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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第2話:マティルダの希望

数日後、マティルダは騎士団の宿舎の近くで大きな寸胴鍋の中身をかき混ぜていた。

ココアブラウンの長い髪は三つ編みにまとめて、簡素で動きやすいが、暖かな装いをして、エプロンを着けている。


今日のメニューは、冬野菜とチキンを沢山入れたクリームシチューと、焼きたてのパンだ。

この炊き出しは、お腹をすかせながら馬を駆けて戻って来る騎士団へのおもてなしだ。


(ブレンダンお兄様は、温かいシチューを渡したら喜んでくれるかしら)


歴代オルフェイ辺境伯は、こうして騎士団を大切にしてきたらしい。

因みに炊き出しの場所は、中央広場だったり公園だったりオルフェイ辺境伯の屋敷の庭だったりしたこともあるらしいが、ある時から騎士団の宿舎の側と決まった歴史がある。


何故ならば、馬を繋いで休ませる場所が十分にあり、家庭を持っていない者や家族のいない者は、お腹いっぱい食べた後にそのまま宿舎の自室に帰れるからだ。

因みに、騎士の中には王都や周辺の都市から来た者もいるし、この辺境伯領出身の者もいる。


(早く会いたいなぁ。騎士服のお兄様、すごく格好良いのよね)


今日は特に寒い。吐く息は白く、空からは白い粉雪がちらちらと落ちてきている。

低く沈んだ空を見て、騎士団に所属する者の家族や、街の有志が、丁度先程オルフェイ辺境伯の屋敷の使用人たちと協力して、テントを張り終わったところだ。


「マティルダ嬢は結婚なさらないのですか?」

「え?」

「いや、その、気になって……」


声をかけてきたのはリチャードで、辺境伯領の配下にある一部地域を治めている子爵家の嫡男だった。

少し照れたように目をそらすリチャードは線が細く、マティルダより2つ年上の18歳。

まさにザ・貴族令息といった風貌で、そこそこ整った容姿をしている。


「マティルダ嬢は、いつも辺境伯様や領地のことばかりですよね?自分の幸せを考えたりはしないのかなと思ったのです」

「うーん、そうですねぇ。まあいつかは?取り敢えずはお兄様の後ですかね」


マティルダは、曖昧に微笑んでかわした。

無論、屋敷の者達は全員認識しているが、マティルダはブレンダンの正式な婚約者である。

しかし、破談になる可能性もあるし、そもそもブレンダンに受け入れられている感じがゼロだったため、公にはしていないのだ。

よって、騎士団の人々も領地の民達も、マティルダのことはただのはとこだと思っている。


(はとこで間違ってはいないのだけれど、そのうち訂正とかしたほうがいいのかなぁ)


そもそも1年後――いや、もうあと半年後には、マティルダはブレンダンと結婚する予定なのだが、今のままではそうはならないかもしれない。

現に、ブレンダンの婚約者だった2人の貴族令嬢は、マティルダが此処に来る前にこの地を去っている。

その正確な理由が分からない以上、否定などしないほうが好都合な可能性はそれなりに高い。


うんうんと悩むマティルダをどうとらえたのか、リチャードは意を決したように言った。


「そうですか、分かりました」

「?」

「あ!騎士団が帰ってきましたよ。では私は、馬を繋ぐ手伝いをしてきますね」


リチャードはマティルダに対して爽やかに微笑んで、騎士団の方へと駆けていった。

リチャードは物腰柔らかで、可愛らしい感じのイケメンかつ好青年だ。


(あーあ。なんでときめかないのかなぁ。

お兄様の声とか、無表情に見えてちょっと微笑んでるとか、そういうの見るとすごくキュンとするんだけどなぁ)


リチャードは格好良いなと思うけれど、それだけだ。全くグッとこない。

一方で、ブレンダンにはかなりグッとくる。

最早マティルダの趣味趣向とか好みの問題でしかないのだろうけれども、これは不毛な恋だ。

ぐるぐると具沢山のシチューを混ぜ、マティルダはため息をついた。


(お兄様が私を愛するつもりがないのなら、せめて遠い親戚として、友愛的なものを育めたらと思っていたんだけどなぁ。

このままじゃ、私も3人目の婚約者として此処を出ていくのかしら)


暫くすると、馬を繋ぎ、剣や防具などの装備を外した騎士団の男性達が五月雨式にやって来た。


「マティルダちゃん、ただいま」

「おかえりなさい。はい、どうぞ。うちのシェフが作ったシチューです。パンはあちらで受け取ってくださいね」

「ありがとう!」

「マティルダちゃん、俺も」

「今入れますね。どうぞ」

「そうじゃなくて、ただいま」

「?おかえりなさい」


愛想良く、柔らかな微笑を浮かべてよく働くマティルダは、騎士達から人気だ。

マティルダの隣で別の鍋を担当している女性も、パンを担当している女性も、マティルダにつられてにこにこしている。


最近では、この遠征のあとのもてなしで、マティルダの側で精を出して働くといい出会いがあると、若い女性たちに評判になりつつある。

よって、マティルダと同じ仕事の争奪戦が繰り広げられているのだが、マティルダはそれに気づいていない。


(いた。マティルダ)


ブレンダンは馬や装備を下の者に預け、大きなお鍋からシチューをお皿に入れて騎士に手渡しながら笑顔みせるマティルダを、ぼんやりと遠巻きに見ていた。

すると、不意にハイリンヒから声をかけられた。


「可愛いよなぁ、マティルダちゃん。いい結婚相手を見繕ってやれよ?お兄様」

「……?」

「彼女、お前のはとこなんだろう?身分関係なく優しいし、美人で賢くて働き者だから、引く手数多だろうなぁ」


昔からよく知る仲のハイリンヒは現在、この地で国王陛下に任命を受け、騎士団長を務めている。

元はブレンダンが騎士団長の最有力候補だったのだが、オルフェイ辺境伯亡きあと、ブレンダンが領主になるにあたって、騎士団長との二足のわらじはあまりにも大変だということで、ブレンダンに負けず劣らずの剣の腕前を持つハイリンヒにお鉢が回ってきた形だ。


なお、ハイリンヒはブレンダンと異なり、表情豊かで口数も少なくはないタイプの美丈夫だ。

一見黒に見えるが、深い紺色の髪と瞳を持っていて、精悍だが王子様のように整った顔をしている。


「確かにそうかもしれない」

「いや、そうかもしれないじゃなくて、そうなんだよ。マティルダちゃんを狙ってる奴、既に何人か知ってるからさ」

「それは、今あそこにいる奴らか」


ブレンダンは、今日も可愛いマティルダに、「ただいま」と言われながら、温かなシチューを受け取って嬉しそうにしている面々を見て、少しだけ胸がざわついた。


「ん?いや、違うな。あいつらじゃない」

「そうか。知らなかった」


ならば、誰だというのだろう。

マティルダは、ブレンダンの婚約者として、結婚を前提にオルフェイにやって来たというのに、けしからん。

そこまで考えて、ブレンダンはハッとする。

これではまるで、自分がマティルダを好いているかのようだ。


「ま、流石にお前に言うほどの勇気はないんだろうな」

「?」

「だって実質、お前が保護者代わりみたいなものだろう」

「保護者……そうかもな」


その表現は何だかもすっきりしない。

しかし、間違いではない。実際にはとこで、お兄様と呼ばれているのだから。


(マティルダはいい子だ。ちゃんとした貴族令嬢なのに、いい意味で貴族令嬢らしくない。

領地の者と節度を持ってよく交わり、よく働いてよく気が利く)


ブレンダンは、微笑みを絶やさないマティルダをじっと見つめた。

そして、髪を結っていたマティルダからもらった組紐を解き、その金の瞳を優しく細め、大切そうにポケットにしまった。



*****



炊き出しから約2週間後。

夕食の後に、マティルダはブレンダンに呼び止められた。


「マティルダは、リチャードと仲が良いのか」


少し話があると言われ、マティルダはリビングのソファに座っていたが、向かい側に座るブレンダンからの質問に首を傾げる。

不思議そうな顔をしつつ、マティルダは自然体で回答した。


「いいえ?ただ、知り合いではあります。炊き出しでお話

をしたことはありますので」

「そうか」

「どうかなさいましたか?」

「リチャードから、貴方への求婚状が届いた」

「!?」


求婚状とは、何がどうしてこうなった。

愕然とするマティルダに、ブレンダンは少し切なげな色を滲ませつつ、美しい金の目を半分くらい伏せた。


「マティルダが望むなら、認めよう」

「……え?」

「貴方は私の婚約者だが、遠縁の親族でもある。私との婚約を解消して、私が後見人となれば、リチャードへ嫁ぐことは可能だ」


淡々と告げるブレンダンに、マティルダの胸はずきりと痛む。

所詮、ブレンダンにとってはその程度なのだ。

分かってはいた。マティルダは望まれない婚約者だ。

きっとこの先も、ブレンダンに愛されることはない。

理解はしていたものの、目を背けてきた事実に目頭が熱くなった。


「なっ……マティルダ?」


マティルダは、何も言えなくなった。

悲しくて悲しくて、マティルダの青い瞳からは、ほろり、ほろりと涙が零れた。

俯き、声もなく泣き始めたマティルダに、ブレンダンは珍しく動揺する様子を見せた。


「ど、どうしたんだ。何か嫌なことがあったのか?

もしよければ、貴方の希望を教えてくれ。

貴方は、こんなにもオルフェイのために尽くしてくれているんだ。最大限の配慮をしよう」


困らせている。

そう思うのに、マティルダは涙を止められないまま、震える声で尋ねた。


「希望を言えば、かなえてくださるのですか?」

「ああ。私にできることならば」

「では、リチャード様からの求婚はお断りしてください。そして、私がお兄様の婚約者だと公言していただけないでしょうか」

「……は?」


マティルダが意を決して伝えた希望に、ブレンダンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

マティルダは、くしゃりと泣き笑いみたいな顔になって言った。


「お兄様は多分、婚約も結婚も必要ないとお思いですよね」

「それは……すまない。否定はしない」

「正直ですね。ですが私は、もし結婚するならお兄様がいいのです」

「!?しかし……」

「やはりご迷惑ですか?」

「いや、それはない」

「では、何故婚約を公にしてくださらないのですか?」

「それは……すまない」


「お兄様は、街の皆さんに人気なのですよ?

若くて綺麗な女性も多くて、皆さん私に良くしてくださいますが、お兄様のことを知りたがります。

私、本当は婚約者なのに、ずっと言えないままで……」


「マティルダ……」

「すみませ……っ、泣くつもりは、なくて……」


ブレンダンは、ついにしゃくり上げ始めたマティルダに対して焦燥と狼狽をその整った顔に滲ませる。

しかし、少し照れたように赤く頬を染めながら、向かいのソファから立ち上がった。

そして、マティルダのすぐ近くまで歩き、片方の膝をついてマティルダより目線を下げた。


「本当に、私と結婚してくれるのか?

私は、婚約者を2度も繋ぎ止められなかった男で、無口な上に無表情で怖いとよく言われる」


「……っ、怖くはありません。お兄様はお優しいです」

「私の婚約者であることを公にすると、もう後戻りはできなくなる。貴方はそれでいいのか?」


ブレンダンの金の目が、じっとマティルダを見つめた。

マティルダは、縫い留められるような視線にじわりとした喜びを感じつつ、コクリと頷く。

するとブレンダンは、どこか恍惚とした色を金の瞳に浮かべ、マティルダに告げる。


「そうか。まるで貴方に酷く好かれているような気分だ。とても嬉しく思う」


まるで色気が滴り落ちるかのようなその微笑みに、マティルダは思わず見惚れて頬を染めた。

今日のブレンダンは、大人の男性の魅力全開である。


「では、明日にもマティルダと婚約した旨と、半年後に結婚する旨を領内に発表しよう」

「えっ、よろしいのですか?」

「いいも悪いも、本来はもっと早くに公にすべきことだったのだ。貴方こそ知っているのか?貴方が人気者だと」

「?」


「炊き出しの時、貴方の笑顔と『おかえりなさい』を目当てにしている連中は多い。

それに、リチャードだけでもないんだ。騎士の中にも、貴方に目をつけている者がいると聞いた」


「そうなんですか?」

「そうだ。私は保護者扱いらしい」

「それは知りませんでした」


「それから、少し誤解がある。

婚約も結婚も、確かに必要ないと思っていたのは事実だが、今は、貴方とならしてみたいと思っている」


ブレンダンは、金の瞳でマティルダを捉えて離さないまま、心の内を吐露した。

マティルダは、ブレンダンの台詞に思わずぽかんとしたが、数秒の後に意味を理解し、既に赤い顔を更に3倍ほど赤く染めた。

動揺するマティルダに、ブレンダンは嬉しそうに顔を綻ばせる。

そして、マティルダの手を取り、手の甲にキスを落とした。


「貴方を愛してもいいだろうか?」


熱のこもった金色の瞳に射抜かれ、マティルダはひゅっと息を吸い込む。

好みの男性に跪かれて許可を求められ、マティルダは焦る。重ねた手から汗が吹き出して恥ずかしい。

マティルダは、ぎゅっと目を瞑ってこくこくと全力で首を縦に振った。


「そうか。では遠慮なく、貴方を妻として扱おう」

「えっ?まだ婚約者では……?」

「大差ないだろう」

「いや、あると思いますが……って、おおお兄様!?」


跪いていたブレンダンは立ち上がり、マティルダの隣に腰掛けた。

そして、柔らかくマティルダに微笑みかける。

近い。これは完全に恋人同士の距離だ。


「そ、そんな急には、心の準備が」

「あと半年ある。ゆっくり心の準備をしてくれ。マティルダ、少し肩に触れても?」

「え?あ、ええと……はい」

「ありがとう」


ブレンダンはゆったりと笑みを深くし、マティルダの肩を抱いた。

腕の中にすっぽりと収まったマティルダは、びくりと身を強張らせたものの、暫くしてそっと力を抜いて、恥ずかしそうにブレンダンを見た。

するとそこには、見たことのない顔をしているブレンダンがいた。


(お兄様、嬉しそう)


これまであまり活動していなかったブレンダンの表情筋が、今日はとても活躍している。

普段とは違うブレンダンに、マティルダはドキドキする胸を押さえてはにかんだ。


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