第20話:ハイリンヒの焦燥(side.ハイリンヒ)
ラウラローズが見つからない。
ハイリンヒは、とっぷり暮れた空を睨み、歯軋りしそうになった。
(クソッ、何故見つからない。ラウラローズ嬢は一体何処に)
ハイリンヒはミズーリに駆け付けてから1時間近く、騎士達と共にラウラローズを探し続けていた。
手勢はハイリンヒを含み5名のため、2名と3名に分かれて捜索をしている。
大通りに始まり、商店街、住宅街、飲食店街から娼館が多い通りに至るまで、手分けをして金髪碧眼の女性を見ていないかと尋ねて回る。
犯人である男性は金髪。ラウラローズも金髪。
物凄く目立つわけではないものの、オルフェイではそれなりに人目を引く筈だと思うのに、それらしい目撃情報が兎に角ない。
聞き込みの結果、「そのような特徴の人は珍しいが、それなりにいる」と言われるのが常だった。
これは偏に、ミズーリという場所が、移民や旅人が集まる街であるが故にである。
(ラウラローズ嬢。どうか無事でいてくれ)
若い女性が連れ去られた場合、監禁または捨て置かれるとすれば、人気のない建物、犯人または依頼主の屋敷、宿屋、溜まり場。
他に、何処がありえるのか。
マティルダの話では、連れ去られたということだったから、無体を強いられる――つまり、暴行や強姦の心配が勿論あると思っていた。
現にマティルダは、未遂とはいえ怖い思いをしたように見えた。
しかし、ラウラローズは普通の侯爵令嬢とは一味違う。
ハイリンヒは、ラウラローズの突き抜けた一面を誰よりも知っている。
(まさか、案外普通に溶け込んでいる……?)
ラウラローズは、平民のフリをして、単身で下町を闊歩する度胸がある。
その上、初対面の得体の知れない男性を可愛らしく誘い、そのまま一夜を過ごすという大胆さも持ち合わせている。
(駄目だ。彼女が他の奴とあんなことをするなんて、想像しただけで腹が立つ)
ハイリンヒは、黒に近い紺色の目と髪を持つ都会的な美男子で、今もスンと落ち着いた風にみえるが、内心は随分焦っていた。
懸命に可能性を考えつつ、一定時間ごとに騎士団のメンバーと情報共有しつつ、ラウラローズを探すが、なかなか見つからない。
やがてハイリンヒは、大通りから離れた場所に佇む、それなりに規模の大きな建物が目についた。
暗がりの中、明るい窓の中は人がテーブルについている。
1階はどうやら、酒場か食堂らしい。
(あそこで聞いてみるか)
ハイリンヒは部下の1人と共に、その建物へと続く比較的人通りが少ない道を歩き始めた。
*****
ハイリンヒが店のドアを開けると、中は賑わっていた。
近隣の住民のみならず、旅人のような出で立ちの人々が多い。
店内をざっと見渡すだけで多国籍感がある。
その光景は、ラウラローズのような金髪碧眼など珍しくはないのだ、という現実を物語っていた。
一般的に、身体的特徴がない探し人ほど捜索は難しい。
ゆえに、ラウラローズを探し出すのは至難の業であるとまるで目の前に突きつけられたような気分になり、ハイリンヒは顔色を悪くした。
「いらっしゃいませ」
肩を落としかけたその時、聞き覚えのある声にハイリンヒはハッとする。
声のした方を見て、ハイリンヒは目を瞠る。
そこには、店内で給仕をするラウラローズがいたからだ。
「!?」
呆然とするハイリンヒ。
ラウラローズは、入り口付近で立ち止まった黒衣の二人組に気付き、接客のために歩み寄る。
そして、長身で漆黒の服を着たその人に、微笑みを浮かべて尋ねた。
「何名様ですか?……ハイリンヒ様?」
金の髪を高く結い上げ、宝石のような緑色の目をしたその女性は、ハイリンヒを見て驚いた顔をした。
ハイリンヒは堪らなくなって、自ら目の前にやってきたラウラローズを抱き締めた。
「よかった」
短く、噛み締めるように呟いたハイリンヒの声は、僅かに震えていた。
いきなりの力強い抱擁に、ラウラローズはされるがままだ。
ラウラローズは内心、歓喜していた。
不謹慎だとわかっているのに、他ならぬハイリンヒが来てくれて、抱きしめてもらえて、ラウラローズは嬉しいと思ってしまった。
随分と頑張って探し回ってくれたのかもしれない。
ろくな手掛かりもなかっただろうに、こんなに早く見つけてもらえるなんて想定外だ。
「あの、王都にいらっしゃるのでは?」
「先ほどオルフェイに着いたばかりです」
「そんな……お疲れでしょうに、探しに来てくださったのですか?」
「当たり前です。貴方は私の婚約者なのですから」
「――ありがとう、ございます」
ラウラローズは、素直に礼を述べた。
そして、鼻の奥がツンとするのがわかった。
ハイリンヒに、本当に自分が婚約者でいいのか、とは聞けなかった。
だからラウラローズは、感情よりも最大の気がかりを優先して口にした。
「あの、マティルダは大丈夫でしたか?」
「ええ。ブレンダンが間に合ったようです」
「そうですか。よかった」
ラウラローズは、安堵のあまり全身の力が抜けそうになった。
マティルダはいい子だ。
ラウラローズ自身、マティルダにとって厄介者でしかない自覚があったにも関わらず、マティルダはラウラローズを受け入れてもらった恩がある。
ひねくれたラウラローズからすれば、マティルダは人が良すぎて心配になることもあるくらいだ。
どうかブレンダンと幸せになってほしいと、心から思っていた。
ラウラローズは、婚約を解消されてから、望まぬ結婚をするならばと、ゆきずりの人に初めてを捧げるような、振り切った人間なのだ。
オルフェイに行けという父親、つまりワイルダム侯爵の話に従う時、オルフェイでの冷遇や婚約解消は十分にあり得ると覚悟もしていた。
それでもラウラローズはワイルダム侯爵家を出たかったから、その場合は、市井に出てでも何とかやっていくしかないと考えていた。
そんな中、降って湧いてきたハイリンヒとの婚約は、ラウラローズにとってあまりにも都合が良すぎた。
しかもハイリンヒは、かつて王都でラウラローズが一目惚れして、初めてを捧げた相手でもある。
(偶然にしては出来すぎているわね。幸運すぎて怖いくらいに)
ラウラローズは、ハイリンヒに抱きしめられたまま、切なく瞳を伏せる。
油断したら、泣いてしまいそうだと歯を食いしばる。
きっと、このままでは本当に、ハイリンヒをすごく好きになってしまう。
勘違いしないようにしなければと、ラウラローズは自らに言い聞かせた。
*****
「迎えが来たのですね。帰りたい場所に帰れそうなのですか?」
ラウラローズを見て、アルマンは静かに微笑んだ。
奥にある応接室で、ハイリンヒとラウラローズは、アルマンと向き合って座っている。
ターニャはお店を切り盛りしており、ハイリンヒと組んでいた騎士1名は、ラウラローズの発見を知らせるために店を出ていったため、部屋には3人だ。
「はい」
「そうですか。随分と早いお別れで残念です。貴方のように美しくて働き者の才女は、いつでも歓迎ですよ」
「ありがとうございます。あの、ユルリッシュさんは」
「さあ」
「此処で暮らしているわけではないのですか?」
「ええ、違います。彼は流浪の民。時々此処に立ち寄ることはありますけどね」
「そうなんですね」
「しかし、今回はすごい人を拾ってきたものですね。
明らかにその辺の街娘ではないと思ってはいましたけれど、まさかオルフェイ騎士団長様が直々に迎えに来て、婚約者だと公言するようなご令嬢とは」
アルマンは青い垂れ目を細くして、にこにこと笑顔を浮かべた。
ラウラローズは、公衆の面前で熱い抱擁をお披露目したことを思い出し、かっと赤くなった。
ハイリンヒは、表情を変えるラウラローズは可愛いと思った。
貴族令嬢然としていない素のラウラローズは、まさに出会った日のローゼそのものだ。
しかし、見知らぬ男性と言葉を交わしてそうなるというのが、ハイリンヒはどうにも不愉快だった。
ハイリンヒは苛立ちを微笑みに隠しつつ、アルマンと名乗った茶髪の男性に問いかけた。
「どうして騎士団長だと思うのですか?」
「先ほど、部下の方がそう呼んでいらっしゃいましたので」
「ほう」
「何か?」
「いいえ。素晴らしい観察力をお持ちだと思いまして」
「ありがとうございます。これでも商売人ですから」
「なるほど。やり手なわけですね」
アルマンは、食えない笑顔でさらりと流した。
ハイリンヒも、食えない笑顔をその美しい顔面に貼り付けて応じるものの、内心では猜疑心に満ち溢れていた。
恐らく嘘だ。先ほど部下がハイリンヒを呼んだ時、アルマンはいなかった。
こちらが気付いていないだけで実は近くにいたのかもしれないが、元から知っていたのかもしれない。
仮に後者だとして、何故、先ほど知ったという嘘を付くのか気にはなったが、ハイリンヒは敢えて指摘しなかった。
ラウラローズの安全の確保が最優先である以上、目の前の得体の知れない相手に深入りするのは危険だ。
「ところで、今夜は泊まっていかれますか?」
「いいえ、このまま中央へ帰ります」
「そうですか。もう夜ですが、大丈夫ですか?」
「ええ。オルフェイ騎士団にとって、ミズーリは憩いの場です。皆、ミズーリから宿舎までなんて通い慣れたものですよ」
ハイリンヒがアルマンに答えた通り、中央からミズーリ地区は近い。
仕事終わりの騎士が一杯飲みに行く、出征終わりに娼館へ行く、みたいなことがザラにある。
ラウラローズが単身の場合は、この場所にいるまたはこの場所から中央まで帰るとなると、それはとんでもないことだ。
しかし、騎士団が一緒ならば、特に問題はないといえる。
「そうですか。では、またのご利用をお待ちしております」
「ええ。機会があれば」
人好きのする笑みを浮かべたアルマンに、ハイリンヒも笑顔を貼り付けて応えた。
ハイリンヒは、アルマンの笑顔がどうにも作り物めいて見えてしまい、あまりすっきりしなかった。
しかし、これが自身の危険察知能力のようなものからくる感覚なのか、それとも、単なる嫉妬なのか、判断できなかった。
「アルマンさん、短い間でしたがお世話になりました。ターニャさんにもよろしくお伝えください」
「こちらこそ、今日は店を手伝ってくださってありがとうございました。母にも伝えておきます」
ラウラローズは、礼儀正しく述べた。
アルマンは、食えない笑顔でそう述べた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
残り2話で完結です。
もしよろしければ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




