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9 疑惑の魅惑

「え、咲耶さんからだ」


 思わず声を出してしまった。昼に交換した佐伯咲耶。ひらがなで「さくや」と表示されている。震える手でロックを解除しアプリを開くと、トーク画面に行った。


さくや:【こんばんは、鈴人くん】

さくや:【さっそく連絡してみちゃいました】

さくや:【今は何をしていますか? 迷惑でしたら無視してくれて構いませんよ】


 女子からの初連絡。思わず顔がにやけてしまう。

 俺は嬉しすぎたから一旦スクショして、すぐに返信した。


鈴人:【咲耶さん、こんばんは。全然迷惑じゃないですよ】

鈴人:【今は友達とボーリングしてました】


 女の友達、とは敢えて言わない。

 キモくないよな? 普通だよな? と思っているとすぐに既読が付く。


さくや:【わぁ、いいですね。羨ましいです!】

鈴人:【咲耶さんは何してるんですか?】


 送信すると、またすぐに既読が付く。同じ時間を共有しているみたいで、返信が来るまでの時間そわそわしてしまう。今度は少し時間をおいて、画像と一緒に送られてきた。


さくや:【は、恥ずかしいので、あんまり見ないでくださいね?】


「ぶふっ! さささささ、咲耶さん⁉」


 俺はシャッターを切るように瞬きして画面を凝視した。

 映っていたのは、肌色の部分の多い咲耶さん。具体的に言うと胸にバスタオルを巻いたお風呂上がりの姿。濡れた黒髪と、普段かけていない眼鏡のオフショット感が堪らない。


「リーン。次早く投げるきょん」

「今それどころじゃねえ! 俺の分も投げていいぞ!」


 キョン子を適当にあしらい、俺は咲耶さんとのやり取りに集中する。

 画面に向き直ると画像がまた目に入って、物凄くえっちだなと思った。学校では清楚な印象で通っているのにこんな破廉恥な姿……グットだ。こんなの勘違いさせられちゃう。


鈴人:【えっと、綺麗ですね】

さくや:【ありがとうございます。こんなだらしない姿、鈴人くんにしか見せないです】

鈴人:【だ、だらしなくなんてないですよ! でも、どうして急に俺なんかに?】

さくや:【ずっとお話してみたいと思ってました。もっと鈴人くんのこと知りたいです】

鈴人:【……咲耶さんって、彼氏とかいないんですか?】

さくや:【欲しいと、思ってます。……いたことないので】


 ドクンと心臓が跳ねた。俺は出来るだけ平静を装ったが、それを上回る勢いで咲耶さんがぐいぐい来る。あれ? これもしかして。ワンチャンある? 俺は今口説かれているのか⁉


 咲耶さんは今も半裸の状態で俺にメッセージを送っているに違いない。想像するだけでやばい。ていうかこの写真がやばすぎ。次はなんて送るべきだろう。


 考えていると、咲耶さんから【今日はお休みなさい】と切り上げてくれた。俺がスタンプを押すとスタンプで返してくれて、会話のキャッチボールは終了する。

 俺も一晩寝て冷静になろう。寝れるかわかんないけど!


「やったあ! ストライクきょおおおおおおおおん!」


 既に興奮状態にある俺の耳に、甲高い声が侵入して脳を揺さぶってきた。スマホを閉じて顔を上げると、キョン子が得意顔で近寄ってくる。なんだ、うるさいぞ。邪魔するなって。


「見てた? ねえ見てたきょん⁉ 全部一回で倒せたきょん!」


 得点ボードにはスペアの文字。水は差さないでおこう。あれだけガターを連発していたキョン子が初めて全て倒した。ぴょんぴょん跳ねて、全身で喜びを表現するのも無理はない。


「わりい、見てなかったけど凄いな」


 するとキョン子はむすっとした。


「なんで見てないきょん! リンのバカぁ!」

「ご、ごめん。でもよかったじゃないか」


 どうして急にキレたんだ?

 別に記録に残ってるんだから俺が見てるかどうかは関係ないだろ。


「ふん、リンが一緒に楽しめって言ったくせに。ほら、次はリンの番きょん」


 ぷくっと頬を膨らませてどかっと座るキョン子。俺がストライクを出してすぐに戻ると、キョン子は余計不機嫌になった。女の子って難しい。俺はそう感じずにはいられなかった。


 でも頭の中は……キョン子には本当に申し訳ないが、ボーリングのことなんてどうでもよくて、まるで魔法にかかったみたいに咲耶さんのことでいっぱいだった。


 ボーリングが終わると、帰りにコンビニによってシュークリームを買ってあげた。

 アイスも食べたというのに小動物みたいにモグモグ食べている。顔にクリームまで付けちゃってるが気づいてないらしい。教えてあげると、恥ずかしそうに「きょん」って言って小指で拭い、ぺろっとピンク色の舌を出して舐めとった。


 運動後の糖分補給を終えると、帰路に就く。途中でイルミネーションを見た。ハロウィンが終わったばかりなのに、今度はクリスマスに向けて少しずつ夜の街が彩られている。


「リンは生まれてこの方クリスマスも一人で可哀想きょん」


 隣を歩くキョン子が、タブレットでぱしゃぱしゃ写真を撮りながら小馬鹿にしてくる。

 俺の二十回に及ぶクリスマスが毎年ぼっちなんて一言も教えてない。まあその通りですけど決めつけないでもらおうか。


「別にいいし。世の中の連中はクリスマスを特別視し過ぎなんだよ。それを口実にしなければ恋人も作れない、食事にも誘えない腰抜けどもばっかりだ。俺はそんな周りに流されるような下心丸出しのケダモノたちとは違う。そもそも、彼女と過ごさないといけないわけじゃない。妥協して作った恋人と過ごして楽しいか? それより友達と居た方がいいだろう。そうさ、本来なら毎日が特別な日なんだ。クリスマスを嘆く必要なんてない!」


 つい声を上げてしまった俺。すれ違うカップルたちの目が痛々しかった。くそ、爆発しろ!


「よくわからないけど、つまりリンは年中一人の可哀想な奴きょん」

「ぐ……」


 確かに俺には恋人はいないし友達もいない。でも今年は、


「あはは、そんな悲しむ必要ないきょん。今年は──」

「ああ、今年は彼女を作るぜ!」

「きょ、きょん?」

「俺なんかじゃ到底釣り合わない高根の花だ。でも俺は諦めたくない。絶対に咲耶さんを落としてみせる! そして俺は本物の恋をするぞ!」


 手応えはある。彼女いない歴=年齢に終止符を打とうじゃないか。

 俺はイルミネーションをスポットライトのように浴びながら宣言した。


「えっと、リン。頭でも打った? ゲームの中には入れないきょん」

「大真面目だし咲耶さんは現実にいる」

「そ、そう。リンの目標が達成できそうなら応援はしてやるきょん」


 キョン子は一瞬戸惑いを見せ、やがて俺の言っていることが妄想ではないと理解したらしい。一滴の墨を水に混ぜたような笑顔を浮かべて励ましてくれた。


「なんだ、もしかして寂しいのか? 大丈夫だって、心配しなくてもキョン子の手伝いは最後までしてやるから。安心しろ」

「別に寂しくないきょん! とっとと交尾でもして死ねばいいきょん!」

「お、おうなんで急に怒るんだよ。シュークリーム足りないか?」

「いらないきょん! なんかわかんないけどリンを殺したいきょん」


 本当にどうしちまったんだ。


「物騒だな。俺のこと好きになっちゃったのかと思っただろ」

「はぁ? 自意識過剰すぎ。無理無理。それだけは絶対ありえない。これだから脳内お花畑のド低能童貞脳は困るきょん。リンは好感度マイナス100だし大っ嫌いきょん」

「そこまで言わなくてもいいだろ。まあ、俺も好きではないから安心しろ」


 嫌いでもない。でも、恋愛はありえないだろう。こんな関係だし。


「はぁ……キョン子も少しは咲耶さんを見習って優しい心を持ってもらいたいものだ」

「む。だからその女誰きょん」

「天使みたいな人だ。ていうかキョン子に関係ないだろ」

「ふんっ、二度と聞きたくないきょん」

「キョン子が聞いたよな? まあいいや、そろそろ帰るぞ」

「きょん」


 どこかふて腐れた様子のキョン子と夜の街を歩いた。

 彼女が出来たらこんな感じなのかなーと、思ったり思わなかったり……。


 帰宅して、寝る準備を済ませると消灯する。

 シャワーを浴びてるキョン子を覗こうとは思わないし、パジャマのキョン子を見ても昨日ほどドキドキしない。もうこの生活に慣れたってことだろう。適応力凄いな俺たち。


「じゃあリン。お休みきょん」

「おう、ぐっすり寝ろよ」


 キョン子はベッド。俺は床に座布団を並べ、離れた位置で横になる。

 しんとした空間。そこで、隣の部屋から物音が聞こえてきた。

 この住居は壁があまり厚くない。隣は空き家だったはずだが、いつの間に引っ越して来たんだろう。なんて考えていると、


「あっ……イイ! もっと、んんぅ……はぁ、はぁ、……ああんっ!」


 俺の目は一瞬で覚醒した。これは間違いなくアレの声だろう。もちろん、キョン子の声ではない。ちらりとキョン子の方を見ると、すやすや寝息を立て始めている。こっちはこっちで気持ちよさそうだ。キョン子とはいえ気まずくならなくてよかったな。


 ……いや、よくない。何をしているんだお隣さんは。


 耳を澄ませていると、さらに激しい音が聞こえてくる。時折男性の音も聞こえた。

 俺は頑張って耳を塞ぎ、次々に浮かぶ具体的な想像を消す。咲耶さんのことは勿論、キョン子のことも考えないように頑張った。でも何時間経っても終わってくれない。エンドレス。お前らはもう頑張るなよって思いながら、俺は一睡もできないまま朝を迎えるのだった。


 俺が咲耶さんに恋してなかったら、キョン子に欲情したかもしれない。

 それでもなんとか、俺はオスの本能に打ち勝ったのだ。

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