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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第15話:ブレンダンの焦燥*

ブレンダンは焦っていた。

出征帰りで疲れているはずなのに、今、その全ては吹き飛び、全力で馬で駆けている。

気分は最悪だ。しかし、これまでで最もたかぶってもいた。


(マティルダ。どうか無事でいてくれ)


これは、生きるか死ぬか、失うかどうかの瀬戸際で、まさに今この瞬間、1分1秒を争う感覚。

しかしブレンダンは、自ら戦場を駆け巡り、敵陣に切り込む時よりもずっと恐ろしく、追い込まれた気持ちになっていた。


ブレンダンは現在、祈るような気持ちで、必死にエデルフィン子爵家、つまりリチャードの生家へ向かっていた。




本日正午頃、ブレンダンはオルフェイ騎士団と共に、オルフェイの中心部に戻った。

そして、屋敷にほど近い場所にある騎士団の詰所付近に到着する。

いつも通り、帰還の慰労を目的とした炊き出し場所に到着し、マティルダの定位置となりつつある大鍋の付近へ向かった。


だが、そこにマティルダの姿はなかった。

席を外しているのかと思い、ラウラローズを探した。

大抵この2人は、近くにいるからだ。

しかし、ラウラローズの姿も見当たらない。

不審に思ったブレンダンは、マティルダがいつもいる大鍋のテントにいる女性たちに声を掛けた。


「すまないが、マティルダはどこにいる」

「分かりません。領主様の婚約者様ですよね?少し前までいらっしゃったのですが……ねえ?」

「ええ。三つ編みのお嬢さんですよね?」


オルフェイ騎士団に所属する男性達の家族や恋人であろう数名の女性たちは、顔を見合わせて首を傾げた。

すると、メイド服を着た女性が2人、慌てて奥のテントから出てきた。

片方はマティルダ付きの侍女・アマンダだった。


「旦那様、おかえりなさいませ。こちらを」

「これは?」


ブレンダンは、使用人に差し出された組紐を見つめて尋ねた。

それは、黒に近い紺色に、金と緑が絡み合う配色をしている。


(ハイリンヒとラウラローズ嬢の色か)


ブレンダンの赤いポニーテールに結んでいる組紐とは、異なる配色だ。

かつてマティルダがくれたものは、マティルダの色であるココアブラウンと青、そして、ブレンダンの瞳の色である金色で作られている。


「ラウラローズ様が、こちらを旦那様に渡してほしいと。それから、ご伝言がございます」

「伝言だと?」


「はい。マティルダ様がリチャード様に呼ばれ、何もないはずの方向へ向かったために、後を追うと。

旦那様が戻られても、マティルダ様やラウラローズ様が戻らない時は、旦那様にこれをお渡しして、事態をお伝えするようにとのことでした」


「ということは、マティルダもラウラローズ嬢も戻っていないんだな」

「はい、お戻りになっておりません」

「リチャード……エデルフィン子爵令息か」

「大変申し訳ございません。私がマティルダ様から離れたばっかりに。どうかよろしくお願い致します」

「ああ、分かった」


ブレンダンが思うに、ラウラローズは聡い。

父親の性質なのか、家庭環境なのかは分からないが、良くも悪くも、命を狙われる前提ありきで育てられてきたようで、その危機管理能力は非常に高かった。

また、簡単に他人を信用しない一方、人を見る目や観察眼が優れていることに、ブレンダンは気付いていた。


(あれが男性だったら、さぞ立身出世しただろうに)


この国では、性別の差による役割の違いは大きく、また、不変的なものとされている。

それに異議を唱えるほどの何かを持ち合わせているわけではないものの、ラウラローズを見ていると、なんとなく残念な気持ちになったのはつい最近のことだった。


「そこの君、副騎士団長に伝言を頼む。

私はこれから、至急、エデルフィン子爵の屋敷へ向かう。

目的は、ヤーウェイ子爵令嬢とワイルダム侯爵令嬢の捜索。

何名かの応援を頼む。分かったか」


「はい!」


ブレンダンは、キビキビとした軍隊チックな声の大きさやトーンで、近くにいた騎士に声を掛ける。

すると、その騎士は慌てて副騎士団長・カッシュの姿を探し、駆けていった。

その周囲にいた数名も思わず敬礼し、今回の遠征から外れ、中央に残っていたメンバーの元へと駆けていった。


「アマンダ。ラウラローズ嬢からの伝言、しかと受け取った。感謝する。

どうかこの組紐はハイリンヒ――いや、オルフェイ騎士団長に渡してほしい」


「旦那様、ですがこれは」

「ラウラローズ嬢は、数日前、正式にオルフェイ騎士団長の婚約者となった。本人も認識している」

「!?そうなのですか」


躊躇っていたアマンダは、ブレンダンから齎された情報に驚いた顔をした。

側にいた使用人達も、マティルダのライバルがまさかハイリンヒの婚約者になったとはと、少しざわつく。

ブレンダンは、安心させるように少し表情を和らげた。


「ああ。今回の王都行きは、オルフェイ騎士団長の任命式と婚約の報告を兼ねていたからな。国王陛下もご了承済だ」

「かしこまりました」

「オルフェイ騎士団長は、間もなくこの地に戻ってくる。戻り次第これを彼に渡し、この状況を伝えてほしい」

「かしこまりました。必ず」

「頼んだ」


確りと頷いたアマンダに、ブレンダンも頷き返した。

この場に人は多く、目撃者や、話を聞いている者も多い。

きっと数日後には、ラウラローズはハイリンヒの婚約者だと広く認識されるだろう。


ブレンダンは厩舎へ向かった。

そして、戦帰りの馬ではない、元気のある馬を1頭選んで連れ出し、鍛え上げた肉体でひらりと飛び乗る。

ブレンダンは、髪を高く結い上げたまま、強い獣のような金の目に心配と焦燥の色を滲ませつつ、瞬く間に単騎で駆け出していた。



*****



マティルダは、馬車に揺られていた。

向かいには、リチャードが座っている。


差し込むのは、春うららかな午後の陽射し。

窓から見える街並みは、マティルダにとって新鮮だった。

恐らく、屋敷のある中央付近や、そこからほど近い騎士団の詰め所からは比較的離れた場所なのだろう。

まるで初めてマティルダがオルフェイ辺境伯に来た時のような、緑豊かな田舎の景色が広がっていた。


マティルダは、建物の数メートル先に停められた馬車に乗る時に逃げ出すことができなかった。

それに、誰かに助けを求めることもできなかった。

がっちりと、まるで愛しい人を囲うかのようなエスコートをされており、かつ、逃げて隠れられるような場所も、紛れ込めそうな人混みも、助けてくれそうな通行人も、いなかったからである。

だから、一番の気がかりを思い切って尋ねた。


「あの、ラウラローズ様――いいえ、ワイルダム侯爵令嬢はどうなりましたか」

「さあ。貴方の代わりに、あの場を取り仕切っているのではないでしょうか。次期辺境伯夫人として」


リチャードからサラリと返された答えに、マティルダは驚く。

そして、怪訝そうな顔をした。


「ワイルダム侯爵令嬢は、私よりも先に、あのお屋敷から連れて行かれました」

「は?誰にですか」

「外国人の男性達です。貴方の指示ではないのですか」


「馬鹿な。あの侯爵令嬢が正式な婚約者にならないと、貴方は婚約者からおりられません。

何故あの場所に侯爵令嬢がいたのですか」


リチャードは、馬車の向かい側で愕然とする。

嘘はついていなさそうだとマティルダは思った。


「私の後を追ったところ、捕まったとのことでした」

「何ということだ。あの女もあいつらも、揃いも揃って余計なことを」


リチャードは、顔色を悪くして、手で顔を覆う。

項垂れたリチャードに、マティルダは掛ける言葉を持っていなかった。


「仕方がないですね」


ボソリと呟き、リチャードは、向かい側のマティルダの隣に移動した。

突然の出来事に、マティルダは身を固くし、馬車の座席の端っこ、窓ギリギリまで身を引く。

青白い顔をしたリチャードは、追い詰められた顔で、そのペリドットのような瞳をギラつかせた。


「今この場で、貴方を手に入れます」


マティルダは、ひゅっと息を呑んで怯えた。

リチャードは、仄暗い笑みを浮かべ、マティルダに顔を近づけた。

咄嗟のことで躱しきれず、2人の唇が触れ合う。


マティルダは顔をそらし、力いっぱいリチャードを押し返した。

しかし、性別の力の差は大きい。

あっという間にリチャードに両手首を取り押さえられ、マティルダはまともに抵抗できなくなった。


「本当は手順を踏もうと思っていました。でも、諦めてくださいね」

「何を仰っているのですか」

「そんなに怖がらないでください。優しくしますから」


マティルダは、恐怖のあまり悲壮な面持ちになった。

リチャードは、優しく微笑みかける。


「おや?もしかして初めてですか。こんな場所で申し訳ありません」

「や……いやっ」


背中と後頭部を窓ガラスに押し付けられ、マティルダは、再びリチャードに口づけられた。

マティルダは歯を食いしばり、唇を開かないようにした。

するとリチャードは諦めたのか、唇を開放した。

その代わり、マティルダの首筋に顔を埋めた。


「いや!やめて……っ」


マティルダがいやいやと横に首を振ると、三つ編みに結った髪が乱れる。

リチャードはマティルダの首筋をぺろりと舐め、強く吸い付いた。

チクリとした痛みに、マティルダはビクリと身を震わせる。


「白い肌によく映えますね」

「――っ」


耳元で囁かれ、マティルダはゾワリと鳥肌を立てた。

つかまれた手首が痛い。

恐怖のあまり、手足が小さく震え始める。


リチャードは恍惚とした様子で、先ほどとは少しずれた場所に再び口付けた。

マティルダはもはや恐慌状態に陥り、カタカタと身を震わせ始めた。


(怖い。気持ち悪い。お兄様助けて)


マティルダは歯を食いしばった。

そして、目をぽっかり開けたまま、声もなくぼろぼろと涙を零した。



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