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私を愛することはないらしいので、取り敢えずお兄様と呼ばせていただきますけれども(連載版)  作者: 鬼多見 青


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第1話:お兄様と呼ぶ理由

連載版を始めました。

2話までは短編と同じで、3話からが短編の続きです。

初めて対面した炎の獅子様は、マティルダの想像と随分異なっていた。

国の国防の要を担うブレンダン・オルフェイ辺境伯は噂通りの赤い髪と金の目をしていたが、ガタイがよくて筋肉隆々の野性的な獣というよりは、顔面偏差値が高い美丈夫という方が似合うような風貌をしていた。

しなやかに鍛え上げられた体躯に、漆黒の騎士服がよく似合っている。


「遠路はるばる来てくれたことに感謝する。

私はブレンダン・オルフェイ。この辺境伯領を治める者だ」


ブレンダンは、マティルダの知る一般的な貴族令息や騎士よりも、広い肩幅や厚い胸板をしてはいる。

しかし、粗野な荒くれ者とは真逆の言葉遣いや見た目に、マティルダは胸を撫で下ろした。


「はじめまして、オルフェイ辺境伯様。

わたくしはヤーウェイ子爵家の長女、マティルダと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」


マティルダは、恭しくカーテシーをした。

美しい立ち居振る舞いは淑女の基本であり、貴族の妻というものは夫に寄り添い、後継ぎを生み育て、家を守るものだと、それなりに歴史のある子爵家に生まれ育ったマティルダは、両親や家庭教師にもう何年も口酸っぱく言い聞かされてきたし、沢山勉強もしてきた。


「顔を上げてほしい。

王命ということで一旦は了解したが、私は貴方を愛するつもりはない。どうか安心して、健やかに暮らしてほしい」


ブレンダンは、胸元まである赤い髪を横で1つにゆったりと結わえて、無表情のままそこに立っていた。

大型の動物を思わせる金色の目は、真っ直ぐにマティルダを見つめてはいるが、どこか困っているというか、物凄く気を遣っているように見えた。


(なるほど、そういうことね。2回も婚約者に逃げられたというから、一体どんなに酷い男性なのだろうと構えていたけれど、きっとこれも原因ね)


一般論として、婚約者に対して「貴方を愛するつもりはない」と言い放たれるのは、なかなかにしんどい。

何が安心してほしい、だ。

堂々としつつも丁寧な物腰だが引き気味ではあるし、何故お前は来たんだ感は結構ある。

とはいえ、ある意味とても正直ではあるし、悪い人ではないのかもしれないとマティルダは思った。


(第一印象としては、変な人ではなさそうだけどな。そのうち仲良くなって上手くいく、とかいうことにはならなかったのかしら?)


マティルダは、ブレンダンの元を去った婚約者2名について何も知らない。

しかし、王命だったらしいこと、タイプの違う高位の貴族令嬢だったことは知っているため、多分、箝口令でも敷かれているのだろう。


(一回り近く年上だというのに独身だというから、どんな人かと思っていたけれど、イケメンだし、定職に就いてるし、声も低くて素敵だし、悪くないじゃない。

どうせ愛のない結婚をするなら、見た目だけでもテンションが上がる相手のほうがいいわよ)


マティルダは16歳。恋はまだ知らないし、婚約だの結婚だのと言われても実感などないのだ。

とはいえ、どうせ政略結婚をして子を産むしかないのであれば、せめて好みのタイプの男性に抱かれる方がいいに決まっている。


そういう意味では、先程の台詞と白い結婚になるかもしれない点を忘れることにすれば、今目の前にいるブレンダンはいける。

見た目だけを言えば、及第点どころか百点満点。

マティルダの好みど真ん中である。


「そうですか。どうお言葉を返すのが適切か分からないのですが、一旦、オルフェイ辺境伯様のことはお兄様と呼ばせていただく形でよろしいでしょうか」


マティルダは、淑女教育の賜物であるアルカイックスマイルを顔面に貼り付けた。

因みにマティルダは、腰まであるココアブラウンの髪と、青い目を持っている。

顔面偏差値は中の上、体格は可もなく不可もなく、中肉中背。良く言えばちょっと可愛い、悪く言えば普通だ。


「……お兄様だと?」


たっぷりと沈黙したあと、若干怪訝そうな顔でブレンダンはマティルダを睨んだ。

ちょっと怖いとマティルダは思う。しかし、「なんて酷い!」と嘆いたり怒ったりするほど、愚かではない。

何故ならこれは王命で、マティルダとしてもブレンダンとしても断れぬ話。

既に婚約はしているわけで、基本的には結婚するしかないのだ。


「はい。私は遠い親戚であること、婚約者が決まっていないこと、そして、父の仕事を手伝っていたことから、この度、王命で婚約者に選ばれました。

1年後に結婚することを前提にというお話ではございましたけれども、取り敢えずはこのオルフェイに馴染み、何かしらお役に立てるように、遠縁の者として尽力してみようと思います」


「そうか」


「婚約したことはまだ公になっておりませんし、実際にはとこなわけですから、お兄様という呼び方は不自然ではないと思います。

取り敢えず、妹ができたとでもお思いになるのはいかがでしょうか」


「分かった。そうする」

「ありがとうございます。では、私のことはマティルダとお呼びくださいませ」

「マティルダ」

「はい、ブレンダンお兄様」


少しの逡巡のあと、ブレンダンは、ほぼ無表情で頷いた。

マティルダは、にっこりと上機嫌で微笑んだ。

繰り返すが、これは王命による政略結婚だ。

どうせ相手も断れぬのだから、できることを精一杯やるまでだ。



*****



遡ること3ヶ月前。

ある日、マティルダの父親――つまりヤーウェイ子爵が、渋い顔で王家からの釣り書を差し出してきたのが事の始まりだった。


「これは?」

「お前の婚約が決まった。お相手はオルフェイ辺境伯で、随分と格上だ。これは王命で、否やはない。これが釣り書と調査書だ」

「承知しました。拝見します。ですが、どうして我が家に?」

「これまでに2人、高位の貴族令嬢との婚約が破談になっているらしいから、恐らくそのためだ。しかも我が家はオルフェイ辺境伯家とは遠縁にあたる。まあ、普段は全く接点など無い程に疎遠だがな」


マティルダは内心、何故こんな遠方で、しかも紛争の多い隣国との国境付近に嫁がねばならぬのだろうと思った。

しかし、マティルダは貴族令嬢の義務や定めを理解していた。

そもそもマティルダには兄がいて、マティルダが生まれた瞬間から、いずれヤーウェイ子爵家を出ることは基本路線だったから、嫌とは言わなかった。


だからマティルダは、馬車に揺られて10日以上かけて、オルフェイ辺境伯領の端までやってきたのだ。

因みに、屋敷まではまだ数日もかかる。本当に遠い。


(こんなに遠くまで来たのは初めてね。自然が豊かで美しい場所だわ)


オルフェイ辺境伯領は隣国との国境に面していて、要塞を抱える都市だ。

陸路での交易が盛んで、中央は王都に負けないくらい栄えているらしく、治安も悪くないらしいが、やはり国境付近――つまり、今いる場所とは反対側の端っこについては、常態的に紛争が起こっているとのことだ。


休み休み馬車で移動すれば、マティルダの生まれ育ったヤーウェイ子爵領からオルフェイ辺境伯の屋敷までは、ゆうに2週間以上かかる。

あまりにも長い道のりのため、対面のための少々凝った衣装は、到着後に着用することになっていた。


(二つ名は炎の獅子か。一体どんな人なんだろう)


マティルダが父親に渡された略歴書によれば、ブレンダンはオルフェイ辺境伯の嫡男で姉が1人いる。

母親は幼い頃に病死。18歳の頃から率先して最前線に赴き、国境の治安回復に尽力。

国境でのいざこざを驚くほど鮮やかな手腕で迅速に収束させ、自ら剣を手に取り戦うブレンダンの勇姿はとても素敵で格好良いと、現地の民衆に人気らしい。


戦場に舞う、結い上げられた赤い長髪ポニーテールと強い獣のような金の目、そして、戦場を駆け巡る鍛え上げられた肉体と洗練された剣術から、ついた二つ名が炎の獅子ということらしい。

その後、父親が病に倒れたため24歳で辺境伯を継ぎ、現在は27歳になっている。


(いずれにしろ、お役に立てるように頑張らなくちゃね。一体、どんなお人なのかしら)


不安はある。

しかし、そんな風に思えるほどには、マティルダは前向きな気持ちでこの政略結婚を受け止めていた。



*****



オルフェイに来てから半年後、マティルダは、それなりに楽しくやっていた。

婚約者でありながら妹的なポジションに見事収まって、マティルダは恙無く日々を過ごしている。


「では、行ってくる」

「はい、お気をつけて。お兄様、もしよろしければこちらをお持ちください」

「これは?」

「御守りです。最近、街で流行っているそうですよ。渡す相手のために編んで、出征する際に祈りを込めて渡すといいのだとか」

「そうか。ありがとう」


漆黒の騎士服を着たブレンダンは、マティルダが差し出した組紐を受け取った。

一瞬だけ、ブレンダンの黄金色の瞳が柔らかく細められ、微笑んだように見えた気がしたのは、マティルダの気のせいじゃないと思いたい。


(よかった。受け取ってもらえた)


組紐は、ブレンダンの瞳と同じ金色、そして、茶色と青の糸で作られていて、これはマティルダの髪と目の色だ。

あまりにもあからさまだと嫌がられるかもしれないから、茶色は、ほぼ黒に見えるもの――マティルダの髪の色であるココアブラウンとは少し異なる色にした。

素直に受け取ってくれたブレンダンに、マティルダは嬉しい気持ちになった。


相変わらずブレンダンは無表情だし、部屋は完全に別々だし、2人きりでデートなんてとんでもない、という状況であり、はっきり言って婚約者感はない。

しかし、時間が合う時は食事を共にしたし、日々の朝のお見送りや夕方のお出迎えはルーティンとなっていたし、今日のような遠征の場合は、こんな風にそれなりの会話が続くようになってきている。

かなり進歩はしたから、悪くない関係性を築けているとマティルダは自負していた。


(お兄様作戦は、我ながらナイスアイデアだったわ)


家族以外の男性に免疫がないマティルダは、すっかりブレンダンのことが好きになっていた。

とはいえ、あからさまに好意をアピールすることはしていないし、燃えるような恋情かと言われればそういうわけでもない。

ラブかライクかと言われれば、ラブと言えるライクだと思う。多分。


「シェフにも伝えたが、戻った後の炊き出しは温かいものがいい」

「承知しました。もう冬ですものね。どうか体調に気をつけて、お怪我などなされませんように」

「ああ。では、屋敷と領地のことは頼んだ」

「お任せください」


マティルダは少し頬を染め、はにかんで頷いた。

ブレンダンは、そんなマティルダにふっと優しく瞳を細め、屋敷を出ていった。

因みに、これまでずっと、ブレンダンが自分の留守の間のことを頼む台詞は執事とその向こうにいる使用人たちに向けられていたが、いつからかそれはマティルダとその向こうにいる執事や使用人たちに向けられるようになっており、執事曰く、これは快挙と言えるらしい。


きっとまた、ブレンダンは1週間程度はこの屋敷に帰ってこれないだろう。

オルフェイは、国王公認で騎士団を抱えるほどには、国防に関する仕事が多い。

辺境伯領主自らが積極的に前線に立つことは珍しいものの、騎士団で3本の指に入る強さのブレンダンは、騎士団になくてはならない存在なのである。


(だからこその私なのよね。さあ、今日も仕事仕事!)


身分的に、子爵というのは大分弱い。

その上、不在がちなブレンダンの代わりとして、領主代行から炊き出しまで文句一つ言わずにせっせとこなすというのは、なかなか人を選ぶポジションといえる。

子爵クラスというのは、一応高位貴族に嫁ぐための教育を受ける一方、男爵や平民とさほど変わらない部分が多いからこそ何とかなっている気がするというのは、マティルダの思うところではある。


(ま、暇を持て余すよりは忙しいほうがいいわよね。

それに、意味のあることをしている感はすごくあるもの。

少しでもお兄様のお役に立てているなら嬉しいわ)


なお、実際は役に立つどころか、女神様と周囲の者から崇め称えられるレベルの働きっぷりなのだが、マティルダ本人にその自覚はない。


マティルダはこの半年間、ブレンダンの不在を預かる執事や侍女長に、屋敷の女主人としての仕事を習う傍ら、孤児院に出向いたり、紛争の後の炊き出しに積極的に参加したりして、マティルダなりにオルフェイに馴染む努力を全力でした。


最初は、警戒と躊躇という、なかなかに高い壁があったものの、マティルダの良さ――明るくて優しくて前向きなところや、頭の回転が速くて良く気がつくところ、そして、偉ぶらず親しみやすいところ――は、すぐに使用人たちの知るところとなる。

そして、マティルダはあっという間にオルフェイの屋敷に受け入れられ、そして、炊き出しや慰問を通して民衆からも親しまれるようになったのだった。


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