第3話:脱出とお別れ
さて、逃げる、のは良いけれど、優弥くんに対してやたらと攻撃的だった熊田君や神野君を送還した所は朝から訓練所に集まっていた皆に見られていた訳で。
当然、皆はいきなり2人の姿を消し、声だけのわたしと話してる優弥くんに怒りを感じていたり、訝しんでいたりする訳で。
「佐藤…?柏木先生…?」
『あら、どうしたの一ノ瀬さん。』
「……本当に声が聞こえる。昨日のも幻聴では無かったのか??」
『幻聴じゃあ無いわね。
声だけ、とは言えわたしはここに居るわよ?』
「そうか…
わたしがそう答えると、何かを考える様に顎に手を当てる一ノ瀬さん。
すると、一緒にいた男子生徒達が詰め寄ってきた……!
あぁもう!!グズグズしてたら佐藤君が捕まるかもしれないのにっ!!
……はぁ……一旦、落ち着きましょう。
まだ捕まると決まった訳では無いでしょうし。
えっと……あの子達は神野君や熊田君の友達、弓道部員の猪頭君、それと眼鏡イケメン枠(?)の茶道部員、大原君ね。
「佐藤!!テメェ剛達に何をしやがった!?」
「僕は何もしてないよ!!」
「では、なぜ2人がいきなり姿を消したのですか?」
「だから、柏木先生が送還術を使えるんだってば…そう言ってるでしょ?
ねぇ、柏木先生。」
『ええ、お望みなら貴方たちも帰してあげるわよ?』
「誰がそんな怪しい声を信じるかバーカ!!」
「本当に柏木先生なら姿を見たいものですね。」
『何度も言うけど、無理よ。
今のわたしは実体を持たないから姿を見せられないの。』
「やはり、怪しいですね。」
『うん、君達ってばまだ高校生なのに頭硬いね??』
特に、クラスでも優秀な成績を収めている大原君。
彼はメガネをクイッと押し上げながら呆れた様にため息をついてから
「得体の知れない声をあっさり受け入れる方がどうかしていると思いますよ。
尤も、最初から極限状態だった人達は簡単に信じた様ですが。」
なんて言ってきた…けど。
『それは一理あるわね。』
「納得してしまうのですか。」
『ええ、わたしだって勇者召喚自体がおかしな事態なのに、対抗手段の送還術が最初から使えて、ちゃんと大切な生徒達を家に送還出来ているこの状況が眉唾モノなのよ?
それなら疑われるのは仕方が無いわね。
でも、だからと言ってこちらに危害を加えらるつもりなら黙っていないわよ?』
「……なるほど、これだけの意思疎通が出来るのであれば、仮にあなたが偽物の柏木先生だったとしても分かり得ないですね。」
『えっ…?今ので信じてくれるの??』
「ええ、最初から対話する気が無いなら、僕の事も“送還”していたのでしょう?」
『流石にそこまで乱暴では無いわよ!?』
「……ははっ。」
『なによ?』
「いえ、その軽快な軽口。
貴女は確かに我々の柏木先生ですよ。」
「大原!?お前何簡単に納得してんだよ!?神野や剛が消されたんだぞ!?」
「消されたのではなく送還です。家に帰っただけならば心配無用でしょう。」
「なっ…!?チッキショー……おい佐藤!! 俺はなぁ!剛達と異世界の街を見て回る約束をしてたんだ!!
それをテメェの勝手な都合で無くしやがって!!
ゼッテェ許さねぇ!!
先ずはその怪しい声を消してやるッ!!」
「!?待ちなさい!猪頭君ッ!!」
「姿が見えなくとも射抜くッ!【必中撃ち】ッ!!」
えっ!?そんなのありなの!?
昨日召喚されたばかりの勇者がなんでそんな中盤あたりで覚えそうな技を使えるのよ!?
「先生ッ!【かばう】っ!がはぁっ…!?」
『あっ…』
「かかったなぁッ!!【 防 御 貫 通 撃 ち 】だぁぁぁwwwこれで佐藤のクソ野郎は死んだなぁwww」
『え、嘘……佐藤君ッ!?しっかりして!!』
待ってよ!なんでそんな終盤で覚えそうな技を最初から使えるのよぅ…!!
ともかく、佐藤君の胸に刺さった矢を抜いて……あ、さすが獣人ね、結構簡単に矢が…じゃなくて!!
『エクストラヒール!!』
「く…!あ………?」
『はぁ……良かった、傷は塞がったみたいね?』
「何治してんだ死ねっ!!」
「がっ!?」
「くっ…!このっ…!やめなさい猪頭君ッ!」
「離せ彩人ッ!!」
「うぐっ!?」
「ハッハァwww死ね死ね死ねェェwww!!」
「ぐっ!?かはっ!!」
「これ以上させるかッ。」
「一ノ瀬ッ!テメェまで邪魔すんのか!なら死ねッ!!」
「フッ。ハッ。無駄だ。【心眼】持ちの私に矢は通じない。例え必中でも当たる前に斬るからな。」
「は?ウザ。良いから死ねやッ!」
『なっ!?やめて!!やめてよ!【送還術】ッ!!』
「死ね死ね死ねー
なんなのよあの子!?
頭おかしいの!?クラスメイト相手に弓を乱射して本気で殺しにかかるなんて!!
と言うか止めに入った友達のはずの大原君のお腹に肘鉄砲して振り払って、割り込んだ一ノ瀬さんまで殺しにかかるって殺意高すぎだわ!!
………咄嗟に送還しちゃったけど、あんな子を日本に帰して良かったのかしら……?
それより!!
『死なないでよ佐藤君ッ!!エクストラヒールッ!!』
「…………。」
更に佐藤君に刺さった矢を急いで抜いて最上位回復魔法をかける…!
けど、さっきみたいに直ぐに目を開けてくれない!!
『なんで!?エクストラヒールッ!エクストラヒールッ!!
目を開けてよ!佐藤君ッ!!死んじゃダメよ!?エクストラヒールッ!!』
「…………。」
『なんで!?どうしてっ!!』
「ゲホッゴホッ……すぅぅ……落ち着きなさい!柏木先生(の声)!!
彼は気を失っているだけです!!
ハァ……ハァ………ゲホッ………
「ハァ………佐藤はもう大丈夫そうだが?柏木先生。」
『え…?あっ……
「すぅ……すぅ………うぅ…………ん………
『よ、良かったぁぁぁ………』
「はぁぁぁ………猪頭君の暴挙にも驚きましたが、柏木先生の慌てっぷりにも驚きですよ。
いえ、あんな状況では仕方ないでしょうが。」
「そうだな、それにしても慌て過ぎな気もするが。」
『……逆に貴方達は冷静ね?大原君に一ノ瀬さん。』
「僕には【冷静沈着】のスキルがありますので。」
「私の場合は【明鏡止水】だが、似たようなものだな。
だから驚きはしたが取り乱しはしていないな。」
『……便利なのか不便なのか……と言うより、それはスキルに感情を奪われていないかしら?
心配になるわ………』
「ありがとうございます、それだけでも救いになりますよ。」
「ああ、やはり貴女は柏木先生だな。」
『そう…?』
「もうやだ!!なんなのよぅ…!
ここも怖いけど、日本に帰れても平気でクラスメイトを殺しにかかるようなアイツが居るなんて最悪じゃない!!」
「……瑠花。」
「うう……香蓮、アタシを守ってよ?」
「ああ、任せろ。」
彼女は一ノ瀬さんの幼馴染みの音無瑠花さんね?
日本でも元々2人で行動してる事が多かったし、帰るかどうか訪ねた時も2人で同じ部屋に居たし……本当に仲がいいわね?
え?キマシ??やめなさい。
「それにしても、猪頭氏は恐ろしい方ですなぁ…小生もビビりちらしてしまいましたぞメイコ先生。
佐藤氏が助かってなによりですな。」
『…榊原君、もう半分諦めているけどわたしの名前はメイコじゃなくて芽衣よ?』
「はっはっはっ。これは失敬。しかしながら、小生はメイコ先生と呼びたいのでな!
そうでなければアイスたんとお呼びしますぞ?」
『担任の先生に向かってマジで失敬ね貴方。
わたしは某歌ロイドの姐さんやどこぞのカフェシュミレーションゲームのアイスちゃんじゃ無いんだけど??』
「すまぬな、メイコ先生。」
『ヲタク的にそう呼びたくなるのも分かるわたしじゃなかったら教師に対する態度が悪すぎるっていう生活指導案件なんだけど!?』
………って!馬鹿なやり取りしてる場合じゃなかったわ!!
足止めしてくる人は居なくなったんだし逃げないとー
「全員動くなッ!!」
『「ッ!?」』
ーあぁ…遅かった……
って!兵士だけじゃなくて王様まで居る!?
暇なの??ねぇ、暇なの!?
その王様は、怒りの形相で優弥くんに詰め寄ってくる……って優弥くんはまだ気絶してるんだけど!?
「貴様かァァッ!!
不敬どころか折角召喚した勇者をどこぞへ隠している反逆者は!!!」
「……………。」
「何を寝ておるのだ反逆者!何か言わぬか反逆者ッ!!言えッ!!他の勇者を何処へ隠した!!」
あ、うん、ダメだこの王様。
気絶してる相手にこの怒り様、勇者を兵器として扱って魔王領へ攻め入る計画がパァになった、と言ったところかしら?
本当に心配しているならもっとコチラの都合を考慮せずに召喚した後ろめたさとかあるはずだし、異世界人を道具としてしか見てないわね、これは。
さて、わたしが出ますか。
『失礼、少しいいでしょうか?国王陛下サマ。』
「なんだ!?……報告にあった【怪しい声】か!?勇者を隠したのは貴様か!!我等の計画を邪魔だてする魔王の間者め!!」
『わたしは隠してなんていません。ただ元の世界に帰してあげただけです。』
「送還術か!!やはり魔王の手先だな!?」
『違いますよ、わたしは勇者側の人間ですが。』
そう、勇者達側の、ね?
だから大事な生徒達を兵器にするつもりなら容赦はしないわ。
………と言うかこれで、確定ね。
となるとここは危険だわ、すぐに皆を日本へ送還しないと。
『ハァ……皆、この国は、この世界は危険よ。
異世界体験もろくに出来ないままで悪いけど、送還するわ。』
「待ってください先生。」
『なにかしら?大原君。』
「ここは、逃げましょう。戦略的撤退です。
この人数なら行けるはずです。」
『……送還じゃなくていいの?今なら無事に日本に帰れるわよ。』
「今はあの状態の猪頭君が居る日本に帰る方が危険ではないですか??」
『うぐ…!し、仕方ないわね……大原君、皆!!
逃げましょう…!』
「させるか!!兵達よ!勇者共を捕らえよ!!」
「みみっ!【ミラージュベール】ッ!【アンチエネミーサイレント】ッ!!」
「なっ!?姿が消えたっ!!」
え、音無さんそんな終盤で覚えそうな敵にだけ見えなくする姿くらましや敵に対してのみ自分達の出す音や声を遮断する魔法をもう使えるの!?
しかもこの場にいる全員(姿が見えていないわたし含む)に!?
なんなのよこの子達!!
佐藤君だけじゃなく皆チートなの!?
『っ!それより皆!出口はこっちよ!案内するから付いてきて!!
それと誰か佐藤君をお願い!』
(フィジカル的には問題なくても“姿がない設定”のわたしが背負う訳にはいかないし)
「「「「「はいっ!先生!!」」」」」
結局、クラス召喚系勇者召喚は
殆どの人が即帰還し、(危険人物が居るから)日本に帰れなくなった残りの人は城から逃走。
なんて滅茶苦茶な展開になってしまったわね。
それにしてもわたしも大概チートだわ。
ネトゲよろしくミニマップ(しかもナビ付き)が表示されているから城からの脱出ルートが簡単に分かるなん………て………?
『―次はそこを左に曲がったら出口……ぁ……。』
「っ!?どうしたのですかなメイコ先生!?」
『…………。』
いけない……隠密スキルって常時魔力消費型のスキルで無限に使えるって訳じゃないのね………?
その上で送還術まで使っていたのに今まで平気だったのは、送還術は“術”と名が付いているものの、ユニークスキルだから魔力は消費しなかったのと、
わたしが猫人族で聖女故に魔力や自然回復量が多い、から……かしら…?
あぁ………そうだわ、今日はエクストラヒールを馬鹿みたいに使っちゃったわね………
じゃあ、柏木芽衣としてのわたしは、もう、皆と一緒には居られないのね………?
『…………ごめんね、皆…………
「柏木先生……?」
あぁ、もうすぐお城からは脱出できる……けど、この世界での知識がない皆を放って……わたしは…………わたしだって……知らないけれど……!でも…!!
…………ええ、させないわ、そんな事、だから。
後は…………後はよろしくね?
シスターミーコとしてのわたし。
『わたしはもう、ここまでみたい。』
「めいちゃん!?」
「メイコ先生!?そそっ!そんなテンプレは要りませぬぞっ!?」
「そうだぞ、柏木先生。貴女が私達を導いてくれたから脱出出来るんだ。
その貴女が真っ先に脱落するのはシャレになっていない…!」
「んっ…!サクラ達はまだ、めいお…せんせーと一緒に居たい…!」
「柏木先生、ここで僕達を置いて居なくなるのはあまりにも無責任ではありませんか?」
『……何もせずにあなた達を置いていくものですか……
もう、時間が無いわね。もうすぐ、隠密スキルを維持出来るだけの魔力が無くなる。
魔力切れで頭が痛くなってきた………
『既に助っ人を呼んだわ。』
「いつの間に…?」
『佐藤君は知ってる人よ。何せ、シスターミーコだから。』
「なぬっ!?メイコ先生も佐藤氏もシスターに知り合いが居たのですかな!?」
『ふふっ……先生舐めないでよね。
わたしはもう、直接手を貸せなくなる。
だけど、これからも……皆……の………そば……に…………
「「「「「先生ッ!!」」」」」
あ、ダメ……意識が無くなる………はやく、物陰に移動して隠密を解除しないと………
ごめんね、皆。
こんな別れ方になっちゃって………
わたしは猫人族の身体能力で素早く物陰へ移動して隠密を解除すると、
昨日お城を探索している時に予めくすねていた魔力回復薬を一気にあおった!!
あ、ちなみにアイテムを使うのは隠密適応外だから使ったら隠密が解除されて姿がモロバレしちゃうって欠点があるので皆の前では魔力回復薬が飲めなかったのよね。
アイテムを盗めるのに使ったらバレるこの隠密スキル、結構欠点あるわね??
「っ!はぁぁぁ…!!」
〔あー……危なかった!!危なかった!!!
こんな所で気絶してたら捕まっちゃう所だったわ!!〕
はぁ………嫌な汗をかいたわ………
今まで【柏木芽衣先生】として一緒に居たのがこんな猫耳美少女(自分で作ったアバターでも自画自賛になるのかな?)だったなんてバレたら赤っ恥モノだわ………
とりあえず、ここからのわたしはもう、【猫人族のシスターミーコ】。
皆とは初対面……のふりは無理ね。うん。
一応見た目は教会の者だし、『柏木芽衣から話を聞いていたから勇者である皆のことは知っている』、のていで行きましょ!
……どうか…『たった一日で??』
とか突っ込まれませんよーに!!
追記:ツッコミがありそうなので補足説明。
Q.柏木先生は猫人族なのになんで佐藤が柏木先生を庇った時に【猫の守護者】の(FGOで言う所の)粛清防御(的な効果)が発動しなかったのか?
A.作者が設定わす(殴
柏木先生が姿を隠しているせいでシステム(的なスキルの起動判定)側に【猫人族をかばった判定】が出なかったからです。
(という事にしておいて下さい)
Q.何故佐藤はあの状況でミーコを呼ばなかったの?
A.近くに柏木先生が居るなら安心という考え、それと……これ以上はネタバレになるので言えません。
Q.レベル255あって聖女なのに先生が魔力切れするっておかしくない?
A.慌ててエクストラヒール連発していた時、無意識に魔力込めすぎ&別魔法【レイズデッド】を無意識無詠唱魔力倍化でかけまくって無駄に放出してました。
ちなみに、先生の魔力であれば通常時ならエクストラヒールを50回以上+レイズデッド50回以上使っても魔力切れしないですし、1週間隠密しっぱなしも可能。
本当になにしてんの先生。