第22話:ラウラローズの希望(完)
最終話です。
ラウラローズは、ハイリンヒと馬に乗っていた。
空には、月と星が浮かんでいる。
伝令のために先に戻った騎士以外と隊列を組み、現在、騎士団はオルフェイの中央へ帰還する途中である。
ラウラローズはスカートのため横座りで、落ちぬようにと、ハイリンヒに包みこまれるような状態だ。
漆黒の騎士服のハイリンヒは、控えめに言って大変格好良い。
相変わらず好みのど真ん中で、ラウラローズの心臓は少し煩かった。
「ハイリンヒ様、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「迷惑ではなく、心配の間違いですかね」
「心配してくださったのですか?」
「勿論です。それに、こんなものを使用人に預けていくなんて、まるで餞別のようだと怖くなりましたよ」
ハイリンヒは苦く微笑むと、ポケットから組紐を取り出した。
それは確かに、ラウラローズの力作で、紺色に金色と緑色と緑が絡み合うように編み込まれている。
ラウラローズは、伝言とこの組紐を託した使用人にまた会えた時は、きちんとお礼を伝えなければと思った。
同時に、何だか無性に恥ずかしくなった。
これは贈る相手を想い、自分と相手の色を絡めで作る御守なのだ。
「それは……もし、ご迷惑でなければ、遠征の時にお持ちいただければと思って」
ラウラローズは、頬を染めて視線を泳がせた。
無意識だったけれど、言われてみれば確かに、餞別のつもりだったのかもしれない。
これはハイリンヒを想い、無事を祈って作ったものだ。
もしもう二度と会えなくても、できれば渡しておきたかった。
「ありがとうございます。大事にします」
ハイリンヒはどこか甘い表情で笑った。
ラウラローズは、初めて見るハイリンヒの柔らかな顔にドキリとし、照れながらも「はい」と頷いた。
恋焦がれていた女性が胸元に寄りかかっていて、上目遣いではにかんでいる。
しかも婚約者になったわけで、端的に言うと最高だ。
ハイリンヒは堪らない気持ちになって、にやけそうになる口元を思わず片手で押さえ、平静を装って話した。
「私と貴方の婚約が、国王陛下に正式に認められました。ブレンダンから聞きましたか?」
「はい、伺いました」
「そうですか。強引に進めてしまって申し訳ありません。嫌ではありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「そうですか。ならばよいのですが……」
「?」
「初めて会った時の貴方は、望まぬ結婚の前に思い出が欲しいという理由で、初対面の私を求めてくださいましたね。
ですから、もし私との結婚が嫌な場合は、どうなるのだろうと思いまして」
「なっ……あ、あの日のことはもう忘れてください!」
「無理ですよ。あれからずっと、貴方のことが忘れられませんでしたから」
「!?」
「また会えて嬉しいです」
ハイリンヒがにっこりと、しかし、どこか憂いを帯びた笑顔を見せた。
ラウラローズは、うっと胸に手を当てた。
ハイリンヒは、やはり格好良い。
元より、初めてを捧げて思い出作りをする相手に選ぶ程度には、ハイリンヒの顔を含めた容姿や立ち居振る舞いは、ラウラローズの好みど真ん中なのだ。
「ところで、ラウラローズ嬢には、心に決めた人はいらっしゃいますか?」
「いいえ。そんな人はいません」
「そうですか。それはよかった」
ハイリンヒは、分かりやすく嬉しそうな顔をした。
まるで好きだと言わんばかりのハイリンヒの言動は、ラウラローズを動揺させる。
笑顔に胸がときめいて、にこにこと上機嫌なハイリンヒに、ラウラローズは既にもう絆されそうだ。
しかし、ラウラローズには、これが本気なのか単なるリップサービスなのか分からない。
心配と不安、そして、切ない気持ちが胸の中で膨れ上がる。
ラウラローズはもう、傷付きたくなかった。
かつて婚約を解消され、随分と肩身の狭い思いをしたことは、ラウラローズのトラウマになっている。
加えていうならば、既にハイリンヒの言動は、かつての婚約者よりも遥かにラウラローズの心を揺さぶってくる。
よって、失った時のダメージは計り知れない。
「ハイリンヒ様は、どこまで本気で仰っていますか?」
「え?」
「私を引き取ってくださることについては、感謝しています。
もうご存知かもしれませんが、私がワイルダム侯爵家を出たかったのは事実ですし、マティルダの――いいえ、閣下のお屋敷でお世話になるのも、限界があると思っていましたから」
淡く微笑んで淡々と話すラウラローズに、ハイリンヒは少し驚いたように目を見開いた。
そして、真剣な表情で、ラウラローズのエメラルドのような目をまっすぐに見つめた。
「全部、本気ですよ」
「!?……本当に?期待してしまいますよ?」
「どうぞ。貴方を大切にすると誓います」
「私は、婚約を解消されるような女です」
「ええ、知っています。ただ、私は二度もそうなった男をよく知っていますから、特に気になりません。何か事情があるのでしょう?」
「……ある日、別の女性を好きになったと言われてしまいました」
「それは酷い。貴方のせいではないでしょう」
「分かりません。そのように言う人もいれば、そうではない人もいました。
ああなる前に、もっと私にできることがあったのかもしれません。
私なりに考えてはみたのですが、どうすればよかったのか、今でもよく分からないのです」
「そうですか。貴方は真面目な人ですね」
「そうでしょうか」
「ええ。でも、できれば今後、過去の婚約者のことは綺麗に忘れてください。不愉快ですから」
「承知しました。大変申し訳ございません」
ラウラローズは、ほんの一瞬だけ傷付いたような顔をしたが潔く詫びた。
一方のハイリンヒは、ラウラローズを支える腕の力を少し強める。
自責の念から、ハイリンヒは苦い顔になった。
「申し訳ありません。言い方を間違えました。
貴方が別の男を気にしているのは、許せそうにありません。
理由はどうあれ、貴方が思い浮かべる男は全て私がいいと思っています。
狭量で申し訳ありませんが、よく覚えておいてください」
横から抱きしめるような体勢のため、当然、2人の密着度は増している。
ラウラローズは、まるで嫉妬しているかのようなハイリンヒの台詞を、咄嗟にうまく理解できなかった。
エメラルドのような瞳を見開き、フリーズしているラウラローズの耳元で、ハイリンヒは優しく囁いた。
「まあ近い内に、私が過去の婚約者のことは全て忘れさせますので、大丈夫ですよ」
「!?」
腰にずんと響くような、低くて甘い声。
ラウラローズは思わずビクッとして、身をそらした。
ハイリンヒは、危なげなくラウラローズを支えたまま、にっこりと微笑む。
そして、ラウラローズの手の甲を捕まえキスを落とした。
ラウラローズは、一瞬で真っ赤になった。
「〜〜っ」
「おや?照れているのですか?」
ハイリンヒは、唇を引き結んだラウラローズから声にならぬ悶絶のようなものを感じ取り、くすりと笑った。
「か、からかわないでください!
私は……私はただ、できればちゃんと、私のことを好きになってくれる人がいいのです。
それが例え恋や愛じゃなくても、婚約者として、妻として、ちゃんと大事に思っていただければそれで……」
ラウラローズは、赤い顔のままで拗ねたようにそう言った。
どこか寂しそうなラウラローズの横顔に、ハイリンヒは心臓を鷲掴みにされたような気分になる。
体勢的にも、もし馬に乗っていなければ今すぐこの場で押し倒していたかもしれないとハイリンヒは思う。
「可愛い」
「……?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと大事にします。既にもう、貴方のことが好きですから」
ハイリンヒに側面から抱きしめられた状態で、頭上かつ至近距離でさらりと告白され、ラウラローズは再び固まった。
ラウラローズにとって都合が良すぎる台詞を咀嚼できず、暫く呆然とする。
「うそ……」
「嘘ではありません。証拠は……難しいですね」
ハイリンヒは、ううむと悩む。
ブレンダンの婚約者候補としてオルフェイにやってきたラウラローズは、強そうなお化粧ときっちりしたドレスの印象が強く、基本的に隙のない女性だ。
高位の貴族令嬢らしい美しさと賢さを兼ね備え、自信と優雅さを持ち合わせている。
一方で、そんなラウラローズが、あからさまに感情を揺らす姿は非常にギャップがあり、ハイリンヒとしてはなかなかにくるものがあった。
マティルダと一緒にいる時のラウラローズは、案外お節介で、気さくな一面を発揮していたが、今目の前にいるラウラローズは、それとはまた一味違い、少し不安定で頼りない。
ハイリンヒは、自分が守り、愛して、憂いのない笑顔にしてやりたいと密かに思った。
「まあ、これからおいおい、信じてもらえればいいことにします。
何せ、国王陛下も両家も認めた婚約なわけですから、可及的速やかに公表しましょう。
どうぞ安心して絆されてください」
もう逃さない。これから時間はたっぷりとある。
開き直ったハイリンヒは、清々しい笑顔でそう言い放った。
*****
「ラウラ様!!」
オルフェイ辺境伯の屋敷の玄関ホールに着いた途端、マティルダがラウラローズに駆け寄ってきた。
「ご無事でっ、よかったです……っ」
「ふふ。ありがとう」
ラウラローズは、目の前で涙を零すマティルダを見て、よしよしと頭を撫でた。
マティルダは、ラウラローズを見上げ、しゃくり上げながら尋ねる。
「どうして笑うのですか。私、心配で……」
べしょべしょに泣くマティルダに対して、ラウラローズは胸がぎゅっとするのを感じた。
帰る場所なんて、無い気がしていた。
けれど、もしかしたら此処は、ラウラローズにとって、いつの間にか帰る場所になりかけているのかもしれない。
マティルダのいい人ぶりに付け込んで、一応気を遣いつつも図太くこの屋敷に留まってはいたものの、早く出ていかねばならないお邪魔虫だと、ラウラローズは自覚していた。
だから、マティルダが本気で感情をあらわにしているのを見て、何だか目の覚める思いがした。
「だって、マティルダが泣いているから」
「……?」
「私のために泣いてくれてありがとう」
ラウラローズは、泣き出しそうに笑った。
怪訝そうな顔をするマティルダはきっと、ラウラローズの心の靄なんて知らないのだろうとラウラローズは思った。
でも、それでいいのだ。
マティルダは、赤くなった目を擦り、精一杯の笑顔を浮かべた。
「ラウラ様、おかえりなさい」
「ただいま、マティルダ。貴方が無事でよかった」
「ありがとうございます。ラウラ様も、本当にご無事で良かったです」
微笑み合う2人。マティルダの斜め後ろにはブレンダンが、ラウラローズの斜め後ろにはハイリンヒが立っている。
ブレンダンとハイリンヒは思わず顔を見合わせ、やれやれと、安堵の笑みを交わした。
終
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
途中でヒロインがマティルダなのかラウラローズなのか分からなくなり、もうダブルヒロインでいいことにしようと途中で開き直り、2組のカップルとして書きました。
なお、一部書けなかった部分(ハイリンヒとラウラローズの最初の出会い)があるため、番外編を1話予定しています。
また気が向いたらお越しください。
最後になりますが、ブックマーク、いいね、評価などをいただけるとすごく嬉しいです。
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