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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第14話:昏い想い

ほんの暫くの後、再びドアが開く音がした。

マティルダは、ビクリとして出入口を見た。


心臓がドクドクと鳴り、震え出しそうになる。

だけど、先ほどのラウラローズの毅然とした態度を見て、マティルダは歯を食いしばる。

ラウラローズのように、聞いたことのない言語を操ることはできない。

しかし、あの堂々とした立ち居振る舞いは、すぐにでも見習えると思ったからだ。


「ご無事ですか、マティルダ嬢」

「!?リチャード様」


現れたのは、キャラメルブラウンの髪とペリドットのような黄緑色の目をしたリチャードだ。

マティルダに、屋敷の者が呼んでいると声をかけた人でもある。

マティルダは床に座り込んだまま、安堵と警戒が綯い交ぜになったような気持ちになった。


「少々手荒な真似をされたようですね」

「何か知っていらっしゃるのですか」

「何のことでしょう。取り敢えず、縄を解きましょうか」


リチャードは心配そうに言って、膝をついて、ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出した。

そして、マティルダの足首と手首のロープを切った。

マティルダは猜疑心を拭えぬまま、リチャードをじっと見つめた。


「少し跡が残ってしまいましたね。痛いですか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


戸惑いつつも、マティルダはきちんと御礼を述べる。

手首と足首が自由になったことで、少し肩の力が抜けたのか、マティルダの表情が僅かに緩んだ。

リチャードは、若干申し訳なさそうに薄く微笑んだ。


「もっと早く、貴方ときちんと話したいと思っていました」


リチャードの言い方は、単に助けに来たにしては奇妙だ。

ラウラローズとのやり取りを思い出し、マティルダは、怯みそうになる自分を叱咤し、リチャードから目を逸らさずに尋ねた。


「だから私は、こんな場所に連れてこられたのですか」

「そんな目で見ないでください。惨めな貴方を救うためなのですから」

「?」

「あの侯爵令嬢に婚約者の座を奪われる前に、私のものになってください」

「なっ……!」


床に座り込んだまま、マティルダは言葉を失う。

リチャードは、マティルダの前に膝をつき、しゃがみ込んで向き合い、憐憫の表情を浮かべた。


「貴方は閣下の遠い親族なのでしょう?身内だからといって、貴方が無理をしなくてもいいと思うんですよね」

「この婚約は、王命です」

「それは本当ですか?」

「え?」


「勿論、王命らしいという話は知っています。

そして、1人目も2人目も王命でした。ですから、3人目が4人目になったとしても大差ありませんよ。

貴方もそう思いませんか?」


共感を求めるリチャードに、マティルダは押し黙る。

確かに、一理あると思ってしまった。王命なのに、二度も婚約が解消になった理由は何なのか、と。

マティルダ自身、これまで気にならなかったと言えば嘘になるが、深掘りするほど追い詰められてはいなかった。


「マティルダ嬢?」

「はい。そう思います」

「そうでしょう?気が合って良かったです」


リチャードは気を良くしたらしく、穏やかに微笑んだ。

マティルダは、リチャードから視線をそらさず、真面目な顔で言った。


「でも、私が嫌なのです。私が、お兄様の婚約者でいたいのです」

「……は?」


近い距離で見つめ合ったまま、ほんの数秒、2人は微動だにしなかった。

そのあと、呆然としたリチャードから短い声が漏れる。

マティルダは淡く、儀礼的な笑みを顔に浮かべた。


「ですから、お気遣いは不要です。ご心配していただき、ありがとうございます」


さらりと言い切ったマティルダに、リチャードは一瞬、ゆらりと視線を泳がせた。

その後、仄暗い色をその瞳に滲ませ、くっ、と笑みを漏らした。


「貴方は、何か勘違いしているようですね」


低い声。狂気のようなものを感じさせる雰囲気に、マティルダはビクリと身を震わせた。

リチャードは、マティルダの両方の二の腕あたりを両手でぐっ強くと掴んだ。

そして、顔を近付け、人が変わったような口調で言った。


「子爵令嬢ごときが辺境伯夫人になるなんて、身の程知らずも甚だしい。貴方を引き受けてやると言っているんですよ」

「!」

「この地で、身分が高い者はさほどいません。貴方は私の提案に感謝すべきです」


リチャードは、マティルダに触れる両手にギリギリと力を込めた。

怒鳴るわけでも、感情的になるわけでもなく、リチャードは嘲笑うように言った。


いつものリチャードからは想像もつかない尊大極まりない態度に、マティルダは、恐怖と嫌悪感を抱く。

腕の痛みに、ブレンダンより小柄でも、騎士ではなくても、リチャードは男性であると思い知る。


なすべきことは、この場から逃げ出すこと。

そして、別の場所へ連れて行かれたラウラローズを含め、助けを呼ぶこと。

反抗すべきか、しおらしくすべきか。

マティルダの頭を過った選択肢は、この2択だった。


「そうかもしれません。

リチャード様の言う通り、私は、お兄様に捨てられるのかもしれません。

なにせ私は3人目の婚約者で、4人目が控えていますからね」


マイナスな言葉は嫌いだった。

口にすると、それが現実になってしまいそうだと思うからだ。

そんな未来はきっと来ない筈だと信じている。


けれど、マティルダとて馬鹿ではない。

反抗したところで勝ち目はなく、逆上されると危険だと判断した結果、リチャードに感化されたような言葉を唇に乗せた。


「リチャード様の仰る通り、私は、身の丈に合わない恋をしているのかもしれません」


言いながら、マティルダは泣きそうになった。

台本があるわけではない。台詞を強制されたわけでもない。

それでも、すらすらとそれらしいことが言えてしまうのは、これがマティルダの本心でもあるからに違いなかった。


「なるほど。自覚はあるわけですね」


見下し、憐れむかのようなリチャードに向かって、失礼な奴だと怒るなり、笑い飛ばすなりできればよかった。

でも、マティルダにはできなかった。

だから切なくその青い瞳を伏せると共に心を閉ざし、悲しげに俯く。


「大丈夫ですよ。私が貴方を大事にしますから」


不気味なほどに優しく言い、リチャードは、マティルダの腕を掴んでいた手を離す。

そして、マティルダをぎゅっと抱き締めた。


想像していたほどの乱暴さはなく、むしろ労りすら感じる抱擁に驚きつつ、マティルダは、強張っていた身体の力を緩やかに抜く。

そして、単色で塗りつぶされたような目をしたまま、リチャードに身を委ねた。


「そろそろ行きましょうか。貴方を家族に紹介しなければ」


リチャードは、抱き締めたマティルダの後頭部を2度ほど撫でた。

そして、マティルダを立ち上がらせる。

しかし、嗅がされた薬が抜けきっておらず、マティルダの足元は若干覚束ない。

リチャードは、危なげなくマティルダを支えた。


いつも通りの貴族令息然としたリチャードに、マティルダは安堵する。

この建物を出られれば、何か逃げる手立てが見つかるかもしれない。そう思った。


(ラウラ様、どうかご無事で。お兄様、大好きです)


大切な人を思い出し、心の中だけで呼びかける。

リチャードは、マティルダに対してまるで恋人にするかのようなエスコートをしている。

けれど、マティルダは少しも嬉しくなかった。


背に回された手が違う。向けられる視線が違う。

これは、ブレンダンではない。

そう思えば思うほどに、マティルダの気持ちは深く沈んでいった。


マティルダは、自己肯定感が高いわけではないが、物凄く低いタイプでもない。

それでも、ブレンダン、ハイリンヒ、ラウラローズといった人々と関わっていく中で、自分はブレンダンに釣り合わないと思うことはそれなりにあった。

それは、家柄や血統のせいでもあり、己の凡庸さのせいでもあったけれど、何より、ブレンダンを好きになってしまったせいでもあった。


今のマティルダには、自信が足りていなかった。

何があっても、ブレンダンに選んでもらえるという自信が。

ならばせめてブレンダンに操を立てたい、一途でありたいと思うのに、マティルダは今、リチャードの隣にいる。

まるで婚約者のように抱き寄せられて、歩いている。


(家族に紹介する、か。リチャード様のお屋敷に行くのかしら)


紹介されて、それで、どうなるのだろう。

マティルダは、まるで他人事のような気分でそう思った。

物置のような部屋を出ると、廊下があった。

そこを歩くと、いくつかの扉が並んでいた。


「此処はどこですか?」

「空き家ですよ」

「空き家」


マティルダは、ただ復唱した。

リチャードがくれた回答は、必要十分ではなかった。

しかし、知る必要がないとか、静かにしろとか言うわけではなく、一応答えてはくれるのだなと、マティルダはどこか痺れた頭で思った。



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