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16 殺戮

 キョン子は、信じられない光景を目の当たりにした。

 自分を抱いて走っていたリンが突如躓き、かと思ったら腹から血を流して倒れたのだ。


「リン! リン! しっかりするきょん!」


 いくら呼んでも返事はない。自分のせいでリンが? リンが死んじゃう? 何も悪くないのに。自分が巻き込んで、こいつらキョンシーが全部悪いのに。


 横たわるリンを見て、キョン子は気づいた。

 自分が恋をしていたこと。この感情は愛で、大好きな男の子を傷つけてしまったこと。それを理解し、反芻し、意識が乗っ取られるような激情に襲われた。涙で視界が滲む。拭って、平穏を壊したキョンシー共を睨む。


「きゃははっ! 人間って脆いわね。でもアンタが悪いのよ? 大人しく言うこと聞かないしその人間が逆らうのが悪いの。ねえ、みんな!」


 十体のキョンシーから嘲笑を浴びる。

 弱者を虐げ、自分たちに逆らう者は容赦なく殺戮するクズ共だ。魔界でも他種族を滅ぼして自分たちの帝国を築こうという馬鹿げた思想を掲げている。


 狂った奴らだ。そのせいで、リンが怪我をした。

 許さない。許さない。許さない。


「何か言ったら? このざーこ! なんでアンタみたいな無能が選ばれたのよ。悔しかったらその力であたしたちを殺してみれば?」

「アハッ、無理っしょ。だってこいつ虫一匹殺せない弱虫だもん。いつも泣いてばっかできょんきょん五月蠅い落ちこぼれだもんねぇ!」

「言えてるわ。だからさ、その力よこしなさいよ。アンタが死ねばまた新しい冥級キョンシーが生まれるって噂よ? 主はアンタに札を貼って操ることに拘ってるみたいだけど、やっぱり事故で殺しちゃいましたーってことにすればいいわよねっ!」


 リンと契約したように、特殊な札を貼られて命令を下されれば殺人鬼にだってなる。

 それが嫌で逃げてきたのに、人間界にまで使者を送られた。従わなければ殺すとも言ってきた。奴らは本気だ。そういう奴らだ。殺しが日常で快楽なサイコパスだ。


 最強の力? なんだそれ。冥級キョンシー? そんなの成りたくない。

 もっと普通で、当たり前の幸せが欲しかった。

 リンと笑って、たまに喧嘩する生活を送りたかった。

 それを邪魔する奴らはみんな──


「もう面倒だから殺すわ! さよなら!」


 狂ったように笑い、キョン子に襲い掛かる十体のキョンシー。キョンシーは身体能力が高く、魔法を使うこともできる。そして満月の夜には一層獰猛さを増す。


 つまり、今宵はキョン子を殺すための条件が揃っている。

 キョンシーたちとて、キョン子の隠された力は警戒していた。普段は気弱で身体能力も人並以下の出来損ない。なのに時折暴走し、敵国をこれまでに三つ一人で沈めたのだ。


 その恐怖と、出来損ないのはずのキョン子が褒められ自分たちの先を行く嫉妬心から、キョンシーの軍団は本気でキョン子を殺す気でいた。油断も隙も見せなかった。


 にもかかわらず、闘いは圧倒的だった。


「ぎやああああああああああああああああああ!」


 断末魔が響く。一人、また一人と重なり、轟く。

 そのダミ声を、氷のように冷淡な声が打ち消す。


「死ネ」


 キョンシーたちは戦慄した。

 自分たちの片腕を千切って、つまらなそうに捨てたその怪物に。


 満月の光を吸収したような銀髪。優しく包み込むような青色をしていたはずの瞳は、血で塗ったような緋色を帯びて煌めいている。


 その少女──キョン子は、リンに回復魔法を施し、周りを囲む敵を睥睨する。


「殺スぞ」


 一言発すると、血潮が舞う。

 目で追えぬ速さの攻撃。何をされたか分からないまま、キョンシー軍団は血を流す。


「こ、この……お前如きの分際で調子に乗るなあああああああああ!」


 リーダーのキョンシーは果敢に挑む。

 死にかけてなお挑むのはプライド。それと、ここで死んでも平気だからだ。

 魔界に本体があり、分身──いわば幻体をこちらの世界に飛ばしたに過ぎない。


 異なる世界間の移動は、それこそキョン子が使った高度な転移魔法か、サキュバスが使ったような特別な遺物が必要なのだ。転移魔法を習得できる者はキョン子以外にほとんどおらず、また遺物による転移は一方通行で魔界に帰還することが出来ない。


 故に、キョンシーたちは分身のみを転移させてきた。

 それは本質的には死なない体。だが、痛みと恐怖はリアルに感じてしまう。

 リーダー以外のキョンシーは、既に心を殺されていた。


「お前タチは、リンを傷ツケタ。ゼッタイに許サナイ」


 無機質な声。キョン子は魔力を練り、高密度のエネルギーを形成する。それを解き放ち、十体のキョンシーを骨も残さず殲滅した。


 光が収束し、晴れる頃には血の一滴も残さず消滅していた。

 撃退に成功したキョン子は、力を使い果たす。

 記憶を残さず、泣き疲れた子どものようにすやすや眠りについた。



***



 そんな光景を俺は途中から見ていた。

 にわかに信じがたい。刺されたはずの腹はキョン子が治してくれて、綺麗さっぱり元通り。


 それより信じられないのは、キョン子の強さだ。途中から人が変わったように圧倒的な力で捻じ伏せた。今はぐっすり眠っている。その寝顔が可愛くて、俺はつんと頬に触れてみた。


「ん……んぅぅ……」


 くすぐったそうに目を開けるキョン子。札から見え隠れする瞳は元に戻っている。


「リン?」

「よかった、無事だなキョン子。覚えてるか?」

「きょん?」


 必死に思い出そうとしているみたいだが、何も覚えていないらしい。でもまあ、キョン子が戻って来てくれて本当によかった。好きだから。一緒に居られるだけで十分だから。


「帰ろっか」


 また敵が襲ってくるかもしれない。

 そっちの対策もするとして、今は帰って疲れを癒そう。

 キョン子に手を差し伸べて起こそうとすると、


「立てないきょん」

「ん?」

「腕……と、足も曲がらないきょん」


 最初に出会った時みたいに、ばたばた手を振り回している。

 起き上がろうとしても尻餅をついてしまう。玩具みたいだ。


「え、なんで?」

「なんか体も痛い。全身筋肉痛みたいきょん」


 動きを封じる札は貼っていない。

 ということは、力を使い果たしてこうなっちまったってことか。


「……休めば治るかな? とりあえず俺が運んでやるよ」

「きょん」


 お願いしますと、キョン子が無抵抗で身を預けてくる。

 俺は顔が熱くなりながら抱きかかえて、キョン子に気づかれないようにいつも通りを演じた。キョン子の柔らかさが伝わってきて気を抜くと変なことを考えそうになる。


 サメのぬいぐるみも拾ってやると、キョン子が俺の腕の中で人形とお喋りを始めた。


「しゃーきょん! しゃーきょーん!」


 サメは「しゃー」って鳴かないぞ? とツッコミを入れ、笑いが起きる。

 これでいい。この笑顔を見ていたい。俺は気づいてしまったこの気持ちを、今はまだ口にせず締まっておくことにした。今伝えるのはずるい気がして、それと言ってはいけないような予感がしたんだ。今はそれよりも……。大好きなキョン子が無事だったことを喜ぼう。



***



「おいキョン子、あんまり動き回るなって」


 力を使い切り、夜なのに関節が曲がらなくなってしまったキョン子。首と腰回りの可動域はあるものの、足と腕は棒みたいにピンと伸びている。移動は手を前に伸ばしてバランスを取り、ぴょんぴょん飛び跳ねて進む。可愛いけどなんか可哀想だし俺が虐めてるみたいだ。俺が蛇口をひねるとキョン子が手を洗い、水を口に含ませてやるとうがいをした。


「がらがら……ぺっ。お腹空いたきょん」

「俺が作るから座ってろ……あ、一人じゃ座れないか」


 膝が曲がらないから、お尻から落ちるしかない。痛いだろうだから俺が支えてやると、なんとか座ることに成功した。


「カレーだけどいいか?」

「きょん!」


 魚がいいって言ってたけど冷蔵庫には余り物しかない。

 カレーなら手間も少ないし栄養もあるし美味しい。人参、ジャガイモ、玉ねぎを適当に切って、豚肉もあったから使う。ぐつぐつ煮込むとカレーの匂いが立ち昇り、キョン子がお腹を鳴らした。「きょっ⁉」と急いでお腹を押さえる。


「はい、出来た。一緒に食べよう」


 家を出る前に炊いておいた米とカレーを二人分よそい、キョン子の前においてやる。

 キョン子はスプーンを持ったが、伸びきった腕では口まで運べない。顔を近づけて頑張るも届かず、涙目になってしまった。


「食べれないきょ~ん」


 お預けをくらった仔犬みたいだ。もう少し見ていたいが手伝ってあげよう。


「ほらキョン子。あーん」


 諦めて犬食いを始めようとしたキョン子に、俺は「あーん」で食べさせることにした。これ以外方法ないし、しょうがない。恥ずかしいけど、しょうがない。キョン子は顔を赤らめてはにかむと、ぱくっと食いついた。


「あーむっ。……んぅ! 美味しいきょん!」

「よかった。たくさん食えよ」


 身体は立派な大人なのに、小さい子のお世話をしているみたいだ。

 俺は変な気分になりそうなのを抑えながらどんどん食べさせた。

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