17 そういえばキョンシーだった
夕飯を食べ終え、後は寝る支度をするだけ。しかしここで大きな誤算があった。
「……お風呂、入りたいきょん」
熱を帯びた顔で、恥じらいながら言うキョン子。
「きょ、今日はいいんじゃないか? 寝て起きたら関節も曲がるだろ」
言っていて意味が分からないけど多分あってる。
「でも……良い匂いって思って欲しいきょん」
「俺は気にならないぞ? 大丈夫だって」
「きょぉ~ん」
そんな残念そうな顔するなよな。まあ、汗かいて気持ち悪いのも分かるけど。
「……からだ拭くだけなら。髪はシャンプーするだけでいいか?」
「……きょん」
控えめな、安堵するようなきょん。これはあれだ。衛生管理だ。下心は無い。お世話するだけだ。そう自分に言い聞かせ、お湯でタオルを濡らし、キョン子をベッドに寝かせた。
キョン子はバンザイをして無防備な格好になると、甘美な声を漏らして火照った。俺は覚悟を決め、タオル越しにキョン子の身体に触れていく。まずは首。簡単に絞め殺せてしまいそうなくらい細く、俺に身体を委ねている。肩から腕を伝い指まで行くと、脇の下を拭いてあげた。
「きょ……きょんっ……!」
「ちょ、変な声出すなって」
「だってぇ……辱められてるきょん」
くすぐったそうにするキョン子だったが、喜んでいるようにも見える。
「えっと、次行くぞ」
「きょ、きょん!」
いつでも来いとキョン子。ならば俺は服の中に手を突っ込み背中。足とお腹も綺麗にし、残すはデリケートな部分を残すのみ。俺は花園へと手を伸ばしていく。
「きょん────っ!」
ビクンと跳ねるキョン子。逃げ出すこともできず、顔を覆うことすらできない。
はぁ、はぁ、と息遣いが乱れていく。
どんどん官能的になっていくが、俺はキョン子に言われるがまま手を止めない。
そして熟れた果実のような双丘に触れると、分厚いタオル越しでも伝わってきて、互いに興奮が最高潮に達する。出来るだけ意識を他に向けようとするが、無理な話だ。
キョン子の溢れ出る喘ぎを聞きながら形がはっきりわかるくらい拭くと、ついに身体の隅々まで綺麗にしてあげることが出来た。
「え、えっと、ひとまず終わったぞ」
「……きょ……きょん」
気まずい。見てはいないし、タオル分の厚みはあったし、衛生面は大事だ。とはいえ意識しないわけがない。好きな女の子とするには刺激が強すぎる。でもまだ終わりじゃない。
「き、着替えも……したいきょん」
「な──っ⁉」
「リンなら、いいよ。後ろからなら、見られないきょん」
身体の奥底が疼き、熱が込み上げてくるようだ。可愛い。今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる。服を全部脱がして、そのまま何も着せずに身体中を堪能したい。
しかし、俺は躊躇った。
今日は色々あったから、きっとキョン子も弱っているだけだ。俺がそこに付け込むのは違う。だから今はまだ。問題が全て解決するまでは……。俺は不安を消し去ることだけに徹しよう。
俺が好きな気持ちは本物だって分かったからこそ、キョン子が本当に俺を想ってくれるまで待ちたい。いや、待てるのか? 無理だ。こんなに愛おしい。瀬戸際でせめぎ合う情欲。
やっぱり俺は、今すぐにでも──
「リン」
その逡巡が、キョン子にも通じたようだ。
「まだ……だめ」
意味は、よくわからなかった。
いや……わかったけど、そうであって欲しくないと思った。
──キョン子の未練。願い。成仏するトリガー。
それはあまりにも残酷だ。知りたくなかった。気づきたくなかった。
これだけ思わせぶりなことをして生殺しにするなんて酷い。でも、キョン子がいつもの寂しそうな顔をしていた。なら俺は、キョン子の望みを叶えてあげたい。
俺はいつまでも待っている。俺はずっと君を好きでいるから。
君と一緒に、苦しみたい──
「わかった。じゃあ、着替えよっか」
「きょん」
服を脱がして一糸まとわぬ姿にすると、ブラとパンツを着せてあげる。そしてパジャマを着せてあげた。あとは洗面所に行って顔と髪を洗ってあげる。タオルでわしゃわしゃしてあげると、ドライヤーで乾かしてあげた。それと歯磨きも。しゃこしゃこ磨いてあげた。
「ありがと、きょん」
「いいよ。もう平気か?」
聞くとキョン子は頬を赤くしてもじもじする。
「トイレは、一人で頑張るきょん」
「大丈夫か?」
「た、多分いけるきょん」
俺は一瞬想像しそうになり、頑張って打ち消した。
「じゃ、じゃあ。お、俺も風呂入ってくるわ」
「ご、ごゆっくりきょん」
他人行儀に言うと、俺も風呂に入って一日の汗を流す。
着替えて歯を磨いてあげるとお互いすぐに眠くなり、電気を消してベッドに入った。
「リン、いるきょん?」
「ここにいるよ。大丈夫」
キョン子は夜を怖がった。暗いところは今まで平気だったけど、昔を思い出して寂しくなったんだろう。一段と静かに、見えない何かに怯えているようだった。
俺はいつも壁際で寝ているが、今日はベッドのすぐ下に移動してキョン子の手を握ってやった。ドキドキはあまりない。自分の役目を確認したからだ。
キョン子の不安を少しでも軽減するための処世術として、俺はキョン子の手を離さないように握った。どこかへ行ってしまわないように握っていた。
しんとした空間。規則的な吐息になったと思ったら、キョン子が眠たそうな声で囁いた。
「リン、ごめんなさいきょん」
「謝らないでいいって言っただろ。俺は迷惑だなんて思ってない」
「でも……リンを巻き込んじゃったきょん」
「そんな風にも思ってない。キョン子のおかげで俺は今生きてるぞ」
「でも……」
「俺はキョン子と会えてよかったよ」
強めにぎゅっと握りしめる。するとほとんど添えるだけだったキョン子も力を込めてきた。
「ワタシも。最初に会ったのがリンで嬉しい。ありがときょん」
「ああ。最後まで協力するって言っただろ」
「そうだった。頼りにしてるきょん」
「任せろ」
……とは言ったが、俺は今日何もしてやれなかった。
ただの人間の俺は無力だった。
それでも、俺はキョン子の力になりたい。好きだから。
「おやすみ、リン」
「おやすみ、キョン子」
今日はひとまずキョン子の無事を喜ぼう。
昨日までよりぐっと近づいた距離で、俺は静かに眠りについた。