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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第5話:ラウラローズの事情

あけましておめでとうございます。

無事に炊き出しを終え、マティルダはラウラローズと2人で馬車に乗っていた。

長々とトップがいると寛げない者もいるという配慮から、いつも通りブレンダンは別の馬車に乗って一足先に屋敷に出発している。


マティルダは、いつも通りシェフや使用人達と残って、温かな食事を配り続けた。

一通り配り終えたら、マティルダの仕事は終わりだ。

マティルダはかつて最後まで残って片付けを手伝おうとしたことがあった。

しかし、「それは必要ない、むしろそれを仕事にしている人を雇うことで経済に貢献しているのだ」と、ブレンダンに言われたため、いつも片付けの中盤以降で撤収することにしている。


ラウラローズはというと、ブレンダンと一緒に帰りたいなどという我が儘は口にしなかった。

そして、マティルダに倣い朗らかな笑顔を振りまいて食事を配り続け、片付けもこなした。

寒い季節に、ろくな侍女も連れず、平民と入り混じっての出迎えイベントに、王都育ちの侯爵令嬢がよくもまあついてこれたものだと、マティルダはとても感心していた。

敵ながらあっぱれである。




「ねえ、マティルダさん。貴方は私のことが嫌いではないの?」


2人きりの馬車の中で、ラウラローズから出た直球過ぎる質問に、マティルダは一瞬固まった。

咄嗟に何を言われたのか理解できなかったからだ。


「ええと、はい。嫌いではありません」


「そう。随分とお人好しなのね。

この1週間、貴方は私に敵意を向けてこなかった。

むしろ、私が此処での生活に馴染めるよう、とても気を配ってくれていたくらいよね。感謝するわ」


「恐れ入ります」


「貴方に意地悪をするつもりも、困らせるつもりもないのだけれど、私にはもう帰る場所がないのよ。

貴方とオルフェイ辺境伯は上手くいっているようだし、なんだか色々とごめんなさいね。」


ふぅ、と悩ましげなため息を突いて、ラウラローズはそのエメラルドグリーンの瞳を伏せた。

高位の貴族令嬢にしては貧相な格好をしているのに、まるで1枚の芸術品のように美しいその様子に、マティルダは思わず見惚れた。


「明日、オルフェイ辺境伯との話し合いに、貴方は同席しないと言ったわよね。

それなら今、貴方に私の事情を話しておこうと思うのだけれど、いいかしら?」


「お気遣いありがとうございます。ですが、私はまだ出会って間もないですし、どうぞお気遣いなく」

「あら、どうして貴方が怯むのよ。私の弱みを握るチャンスじゃない」

「そんな、滅相もないです」


「そういうところよ。

正直、オルフェイ辺境伯がどこまで私を許容してくれるか分からないし、信頼できる相手かは分からないけれど、貴方のことは信頼できると思っているの」


「?」

「もう。だから、私が貴方を好きになったってことよ」

「……え?」


突然の告白に、マティルダは数秒フリーズした後、戸惑いを顕わにした。


「ふふ。可愛いのね。一応言うけれど、私の言った好きは、お友達という意味よ。他意はないわ」

「ええと……ありがとう、ございます?」

「ちょっと、そんな困った顔しないでくれる?本当よ」

「は、はい」


ラウラローズは、素直なマティルダに柔らかく瞳を細め、申し訳なさそうに告げた。


「まず、最初に謝罪するわ。

私の事情に巻き込んでしまってごめんなさい。

単刀直入に言うけれど、私は一度、婚約が駄目になったことがあるの。今から2年近く前、17歳の頃にね」


「!」

「原因は、相手方の不貞よ。私と政略的な婚約をする数年前から、ずっと好きな人がいたのですって。だったら最初からそう言ってくれればよかったのに、結婚する数週間前になって、どうしても結婚できないと言い出したの」

「そんな……」


「彼は、好きな人とは既に肉体関係を持った、もし彼女と結婚できないなら、自らの生家である伯爵家を継がないとまで言い始めたわ。

でも私は、その時にはもう、彼に嫁ぐと覚悟を決めていたし、想い合える夫婦になりたいと思っていたから、ショックだった。

結局、彼は嫡男だったから、伯爵家の有責で婚約解消になったのだけれど、色々な噂が飛び交ってしまって、私は暫く男性不信になってしまったの」


「それは大変でしたね」

「そうね。でも、この話にはまだ続きがあるのよ」

「続き?」


「ええ。とても傷ついたし、流石に半年くらいは部屋に引きこもってくよくよしていたの。

けれどある日、思ったのよ。馬鹿みたいに王子様が来るのを待っていても仕方がないって。

だから、こっそり一人で街へ出るようになったの」


「!?」


「ふふ。いけないとは分かっていたのだけれど、何だかバカバカしくなってしまって。

その頃にはまた、幾つかの縁談がきていたわ。

両親からも、もう18歳になったのだから、一刻も早く次の婚約者を探さなければならないと言われたのだけれど、全然気が進まなくて。

結局、貴族令嬢の嫁ぎ先なんて、家の事情で決まるのが普通でしょう?

何だか本当に、全部嫌になったのよ」


「そうなんですね」


「それから何度目かの街散策の時、見知らぬ男性に絡まれてしまったのだけれど、私を助けてくれた騎士様がいたの。

強くて、格好良くて、優しかった。

もし恋をするなら、こういう人がいいと思った。

だから騎士様にお願いして、一晩、最初で最後の素敵な思い出を貰ったの」


「え?それは……」


「だって、好きでも好みでもない男性に初めてを捧げるなんて、悲しいじゃない。

心なんてくれやしないかもしれないのよ?

王族に嫁ぐわけじゃあるまいし、別に処女でなければいけないなんてことはないんだから、最初の相手くらいは自分で選びたいと思ったのよ」


ショックなのはわかるし、立ち直ったのはいいことだ。

しかし、開き直った結果、若干腹を括りすぎていやしないかとマティルダは思ったが、ぐっと呑み込んで神妙な面持ちで同意した。


「な、なるほど」

「お父様がオルフェイに嫁げとお言い始めたのは、つい最近のことよ」

「!そうなのですね。何故急にそのようなことを?」

「オルフェイ辺境伯領は、我が国の国防の要。しかも広大で、交易で栄えている上に鉱物や農作物もそれなりに採れる。此処は、独立したって十分にやっていける領地なのよ」

「独立って……」


「勿論、オルフェイ辺境伯にそんなつもりはないのかもしれないけれどね。

でも、もし今後、王都に何かがあった場合は、副都市または小さな国家として機能しうる程度には、恵まれた土地ということよ。

国境に面していて、紛争が起こりやすいというリスクはあるけれど、確かにいい場所だわ。


聞くところによると、オルフェイ辺境伯は王命で決まった婚約が二度も駄目になっているそうじゃない。

だからお父様は、三度目も駄目になるかもしれないから行ってこい、国王陛下もご了解していることだから、と言っていたわ。

ま、三度目が駄目にならなさそうなことはもう理解したけれどね」


マティルダは、少しの違和感を感じた。

高位貴族が、自分の娘を、今の婚約が駄目になるかもしれないからなどという曖昧な理由で、王都から遠く離れた場所へ送り込むだろうか。


「あの、失礼な内容かもしれませんが、質問をしても?」

「ええ、勿論よ」

「お父様は、大変な野心家でいらっしゃるのですか?それとも何か、別の理由でも?」

「そうね。とても野心家だわ。それから、もう1つ理由があってね。私は、お父様と血が繋がっていないの」

「!?」


「私は、お母様がお父様と結婚する前に孕んでいた子供らしくて、本当の父親が誰なのかは分からないの。

お母様は、髪も目も茶色いわ。

お父様やお兄様は、茶色い髪に青い目をしているの。

それなのに私は金髪碧眼で、きっとこれは、私の本当のお父様の色なのよ」


「そんな……御親戚や、遠縁の方には?」


「いなかったわ。そんなわけで、お父様は早く私をどこか遠くにやりたいのよ。

できればワイルダム侯爵家にとって価値があって、目の届かない場所にね。

最初の婚約者は、王都から随分離れたところに領地を持つ伯爵家の嫡男で、農業と酒造が盛んな地域を治めていたの。

その後にあった縁談は、どれも近場だったり、ワイルダム侯爵家に旨味がないものだった。

だから纏まらなかったのかもしれないわ」


「そうなんですね。いつからそのことを知っていたのですか?」


「物心ついたときに、『どうして私だけ、お姫様みたいな金色の髪なのか』と両親に無邪気に尋ねて、その場の空気が凍ったの。

その時初めて、触れてはいけない話題なんだと知ったわ。


それから数年経って、懇意にしていた侍女に話を聞いたら、どうやら私のお母様は、結婚するまでは何人かの恋人がいたらしいと分かったわ。

お父様と結婚した時、既に私がお腹にいたらしいの。

そういうわけだから、いつか侯爵家を追い出されたり、貴族令嬢じゃなくなる日が来るかもしれないとは思っていたから、ずっと前から覚悟はできているの。


別にもう悲しくはないし、絶望もしていない。

ただ、静かに生きていくつもりよ。

できれば、誰かと愛し愛される結婚がしたかったけれど、なかなか上手くいかないものね」


「……」


「貴方がそんな顔をしないでちょうだい。

幸い、虐待されたこともないし、衣食住は十分に与えられてきたわ。

侯爵令嬢として、きちんと教育は受けてきたのよ?

私の話は、これでおしまい。

そういうわけだから、明日、オルフェイ辺境伯との話し合いでは、何とかオルフェイに置いてほしいと頼むつもりなの」


「そうなんですね」


「勘違いしないでほしいのだけれど、私は別に、閣下と結婚したいわけじゃないし、オルフェイ辺境伯邸にずっと居座るつもりもないわ。

平民としてでも構わないから、ワイルダム侯爵家を出たいの。

オルフェイ辺境伯はワイルダム侯爵より格上だから、きっとお父様を抑え込めると思うのよ」


そう言って、ラウラローズは寂しげに微笑んだ。

マティルダは、ラウラローズの複雑な事情に返すべき言葉が見つけられなくて、ただ気遣わしげな表情で静かに言葉を返す。


「申し訳ありません。何と言っていいか分からず」

「そうよね。いきなりこんな重い話をして、悪かったわ」

「いえ、そんな……」

「もうすぐ屋敷に着くわよ。ほら、そんな顔をしないで、きちんと淑女の仮面を被ってね?私が貴女を虐めたみたいで、感じ悪いじゃない」

「虐められてなんていません」


「そうね。そうだといいのだけれど。

オルフェイ辺境伯は、随分と私を警戒しているように見えたわ。だから貴方に先に話したの。

あの人に見切られたら、明日にでも問答無用で王都に送り返されそうな気がするのよね」


「そんな!お兄様はお優しいですから、事情を知れば、きっと此処に置いてくださいます」


「そうかしら?私は貴方のライバルのようなポジションだし、私のお父様は腹黒なのよ?

いつだって権力を手にする方法を考え、虎視眈々と少しでも高い場所を狙い、その野心を隠しもしない人なの。

血は繋がっていないとはいえ、戸籍上は間違いなく父親だわ。

閣下は、そんな私が此処にいてもいいと思うかしらね」


ラウラローズは、肩を落としてため息をついた。



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