5 こんな奴を好きになるわけがない
というわけで、午前中は俺の部屋にある物を片っ端から教えた。
最新ゲーム機に漫画やラノベがぎっしり詰まった本棚。オブジェと化しているギターなど、俺にとっては最高の空間だが女の子には退屈かもしれない。
また鼻で笑われるんだろうな……と思っていたが、キョン子は目にするもの全てに興味津々のご様子。あんなに狭いと不満を言っていたのが嘘みたいにはしゃいだ。
「て、テレビに色が付いてる! さてはリン大金持ちきょん⁉」
「いや普通だろ。そんなに画面もデカくないし」
「これでッ⁉ ……え? ちょっと待って。何このモンスター。今の日本にはこんなヤバそうなモンスターがいるの⁉ そ、それよりこのハンターとかいう人間の身体能力凄すぎきょん! なんで今の攻撃受けてもピンピンしてるの⁉ 早く救急車呼ぶきょん! 何呑気にしてるきょん! ……はっ、そうか映画! いやいや危なすぎるきょん!」
「これはゲームだ」
「ゲーム⁉ ドット絵じゃないきょん! ぬるぬるきょん!」
なんだか俺が褒められてるみたいで嬉しい。そんな定番のやり取りをしてキョン子の反応を楽しんでいると、あっという間に時間が過ぎた。
昼ご飯は宅配サービスでハンバーガーを注文。家に食材は残っていなかったし、外に出るのも面倒だったから頼んだ。契約とはいえ朝食の用意は俺が強制的にさせているようなものだから、他の所では負担を減らしたい。俺も料理はそこそこできる。
キョン子は幸せそうに「うみゃいきょん!」と言って頬張っていた。
彼女がいたらこんな感じなのかなーと一瞬思ったが、キョン子相手にそれは無いと思い直し、俺はポテトを雑に掴んで口に放り込んだ。
午後はタブレットの使い方を教えてあげた。
キョン子は意外と賢い奴で飲み込みが良い。電子機器を操作するだけでも楽しいらしく、すぐに現代人と遜色ないレベルで扱い方をマスターした。
ネットを教えると知りたいことをポチポチ検索してニコニコ笑う。
気づけば日が沈んでいた。
「ふぅ、だいぶこのピコピコにも慣れたきょん」
「そりゃよかった。それ使ってないからキョン子にあげるよ」
「やったぁ! リンの家はガラクタばかりの豚小屋だと思ってたけど、これだけ面白いものがあれば退屈しなさそう。家主はガラクタだけど自信もっていいきょん!」
「褒めてるテンションじゃねえんだわ。俺も一瞬ありがとうって言いそうになったぞ」
「ゴミカレンダーはどこ? 早くリンを回収して欲しいきょん。そしたらこの部屋を一人で使えるきょん!」
無邪気な笑顔で俺に死ねと言ってくるキョン子。
照れ隠しだと思えば少しは可愛い……か? ダメだ、うぜえ。
「はぁ、タブレット取り上げるぞ? ごめんなさいきょんって言ってみろ」
「そんな事よりお腹空いた。もう夜だから外に行きたいきょん!」
この野郎、なんて都合の良い奴だ。聞きたくないことは聞こえないらしい。
「外食か……今日くらいはいいかもな。どこか行きたいところでもあるのか?」
「きょん!」
「でもお前目立ちそうだしな。ハロウィンは昨日終わったし……」
「きょ~ん」
「そんな悲しい顔するな。わかった、行ってやる!」
「きょん!」
コイツは語彙が「きょん」だけでも支障ないんじゃないか?
俺も甘いなと思いながら、キョン子と外出することにした。
キョン子は俺の服を着ていたが、乾かしておいた自分の服に着替える。何やら童貞が移りそうだから嫌という失礼極まりない理由らしく、俺は本気で泣き喚いてやろうかと思いながら、着替えを見ないように部屋を区切るカーテンを閉めた。
準備が出来たとのことで開けると、出会った時と同じ姿。どっからどう見ても超可愛い女の子がキョンシーのコスプレをしているようにしか見えない。
「可愛……じゃなくて、髪型も変えたのか」
「こっちの方が落ち着くきょん」
俺が聞いたのは鏡も見ずにどうやってお団子頭を作ってるんだという事だがまあいい。
あ、でもタブレットに写り込む自分を見るのは平気っぽい。あとカメラも。鏡じゃなければ問題ないみたいだ。……くそ、それにしてもコイツ黙ってると可愛いな。
「はぁ、見過ぎ。視線でバレバレきょん。間違って好きにならないでよ。困るきょん」
そんなに邪な気があったわけではないが、指摘されると悪いことをした気になる。
「な、ならねえよ。全然これっぽっちも好きになる要素が無い」
「ならいいけど。もしもリンにアプローチされたら吐きそうきょん」
「そんな未来は来ないから安心しろ。キョン子の方こそ俺に惚れ──何でもないです」
可哀想な奴を見る目をされた。くそ、まだ罵ってくれた方が良かったぜ。
「そろそろ行くきょん」
キョン子は諦めたようにため息を吐いて靴を履く。
こうして見ると普通の女の子と変わらない。魔界からやってきたキョンシーの背中は、ただの人間如きの俺から見てもやけに弱々しく見えた。俺はそんな小さな背中に、
「ちょっと待て。これ羽織っとけ」
「きょん……?」
「よ、夜は冷えるから。俺のコートで悪いけど、風邪引きたくなかったら我慢しろ」
もっとスマートな言葉でも言えればいいんだろうけど、俺にそんな器用な真似はできそうもない。斜め下を見ながらキョン子にコートをかけてやる。キョン子を包むのには十分な大きさだ。マントみたいに揺れるのが視界の端で見えて、こっちを向いたとわかった。
「ありがときょん」
「おう」
素直に感謝されると調子が狂う。そういやキョン子も同じ事言ってたっけ。なんとなく目を合わせるのは照れ臭くて、俺も下を向きながら狭い玄関で靴を履く。
そこでふと思った。
魔界でのコイツはどんな女の子だったんだろう。血みどろの世界でどんな思いをしていたんだろう。俺は全部想像することしかできない。呑気に暮らしてきただけだから同情もできないしアドバイスなんかもしてやれない。
でも……あの小さな背中を見て、あの寂しそうな泣き顔を見せられたら思ってしまう。俺の前でくらい、好きなだけ怒って笑ってくれればいいと。恋なんて綺麗な名前とはきっと違うけれど、俺は純粋にそう願った。
「さて行くか」
靴ひもを固く結び、ドアを開けて外の世界へ。背後で「きょんっ!」と答えてくれたが、俺はキョン子がどんな顔をしているのか見ることが出来ない。
でも。その短い返事だけでなんとなく想像できて、俺もこっそり同じような顔をした。