第19話:ユルリッシュの拾いもの(side.ラウラローズ)
幌馬車が止まったすぐ後に、ラウラローズの手首と足首の拘束は解かれた。
『降りるぞ』
『ミズーリに着いたの?』
『ああ』
金髪の男性は、琥珀色の瞳を少し細め、ラウラローズの手首を見ていた。
『すまない。綺麗な肌に傷がついたな』
『そう思うなら、丁寧に扱ってくださる?』
『……善処する』
男性は、む、と若干嫌そうな顔をしつつも渋々受け入れた。
そして先に荷台から降り、ラウラローズに手を差し出した。
ラウラローズは瞠目する。
『どうした。早くしろ』
『別に。貴方はエスコートができるのだなと思って』
『失礼な奴だな』
ふーっと苛立ちと疲れを吐き出すようなため息をついて、男性は前髪をかき上げた。
不貞腐れた顔の男性は、前髪のせいで分からなかっただけで、かなり整った顔をしていた。
男性にしては長めの金の髪に、切れ長の琥珀色の瞳。
年齢は多分、ブレンダンやハイリンヒより若いが、ラウラローズより少し上に見える。
ラウラローズは、男性の手を取って馬車を降りた。
その途端、ぐっと抱き寄せられ、括れた腰に腕を回された。
『ちょっと、距離が近いわよ』
『逃げられると困るんでね』
そこからは、まるでカップルのように確りと腰を抱かれて街を歩いた。
無論これは、ラウラローズの逃亡を防ぐためである。
確かに、変にコソコソするよりは、堂々とするほうが目立たないのは理解できる。
しかし、ただでさえオルフェイでは比較的珍しい金髪をしているくせに、金髪の女性を連れて歩くと更に目立つのは、火を見るより明らかだった。
*****
ラウラローズは、2階建ての屋敷に連れてこられた。
貴族の屋敷には遠く及ばないものの、平民の家とは言いがたかった。
恐らく、裕福な平民か小金持ちのお屋敷というレベルかもしれない。
『この部屋を使ってくれ。食事は運ばせる』
ラウラローズは、黙ったまま金髪の男を見送った。
ドアが閉まる音はしたが、鍵の音はしなかった。
どうやら、閉じ込められたわけではないらしい。
(まだ明るいわね。窓から飛び降りれば、何とかなるかしら)
2階の部屋の窓から見える外は黄昏時であり、夜までは時間がありそうだ。
もし逃げるならば、夜の闇に紛れるのが一番身を隠しやすそうではあるが、先ほど少し歩いただけでも、遅い時間に女性が一人で出歩くのはよろしくない街だというのは、ラウラローズでも理解できた。
昼間の市場界隈ならともかく、夕方以降、特に酒場や宿屋のあたりは、酔っ払いや娼館も多い。
(あの男性は一体、何を考えているのかしら)
どうやら、待遇はさほど悪くないらしい。
広くはないが狭くもない部屋の中には、ベットと鏡台とクローゼットがあった。
まるで素泊まりの宿屋か、簡素なゲストルームのような雰囲気だ。
掃除が行き届いているところを見ても、食事を運ばせると言ったことから考えても、恐らく、この屋敷にはあの男性以外も住んでいる。
直感的に、人の気配がする屋敷だと感じる空気感があった。
(マティルダは、ちゃんと助かったかしら)
ロープで縛られていた手首を撫でて、ラウラローズは窓の外を見つめた。
さてどうしたものかとラウラローズが思案していると、下の階が何やら騒がしい。
先程、男性に連れられている時は、1階からではなく、2階へと直接続く屋外の階段から入館した。
よって、1階に何があるのかは分からない。
しかし、耳を澄ますと、話し声、笑い声、注文を取る声が聞こえた。
(下は飲食店なのかしら?)
この部屋のドアは1つ。
試しに開けてみて、1階へ続く階段を探し、下の階の様子を伺うのはありだろう。
ラウラローズは、ドアを開けて廊下に出た。
すると、廊下の突き当たりに下へと向かう屋内の階段があった。
ラウラローズは、意を決してそこへ向かった。
階段を数段下りると、目下にはレストランが広がっていた。
お洒落なレストランや酒場というよりは、庶民的な食堂のような雰囲気だ。
まだ夕方とあって、満席までは行かないくらいの混雑レベルで、ミズーリという土地柄のせいか、外国人も多いように見える。
(ミズーリでは、金髪なんて珍しくもなんともないのね)
ラウラローズは、自らの容姿が変に目立たないという点については、少しホッとした。
同時に、これはもう、ブレンダン達に見つけてはもらえないかもしれないと思って、気持ちが沈むのを感じた。
「あんた、新入りさんかい?見ない顔だね」
階段をほぼ下りたところで、ラウラローズは、愛想のよい中年の女性にユール語で声をかけられた。
茶色い髪と目をしたその人は、ごく普通のノード人なのだろう。
「あの、此処は何処ですか?」
「おやまあ。またユルリッシュの拾いものかい?」
「?」
やれやれと苦笑した女性に、ラウラローズは不思議そうな顔した。
「あたしはターニャ。この店の女将だよ。あんたの名前は?」
「ローゼと申します」
ローゼは、ラウラローズの偽名だ。
侯爵令嬢という身分を隠して街歩きをする際、ラウラローズはローゼと名乗っていた。
かつてハイリンヒと一夜を過ごした時も、ラウラローズはローゼと名乗っていた。
「ローゼちゃんか。あんたもここで暮らすのかい?」
「え?」
「違うのかい?また迷子を拾ってきたのかと思ったんだけどねぇ」
「あの、迷子というのは?」
「ユルリッシュが時々、此処に連れてくるのさ。居場所のない若者や女性が多いかねぇ」
「ユルリッシュさんというのは、金髪と琥珀色の目をした男性ですが?」
「ああ、そうさ」
ターニャは、柔らかく微笑んだ。
それは全てを受け入れたような、穏やかな表情だった。
「そういう方々は、此処で暮らすのですか?」
「半々だね。ミズーリに根付く人もいれば、行き先を見つけて去る人もいる。たまに迎えが来る場合もあるけど、特に決まりはないから本人次第さ」
「そうなんですね」
ラウラローズは表面上、淡く微笑んだ。
しかし内心、結構困惑していた。
すごくポジティブに捉えれば、受け止め方によっては、あくまでもラウラローズは金髪の男性――ユルリッシュに、助けてもらった可能性があることに気づいたからだ。
そういう認識は全くなかったが、犯行現場の目撃者は、下手をすればその場で消されても仕方がないという前提に立てば、随分と現状の見え方が変わる。
しかもターニャ曰く、ユルリッシュが居場所のない若者や女性を拾ってくるタイプだとすると、なかなかに複雑だ。
「貴方が皇女様のそっくりさんですね」
その時、店のバックヤードから出てきたのは、ターニャと同じ茶色の髪と、青い目を持つ男性だった。
男性は垂れ目で、左目の下に泣き黒子があり、年の頃はユルリッシュより年上に見えた。
「貴方は?」
「はじめまして、アルマンです。そこにいる女将の息子です」
「そうなのですね。私はローゼと申します。はじめまして。2階にお邪魔しています」
「ええ、ユルリッシュから聞いています。どうぞ、遠慮なくいつまでもいてください」
「え?」
にこりと、さも普通に笑顔を見せるアルマンに、ラウラローズは唖然とした。
そして確認する。
「あの、ユルリッシュさんからは何と?」
「仕事の途中で見つけた客人だと」
「そうですか。彼は一体、何者なのですか」
「一言で言うと、居候兼何でも屋さんですかね。時々、妙な親切心を発揮しますが」
一体どんな親切心だよ、と内心ツッコミを入れつつも、ラウラローズは、貴族ならではのアルカイックスマイルを発揮する。
「親切心とは、言い得て妙ですわね」と嫌味を言いそうになったものの、既のところで堪えた。
ターニャの台詞を踏まえると、境遇によっては、同意なき誘拐をされて客人待遇で住む場所を与えられることが、絶対に悪い事でもない可能性があると気付いたからだ。
実際、ラウラローズもそうだ。
ずっと、ワイルダム侯爵家から抜け出したかった。
それに、このアルマンもターニャも、ユルリッシュを悪く思っていない。
よって、ぽっと出のよそ者のラウラローズが何を言っても無駄か、攻撃される可能性があるとラウラローズは咄嗟に思った。
だからラウラローズは、何気なく話題を変えた。
「ところで彼は、何かベルンガルド公国への強い思いでもあるのでしょうか。これまで生きてきて、皇女様に似ているなんて、初めて言われたものですから」
「さあ、どうでしょうね。
ただ、真実がどうであれ、歴史上ベルンガルド公国はリスランド王国に乗っ取られました。
そして、ベルンガルド人らしい身体的特徴を持つ人々は、リスランド人から見下され、馴染めなかったと聞きます。
勿論、皆が皆そうではないと思いますが、敗戦国というのは、いつの時代も肩身が狭いものですからね」
「そうですね。この金髪も、緑の目も、もし時代が違えば生きづらかったのかもしれません」
「その可能性はありますね」
アルマンは深く頷いた。
ラウラローズは、アルマンの言葉に共感できた。
ベルンガルド公国は滅んだ。
「さて。ディナータイムは忙しいので失礼しますね」
「あの、何かお手伝いできることはありますか?」
「え?」
「どうせやることもありませんし、一人でお部屋にいると、色々と考えてしまうので」
そう言ってラウラローズは、淡く微笑んだ。
その笑顔が妙に寂しそうで、アルマンは少し心配になった。
「ご自宅に帰りたいですか?」
「いいえ。あそこにはもう、私の居場所はありませんから」
「では、どこか別に、帰りたい場所でも?」
「どうでしょうね。ただ、好ましく思った人達に、幸せでいてほしいと思っただけです」
ラウラローズは、憂いを帯びた表情で言った。
そこにあるのは、穏やかな諦念に違いなかった。
ラウラローズの白い肌、金の髪、そして烟るような睫毛に囲われたエメラルドのような瞳は、何処かの絵画のように美しい。
そして、華奢な体なのに、豊かな胸と丸いお尻が非常に女性らしい。
ラウラローズには、どこか危うい色気がある。
アルマンとターニャは、そっと顔を見合わせ、なるほどユルリッシュが目をつけるわけだと内心納得した。
*****
それから15分もしない内に、ラウラローズはホールに出ていた。
ざっくりとやるべきことや手順をアルマンとターニャから聞き、即実践中である。
いらっしゃいませと、ありがとうございますの声掛けをする。
注文を取り、厨房にオーダーする。
出来上がった料理を厨房から受け取り、テーブルに運ぶ。
兎に角、これを繰り返す。
ラウラローズ自身、このような場所で働くのは初めてだが、我ながらなかなか上手くできていると思う。
それに、ぐるぐると、出口のない迷路のような考え事をするよりは、ずっといい。
ラウラローズは笑顔で働いた。
「あんた、丁寧だし物覚えがいいねぇ」
ターニャは満面の笑みだ。
ラウラローズの賢さと機敏さ、そして、どこか優雅な立ち居振る舞いに、感心しきりである。
「ありがとうございます。きっと教え方がいいからですよ」
にこりと微笑めば、アルマンはハッとしたように瞠目し、うっすらと頬を染めた。
これから夜が来る。
逃げるにしても、女性の一人歩きは危険だ。
無事を知らせるにしても、その手段を確保する必要がある。
ラウラローズとて、命は惜しい。
だから、この奇妙な環境に順応する努力をすると決めた。
そして、いずれマティルダ達に連絡を取ろうと、ひとり心に誓った。




