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第十一章 どうやら大団円

 大急ぎでまた桜色の水干をまとった颯子は、意外にも豪華な牛車に揺られて再び御所へと向かった。


 侍廊で待ち受けていたのは般若の形相の猫夜叉丸だった。有無を言わせず颯子の腕をつかんで奥へと引っ立てていく。

 そして書院の一室へと放り込んだ。



「――来たか真盾」


 上座から昭光が冷ややかな声で呼んだ。

 傍に赤い狩衣の見知らぬ男が控えている。

看督長(かどのおさ)、これが山鶉の若子だ」と、昭光が告げる。「盗賊に混じった貴公子とやら、この真盾で間違いないか?」

 赤い狩衣の男がつくづくと颯子を眺めてから頷いた。

「はい公方様。相違ありませぬ」



 --え、盗賊?



颯子は混乱した。


「公方様――」

 颯子は震える声で呼んだ。「その、わたくしは、一体なんの咎で召し出されているのでしょうか?」

「何の? しらじらしい!」

 昭光が舌打ちをし、憎々しげに颯子を睨みつけた。

「そなたは盗賊の一味であった。そしてわが桜児姫と密かに通じておった。違うか?」

「そんな、滅相もありません! わたくしは盗賊の一味でなど――」

「では姫とは!? その水干に姫の移り香をまとっているのであろう?!」

 昭光が薄縁を蹴るようにして立ち上がるなり、颯子の背を乱暴に抱き寄せた。


「く、公方様、何をなさいます!」

「黙れ小童! このように愛らしい顔をして、穢れを知らぬ桜の精のような姿をして、わが姫と一体何をした!? 言え! この衣に姫の残り香をまとっているのであろう!?」

 昭光は颯子の体を床へと押し付けると、水干の胸元に顔を埋めてきた。

「――公方様……!」

 颯子が叫んだとき、昭光がびくりと動きを止め、やおら立ち上がるなり、まじまじと目を見開いて颯子を凝視してきた。

「真盾、そなた――……」



 そのとき、書院の外から慌てふためいた声が響いた。

「公方様、公方様、一大事でございます!」



「なんだ、今度は何用だ!」

 昭光が焦れたように怒鳴る。

「六条大納言の姫君がお家を出奔なさいました! 検非違使が後を追ったところ、荒れ寺で山鶉の若君と落ち合っております!」



「――は?」



 看督長がぽかんと口を開けた。

 猫夜叉丸も呆然としている。


 昭光も言葉を失っていたが、じきに視線を颯子に戻し、なんとも心許なそうな声音で訊ねた。


「真盾、そなた、本当に真盾なのか?」

「いえその、わたくしは」

 颯子は何と答えていいのか分からなかった。

 昭光はしばらく考えてから、困惑顔の看督長を見やって命じた。


「その若君とやら、ここに連れてこい。――それから真盾――いや、山鶉の姫君、か?」

「公方様、いつお気づきに?」

「触れれば分かる。姫、名はなんと?」

「――颯子と」

「そうか。では颯子姫、なぜこのような真似を? 真盾が――本物の真盾が盗賊の一味になっていることをごまかそうとしたのか?」

「真盾は盗賊になどなっておりません。ただ――」

「ただ、なんだ?」

「ただ、その、この颯子が、猿楽を見て見たかったのです! 公方様の催される猿楽一座の舞を、ぜひとも見て見たかったのです! だから、無理を言って――」


 必死で言い募ると、昭光は何とも不可思議な笑みを浮かべ、何を思ったか手を伸ばして颯子の頭を撫でた。

「そうか。なら舞を見ていろ。――猫、舞ってやれ」

「はい公方様」

 猫夜叉丸が応えて舞い始めた。

 羽衣をとられた天女の舞が終わるころ、検非違使たちが本物の真盾を引き立ててきた。



 半年ぶりに見る真盾はずいぶん日に焼けていた。

 濃い藍色の水干姿で、そんなに見苦しいなりではない。

 坪庭で長谷雄と一緒に縛られていた真盾は、昭光とともに出てきた颯子を見るなり大きく目を瞠った。


「なんだ颯子、どうしてそんななりをしているんだ?」

「山鶉の真盾よ、姫はそなたの身代わりにここへと参ったのだ」と、昭光が応える。「儂が誰だか分かるか?」

「公方様であろう? 御所で一番偉そうなのだから」

 真盾は平然と応えた。

「会えてよかった。聞いてくれ。この山鶉の真盾、公方様に弓引く叛徒から南朝の綸旨を取り返して参ったぞ!」


「……――は?」


 颯子は愕然とした。

「待って、待って待って真盾!」

「む? 何だ妹よ?」

「真盾は家の再興のために綸旨を東国に届けに行ったんじゃなかったの? 私たちてっきりそうだと思って、何としても誤魔化さなくちゃって!」

「ああ、なるほど。やはりそうだったのか」と、昭光が納得する。


 真盾は不本意そうな顔をした。

「この真盾がそんな馬鹿な真似をすると思うか?」


「姫さん、若さんはな、東国に放りっぱなしになっている荘園から年貢をじかに取り立てて京に持ち帰ろうとしていたのだ」と、長谷雄が説明してくれた。


「そんな無茶なこと、お前が着いているのにどうして止めなかったの?」

「なに、腹が減れば帰るのではないかと思ってな。しかし、錫代の関に差し掛かるあたりで、盗賊の一味と意気投合してしまったのだ」

「怪童丸一味といってな。気のいい親切な奴らだぞ」

 真盾が得意そうにうそぶく。

「若さんにだけはな」と、長谷雄が呟く。

 颯子は言外の裏事情を察した。

 たぶん、その盗賊のお頭が真盾に一目ぼれしたのだろう。

 ちょっと日に焼けて背が伸びてはいるものの、目の前の双子の兄は相変わらず大層可愛い。笑顔ひとつで世渡りができる大変お得な人種だ。


「して、綸旨はどうしたのだ?」と、昭光が興味深そうに促す。

「おお、それはだな」と、真盾が胸を張って答える。「怪童丸が、家の再興をしたいなら、ちまちま年貢など取り戻すより大きな手柄を立てて公方様に取り立ててもらうのがいいと言うから、ちょうど南朝さまの綸旨を持ってあっちこっちを巡っているようだった山伏姿の連中の仲間に入ると見せかけて途中で襲ったのだ!」

 真盾は全く悪びれずに答えた。

「そ、それはようやったの」

 昭光が戸惑いぎみに褒める。「して、その綸旨はいまどこに?」

 途端、真盾が表情を引き締めるなり、険しい目つきで昭光を睨みつけた。

「公方様、それを答える前に請け合ってくれ」

「何をだ?」

「桜児にもう恋文は出さぬと。桜児はこの真盾の妻だ」

 昭光の顔から表情が消えた。

 颯子は哀しくなった。



 ――だめだ。真盾は殺される。公方様が桜児姫を諦めるはずがない。



 公方様、お願いです。

 わたくしはこれからもずっと文使いを致します。

 だから、どうか真盾の命だけはお救いください。


 そう縋りつこうとしたとき、昭光が笑って頷いた。


「承知した。――その代わり山鶉の真盾よ。儂からもひとつ頼みたい」

「なんだ?」

「颯子姫に恋文を出してもいいか?」

 真盾は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、不愉快そうに唇を尖らせた。

「そんなこと颯子に訊け」



 ――真盾が誰かから取り戻してきた綸旨は桜児姫が預かっていた。

 綸旨が御所へと戻った日、颯子に初めの恋文が届いた。


       

                                        了

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