第13話:ラウラローズの夢
マティルダは、ラウラローズやオルフェイ辺境伯邸の使用人たちと、朝から共に炊き出しの用意をしていた。
ココアブラウンの長い髪は、いつも通りの炊き出しスタイル、つまり、三つ編みである。
マティルダがブレンダンから花束をもらった日の午後、国境の要塞から急ぎの伝令があった。
そして急遽、翌朝からのオルフェイ騎士団の出征が決まったのだ。
騎士団長のハイリンヒが王都へ行っていて不在のため、今回は副騎士団長のカッシュが、ブレンダンと共に騎士団のメンバーを率いている。
カッシュはブレンダンより4つ年下で、浅黒い肌と、切れ長の金の目と金の髪を持つ美丈夫だ。
「マティルダ嬢、あちらでお屋敷の方が貴方を探していましたよ」
「そうなのですか?ありがとうございます」
大きなお鍋でスープをかき混ぜていると、マティルダは不意にリチャードに声をかけられた。
リチャードは、以前からマティルダによく話しかけてくる子爵令息だ。
貴族令息らしく線が細く、優しげかつ整った顔立ちの好青年である。
「マティルダ様、ご一緒します」
「1人で大丈夫です。すぐ戻りますので!ありがとうございます」
マティルダは、侍女のアマンダに声をかけられたが断った。
アマンダは躊躇ったものの、主に断られてもついていくと言い切るほどのメンタルを持ちわあせてはいないらしい。
いつも通りマティルダの近くにいたラウラローズは、マティルダとリチャード、そしてアマンダのやり取りを見ていた。
だから、炊き出しのお鍋を混ぜていたマティルダに、「それ、代わるわよ」と声をかける。
「ありがとうございます、ラウラ様」
「どういたしまして」
ラウラローズは豊かな金髪を高い場所で1つに髪を束ね、動きやすい簡素なワンピースを身に纏っている。
同じく簡素なワンピースを着用したのマティルダに負けないくらい、せっせと働いていた。
その高位貴族令嬢とは思えない働きぶりと、持ち前の美貌と賢さで、ラウラローズの人気は炊き出しの度に高まるばかりであるが、本人は至って無自覚。
超自然体である。
マティルダは、騎士団の宿舎の近くに設営された炊き出し場所から離れた。
そして、建物の陰に入ったところで、何者かに口を布で塞がれ、意識を失った。
*****
ふと、意識が浮上した。
マティルダがゆるゆると瞬きをすると、そこには、手首と足首を縛られ、壁に凭れかかって座っているラウラローズがいた。
「ラウラ様?……っう」
マティルダは起き上がろうとして、うまく身動きが取れないことに気づく。
どうやら、手首と足首を縛られているのはラウラローズだけではないらしい。
それでも、なんとか肘を使って身を起こし、座った。
「気がついたのね」
声を抑えたラウラローズが、マティルダを見た。
マティルダは、見知った存在への安心感とともに、この状況に対する疑問と心配が湧き上がってきた。
「此処は?」
「分からないわ。けれど、どうやら私達は捕まったみたい」
ぐるりと見回すと、どうやら此処が物置のような場所だとわかった。
木でできた空間には、それなりの荷物が置かれている。
窓のカーテンは閉められているものの、隙間から見える光はまだある。
「そういえば、炊き出し場所を離れた後、後ろから布で鼻と口を塞がれました。ラウラ様は?」
「ちょっと気になって、貴方の後を追ったのよ」
「?」
「だって、変でしょう?
あの時、リチャードという男性が指差した方向には、確か倉庫しかないのよ。
お屋敷の使用人が貴方を呼ぶとしたら、馬車や水場のある方向からではなくて?」
「確かに」
「ま、私もこの有り様だけどね。貴方の姿が見えなくなったあたりで周囲を見渡していたら、背後から鼻と口を布で塞がれたわ」
「申し訳ありません。私のせいで、ラウラ様まで巻き添えにしてしまって」
「貴方のせいではないわ。私が捕まったのは私の責任よ。
確かに、少々用心深さには欠けていたかもしれないけれど、普通、あの状況で断る人はいないでしょう。
それより、身体は大丈夫?痺れているのではなくて?」
「はい。手足の感覚が変です」
「そうでしょうね。私もつい先程まで痺れが残っていたの。結構な効き目の薬物を嗅がされたみたいね。合法なものだといいけれど」
「合法って」
「お屋敷に戻ったら、貴方はお医者様に診てもらう方がいいかもしれないわね」
「ラウラ様は?」
「私は、ある程度耐性があるの」
「?」
「毒、媚薬、睡眠薬といった類は、少量を摂取して体を慣らしておくことで、効きが悪くなるのよ。
命を狙われる危険がある王族や公爵家は当然にそうだけれど、お父様の方針で、ワイルダム侯爵家もそうだったの。
まさか、本当に役に立つ日が来るとは思わなかったけれどね」
苦く微笑むラウラローズは、どこか遠い目をしていた。
その時、不意にガチャリとドアが開く。
マティルダとラウラローズは、恐怖と警戒で身を固くした。
すると、ブレンダンほどではないものの背が高く、筋肉質な男性が2名現れた。
破落戸というには身なりが良い。
その内、金髪の方――前髪が長くて顔はよく見えない――が、ドアから入ってくる。
もう1名は、ドアの外で周囲を見張っているようだ。
「金髪ノ女、オ前ハコッチダ」
おそらくは外国人なのだろう。
ユール語、つまりこの国の公用語を話してはいるが、明らかに片言だ。
マティルダとラウラローズは、息を呑んで顔を見合わせた。
金髪の女とは、間違いなくラウラローズのことだろう。
マティルダの髪は茶髪だ。陽光に当てようが濡らそうが、金色にはならない。
『おい、早くしろ』
無言で固まるマティルダとラウラローズに、男性は外国語で苛立たしげに述べる。
マティルダは、ビクリと身を震わせた。
何を言われているか分からないけれど、怒っているのは声の大きさとトーンで分かったからだ。
困り顔でマティルダがラウラローズを見ると、ラウラローズは、その輝石のようなグリーンの瞳に凛とした光を宿し、金髪の男性をじっと見ていた。
そして、薄っすらと笑みを浮かべ、落ち着いた様子で、心当たりのある外国語で話し始めた。
『少しだけ、お時間をいただけるかしら』
『!?お前、ベルンガルド語が話せるのか』
『まあね。最後のお別れの挨拶くらい、させてくれてもいいでしょう?』
『フン。いいだろう』
冷静で、余裕すら感じさせるその姿に、マティルダは目を瞠る。流石、侯爵令嬢だ。
ラウラローズは高位の貴族令嬢なので、複数の言語を習得しているのだろう。
子爵令嬢のマティルダとは、住む世界や想定している嫁ぎ先が基本的に違うのだ。
ラウラローズは、あまりにも聞き慣れない――というか、一言すら聞き取れない、聞いたこともない言語を、さも母国語であるかのように流暢に使いこなす。
マティルダは、ラウラローズが心底格好良いと思った。
ラウラローズは、ユール語かつ小声でマティルダに伝えた。
「逃げなさい」
「!?そんなことできません」
「2人で犠牲になる必要なんてないわ。貴方は先にここから出て、もし可能ならば助けを呼んでちょうだい」
「そんな、ラウラ様は」
「大丈夫。きっと殺されやしないわ。ちょっと嫌な思いをするくらいよ。
そんな顔をしないで。貴方は閣下の妻になるのでしょう?
主のためなら、いざという時に臣下は身代わりになるものなの。よく覚えておきなさい」
「でも私は、まだ子爵令嬢です」
「そうね。でも、今呼ばれているのは金髪の女、つまり、そもそも私なのよ」
「……っ」
諭すようなラウラローズに、マティルダは狼狽えながらも言い返す。
ラウラローズは、相変わらずお人好しのマティルダを眩しそうに見つめ、諦めたように微笑んだ。
「それにね、夢を見てしまったの。
騎士様と――いいえ、ハイリンヒ様と結婚して、オルフェイ辺境伯夫人となった貴方と閣下に仕えて、このオルフェイの地で、末永く幸せに暮らす夢を。
貴方と閣下には本当に感謝しているのよ?」
そう言って笑みを深めたラウラローズは、穏やかにそう言った。
かけるべき言葉が見つからなくて、マティルダは泣き出しそうに顔を歪める。
「ラウラ様……」
「短い間だったけど楽しかった。ありがとう」
ラウラローズは覚悟を決めて、ならず者達を振り返った。
その表情はアルカイックスマイルで、まるでマティルダと初めて会った時のように、気が強そうに見えた。
『話は済んだわ。行きましょう』
『ほう、どんな話をしたんだ?』
『お別れの挨拶よ。彼女にはとてもお世話になったの』
『フン、まあいい。こっちに来い』
金髪の男性が、ラウラローズを片手でひょいと抱き上げ、肩に担いだ。
マティルダは、なす術なく見送るのみ。酷く無力だ。
(どうすればいいの?)
結論、ラウラローズとマティルダに勝ち目はない。
成人男性2名に正面から体術で挑んだとて、その結果は火を見るより明らかである。
隙をついて逃げようにも、手首と足首は縛られていて刃物はない。
(お兄様、助けて……!)
ラウラローズと共に男性たちが去った後、また部屋のドアは閉められた。




