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19 デート

 学校から帰り家に入ると、玄関でキョン子が体育座りをして待っていた。

 俺に気が付くと膝に埋めていた顔を上げて瞳を潤ませる。


「どうした? 何かあったのか?」


 元気がない。今すぐ抱きしめたいけど俺は躊躇った。

 もしかしたらキョン子が消えてしまうかもしれない。

 おこがましいけど、俺がキョン子を愛したことによってキョン子の未練が晴れてしまえば、成仏して俺の前からいなくなってしまうんじゃないかと思った。


 だから不用意に触れられない。優しい言葉をかけられない。

 やるせない。もどかしい。俺は一体どうしたらいいんだ……。


「早く顔見たいなって思って、待ってたきょん」

「……」


 キョン子がごしごし目を擦って不格好に笑う。目が真っ赤に腫れているから、きっと一人で寂しくて泣いてたんだろう。そんなのずるい。我慢できるわけがない。


「キョン子、ただいま」

「うぅ……やめて。髪崩れちゃうきょん」


 俺は抱きしめる代わりに頭を撫でた。キョン子は口で言うほど嫌がらずに頭を自由にさせてくれる。サラサラな髪とキョン子の可愛い反応を楽しんでから、靴を脱いで上がる。


「リン。今日は夜もワタシが作ってあげるきょん」


 キョン子はいつも通りを演じようとしてくれている。なら俺も。


「いいのか? じゃあお願いしよっかな」


 普段は俺が帰ってくると寝っ転がってゲームをするか漫画を読んでいる。

 俺がせっせと夕飯の支度をしている間も「早くしろきょん」って急かしてくるんだ。

 でも今日は気分が違うらしく、俺はお言葉に甘えてキョン子に任せることにした。


 毎朝のご飯は(ちゃんと作ってくれれば)美味しい。朝は軽めのご飯だから夕飯はどんな料理を振る舞ってくれるのか楽しみだ。


 俺も手伝おうかと聞いたら「見ちゃだめきょん」って言われてしまう。

 誰かに作ってもらえるなんて少し前までは考えられなかった。漂ってくる良い匂いにお腹が鳴ると、こんな生活がいつまでも続いて欲しいと感じた。


「出来たきょん」


 三十分ほど待つとキョン子が料理を運んでくれた。

 店で見るようなふわふわのオムライス。それからコーンポタージュにポテトサラダだ。


「めっちゃうまそう」


 見ただけで絶品だと分かる。身体の方も反応し、唾液をじゅるりと飲み込んだ。スプーンを握って早速食べようとすると、キョン子にお預けを食らってしまう。


「まだ食べちゃだめきょん」

「なんでだ。冷めちゃうぞ?」

「仕上げがまだ終わってないきょん」

「仕上げ?」


 コクリと頷いて、キョン子はケチャップでオムライスに『LOVE』って描いた。

 メイド喫茶みたいに、Oの部分は♡。ちなみに自分の分は可愛い猫さんだ。

 そんなオムライスと真剣なキョン子を見て、悩み事が一時的に吹き飛ぶ。


「……上手だな」


 困惑もあり、残り少ないケチャップを絞るように俺は漏らす。

 これだけでも十分嬉し恥ずかしなのに、キョン子からトドメの一言。


「美味しくなるおまじないもしてあげるきょん」

「お、おまじない?」


 ちょっぴり期待する俺。キョン子は手でハートの形を作り、愛を注入してくれた。


「おいしくなーれ。萌え萌えきょんっ」

「……」


 目の前に天使がいた。キョン子はちょっぴり恥じらいながら、一生懸命オムライスを美味しくしようとしてくれている。俺は自然と口の端が吊り上がって、多分相当キモい顔をしていたと思う。心がきょんきょんしちゃいそうだ。


「リン? どうしたきょん?」


 汚いことを知らない子どもみたいにきょとんとしている。

 俺はきょどりながらキョン子の純粋さに漬け込み、欲求に従った。


「も、もう一回お願いします」

「萌え萌えきょん?」


 自信なさげにおどおどやってくれた。うーん、これはこれであり。ていうかやってくれるんだ。冗談だったんだけどな。


「なら次はもっと自信満々に頼む」

「萌え萌えきょんっ」

「いいね。今度は少しあざとく」

「萌え萌えきょんっ♡」

「いいぞ、最後は思いっきりはっちゃけて!」

「萌え萌えきょんっ!」


 とびっきりの笑顔で俺のハートを打ち抜こうとしてくるキョン子。

 俺の無茶ぶりにもよく意味が分かっていない様子で応えてくれた。

 今も次はどうすれば宜しいですかご主人様と言いたげな目でこっちを見ている。


 仔犬みたいなつぶらな瞳だ。よしよししたい。もう少し遊んで俺好みに教育したいところだが、変な事教えてバレたら流石に怒るだろう。せっかくのオムライスも冷めそうだしな。

 ふー。一回落ち着け俺。調子に乗ると冥土行きだぞ。


「えっと、どうしたんだ突然」

「オムライスを作ったらこうするって書いてあったきょん」

「間違いではないな」

「男の人は喜ぶって書いてあったから、リンも嬉しいかなって思ったきょん」


 キョン子はケチャップみたいに頬を染めて俯いた。今日はやけに甘々だな。


「あ、ありがと。嬉しかったよ。……出来立ての内に食べようか」

「きょんっ」


 俺の理性が残っているうちに手を引こう。今度こそ手を合わせていただきます。昨日みたいに食べさせ合うのかなとほんの少し期待してしまったが、キョン子は自分の自由に曲がる腕でぱくぱく食べ始めている。

 キョン子が期待するようにちらちら見てくるけど恥ずかしいからやめておいた。


 ……多分自分からは言い出せないんだろうな。俺もだけど。


 気を取り直して、いざ実食。スプーンで割るとケチャップライスと絡み合い、一緒に口へ。食べた瞬間服が弾け飛びそうな旨味が全身を駆け抜け、胃が躍り出すようだった。


 付け合わせのポテトサラダとコーンポタージュも店で出せるレベル。

 少し前まで質素なご飯を食べさせてきたとは思えない。


「全部うまい」

「えへへ、よかったきょん」


 キョン子と談笑しながら料理に舌鼓を打ち、ぺろりと平らげる。いつの間にかキョン子は普段より笑顔を見せるようになっていた。俺からしたらそんなキョン子が萌え萌えのきょんきょんだ。……何言ってるんだろ俺。要するに益々キョン子が可愛いって事で。


 なんというか、久しぶりにゆるりとした日常が流れていた。



 夕食を食べ終えた俺たちは今日も出かけることにした。昨日キョンシー軍団に夜襲されたばかりだが、どこにいようが危険度は変わらない。家にこもっていても変に意識してしまう。


 ということでなるべくいつも通りを送ろうと思った。

 口に出して確認し合ったわけではないが、キョン子も俺と同じ考えっぽい。


 とはいえ、いつまでもこのままではいられないのも分かっている。咲耶さんの言った通り、他の人間にとってキョン子がこの世界に留まることは迷惑でしかない。……認めたくないが。


 俺は先延ばしにしてはいけないと思いつつ、一分一秒をキョン子と過ごすことにした。難しい顔をしていると、キョン子も哀しそうな顔をするからだ。


「リン?」

「なんでもない。はぐれるなよ」

「きょん!」


 キョン子は自然に俺の手に指を絡め、肩のあたりに頭を預けてきた。

 気分転換に外着に着替えたこともあって、いつもよりガーリーな服にドキッとした。


「わぁ、おっきなちょうちんきょん」


 やってきたのは浅草。俺も来るのは初めてだ。せっかく東京にいるからメジャーなスポットには行っておきたいということで訪れた。周りにはちらほらカップルの姿も。


 傍から見たら俺たちも浅草デートを楽しむカップルに見えるのかな?

 ライトアップされた仲見世通りは幻想的な雰囲気がある。


「リン! あれ食べたいきょん!」


 キョン子が指を差して教えてくれる。ほとんどの店はシャッターが閉まっていたが、あげまんじゅうを販売している人がいた。二つ購入して熱いうちに食べる。


「んぅぅぅ~~~~~~! 美味しいきょん!」


 サクサクの食感とこしあんの甘みが絶妙だ。

 サイズが小さいから食べやすく、カスタード味も購入した。


「しあわしぇきょ~ん」

「だな。いくらでも食えそう」


 俺も同意すると、何故かキョン子はちょっぴり唇を尖らせる。腕にぎゅーっとしがみついてきたと思ったら、「幸せきょん」って囁いた。俺は動揺を隠すのに必死で、今度は同意してやることが出来なかった。こっそりキョン子の照れてる姿を見て、俺も幸せをかみしめる。


「お参りすっか」

「きょん!」


 恋人繋ぎに変えて、参道を歩く。こうして小さな手を包んでも、触るなと怒られることはもう無くなった。嬉しい反面、寂しくもある。別に性癖の話じゃない。なんていうか、うまく言葉に出来ないけど。キョン子がいなくなってしまう予感がした。


 その最悪の未来がよぎって、俺は強く握りしめる。


「リン? 手、痛いきょん」

「あ、ごめんな。……っと、賽銭投げるか」


 手を離して財布を取り出し、一緒に小銭を投げ入れる。

 カランカランと音を聞きながら、手順を踏んでお参りした。


「リンはなんてお願いしたきょん? ワタシは──」

「言ったら叶わないらしいぞ?」

「きょんっ⁉」

「まあ本人の頑張り次第だろ。遅くなる前に次行くか」

「きょん!」


 ということで浅草を後にする。電車に乗って押上駅で降り、東京スカイツリーにも行ってみた。出費はもう考えないようにして、展望回廊まで一気に上がる。

 目の前に飛び込んできた夜景に、キョン子は興奮しっぱなし。


「きょおおおおおおん!」

「どういう感想だよそれ。まあ気持ちは分かるけど」


 近くにいた子どもと同じようにはしゃぐキョン子は微笑ましい。正直、夜景よりキョン子を見ていた方が絵になるな。でもやっぱり高い金払っただけあって絶景だ。前に修学旅行で来た時は昼間だったけど、その時はこんなもんかって思った気がする。夜だとライトアップも綺麗だし厨二心がくすぐられる。……あとはやっぱり、キョン子と一緒だからだろう。


 名所でも、誰と来るかで見え方は随分違うんだろうな。


「わぁ、街が玩具みたいきょん!」


 俺の手を握ったままきょんきょん騒ぐキョン子。

 夜の街並みに負けないくらい目をキラキラさせている。


「世界ってこんなに広かったきょん?」

「これでも東京のほんの一部だもんな。俺たちの移動範囲も電車でいける所だけだし」

「もっといろんなところに行ってみたいきょん」

「そ──そうだな……」


 もっと、か。出来る事なら叶えてあげたい。けど、本人にその意思はもう無さそうだ。ただ言ってみただけって感じ。諦めたような眼差しが俺には目も当てられなくて、好きなはずの横顔から目を逸らした。


「リン、ソフトクリーム食べたいきょん!」

「ほんとよく食べるな。俺の財布事情もちょっとは考えてくれよ?」

「遠慮するなって言ったのはリンの方きょん」

「まあいっか。好きなの食え」

「きょんっ」


 俺がこんなんじゃだめだな。キョン子の方が辛いはずだ。

 心配かけないようにしないと……。

 展望デッキに降りて、ソフトクリームを買ってやる。

 閉店間際で少し申し訳なかったけど二つ頼んで、夜景を見ながら食べることにした。

 違う味を頼んだからか、キョン子が物欲しそうに俺のを見てくる。


「食べるか?」


 勇気を出してスプーンですくい、キョン子の口元に運ぶ。

 夜のテンションと雰囲気の後押しが無ければこんな大胆な行動に出れない自分が恥ずかしい。前やった時は非常時だったからしょうがないよねってメンタルだったからな。


「……はむっ」


 食いついた。キョン子は頬っぺたが蕩けそうなくらい緩んだ顔になる。


「えへへ、よく味わかんなかったきょん。はい、リンもあーんっ」

「ぁ、あーん」


 やばい。顔が熱い。俺も全然味とかわかんなかった。他人がやってたら爆発する呪いをかけるような行為をしてしまっている。好きな子と夜景を見ながら食べさせ合うという、俺の夢見たシチュエーションだ。そんなイチャイチャを楽しんだ後は、ガラス床のエリアに行ってみた。


 そこだけ下がガラス張りになっていて、一層の迫力と興奮を味わうことが出来る。


「きょっ⁉ きょきょきょっ、きょ~~~~~~ん」


 俺が先に床の上に立つと、キョン子はぶるぶる震えて俺の袖をちょこんと摘まんだ。

 どうやらこっち側に来れないらしい。


「どした? もしかして怖いのか?」

「きょんきょんきょんきょん!」


 テンパるときょんしか言えなくなるな。今は首をぶんぶん横に振っている。強がりめ。


「へー、じゃあこっち来いよ」

「ちょ、ちょっとお手洗いに行きたくなっただけきょん」

「ほぅ、逃げるんだな。足がすくんで動けないと」

「よ、余裕に決まってる! そそ、そんなに言うならやってやるきょん!」


 他の場所では平気そうだったけど、足場が透けるのは違うらしい。

 面白いからからかってみると挑発に乗ってくれた。


「り、リン? 絶対逃げたらダメだから。手離したら怒るきょん」


 落ちないように? 俺の腕をホールドして離さないキョン子。恐る恐る爪先でガラスを確かめる。一瞬両足で乗ると、すぐ飛ぶように安全地帯に着地した。


「ほ、ほら余裕きょん!」

「そんな涙目で言われてもな。でも無理しなくていいぞ?」

「うぅ……ほんとは、怖かったきょん」


 素直に白状してしょんぼりしてしまうキョン子。そんな反応をされると無理やり乗せてみたい。ガチ泣きしそうだからやらないけど。


「でも楽しかった。今日は連れて来てくれてありがときょん」

「いいって。また何回でも連れて来てやるよ」

「……きょん」

「どこ行きたい?」

「んー、遊園地とか? ジェットコースター乗りたいきょん」

「怖くないのか? 泣いても知らないぞ」

「むぅ、そんなお子ちゃまじゃない。平気きょん」

「ははっ、いつか昼間にも行けるようになるといいな」

「……いつか。楽しみにしてるきょん」

「ああ、楽しみにしてろ」


 俺は力強く即答した。スカイツリーを降りて、地上に戻る。

 人混みに紛れて帰路に就き、落ち着く我が家に帰宅する。

 今日は一日楽しかった。確かに存在した幸せを実感しながら、俺は寝る準備を進めた。

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