21 残された時間を有意義に
翌朝。この部屋は日差しを浴びたら発火するキョン子のために常に雨戸を閉めているため電気を消していると真っ暗だ。スマホを付けると九時の表示。
いつもより随分遅い朝だ。隣りですやすや気持ちよさそうに寝ているキョン子。
寝顔も可愛くて、ぷにぷにのほっぺを触ってみた。
「んぅ……? もう朝きょん?」
「ごめ、起こしちゃったか」
「ふわぁ~。ご飯つくりゅきょん」
半開きの目を擦って起き上がる──かと思いきや、俺を抱き枕にして二度寝を始めようとした。いつもは俺が起きる頃にはご飯の支度をしているから珍しい。
「こ、こら。くっついちゃ駄目だって。ご飯の用意してくれるか?」
「今日のご飯はワタシきょん」
まだ脳が寝てるのか? お、おい服がはだけてるぞ。俺の身体をぺたぺた触るな!
「ちゃんと起きなさい。ほら布団出るぞ」
ぺちぺち頬っぺたを叩いてみると、ようやく意識がはっきりしてきたようだ。
ぷくっと膨れて、仕方ないという感じで身体を起こす。
最近の朝は肌寒かったが、キョン子のおかげかポカポカしている。
立ち上がって電気をつけると、キョン子はキッチンに向かった。少し申し訳ないが契約だから仕方ない。キョン子も料理を始めてしまえば楽しそうだ。
そして、いつも通り美味しいご飯を食べ終わる。
「ありがとな、キョン子」
「きょん!」
元気のいい返事だ。しかしすぐに昏い顔をする。
「リンはまだ学校行かないきょん?」
甘えんぼモードだ。うるうるした目で寂しそうに見てくる。
「今日は学校行かない。だから家で遊ぼうか」
するとぱーっと明るくなった。本当は今日も講義がある。というか一限はとっくに始まってるがキョン子を放っておけない。今は咲耶さんがいるし、頼めば教えてくれるだろう。
たまには学校をサボってまったり過ごすのも悪くない。
大学生なんてサボってなんぼだもんな。
「やったぁ! リンと一日中一緒きょん⁉」
「そうだ。何して過ごす?」
予想以上に喜んでくれた。俺もキョン子と一緒にいるのは嬉しい。
「外に行けないのが悔しいきょん」
「まーしょうがねえよ。夜は好きなところ行っていいから我慢してくれ。今からもキョン子のしたいことをしよう」
「じゃあ一緒に遊ぶきょん」
キョン子はきょんきょん鼻歌を歌いながらゲームの準備を進める。
ふと思い出したように、
「あ、そだリン」
「ん? どした」
「最初に出会ったのがリンでよかったきょん」
さらりと雑談みたいなテンションで言った。俺が酔ってないと言えないようなことを堂々と。まったく、急に現実に引き戻してきやがる。なんだか最後の別れみたいで悲しくなるだろ。
「……そういうことは言うなよ」
「ほんとに思ってるきょん」
「はいはい、ありがと。早く始めるぞ」
「リン、誤魔化すの下手すぎきょん」
俺だって理解はしてるつもりだ。早く決断をしなければいけないことぐらい。
現実に向き合わなければいけないことぐらい。
俺の選んだ道に行くとキョン子は言ってくれたけどいつまでも待たせられない。
今は昼だから魔界からの使者が来ることは無いだろうが、いつまた襲ってくるか分からない。その時に俺に出来ることなんてたかが知れてる。ならやっぱり、一つしかないのか。いやでも──
「リン。難しい顔してるきょん」
キョン子が心配そうに俺を見る。
テレビの液晶に映った俺は生気が抜けたように顔色が薄かった。
睡眠不足もあるが、きっとそうじゃない。
一分一秒が過ぎる度にこれでいいのかと不安になる。
その不安をキョン子に払拭してもらうなんて本末転倒だ。
「悪い。今日は遊ぶんだったな」
「きょん! やり込んだから負けないきょん!」
「ああそっか。俺が大学行ってる間はいつもゲームしてるのか?」
「それか漫画読んでる。あ、この辺のゲームは間違えてデータ消しちゃったきょん。これは面白かったけどこっちは微妙だったきょん。そっちのは──」
「待て待て待て。とんでもないこと言ったな? 俺のデータ消したのか?」
「最初操作が分からなかったから仕方ないきょん」
「よりによって千時間越えのデータじゃねえか! バックアップごと全部消しやがって」
「ごめんなさいきょん」
「……いや、いいって。怒っては無いから。あんまり」
「そんなことより早く始めるきょん」
「誤魔化したつもりか? ちょっとは反省してくれよ」
「きょん!」
元気だなおい。まあ悪気は無さそうだしキョン子が可愛いから許してあげよう。
とはいえ少しは引きずるな。まったく、消す時は一瞬で血も涙もない。
「あ──」
ふと、この瞬間に気づいたことがあった。
俺たちがどちらも傷つかずに済む方法だ。でもそれは最後の手段。出来れば使いたくない。
最善の方法ではあるかもしれないが、最良の結末には至れないのだ。
ゲームみたいにやり直しは通用しないから、最後の最後まで粘りたい。
「また難しい顔してるきょん」
「ごめん。始めるか」
「きょん!」
今はこれ以上考えても仕方ないか。
一旦思考を切り上げ、コントローラーを握ってゲームを起動した。
レースゲームや格闘ゲームで対戦した後は昼にピザの出前を頼んだ。
食べた後は俺の眠気が限界に達したのかいつの間にか寝てしまい、起きた時には夕方だった。キョン子も一緒にお昼寝したらしい。俺の肩に寄りかかって眠っている。
俺が起きたことで頭がカクンとずれてキョン子も目を覚ました。
「もう朝きょん?」
「まだ夕方だ。なんかうまいものでも食べに行くか?」
今から作るのは少し面倒だ。
出費はもう気にしない。金では買えないものもあるからな。
「ご飯……ご飯。きょ~ん」
「どした?」
お腹をさすって、二の腕を気にし始めるキョン子。自分の頬っぺたを横に引っ張って悲しそうな顔をする。壊れちゃったのか?
「最近、食べ過ぎかも。ちょっと太ったかもしれないきょん」
「え、いや全然そんなことないだろ」
栄養は全部胸に行ってそうだが。
女の子は数グラムの誤差にも敏感だと聞いたことがあるが、キョン子もそうなのか。
「向こうの世界ではあんまり食べれなかったし、こっちのご飯が美味しいから……」
また「きょ~ん」って犬みたいに鳴いた。深刻そうだけど面白い。
「じゃあ運動でもするか?」
「する。でも運動苦手きょん」
そういえば咲耶さんと戦い? をしてた時も子どものじゃれ合いみたいだった。ボーリングも下手だったし運動センスが無いのかもしれない。でも本当は強いんだよな。
「そうだな……プールとかどうだ? ナイトプールほど派手なのはこの時期やってないけど夜なら人も多くはないし良い運動になるだろ」
「……でも泳いだことないきょん」
「歩くだけでもいいぞ。そんなに深くないから溺れもしない」
「……でも寒いきょん」
「屋内だからあったかいぞ」
「……でも水着持ってないきょん」
「借りれるぞ。俺も無いし」
「……でも──」
「さては運動したくないだけだろ。それとも水が怖いのか?」
「むぅ、どうせリンはワタシの水着がみたいだけきょん」
図星をつかれたキョン子が水風船みたいに膨れてカウンターを放ってきた。
確かに俺が勧めた理由の大部分はそれだが。
「……他の奴らに見られるのは嫌だな」
「きょっ⁉ わ、わかった。そんなに行きたいなら行ってやってもいいきょん」
「え? 別に嫌なら他の場所でもいいぞ」
「プールでいい。脳殺してやるきょん」
なぜかメラメラやる気に満ち溢れたキョン子。
波乱の予感がしながら、一緒に温水プールに行くことにした。




