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6 初めての夜とお出かけと

 キョン子は夜なら本当に出歩けるらしい。黄色いお札を鉢巻のように頭に巻いて前髪で隠せば、そこまで浮いた様子はない。

 とはいえキョン子は銀髪でスタイルが良く、顔も抜群に可愛いから人目を引いた。


「リン。お前凄く見られてるけど有名人きょん?」


 確かに俺にも視線が多い。主に嫉妬と殺意のな。


「俺じゃなくてキョン子を見てるんだよ」

「どうしてきょん?」

「どうしてって……あ、そうか。鏡見れないから自分の顔しっかり見たこと無いのか?」

「きょん?」


 なんだ、その「私って可愛いの?」って顔は。コイツの場合、本当に分かって無さそうだからあざとくなくて可愛いな。でも周りの奴らもコイツの本性を知ったら驚くだろう。


「まあ、悪い意味じゃないから安心しろ。それより何食べたいんだ?」

「んーと、お寿司がいいきょん!」

「了解。じゃー回転寿司でいいか」


 俺がスマホで調べようとすると、その前にキョン子がタブレットで調べた。ヒモを付けて首から下げており、ポチポチ楽しそうにタップして案内を始めてくれる。


「こっちきょん!」


 俺は「走ると危ないぞー」と言って、キョン子の後に着いて行った。

 寿司屋に入ると、キョン子はずっとご機嫌だった。


「わぁーお寿司がいっぱい! これ自由に取っていいきょん?」

「ああ、好きなだけ食え」


 キョン子は寿司を食べるのも初めてらしく、回転ずしでも高級な魚を味わっているかのように幸せそうな顔をしていた。むしゃむしゃと子どものように夢中で頬張っている。


「美味しいきょん!」


 デザートの小さいパフェも食べると、キョン子はようやく満足したらしい。遠慮するなとは言ったが、黒い皿もたくさん頼むから食費はいつもの三倍した。まあ俺も久しぶりに食べれてよかったし、こんなに嬉しそうな顔をされては微々たる出費と思うことにする。




 店を出ると、夜の八時。青黒い夜の色が頭上に広がっており、南の空にはおうし座のアルデバランが輝きを放っている。


 腹を満たした俺とキョン子は近くのデパートで買い物をすることにした。閉店まで二時間を切った夜のデパートはどこか物寂しさを感じさせる。


 エスカレーターで三階へ。デパートは全部で七階ある。いつもは一階のスーパーか四階の本屋にしか用は無いが、今日は違う。俺はドキドキしながらランジェリーショップを訪れた。


「リンはどういうのが好みきょん?」


 キョン子がセクシーなTバックと、透け透けレースのおパンツを持って聞いてきた。キョン子は女の子だから、俺が持ってない日用品や服などを買いに来たのだ。


 いけないことをしている訳ではないのに妙な背徳感がある。

 幸い他に客はいないが、店員のお姉さんと目が合うと恥ずかしい。

 そして何より、キョン子とはいえ女の子と一緒に下着を見る経験なんて初めてだから立ち居振る舞いが分からない。目のやり場が無く、捕まらないか心配になってくる。


「リン、目がえっちきょん」


 ジト目を向けてくるキョン子。


「しょ、しょうがないだろ! 童貞舐めんなゴラ」


 親族にも年の近い女の子はいない。小中高も女の子と関わることなんてなかったから耐性が無さすぎる。今まで憧れがあったけど、いざ入店するともう今すぐ帰りたい!


「はぁ、リンはお子ちゃまきょん」

「う、うるさいな。好きなの買ってやるから自分で選べ」

「ダメ。リンが選ぶきょん」


 なんだコイツ。急に彼女みたいなこと言い出して。もしや俺好みのを着けて喜ばせようと?


「ふっ」


 いや違う! この野郎、俺をからかって遊んでるだけだ。

 俺がドギマギして慌てふためく様を見て悦に浸りたいんだろう。なんて性格悪いんだ。


「最近の下着はよく分からないきょーん。教えて欲しいきょーん」


 コイツ、俺が顔真っ赤にして恥ずかしがると思ってるな? そうはさせねえぞ。


「くそ。お前ならどれでも似合うから早く決めろ」

「きょん?」

「スタイルいいし可愛いから全部似合ってるんだよ! いちいち言わせるな」

「きょんんんんんんんんん⁉」


 まあ本当のことだからな。さてさて、本気で選んでやるか。すぐに終わらせよう。


「あんまりエグいの着けられても意識しちゃうからな……この辺のとか可愛いだろ。サイズ合うか試着……は鏡が危ないな。お前サイズいくつだ?」

「きょきょっ、きょきょきょんっ!」


 きょんきょんきょんきょん五月蠅い奴だな。っと、このフリルが付いた奴とかいいじゃないか? 値段は……見なかったことにしよう。サイズは……コイツいくつだよ。


「おいキョン……子。なんか怒ってる?」


 何故か顔を真っ赤にして俺を睨んでくる。情緒が不安定な奴だな。


「別に。ふ、ふぅーん、リンはそういうのが好みきょん? 意外と普通きょん」

「いや、本当はもっとえちえちなのが好きだけど。でもお前が着るって考えると奇をてらい過ぎない方がいいかと思って。素材が良いからな。着飾る必要ない」

「きょっ! へ、へぇー。じゃあそれにしよ。童貞には刺激が強すぎちゃうもんね。襲われたくないしこれくらいで丁度いいきょん」

「ああ。なんか照れてるか?」

「うるさい黙れドブカス。とっとと死ぬきょん」


 やっぱ可愛くねえ。寿司食べてる時はご機嫌だったのに急にこれだ。

 大体お前が選べって言ったよな? なんでいつも罵られてるんだ俺は。


「じゃあ、これとあと一つくらい買っとくか。自分で決めるか?」

「……きょん」


 むすっと膨れながら、ピンクでレース生地の上下セットを手に取った。

 それらを購入して、あとは部屋着とパジャマと外出用の服と札を隠す帽子。明日のご飯の材料と日用品なども買って、閉店時間の22時を回った頃にデパートを後にした。


 この日の支出額、計3万円。独り暮らしの大学生にはキツイきょん……。



***



 という具合に、俺の人生で最も濃い一日は終わりを迎えようとしていた。

 ……が、俺は一つ見落としていた。

「眠たくなってきたきょん」


 パジャマに着替えたキョン子が、新しく買ったドライヤーで髪を乾かしている。

 俺も既に風呂に入り、歯も磨いて寝る準備は万端。キョン子から漂ってきてしまう良い匂いを仕方なく嗅ぎながらそわそわしていた。


「ふわ~ぁ。リン、ベッド貰うから。勝手に入ってきちゃダメきょん」

「お、おう。了解しましたですきょん。ぐっすりおやすみなさいですきょん」

「うわ、きも……」


 ガチで引かれながら、俺は座布団を四つ縦に並べてベッド代わりにする。

「きもいきょん」って言われた方がまだダメージが少ないと気づいた。

 そんなのどうでもいいな。ヤバいどうしよう。


 俺は、これから女の子と二人っきりで過ごすらしい。その事実をようやく問題として認識した。繰り返して言うが、キョン子のことは好きでも何でもない。でも女の子だ。しかも可愛い。


 割とフランクなノリで接していたけど、冷静に考えてまずくないか? 年頃の男女が一つ屋根の下。しかも今日だけの関係じゃない。思えば三万円もキョン子のために貢いで、俺は何を喜んでいるんだ。見方によっては新婚生活ではなかろうか……。


 一度意識すると止まらない。気になって仕方ない。


「電気消すきょん」


 キョン子が完全に電気を消して、ゴソゴソと音を立てながら布団をかぶる……ような音がした。たまに寝息や寝返りを打つ音が聞こえてくる。


 俺はキョン子から出来るだけ離れた位置で目を瞑った。

 冷静になれ。息を吸ってー吐いてー。ダメだ、気にしないようにすればするほどキョン子のことばかり考えてしまう。女の子が隣で寝てたらそうなるよな。


 キッチン側は隙間風が凄くて寒い。十一月の冷え込みは馬鹿にできないんだ。

 つまり、俺はキョン子と同じ空間で寝るしかない。昨日は明け方まで酒を飲んでたからほぼ寝てないってのに目がギンギンに冴えてやがる。もう一度目を瞑って深呼吸。すー、はー。よし、仕切り直そう。


「……っ」


 俺は一度バチンと頬を叩き、目を覚ました。

 こんな浮ついた気分ではダメだ。頭をクリアにした俺はこっそり寝返りを打ってキョン子の方を向いてみる。暗くてよく見えないけどちゃんとそこにいる。


 キョン子は寝たかな? ぐっすり眠れるかな?

 今日会ったばかりの男の部屋で寝るなんて不安だろう。

 俺の目に映る姿よりずっとストレスが溜まっているだろう。

 なら俺は、せめて少ない信頼を裏切らないようにしなければ。

 そう思い、俺は邪念を払って天井を見上げた。


「お休み、キョン子」


 独り言のように呟き、吸い込まれるように眠りにつく。

「お休みなさいきょん」って聞こえた気がしたけど、夢か現実か分からない。

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