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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第10話:2人の女神

マティルダは本日、初めて自分から午後にラウラローズをお茶に誘ってみた。

女主人としての屋敷の仕事はほぼ片付いている上に、雨が降っており、最近ハマっている庭弄りもできなかったからだ。


数日前の4人での話し合いの翌日に、ハイリンヒは単身で王都に向かって出発した。

王都までは、馬車で軽く10日はかかるのではないかと思っていたが、どうやら馬を使えば1週間程度で着くらしい。

因みに、マティルダの生家・ヤーウェイ子爵家からオルフェイまでは馬車に揺られて約2週間かかったが、王都はその間にある。

但し王都は、かなりヤーウェイ子爵領の方に近い。


「ラウラローズ様、お時間をいただきありがとうございます」

「何も問題なくてよ。率直に言うと、暇だもの。むしろ何か仕事が欲しいくらい」

「そうなのですか?」

「ええ。でも、婚約者でもないのに、下手に屋敷内を闊歩したり、仕事を欲しがるのもおかしな話でしょう?これでも気にしてるんだから」


ふふ、と微苦笑を浮かべるラウラローズに、マティルダはやはりそうかと思った。

だから、思い切って提案することにした。


「では一緒にオルフェイのお勉強をしたり、お屋敷の中で何かしたりしてみませんか?」

「まあ、素敵ね。でも、閣下のご迷惑にならないかしら」


「大丈夫だと思います。

だって、ラウラローズ様はハイリンヒ様と婚約される方ですもの。

お兄様には私から確認しておきますので」


「そう?じゃあお言葉に甘えようかしら」

「はい、そうしてください。あとは、私とお友達になってくださいませんか?」

「お友達?」


「はい。これまで、ラウラローズ様はお兄様の婚約者候補で、どういう風に接すればいいのか悩んでいました。

でも、もうその悩みはなくなりましたので」


「確かにそうね。

ライバルに優しくするなんてお人好しにも程があると思っていたけれど、今となっては、そんな風に思う必要もなくなったのね。

近い将来、私に様付けするのもやめたほうがいいのではなくて?」


「どうしてですか?」

「今はまだいいけれど、近い将来、貴方はオルフェイ辺境伯夫人になるのよ。私はオルフェイ騎士団長の妻になるのかもしれない。もしそうなったら、貴方の方が格上でしょうに」

「確かにそうですね」

「人の上に立つ者として、周囲からどう思われるのかを意識するべきよ。貴方はもっと堂々として、胸を張りなさい」

「ふふ。はい」


まるで姉のようにマティルダに小言を言うラウラローズに、マティルダは思わず笑みを零した。

そして、数日前から気になってきたことを正面から尋ねる。


「ラウラローズ様。以前、馬車の中でお話を聞かせてくださいましたが、その時に出てきた騎士様って、きっとハイリンヒ様のことなのですよね?」

「えっ、ええ。そうよ」


ツンとしているかスンとしているラウラローズが、珍しく動揺している。

まるで自らを落ち着けるように紅茶を手にするラウラローズに、マティルダは不思議そうな顔をした。


「あの、実はあまり嬉しくない、とかですか?」

「なっ、そんなわけないじゃない!でも、何というか……そうね。ちょっと混乱しているのよ」

「混乱ですか」


「だって、もう二度と会えない人だと思っていたのよ?

たった一度でいいから、心から素敵だなと思えた人と、忘れられない思い出が欲しかった。

ただそれだけだったから、まさかこんな場所で再会して、婚約するだなんて、想定外もいいところよ。

しかも、ずっと忘れられなかったとか、もう一度会いたかったとか、そんなふうに言ってもらえるなんて、都合が良すぎて、俄には信じられないのよ」


言い募りながら、ラウラローズはエメラルドグリーンの瞳をゆらりと揺らめかせ、その美しい顔をかあっと赤く染めた。

華奢な白魚のような指先で頬に手をやるラウラローズは、どう見ても恋する乙女である。

マティルダは、思わずぽかんとした後に、顔を綻ばせた。


「よかったです。お嫌ではないのですね」

「勿論よ。むしろ夢でも見ている気分だわ」

「ふふっ。そうですか」

「何よ」

「いいえ。今日のラウラローズ様は、何だかとても可愛いなと思いまして」

「なっ……!ちょっと、年上をからかわないでちょうだい」

「はい。申し訳ありません」


にこにこと笑顔を浮かべるマティルダに、ラウラローズはほのかに染まった頬のまま、少し拗ねたような顔になった。

因みに、ラウラローズはマティルダより3歳年上である。


「貴方こそどうなのよ。誤解が解けてから、閣下とは上手くいっているの?」

「え?私ですか?」

「そうよ。貴方達が上手くいかないと私にも影響が出るんだから、ちゃんと閣下と結婚しなさいよね」

「はい。そうなれると嬉しいです」

「そうなれるじゃなくて、そうするのよ。それで、どこまで進んだの?キスくらいはしているのでしょう?」

「!?そっ、そんな、とんでもないです!」


ふふ、と微笑むラウラローズの台詞に、マティルダはぼっと赤くなって、即座に否定した。

ラウラローズは、そのあまりにもうぶすぎるリアクションに驚く。


「え、ちょっと待って。キスもまだなんて……手を繋いだことは?」

「……」

「えっ、ないの!?嘘……じゃあハグは?」

「それは、数日前に初めてありました」


その時のことを思い出したのか、頬を染めてはにかむマティルダは本当に初々しい。

ラウラローズは、何だかどっと疲れた気持ちになった。


「信じられない。ひとつ屋根の下で数ヶ月一緒に暮らしていて、婚約者かつ両想いなのに。

あの男は鈍感を超えて聖人なの?

本当に堅物……いや、朴念仁なのかしら。

でも、仕事はできるのよね。訳が分からないわ」


げんなりしながら呆れるラウラローズの呟きに、マティルダは曖昧に微笑んだ。


「いいのです。お兄様はお優しくて真面目な方なので」

「そう、ご馳走様。まあ、貴方がそれでいいならいいならいいのだけれどね。全く、貴方といると何だか不思議な気分になるわね」

「?」


「はあ。癪だけど、今なら閣下の気持ちが分かる気がするわ。

もし貴方にお姉様なんて呼ばれたら、何でもしてあげたくなりそうで怖い。

きっとこうやって、あの男も絆されたに違いないわね」


ラウラローズは、苦虫を噛み潰したような顔になった。

同族嫌悪とでもいうべきか、ラウラローズはどうしてもブレンダンを好きになれなかった。

ブレンダンは恐らく、マティルダに弱い。その上、かなりベタ惚れのように見える。


ブレンダンは表情に乏しく、冷徹な一面を持つ。

しかし、マティルダといる時は割と表情が豊かになり、寛容になるとラウラローズは気付いていた。

かく言うラウラローズも、ついマティルダには甘くなってしまう自覚があった。


因みに、ラウラローズに姉や妹はいない。

弟が2人いるけれど、性別が違う上に父親が違うこともあり、さほど仲が良いわけではなかったため、ワイルダム侯爵家では1人で過ごすことが多かった。

社交はつつがなくこなしていたけれど、特に、特別な友と呼べるような人もいない。


「まあいいわ。お友達になるなら、まずは呼び方からね。マティルダと呼んでもいいかしら?」

「勿論です」

「私のことはラウラでいいわよ?」

「ラウラ様」


マティルダは、恐れ多いという気持ち半分、照れ臭さ半分で、ラウラローズの愛称を躊躇いがちに口にした。

そんなマティルダを目にしたラウラローズは一瞬瞠目した後、どこか愉快そうに、ふっと優しく微笑んだ。


「いつか、その『様』もとってね」


ラウラローズのその表情があまりにも綺麗で、マティルダは思わず見惚れた。




*****



それからというもの、マティルダはラウラローズと過ごすことが増えた。

ブレンダン公認で、朝は女主人見習いとしての仕事をして、午後に時間ができればラウラローズと過ごす。


ラウラローズは、淑女の嗜みをどれも完璧に身に着けていた。

刺繍の腕前、楽器の演奏、語学力のどれもが抜群で、お洒落のセンスも素晴らしい。

一方のマティルダは、一通り身につけてはいたが、どちらも中か中の上レベル。

やはり子爵令嬢と侯爵令嬢は違うのだと格差を思い知ったため、取り敢えず、刺繍やお洒落をラウラローズに教えてもらうことに決めた。


マティルダは、普通の高位貴族令嬢が手を出さない料理や領地経営が得意で、庭弄りが好きだった。

ついでに、平民に近い男爵家に嫁ぐこともありえたから、掃除洗濯も一応普通にできるような教育を受けている。

ラウラローズはそれを珍しがり、今度、マティルダがお菓子作りを教えることになっている。


因みに、多忙なブレンダンとは、元から食事以外は別行動が多かったので、その点に変化はない。

しかし、明らかにブレンダンの対応は変化している。

マティルダにだけ特別甘かったが、それに輪をかけて更に甘くなった。

マティルダは勘違いかなと一瞬思ったのが、どうやらそうでもないらしい。


何故なら、暫くの間、家令のジョセフは瞠目して言葉を失っていたし、侍女のアマンダは呆然と見惚れていたし、ラウラローズは死んだ魚のような目でブレンダンを見ていたからだ。

もし此処にハイリンヒがいたら、多分、いい笑顔でブレンダンを見るのだろうとマティルダは想像した。



*****



ある日、マティルダとラウラローズは、共に庭へ出ていた。

雨上がりでキラキラと水滴を纏った植物を見ながら、マティルダはラウラローズを連れ回す。

3月下旬、春の始まりを歌うような淡く青い空の下、美しく整えられた庭や花壇のあたりはもちろん、最近マティルダがハマっている家庭菜園のエリアも紹介した。


オルフェイの冬は厳しい。

しかしその分、夏の暑さは随分王都よりもマシなのだ。


この気候とよく肥えた土地を活かし、どういった作物が上手く育つかというのを、歴代オルフェイ辺境伯は庭師に研究させている。

オルフェイにやってきて割と早い段階でそれを知ったマティルダが、自分も手伝いたいと手を挙げて今に至っている。

因みにマティルダは子爵家出身だが、普通に花壇で庭弄り位をする程度には庶民的な生活をしていた。


ラウラローズは、マティルダよりずっと、観賞用の花の名前はよく知っていた。

一方で、食用の植物についてはあまり詳しくないようだった。

だから、非常に興味深そうに、マティルダの話をうんうんと聞き、是非自分もやりたいと笑顔を見せた。


マティルダは、初めてできた年の近い友人に嬉しくなった。

お屋敷を飾る花の名前やテクニックを、今度ラウラローズに教えてもらおうと思いながら。




「何をご覧になっているのですか?」

「ああ、ちょっと外をな」


お茶を用意したロマンスグレーの家令・ジョセフに声をかけられ、ブレンダンは薄い笑みを口元に浮かべた。

執務室の窓から見える中庭に、マティルダとラウラローズが2人でいるところが見え、しかも、楽しそうに笑っていたから、ブレンダンはつい目を奪われてしまった。


(麗しいな。この短期間で、よくあそこまで打ち解けあったものだ)


2人共、デザインは違うものの、簡素なワンピースとヒールのないペタンコの靴を身に着けていた。

特に飾り立てていない分、それぞれの特徴や美しさが、より引き立っている。

マティルダとラウラローズは、どちらも聡明で確りしていたが、タイプの違う女性だった。


マティルダは、茶髪に青目で、ストレートヘアの大人しそうな楚々としたご令嬢で、素直で健気な犬のようなタイプだ。

真面目で、周りのことはよく見ているが、腹芸が不得手らしい。


一方のラウラローズは、マティルダ同様、周りのことはよく見ているが、腹黒いというべきか聡いというべきか、政治的なことから腹芸まで軽やかにこなす。

金髪に緑色の目で、華やかなツンとしたタイプのグラマラスなご令嬢で、警戒心が強い猫のようなタイプだ。


(ん?グラマラス?)


ブレンダンは、ラウラローズの立ち姿を見て違和感を覚えた。

元から、マティルダよりも2つ年上で身長も10センチくらいは高いと思ってはいたが、あそこまで体に凹凸があった気がしない。


(興味がなかっただけか?それとも……)


ラウラローズは、どちらかといえば少女のようにスラリとしていたような気がする。

しかし今は、絵画に出てくる成熟した女性のような体の線をしている。


(なるほど。ハイリンヒは、あの状態の彼女に惚れたのか)


ブレンダンは不意にそう思って、眩しそうに目を細めた。

どうやらラウラローズには、キツく見えるメイクも体を締め付ける衣装も要らないらしい。

全てを取り払い、自然体のあの状態ならば、身分に関係なく、多分オルフェイのこの地でも、引く手数多になるだろうと思う。


(護衛を増やすか。いや、2人に護身術を習ってもらうか?

いずれにしろ、マティルダのためにつけた護衛だけでは少ないかもな。

ハイリンヒが戻ってくるまで、何事もなければいいが……)


ブレンダンはそんなことを思いながら、2人の女神を眺めつつお茶を飲んだ。



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