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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第4話:ブレンダンの動揺

少し長くなっております。

真冬のオルフェイの昼は短い。

まだ夕方という時間なのに既に西日はほぼ沈みかけており、吐く息は白い。


約1週間前、ブレンダンはハイリンヒと共に騎士団を率いて国境に向かい、丸2日近く不眠不休でならず者と剣を交えた。

その後、無事に勝利を収め、怪我人――重傷者はいないものの生傷は絶えない――の手当てをして野営をした。

その後は、適宜休憩を取りつつ帰路を急ぎ、今に至る。


「なあ。なんか見たことない美人が増えてないか?」


ブレンダンに声をかけてきたのは、騎士団長のハイリンヒだった。

いつもの通り、マティルダをはじめとする屋敷のメンバーと騎士達の家族、そして有志が炊き出しをしてくれているが、確かにマティルダの隣にはぱっと目を引く美女がいた。

服装や身なりは、マティルダと同様に華美ではなくTPOを弁えているものの、明らかに異質だった。


「あの金髪碧眼の女性か」

「ああ。しかし、何処かで見たことがあるような……いや、気のせいか」


度が過ぎてはいないものの、炊き出しにしては少々ドレッシーな服を着ている。

記憶を辿るハイリンヒに対して、ブレンダンはあっさり見知らぬ人だと結論づけた。


「私は初めて見る。オルフェイの民に金髪は少ない」

「確かに。使者や旅の者か、または移民かと思ったが、よく見ると、貴族令嬢にしか見えないな」

「同感だ。王都からの客人かもしれないな」

「お前宛てに?」

「ああ。つい先日、家令ジョセフから伝令が来ていた」


そう言いながらブレンダンは、マティルダを見つめた。

いつも通り、一生懸命に大きなお鍋をかき混ぜる三つ編みにエプロン姿のマティルダに、ブレンダンはふっと優しく表情を綻ばせる。


「へぇ。お前もそんな顔するんだな」

「?」

「無自覚かよ。まあいいけど。いいよなぁ、可愛い婚約者がいて」

「ハイリンヒならば選り取り見取りだろう」

「どうだろうな」


ハイリンヒはその深い夜の闇の色をした瞳を静かに伏せ、小さく笑った。

ブレンダンは一つため息をついて、その黄色い三日月色の瞳を細めた。


「まだ諦めていないのか?もうすぐ2年だぞ」

「二度も美人な婚約者をあてがわれたくせに、悉く破談になったお前にだけは言われたくない」

「その通りだな。しかし、三度目の正直だと思っている。マティルダは特別なんだ」

「みたいだな。ま、これまでは相手が悪かったというのもあると思うけどな」

「どうだろうな。私にも至らぬ点はあったのだと思う」


「相変わらず謙虚だねぇ。

王命に耐えられない女と、王命に逆らう女って、どう考えてもツイてないか、国王陛下に見る目がないだけな気がするけど。もしくは残り物だったか」


「おい、不敬だぞ。それほどまでに望まぬ婚約だったということだろう」

「どうだかねぇ」


「私は、女が途切れたことのないお前が、女を途切れさせている方が不気味だと思うがな。

金髪碧眼で、胸が豊かな女性で、ローゼと名乗ったのだったか。

あそこに見える女性はまさに金髪碧眼だが?」


「お前なぁ。別にそれだけが理由じゃないさ」

「そうか」

「遠目だからはっきりとはわからないが、彼女とは顔立ちが違う。それにもっと巨乳だった」

「巨乳」

「ま、春が来たら、王都での式典にはまた俺が行くんだろうから、その時にまた城下町を探してくるさ」


ちょっと苦味のある笑顔を浮かべ、ハイリンヒは言った。

ブレンダンは、割と最近になって、軽薄そうに見えるハイリンヒに、実は一途な一面があることを初めて知って、更に好感を持つと共に、少し心配をしていた。


「少し長めに王都に滞在してきたらどうだ?2年に一度の一大イベントなのだから、まとめて休暇を取るといい」

「そうだな。それもいいかもしれない。すまないな」

「お前は休暇を取らなさすぎだろう」

「お前にだけには言われたくない。ちゃんとマティルダちゃんに構ってやれよ?水をやらないと花は枯れる」

「花か。いい得て妙だな。覚えておく」


ブレンダンは、ふっと小さく笑みを浮かべた。

確かに、マティルダは楚々とした可愛らしい花のような人だと思ったからだ。


「デートとか贈り物とか、ちゃんとしてやれよ?」

「デートや贈り物……」


「お前、本当に玄人の女しか知らないのな。

出征の時に髪を結んでるその組紐、どうせマティルダちゃんからだろ?」


「そうだ。お守りのようなものらしい」

「お守りねぇ。確かにそうだけど、そもそもそれ、特別な相手に贈るものだぞ?」

「?そうなのか」

「そうなんだよ。あーあ。マティルダちゃんは、なんでこんな、意味も知らずに受け取る男がいいのかねぇ」

「悪かったな」


2人は軽口を叩きながら、マティルダのいるテントに歩いていく。

すると、マティルダはぱあっと嬉しそうな顔を見せた。

ココアブラウンの長い髪を両サイドで三つ編みにして、いつも通り大きなお鍋をかき混ぜつつ、青い目でブレンダンを見つめるマティルダは可愛い。


「お兄様!ハイリンヒ様も。おかえりなさいませ」

「ただいま、マティルダ」


ブレンダンが優しく微笑むと、周りの人々はハッと息を呑んだり、ほぅとため息をついたりした。

実は、威圧感というか、オーラというか、普段は近寄りづらい雰囲気のあるブレンダンが、マティルダにだけ柔らかな表情を見せることは有名になりつつある。


ブレンダンがマティルダと婚約したと公言してから1ヶ月が過ぎ、周囲は、2人を見守るような空気になりつつあった。

まだ距離感こそあるものの、初々しくほのぼのとした雰囲気の2人は、オルフェイの人々に受け入れられつつある。


「お初にお目にかかります。わたくしは、ラウラローズ・ワイルダムと申します」


マティルダの隣にいた金髪碧眼の美女が、ブレンダンに向かって凛とした態度で口を開く。

会話が始まった瞬間、周囲の者たちの注目は当然に集まり、野次馬精神が混じったような気配が漂い始めた。


「私の名はブレンダン・オルフェイ。

家令から報告は受けていますが、ワイルダム侯爵家のような名家のご令嬢が、何故このような辺境の地に突然いらっしゃったのですか」


「私が閣下の婚約者候補だからですわ」


ラウラローズの一言で、その場の空気は一気に凍り付いた。

まるで時が止まったかのような静寂の中、ラウラローズとブレンダン、そして、マティルダだけが息をしているような沈黙が訪れる。

ハイリンヒも思わず瞠目し、斜め前を歩くブレンダンを凝視していた。


「何かの間違いではありませんか?国王陛下から、そのような前触れは来ていませんでした」

「まあ、そうですの?ですが、私は父に言われてこの地に参りましたの」

「私の婚約者はマティルダの筈です」

「ええ、今はそのようですね」

「何が仰りたいのですか」

「じきに次の婚約者が必要になるのではありませんか、という意味です」


にっこりと優雅に微笑み、声を小さくして告げたラウラローズは美しかった。

ブレンダンは、ぐっと言葉を呑み込んで若干眉をひそめた。不愉快だ。


「そのような予定はありません」

「そうですか。それは何よりですわ」

「貴方の目的は……と言いたいところですが、場所を変えるべきでしょうね」

「同意します。少しばかり、聞き耳を立てていらっしゃる方が多すぎますわね」

「ワイルダム侯爵令嬢は、我が屋敷に滞在されているのでしたね」

「ええ。誠に勝手ながら既にお邪魔しております。それから、私のことはどうかラウラローズと」

「分かりました。ではラウラローズ嬢、明日、改めてお時間をいただいても?」

「喜んで」

「家令やマティルダが同席しても?」

「勿論です。既にマティルダさんにはお世話になっていますもの」


テンポの良いやり取りと、容姿の整った2人が交わし合う微笑みに、マティルダは諦めたように苦笑した。

マティルダは、狐と狸の化かし合いのような2人の会話に、流石高位貴族同士は違うという敗北感を感じていた。


結論、ラウラローズはできた人だった。

性格の悪い、嫌な奴ならよかったのに、この人ならブレンダンの隣りに立っても違和感がないと、まさに今、マティルダは確信を持ってしまった。


ラウラローズは、言葉に少々棘がある――というか、いかにも貴族らしい言い回しをする傾向はあるものの、基本的にまともである。

悔しいが、その立ち居振る舞いや言動で、ラウラローズの品格を思い知らされる1週間だった。


だからマティルダは冷静でいられた。

悲しかったし、傷ついてはいたけれど、取り乱すことなく現実を受け止めつつあった。


「お兄様、ラウラローズ様。私は遠慮しておきます」

「まあ、どうして?」

「お2人の婚約の話ですから」


困ったように微笑んで、マティルダは辞退した。

ブレンダンもラウラローズも、マティルダを気遣わしげに見つめたものの、それ以上何も言わなかった。


恐らく、身分の高いラウラローズが正妻となり、マティルダは愛人なり使用人なりの立場になるか、もしくは、この地を去ることになるのだ。

そう思えば思うほど、マティルダは2人の邪魔をしてはならないという気持ちになった。


先ほど、ブレンダンがマティルダを婚約者だと言い切ってくれたことが、マティルダは素直に嬉しかった。

一方で、マティルダとラウラローズは、名を呼び合うほどには日々コミュニケーションをとっていた。

特に険悪というわけでもなく、むしろ知り合い以上友達未満ができたような気分にすらなりつつある。


マティルダは、1週間程度をラウラローズと共に過ごしてみて、この人ならば仕方がないという諦念を抱きつつあった。

だから、きっと近い将来、自分は御役御免になるだろうとも思うようになった。


「お兄様、どうぞ。温かいスープです」

「ああ。ありがとう」


内心はさほど穏やかではなかったものの、平静を装って、マティルダは湯気の立つスープをカップに注いだ。

ブレンダンは、少しホッとしたような表情で受け取る。


「ハイリンヒ様もどうぞ。ラウラローズ様、パンをお願いします」

「ええ、勿論よ」


笑顔を貼り付けたマティルダに声をかけられ、ラウラローズもせっせとパンを手渡す。

なんとも不思議な関係の2人を見て、ハイリンヒはスープを受け取りつつ、不憫そうにマティルダを見つめた。

絶対に空元気だろうと思いながら。


ハイリンヒが無言でブレンダンに目配せすると、ブレンダンは小さく頷いた。



*****



人気ひとけの無い、少し離れた場所のベンチで、ブレンダンとハイリンヒは腰を下ろした。

寒空の下、炊き出しで提供されているスープとパンを口にすると、疲れた体に染みわたる気がした。

ハイリンヒは、ポツリと呟いた。


「マティルダちゃん、元気なかったな。結構無理してるんじゃないか?」

「何が言いたい」

「いいや、別に。ただ、お前はいつも先に帰るから知らないんだろうけど、多分今日、彼女狙いの何人かは声をかけるんじゃないかなと思った」

「なっ……!」

「だって、諦めるしかないと思っていた意中の相手が、婚約者に捨てられそうになってるんだ。千載一遇のチャンスでしかないだろう」

「捨てない」


「そんな事は分かってるよ。けど、外野は違うだろう?

相手は超美人の侯爵令嬢で、しかも気立てよしだ。

普通に考えて、マティルダちゃんに勝ち目なくない?

お前がマティルダちゃんのこと大事にしてるって知ってる俺でさえ、あれは流石に可哀想だと思った」


「……」

「それで、あのご令嬢はどうするんだ。あのご令嬢を正妻にして、マティルダちゃんは愛人にでもするつもりか?」


ハイリンヒの質問に、ブレンダンは何も答えられなかった。

王命で結ばれた縁とはいえ、マティルダのことは好ましく思っている。

よって、気持ち的にはラウラローズを追い返すの一択だ。


しかし、もひラウラローズも王命で此処に来たというならば、安易に切り捨てるのは難しいとも思っていた。

仮に王命ではなく、ワイルダム侯爵が此処へラウラローズを送り込んだ場合も、既に婚約しているブレンダンに対してワイルダム侯爵家はかなり攻めた姿勢を取っていることになる。

いずれにしろ、政治的な思惑なり面子なりがあることは、容易に想像がついた。


「ま、お前次第だけどさ。お前がいらないなら、俺がマティルダちゃんのこと貰うわ」

「!?」


「そんな怖い顔するなよ。

お前の婚約者である内は、取って食いやしない。それに、彼女の気持ちもあるしな。

ただ、辺境の地で半年以上過ごした挙句、破談になって出戻った子爵令嬢の行く末なんて、火を見るより明らかだろう。

仮にヤーウェイ子爵が手を尽くしたとしても、ろくでもない奴に嫁がされるか、よくて後妻だろう。

だったら、俺のほうがいくらかマシだと思う」


「ローゼ嬢のことはいいのか?」

「よくはない。ただ、身元も名前もまともに知らない上に、再会できる可能性がかなり低い相手より、目の前にいる可愛くて可哀想な女性を大切にするのは、悪くない判断だと思うが?」

「悔しいが、完全に正論だな。今日はもうマティルダを連れて帰ろうと思う」


「お前、正気か?婚約者の子爵令嬢と、婚約者候補の侯爵令嬢が並んでいる状況で、マティルダちゃんと2人で帰るのか?それとも両手に花状態で帰るって?

いずれにろ、大分しんどいと思うけどな。

お前、すました顔してるけど、実は大分動揺してるだろう」


呆れたようなハイリンヒからの指摘に、ブレンダンはぐぅの音も出ない。

まさにその通りで、基本的に表情筋が死んでいるため顔には全く出ていないものの、ブレンダンは大変動揺していた。


ブレンダンの中では、完全にこのまま、数カ月後の未来にマティルダと結婚することになっていた。

よって、次の婚約者候補が登場するなどという展開は、想像もしていなかった。

実際、マティルダも周りの者もそうだろう。

ブレンダンは、非常に困惑していた。


「取り敢えず、今日は俺が2人の様子を見ておく。多分あの2人、同じ馬車で同じ屋敷に帰るんだろうからさ」

「すまない。恩に着る」

「全くだ。がんばれよ、色男」


渋い顔をしているブレンダンに、ハイリンヒはやれやれと苦笑した。

良家の嫡男は、これだから大変だ。

ブレンダンの側で、彼の置かれた立場や様々な柵を見ていると、つくづく自分は気軽なものだと思い、ハイリンヒは両親と兄に感謝の念が湧いてくるのだった。



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