4 キョン子の生態
俺──倉部鈴斗。職業大学生。中肉中背の特に語ることのない男。
そんな俺に住人が一人? 一匹? 増えた。
名はキョン子。職業キョンシー。銀髪碧眼の美少女で額に黄色い札を貼り付けている。いつも「きょんきょん」言ってて幼そうに感じるが、身体の方は抜群にエッチだ。
そんなキョン子は俺に毎朝ご飯を作ることになり、同じ部屋で共に過ごすことになってしまった。直射日光に当たると発火する。また、専用の札を貼るか部屋に差し込む光を浴びるだけでも手足の関節が曲がらなくなる。あとは鏡がダメ。生き血を吸うと回復するらしい。魔界から日本に転移してしまったようだが、帰りたくないって言ってた。
以上が、現在判明しているキョン子の生態だ。
「ちっ、ほんとこの部屋狭い。童貞臭するし身体に悪そうきょん」
おっと忘れてた。性格は最悪も追加で。ていうか悪口の切れ味鋭すぎるだろ。
「いくらワタシが可愛いからって襲ったら死なない程度に血祭りにするきょん」
「しねえよ! お前なんてこれっぽっちも好きじゃないわ!」
俺には好きかどうか判別する基準がある。それは、他の男と寝てるところを想像した時に、その男をぶっ殺したいと思えるか。それだけ独占したいと思えるかどうかが判断材料だ。そしてコイツがどこの誰と寝ようが、俺はそこまでの気持ちを持てそうもない。
「よかった、毎晩襲われたら面倒だなって思ってた。けど、どうしてもして欲しくなったら死と引き換えにヤらせてあげてもいいきょん」
「そっ、そんな節操無しじゃねえよ。あと気軽にそんなこと言うな。お前もそういうことはちゃんと好きな人としろ」
「意外と真面目。もっとクズと思ったきょん」
キョン子はくすくす笑い、
「リンが使役者になったのは不幸中の幸いかも。もしクズ人間だったら朝ご飯を作るだけじゃ済まなかったかもしれない。だからリンのことは一ミリくらい信用してやるきょん」
なんだよ急に。……でもそっか。もしも下衆なお願いをしていたら、コイツは泣きながらでも従う羽目になったのか。あの時は全然そんなの浮かばなかったな。
「でも嫌い。早く死ね。とっとと死ぬきょん」
「くそ、やっぱりお前可愛くないわ。そんなこと言うと札貼って関節曲げれないようにするぞ。そしたらお前は無抵抗だな。ぐっへっへ……って冗談だからそんな目をするな!」
目は口程に物を言うとはこの事かと思った。
「鬼畜きょん。せっかく好感度がマイナス100からマイナス90になったのにマイナス200になったきょん」
「ひっくいな俺の評価! でもそういう真似は絶対にしないから安心してくれ」
「きょん」
別に好かれたいわけではないが、生活に支障が出ない程度には良好な関係を築きたい。キョン子もそう思ってくれてそうなのは伝わって来た。
「そういやキョン子。なんであんな路地で寝てたんだ?」
「魔界から逃げてきたの。なんかいろんなお化けが楽しそうに百鬼夜行してたから平和な世界だと思って転移したらこの星だったきょん」
ハロウィンを勘違いしちまったらしい。
「札を貼られて絶体絶命な状態で転移したから動けなかったきょん」
「え、何かと戦ってたのか? 怪我とかは無さそうだけど」
「魔界で勢力争いがあったんだけど、ワタシは殺しとか傷つけるのとか嫌だった。なのに味方……とは言いたくないきょん。が、無理やり従えようとしてきたから逃げたきょん」
きっと心にはたくさん怪我を負ったんだな。たまに見せる寂しそうな顔を見ると、こっちにまで苦しい想いが伝わってくる。
「優しいんだなキョン子は」
「ううん、魔界ではワタシの方が異常。ワタシは最初落ちこぼれのキョンシーで弱かったからみんなに虐められた。でも千体のキョンシー軍の中で何故かワタシだけが冥級キョンシーに進化して、突然最強になったらしいきょん。ワタシ一人で種族一つ滅ぼせるぐらい最強きょん」
チートスキルじゃねえか。
「ん? 最強になったらしい?」
「知らないきょん。いっつも起きたらみんな死んでるきょん」
「無自覚俺TUEEEかよ!」
「何言ってるの、意味わかんない。……それで、ワタシはそんなことしたくないから引きこもった。でもキョンシー軍を指揮する悪魔に無理やり殺しをさせられそうになったきょん。ワタシは睡眠もお風呂も削ってずっと逃げたきょん」
「あ、だから最初……ごめんな、キョン子」
「別に気にしてない。……捕まったワタシはまず抵抗しないように札を貼られた。で、リンがワタシに貼った命令する方の札も貼られそうになった時に、急いで転移したきょん」
本当に別世界の話。俺は空想話を聞かされている気分だった。
でもキョン子の辛そうに語る声音や表情が、真実を物語っている。
「……大変だったな。のうのうと生きてる俺が申し訳なくなってくるよ」
「なんでリンが謝るきょん」
「どうしてだろ。キョン子は何も悪くないのに他の奴の都合で苦しんでたんだよな。俺何も知らずにちょくちょく無神経な事言ってたと思うから傷つけちゃってたかなって」
「別に……リンにそんな事思わない。というか、ほんと急にどうしたきょん。らしくないきょん。もっとざまあみろとか馬鹿にするところきょん」
「そんなことしねえよ。同情する資格も無いけど、俺はキョン子の悲しそうな顔は見たくない。ここは比較的平和な国だから安心してくれ」
「……なんか調子狂う。そんなこと言っても好感度はマイナス195きょん」
5増えた。もちろん狙ったわけではなく本心だ。これ以上は踏み込まない方が良さそうだな。名前を呼んだだけであんなに嬉しそうに笑うんだから、きっと嫌なことをたくさん思い出させてしまうだろう。これからは楽しい話をしようじゃないか。
「なんかやりたいことがあるんだろ? 未練を無くして成仏するんだっけ?」
「あるけど言いたくないきょん」
「なんでだよ。それじゃ協力できないだろ」
「絶対笑うきょん」
「笑わねえよ。俺なんて本気の恋がしたいってのが夢だぞ。俺の全てを捧げたいと思える相手に出会いたい。どうだ、これで恥ずかしくないだろ?」
いいさ笑えよ。童貞脳って嘲笑え──
「ふふっ」
──その笑顔は、一言で笑顔と言っても決して馬鹿にするものではなかった。爆笑するわけでもなく、ただほんの少し口角を持ち上げて嬉しそうに微笑んだ。
「あはは、さすが童貞脳。それは寝てる時に見る夢きょん。幻想きょん」
「なっ、やっぱり馬鹿にしやがったな。お前も言えって」
「いーやきょーん。教えないきょーん」
「ぐ……卑怯だぞ」
「リンが勝手に言っただけじゃん。だから言わないきょーん」
舌をべーっと出してけたけた笑うキョン子。
語尾が絶妙にウザいが可愛くもあって許せてしまう。
「ヒントだけでも言えよ。じゃなきゃ手伝いようがない」
訊くとキョン子は「きょーん」と顎に指を当て、
「じゃあ、今の世界のことを教えて。日本でやり残したことはたくさんあるきょん」
「今の世界? 日本で? やり残したこと?」
「だって、元日本人きょん」
何を今更という顔でさらりと告げた。
「え⁉ そんな重大な事早く言えよ。お前の口はビックリ箱か」
やけに会話がスムーズに嚙み合うと思ったらそうだったのか。日本語を話せる理由も調理器具やドライヤーを使えた理由も説明がつく。
「ん? でも最初ハロウィンってなんだとか言ってただろ」
「ワタシの時代に無かったもん。あれ恥ずかしくないきょん? アホみたいきょん」
確かハロウィンが日本に来たのは1900年代後半だったか。
「じゃあ俺の顔見てきょんきょん言ってたのは? どうやらこの世界ではこの言語を~とか厨二っぽいセリフ言ってたじゃんか」
「ワタシは中学二年生じゃないきょん」
あ、厨二病とかも知らないのか。キョン子はむっと膨れて豊満な胸をどんと張る。
「最初はゴブリンかと思ったからゴブリン語で喋ったきょん。で、次はオーク語でリンに話しかけたきょん。……もしかして人間? って思って知ってる日本語を使ったきょん」
「超失礼! え、俺ってゴブリンかオークだと思われてたの?」
「ゴブリンにしてはイケメンだと思ったから安心していいきょん」
「全然嬉しくねえよ!」
これでも一日で忘れる顔には定評があるんだぞ? この前勇気を出して行った中学のクラス会なんて、名乗ってもみんなキョトン顔だったぐらいだ。はは、泣いていいかな?
「まあいいや。なんでキョンシーになったんだ?」
「転生したの。あんまり覚えてないけどトラックに跳ねられて、気づいたら魔界でキョンシーやってたきょん」
転生するのが普通みたいなテンションで言うなよな。
転生したらキョンシーだった件、ってか?
「死んで魔界って、人間の頃に悪い事でもしてたのか?」
「地獄と一緒にしないで。魔族が住んでる世界なだけで人間と同じように暮らしてる。血生臭い世界ではあったし戦わされもしたけど……多分善良な子どもだったきょん」
「そっか。え、もしかして魔法とかも使えたり?」
「きょん」
「まじか! なんか見せてくれよ」
「夜じゃないと無理。あと使ったら危ない物ばっかりきょん」
ちょっと残念だけどいいか。もうそんな物騒な世界とはおさらばしたわけだし、人間の時にやり残したことをたくさんしてくれれば俺も嬉しい。……あれ、俺も嬉しいのか?
「リン、最近の若い人は何してるの? 片っ端からやってみたいきょん」
「お、おう。お前の知らないことを俺が教えてやろう」
なんか楽しそうだしいっか。俺も暇だし女友達が出来たみたいなもんだよな。