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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第16話:思慕と誤解

ブレンダンは、炊き出し場所からエデルフィン子爵家へ向かう道のりで、1台の馬車を見つけた。

一般的な馬車よりは少し高級な外観に、ブレンダンはもしやと思い、思い切り馬を駆る。


動体視力には、自信があった。

戦場を駆け巡り、味方を守り敵を制圧することを思えば、常識的なスピードで道を走る馬車に追いつき、その中を確認するなどということは、ブレンダンにとって造作もないことだった。

ブレンダンは、少し離れた場所から馬車と並走し、窓の中を見た。


(マティルダ……!)


キャラメルブラウンの後頭部の向こうに、顔を背ける三つ編みの女性が見えた途端、怒りのあまり血が沸騰するかと思った。

ブレンダンは馬のスピードを上げ、馬車の前に躍り出る。

そして、明らかに邪魔になる道の真ん中で馬を止め、眼光鋭く無言で待ち構えた。


馬車の止め方としては危険極まりない方法である。

しかし、ブレンダンは少しも躊躇わなかった。

炎の獅子という二つ名を持つブレンダンにとって、これしきの荒技は全く大したことではない。


「おい!危ないだろう!?退いてくれ!!」


御者の男性は、思わず怒鳴り声を上げた。

馬に乗った大柄な戦士のような人が、急に進路をふさぐというわけの分からない状況に、御者は混乱した様子を見せる。

しかし、人身事故を好んで起こしたくはないのだろう。

慌てて馬車を止める努力をし始めた。



*****



急に馬車が停車した。

安全運転レベルのスピードだったとはいえ、予期せぬ出来事だったのだろう。

慣性の法則で、がくんと前後に揺さぶられるようになり、リチャードは動きを止めた。


「なんだ?」


馬車の座席の上、座ったマティルダを窓際に追い込むようにして迫っていたリチャードは、マティルダから離れた。

リチャードは、様子を見るために馬車の窓の外を一瞥した後、ドアを開ける。

次の瞬間、リチャードの後ろ姿が消えた。


「……?」


光を失った青い瞳で、ぼんやりとリチャードの背中を見ていたマティルダには、何が起こったのかわからない。

ただ、ドサリという、何か重いものが落ちる音がした。

そして、ガツ、ガツ、というくぐもった重い音が聞こえた。


盗賊か何かだろうか。これからどうなるのだろう。

服の胸元を乱され、スカートを膝上まで捲し上げられた状態のマティルダは、自らを落ち着けようと深呼吸を試みる。

しかし、ひゅうひゅうと喉が鳴るだけで上手くいかない。

ほどけかけた三つ編みから、髪がはらりと落ちてきた。


「マティルダ!!」


馬車の外から大きな声で呼ばれ、マティルダはビクリと震える。

開け放たれた馬車のドアの外には、恋焦がれる人の姿があった。


「マティルダ!無事か!?」


呆然とするマティルダ。

その目や頬に残る涙の跡と、乱された服装を見て、ブレンダンは一瞬、悲壮な面持ちになった。

そして、苦渋に満ちた様子で言った。


「すまない。助けに来るのが遅くなった」

「おに、さま……わたし……」


くしゃりと顔が歪み、マティルダの瞳から涙が溢れる。

唇は色を失い、青白いほどの顔色の悪さだ。

ブレンダンは、尋常ではない様子のマティルダを安心させるように、その金の瞳を優しく細めた。


「大丈夫だ。今は何も言わなくていい。此方へこられるか?」


震えが止まらないまま、かろうじてマティルダは頷き、馬車から出ようとする。

しかし脚の力が入らず、ブレンダンの方に倒れ込んだ。

ブレンダンは、危なげなくマティルダを受け止め、そのままひょいと抱き上げ、マティルダを馬車から外に出し、腰を支えたまま優しく立たせた。


そこで視界に入ったリチャードを見て、マティルダは、思わずヒッと体を強張らせ、ブレンダンにぎゅっとしがみついた。

マティルダは、震えながら激しく怯えている。

ブレンダンは、マティルダは包み込むように抱きしめて、リチャードを忌々しそうに睨みつけた。


リチャードは、意識を飛ばしていた。

上半身と腕はロープで一纏めに縛られ、地面に仰向けにぐったりと横たわっている。

馬車の外から、ブレンダンがリチャードを引きずり下ろし、叩きのめして拘束したのだ。


マティルダは、ブレンダンの力強い腕の中でやっとまともに呼吸ができた気がした。

すると不意に、とても大切なことを思い出す。


「お兄様、ラウラ様を助けてください」

「!ラウラローズ嬢はどこにいる」


「分かりません。

ですが、倉庫のような場所に一緒に閉じ込められていたのです。

そうしたら、外国人の男性達が来て、ラウラ様だけを先に連れていきました」


「外国人?」

「はい。金髪の男性で、ユール語は片言でした。少なくとも、リスランド語や東方系の言葉ではありませんでした」


ユール語とはこの国、つまりノード王国の公用語であり、リスランド語は、隣国リスランド王国の公用語である。

母国語と隣国の言語、そして、今流行りの舶来品の輸入相手となっている東方の国の言語は、貴族の教養として一般的である。

マティルダにもそのくらいの心得はあったものの、先ほどの言語は全く分からなかった。


「そうか」

「ただ、ラウラ様はその外国語を使いこなされていました。侯爵令嬢ともなれば、学ぶ内容が違うのかもしれません。お役に立てず申し訳ございません」

「マティルダが謝ることではない。――おい、起きろ」

「うっ……」


ブレンダンは足元に転がるリチャードに呼びかけ、マティルダから身を離し、しゃがみ込んで肩を揺さぶった。

ブレンダンが先程殴った片頬は腫れていた。

恐らく腹は、肋骨が2〜3本折れている。

リチャードは痛みに顔をゆがめつつも、その黄緑色の瞳を開いた。


「おい、リチャード。ワイルダム侯爵令嬢を何処へやった」

「知りません。私が連れ去りたかったのはマティルダ嬢だけです」

「嘘をつくなよ」

「つきませんよ。あの侯爵令嬢には、閣下と結婚していただかないと困りますから」

「お前の目的は何だ」

「マティルダ嬢です。彼女は、私にこそ相応しい」

「何を言っている」


「私からの求婚を断るのと同時に、閣下とマティルダ嬢の婚約が発表されましたよね。

あれは私への当てつけですか?それとも偽装結婚ですか?」


「王命だ」

「嘘ですね。マティルダ嬢は閣下の再従姉妹はとこだと聞いていました。第一、オルフェイへ来てから半年以上が経ってからの公表だなんて、おかしいでしょう」

「私の判断で内密にしていた」


「ははっ、何を判断するというのですか。

だって、王命なのでしょう?現にあの侯爵令嬢は、この地に来てすぐ、閣下の婚約者候補だと公にしていたではありませんか。


それに比べて、マティルダ嬢は可哀想な人です。

王都から離れたこの地で、年の離れた貴方に健気に尽くしていたのを、私はずっと見てきました。

ぽっと出の侯爵令嬢とも仲良くしていて、見ていて可哀想でしたよ。

だから私が、身の丈にあった平凡な幸せを与えてやるべきだと思ったんですよ。

マティルダ嬢は可愛らしく、心根が優しい人ですから、きっと両親も気に入ります」


狂気じみた笑顔で語るリチャードに、マティルダはゾクリと身を震わせた。

リチャードのしたことは自分勝手で独りよがりではあるが、マティルダをよく見ていたらしい。

ブレンダンは内心、忸怩たる思いを抱えながら、ほぼ表情を変えぬままに冷たく言い放った。


「理由はどうあれ、マティルダの意志を無視し、無理強いするのは人としての品格を疑うがな。

婚約の公表が遅れたのは私の落ち度だが、信じる信じないは別として、王命というのは本当だ。

それから、ワイルダム侯爵令嬢は、つい最近オルフェイ騎士団長の正式な婚約者となった」


「!?」


「よってお前は、私の婚約者を連れ去って暴行を加えた上に、オルフェイ騎士団長の婚約者の行方不明事案に加担したことになる。

どうする?このままでは、ご令嬢2人分の罪だ」


「なっ……本当に知りませんよ!あの侯爵令嬢のことは」

「ほう。心当たりもないのか」

「もしかしたら、ミズーリ地区にいるかもしれません。依頼相手とはミズーリの酒場で知り合いましたから」

「ミズーリか」


ミズーリは、オルフェイ辺境伯領の中心部から少し離れた場所にある。

徒歩や馬車で気軽に行ける立地のため、騎士達が息抜きに出かけることはそれなりにある場所だ。

移民が多い地域で、大通りは、食堂、宿屋、商店などがひしめき合い、異国情緒溢れる街だ。


しかし、一本隣の道に入ると、ガラリと雰囲気が変わる。

酒場や娼館がずらりと並んでおり、一言で言うと夜の街である。

ブレンダンも、勿論行ったことがある。

治安が悪い、とまでは言わないが、夜に女性が1人で歩く場所では決してない。


「閣下!!」


その時、6名の騎士団が馬で駆けてきた。

ブレンダンの伝言を聞いた副騎士団長のカッシュと、今回は前線に行っていなかった者が5名だ。

カッシュは、ブレンダンと共に遠征から戻ったばかりなのに、疲労感を感じさせない覇気のある雰囲気を持っていた。

馬から降りたカッシュたちは馬から降り、ブレンダンに尋ねた。


「婚約者殿はご無事ですか」

「ああ。しかし、ワイルダム侯爵令嬢が行方不明だ。これよりミズーリへ捜索に向かう」

「御意」


「2名はエデルフィン子爵令息の移送と尋問。

カッシュはヤーウェイ子爵令嬢の護送。残り3名は私に続け。

――マティルダ。先に屋敷に戻っていてくれ」


そう言ってブレンダンは、この場において一番信頼の置けるカッシュにマティルダを引き渡そうとした。

カッシュは、今いる騎士団のメンバーの中で、実力も位が最も高く、マティルダとも面識があるからだ。

しかし、マティルダは悲壮な顔になった。



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