなりにいたと思います。

マティルダさんは優しくて、若いのに気が利く、とてもいい子です。

見た目も清楚で可愛いですから、引く手数多なのではないかしら」


「貴方がそれを言うのか」

「まあ、褒めてくださるのですか。ありがとうございます」


ラウラローズは、にっこりと微笑んだ。

しかしブレンダンは、スンとした表情で綺麗に流した。


「ですが私は、婚約を解消されるような女です。

それに、侯爵令嬢に手を出そうとする強者つわものなんて、なかなかいないものでしてよ」


ブレンダンは無表情で「そうか」と相槌を打つに留めた。

濃いめのメイクをしていた時のラウラローズは、例えるならば、美しいがツンとした棘のある薔薇のようだった。

目鼻立ちのくっきりとした美人ということもあり、どこか強い女性に見えた。


しかしここ数日は、メイクが薄いせいなのか、隙というか、柔らかさを纏うようになった。

ブレンダンやラウラローズに事情を打ち明けたために、鎧が脱げてきたのかもしれない。

その結果、可愛らしさと棘を兼ね備えた雰囲気になりつつある。


「いずれにしろ、マティルダさんがどこか上の空な理由がよく分かりました。

全く、領主として優秀で見た目も良いくせに、どうしてそんなに女心が分かっていないのか、大変不思議です」


「その点は面目ない」

「取り敢えず、ちゃんと早めに話し合った方がいいのではありませんか?」

「正論だ。善処する」


ブレンダンは、ラウラローズの言うことに一理あると思ったが、果たしてマティルダは受け止めてくれるだろうかと、非常に心許ない気持ちになった。

はあ、と自分自身の不甲斐なさにため息をついて、ブレンダンは椅子から立ち上がった。

そして、何気なく執務室の窓の外に広がる庭を見る。

するとそこには、マティルダが背の高い誰かと一緒にいるのが見えた。


(マティルダと誰だ。ハイリンヒ?)


そう認識するや否やで、何故2人が一緒にいるのか、気になって仕方なくなった。

暫くすると、マティルダは俯いた。

するとハイリンヒが、マティルダをそっと抱き寄せ、後頭部を優しく撫でたように見えた。


(あいつ……!)


ブレンダンは、思わず呟く。

怒りで、目の前が真っ赤に染まったような気がした。

ブレンダンは、目力だけで射殺しそうなほどハイリンヒを睨みつける。

そして、全身に殺気を纏わせ踵を返し、つかつかとドアに向かって歩き出した。


「え?閣下?」


不機嫌さを隠しもせず、ブレンダンはラウラローズを綺麗に無視して部屋を出ていった。

ラウラローズは、ただならぬ雰囲気のブレンダンに驚きつつも、慌てて後に続く。


「ちょっと、急になんなのですか?」


戸惑い半分、呆れ半分で、ラウラローズは小走りでつかつかと歩くブレンダンの後ろをついて行った。




2階から1階へ階段をおり、足早にホールを抜けて玄関を出て少し歩くと、丁度執務室から見えていた庭のあるエリアに着いた。


「――!?」


そこで目にした光景に、ラウラローズは思わず息を呑んで足を止めた。

マティルダが、騎士の正装を纏い、前髪を全て上げた青みがかった黒髪黒目の美丈夫と、2人きりでいたからだ。

ブレンダンは、ずんずんと2人に近づいていく。


「何をしている。その手を離せ」


地を這うような、低い声。

金色の瞳で鋭く睨みつけてくるブレンダンは、本気で怒っていた。

何度も戦いの最前線を経験してきたハイリンヒでさえ、その圧迫感に思わずゾクリとした。


内心冷や汗をかきつつも、ハイリンヒは軽薄な笑みを浮かべた。

そして、マティルダを憐れむように一瞬だけ見つめた後、そっと手を離し、さり気なくマティルダを背にかばうようにしてブレンダンと対峙する。


「用件はなんだ」

「挨拶だよ。オルフェイ騎士団長の任命式へ行くため、明日の朝に王都へ立つ。だからオルフェイ辺境伯とその婚約者様に、出立のご挨拶を」

「そうか。よろしく頼む」

「御意に」


言われてみれば確かに、ハイリンヒは正装だった。

黒に近い紺色の髪はかき上げられ、同じ色の瞳と整った顔面が、まだ肌寒さの残る春の日差しに晒されている。


「それで、何故マティルダは泣いている。お前が泣かせたのか」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」

「は?」

「お前、ちゃんとマティルダちゃんと向き合ったらどうなんだ。今だって、後からぽっと出の金髪美人を連れ回して――……」


嫌味を兼ねた説教をし始めたハイリンヒは、台詞の途中で絶句する。

ブレンダンの後ろに見えていた金髪の女性をしっかりと捉えた瞬間、驚愕のあまり、思考が停止してしまったからだ。


「ハイリンヒ?」


ブレンダンは、怪訝そうな顔でハイリンヒを見る。

マティルダという正式な婚約者を捨て置いて、婚約者候補だというラウラローズと連れ立っているなんてけしからん、とハイリンヒが言いたいのは理解できた。


しかし、何を見てそんなに驚いているのかと、ブレンダンは自分の後ろを見た。

すると、少し離れた場所には、血の気を失った白い顔で愕然としているラウラローズが立っていた。


「ブレンダン。何故彼女がお前の屋敷にいるんだ」

「は?」

「あれはローゼ嬢だ」

「……え?」


ラウラローズを見つめたまま、ハイリンヒは呆然と、掠れた声で尋ねた。

恐らくこの声のボリュームでは、ラウラローズまでは届いていない。

しかしマティルダには聞こえていたため、マティルダは思わず耳をそばだてた。


「ローゼ嬢は、お前の5人目の婚約者なのか?」


ブレンダンの後ろに見えていた金髪の女性は4人目の婚約者候補、つまり、ラウラローズだとハイリンヒは思い込んでいた。

しかし、そこにいる女性は、ハイリンヒが焦がれて止まない相手ローゼに違いなかった。

2年前、王都で出会い、一晩共に過ごし、翌朝には綺麗さっぱり姿を消した金髪碧眼の巨乳美人。


「馬鹿な。彼女は、ラウラローズ・ワイルダム侯爵令嬢だ」

「は?……ワイルダム侯爵令嬢は、あんな顔だったか」

「言葉選びに窮するが、女性のメイク技術は凄いということだと思う。……多分」

「な、なるほど?」


ブレンダンの言葉に、ハイリンヒはううむと唸った。

そして次の瞬間、ブレンダンとハイリンヒは、ハッと何かにひらめいたような顔になり、顔を見合わせた。


「素晴らしいアイデアが浮かんだ。ハイリンヒ、この後時間はあるか」

「ああ。俺は伯爵家の次男で、決まった婚約者もいない」

「完璧だな。それで、どうしてマティルダは泣いていたんだ」

「結局そこかよ。自分で聞け」


やれやれと肩を落とし、ハイリンヒは、背後にいるマティルダを振り返る。

ハイリンヒがマティルダの肩を優しく叩くと、俯いていたマティルダはそっと顔をあげ、不安そうにハイリンヒを見た。

涙に濡れた青い両目には、夜の闇から出てきた王子様のようなハイリンヒだけが映っている。


「マティルダちゃん。さっきの話、ちゃんと素直にブレンダンに伝えてみたら?」

「でも……」

「マティルダちゃんの勇気が俺の恋も救うから、何とか頼むよ」

「ハイリンヒ様の恋」

「ま、その話はおいおいね」


会話の内容は、ブレンダンに全て聞こえている。

ブレンダンは、友人であり部下でもあるハイリンヒと、可愛い婚約者のマティルダのどちらもを、大切に思っている。

しかし、ふつふつと湧き上がってくる感情が、上手く制御できない。

これは間違いなく嫉妬だと、ブレンダンは自覚する。


(悋気を起こすなど、大人気おとなげないな)


ブレンダンは自嘲して、切り替えようと努力する。

清楚で可憐な白い花のようなマティルダの雰囲気に、都会的な雰囲気のハイリンヒはよく似合っていた。

ブレンダンは今 、それを非常に面白くなく思う。


「ラウラローズ嬢」

「は、はい」

「此方へ」


急にブレンダンから声をかけられ、ラウラローズはビクリと反応した。

そして、言われるがままに、どこか呆然としたままブレンダンの隣まで歩いてきた。

キラキラしたエメラルドのような瞳はどこか不安げに揺らめいており、その顔色は若干優れない。


「紹介する。彼がオルフェイ騎士団長だ」

「ハイリンヒ・オズウェルと申します。以後お見知りおきを」


「ラウラローズ・ワイルダムと申します。

――オルフェイ騎士団長、以前は助けていただき、ありがとうございました」


「2年前のことを、覚えていてくださったのですね」

「はい。――忘れられるはず、ありませんもの」


ハイリンヒは内心、歓喜に震えた。

薄っすらと頬を染め、少し憂いの微笑みを浮かべるラウラローズは破壊力抜群だった。

控えめに言って、物凄く可愛い。

ハイリンヒはぐっと拳を握りしめ、抱きしめたくなる衝動に耐えた。


ブレンダンは、ラウラローズの自分に対する態度との違いに面食らい、唖然とした顔でラウラローズを見ていた。

マティルダは、ラウラローズが馬車の中で話していた素敵な騎士様との思い出話を思い出す。

そして、その続きが見られたことに衝撃を受けていた。


(まさか、あの話の騎士様はハイリンヒ様だったの!?)


まるで恋愛小説のようだ。

内心一人で興奮している内に、マティルダの青い目を濡らす涙はすっかり渇いていた。



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