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第三章 御所はとっても長かった

 さて、その月の晦日である。


 颯子は生まれて初めて着る桜色の水干に身を包み、これも初めて乗る牛車に揺られて花の御所を目指している。

 ちなみに車は古い厩の片隅に埃をかぶっていたのを、竹細工をもっぱらの副業とする山鶉公照が手ずから修繕したもの。牛は七瀬と長谷雄の母である八千代の実家の農家から拝み倒して貸してもらったものだ。

 牛と一緒に寄越された牛飼童の梅若丸は七瀬の従弟らしい。随身として従う青侍の帯刀(たてわき)だけが山鶉家の家人である。



「姫さん――あ、間違うた若さん、もうじき御所でっせ」

「うん。ありがとう帯刀。お前はできるだけ黙っていなさいね?」


 帯刀の見た目は悪くないのだが、いかんせんぼーっとしている。

 梅若丸は七瀬にそっくりの無口で落ち着き払った子供だ。こっちのほうがよっぽど頼りになりそうに見える。

「いい? 御所についたら帯刀は牛と車のところで待っていなさい。梅若丸が共をすること。それから、私は半年病の床に寝付いていて、今はまだ具合が悪くてちっとも声が出ない。そういうことにしてあるからね。分かった?」

 無口な子供がこくりと頷く。

 颯子は不安になった。



 ――大丈夫かなあ本当に。自分以外の誰も頼りにできないよ。



 じきに牛車ががたっと止まった。


 ――着いたのかな?


 待っていても誰も何も言わない。

 颯子は諦めて勝手に外へ出た。


 途端、目の前の風景にぎゃっと声をあげそうになった。

 朝日に照らされた二条大路にずらっと牛車が並んで行列をなしているのだ。どの牛もピカピカとした美しい漆黒の毛並みで、朱の房と金の金具で飾り立てられている。

「混んでいる」

 梅若丸が一言だけ言った。

 うん。そうだね、と颯子は無言で応えた。


 恐るべき花の御所。

 左手に連なる長いながい築地の果てがどこにあるのかさえ見えない。



 待てど暮らせど行列はぴくりとも動かなかった。


 ややあって颯子は気づいた。

 車の中に人の気配を感じないのだ。よく見れば供の侍も殆ど残っていない。それぞれの車の車輪に寄り掛かって、牛飼童が眠そうにあくびをしているだけだ。


 ――もしかしたら、ここで車を降りて歩くものなのかも?


「帯刀―-」


 お前一応侍でしょ?

 御所に上がる作法、何か知らないの?


 助けを求めるように呼ぶなり、苛立たしいほどのんびりした声が返ってくる。

「姫さんしゃべっていいんかね? あ、間違うた。若さんやった」

「――いい子だからここで待っていなさい。大事な借りものなんだから、牛は逃がさないようにね?」

「はい姫さん」

 青侍は恭しく答えた。


 

 梅若丸だけを連れて延々と築地沿いを歩いていると、ようやくに門へと至った。

 意外と普通の四脚門である。造りだけなら山鶉家の表門とそんなに変わらない。

 違うのは檜皮拭きの屋根に苔も菖蒲も雑草も生えていないことと、柱が全くひび割れていないこと、門前に胴丸姿のパリッとした侍が四人も並んでいることだ。


「おやおや、これは可愛らしい。どこの若さんかい?」

 大将らしい侍が、強面からは信じられないほど柔和な声で話しかけてくれる。颯子はどきどきしながら懐を探って、先だって御所から届いた招きの手紙を差し出した。

「ほほう。雅楽頭さまの」

 侍は感心したように言い、桜色の水干姿の颯子をつくづくと眺めてから、みじんの疑いも見せずに通してくれた。

「中門廊でお待ちくだされ。おって案内の者が参りますゆえ」

 あまりにもあっさりした対応だった。

 颯子は拍子抜けた。

 真盾の馬鹿は本当に謀反を疑われているのだろうか?



 ――これ、もしかして何もかもお父様の疑心暗鬼だったんじゃ……?



 もしそうなら――もしそうなら気楽なものだ。

 露見したってお家の取り潰しってことにはならない。山鶉の姫さんはお家のために男装して御所へと上がったのですと……と、ひそひそ噂されるかもしれないが、最悪でその程度だ。

 そう思うと一気に肩の荷が下りた。


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