72.モルガンとアーサー
「ライスっていう料理……おいしかったなぁ……また食べたいなぁ……」
「ですねぇ、お土産もたくさんもらっちゃましたけど、今日はもうたくさん食べたのでつまみ食いはだめですからね、アーサー様」
「う……」
夜食としてこっそりとつまもうとしていたアーサーだったが釘を刺されてうめき声を上げる。すっかりケイに逆らえなくなっているのだった。
「ああ、わかってるって……それにしてもあいつら何をあんなに喜んでいたんだろうな……」
カンザスに招待されたパーティーを終えたアーサーとケイは帰路についていた。アーサーは単に珍しい料理を食べていただけなのだが、なぜかカンザスとエリンにさすがですとほめられた上に、スローダからはそれだけ気に入っていただけたのならばと明日の朝食用にといくつか包んでもらったのである。
てっきりなんか話でもあるかと思ったが、本当に美味しい料理をくれただけだったな……
カンザスは商人だということで警戒しておけとモルガンに言われていたため何かあるだろうと気を張っていたのだが本当に食事だけで終わってしまった。
彼と話す時間もあったのだが、「食料問題に関してはまた後日エリンから話させていただきますので、本日は料理をお楽しみください」と言われてしまったのだ。
単なる気前のいいおっさんだったな……またよばれたら行ってみよう。
とすっかり気を許すアーサーだった。詐欺とかに引っかかりそうである。
「じゃあ、ケイ。俺はモルガンに今日のことを報告してくるよ」
「はい、お湯とベッドの準備をしておきますね。モルガン様と仲が良いのは良いことですがあまり夜更かしをしないでくださいね」
「え、ついてきてくれるとうれしいんだけど……」
「うふふ、婚約者様との逢瀬の邪魔をするほど野暮ではないですよ。ちゃんとベッドメイキングをしておくのでご安心くださいね」
ケイが婚約者に会いに行くアーサーをからかってきたのでげんなりとした言葉で返すがなぜか微笑ましそうに笑っている。確かにアーサーとモルガンの関係性は前回の人生よりは改善されている。彼がかつてモルガンに言われたように政治や様々なことを学ぶようになっているし、モルガンも彼と話す機会を増やしていることから明らかだろう。
だが、人の心のわからないアーサーはモルガンの言葉足らずな本心に気づくことができていないこともあり、相変わらず苦手意識があった。
あいつと二人っきりかぁ……気が重いな……ケイは何かを勘違いしているのかいっちゃったしなぁ……
と心の中でぼやく。婚約者であり、ともに十五歳ということで十分大人扱いされる年齢なのでケイが気を利かせたのは別に勘違いでもなんでもないのだが、恨めしそうにため息をつく。
そして、アヴァロンの彼女の部屋を見つめるとまだ明かりがついているのを確認してむかう。
「モルガン、今いいか?」
「ええ、大丈夫よ。パーティーお疲れ様。どうだったかしら?」
ノックして扉を開けると書類とにらめっこしているモルガンが顔を上げるのが見えた。だいぶ夜遅いがこんな時間まで仕事したらしい。
こいつはいつもこんな時間まで頑張っていたんだな……
そう思うと少しだが、モルガンへ尊敬の念が生まれてくるから不思議だ。
「ああ、なんの問題もなかったぞ。美味しいごはんをご馳走になっただけだからな」
「そう……わかっているとは思うけど、相手は商人よ、うかつな約束をすれば足元を見られるわよ。変なことはしなかったでしょうね?」
少しじとーとした目で見られアーサーか前の人生でのトラウマか冷や汗が流れてくるのを感じだ。そして、先ほど芽生えた尊敬は掻き消えて恐怖がわいてくる。一時的に彼女の視線から尊敬の念を感じた時期もあったが、全てが偶然だと説明してからは彼女の反応はもとに戻った気がする。
とはいえだ……今回のパーティーでは珍しいものを食べさせてもらい、雑談をしたくらいである。食べっぷりが良かったのか無茶苦茶褒められはしたものの特に変なことはやらかしていない。
「ああ、何の問題はなかったぞ。そういえばおなかすいていないか? これをお土産にもらったんだ。食べようぜ?」
「お土産……見たことない食べ物ね。ちょうど小腹も空いていたしいただこうかしら」
仕事で疲れたモルガンに夜食を……などという優しい気持ちではもちろんない。単にアーサーが食べたかっただけである。
ケイにはくぎを刺されているもの、モルガンのためにという大義名分があれば許されると考えたのである。実にせこい。
「これは……変わった食糧ね……」
「ああ、異国の主食でライスというそうだ。こうやって、並べておかずと一緒に食べると美味しいんだ。本当は温めるともっといいらしんだけどな……」
アーサーはテーブルの上にスローダがやっていたようにして、ライスと料理を並べていく。勉強はなかなか覚えないアーサーだったが、こういうことの覚えは早いのだ。
普段は食いしん坊だとケイをからかっているが彼もまた人のことは言えないのである。
「なら……こうしましょう。火よ、風よ、我が前で踊りたまえ」
「うおおおお!?」
料理にめがけてモルガンが魔法を放つと、慌てて後ろに下がったアーサーをよそに熱風が生れてならべた料理を包み込む。
びびったぁ……こいついきなり魔法を使うなよ。
脳内で突っ込みながら料理が無事かと視線を送ると、料理に湯気が立っているのに気づく。
「おお、すごいな。料理がほかほかだ!! 魔法って本当に便利だな!!」
「これぐらいちゃんと習っていればできて当然よ」
簡単なように言っているモルガンだが、もちろん容易なことではない。風と火の魔法を絶妙な威力と範囲でコントロールする神業である。
神経をかなり使うのだが、なぜ仕事で疲れている彼女が頑張ったかというと……
「でも、お前が魔法をこんなことに使うのなんて珍しいな」
「だって、あなたが私のために持ってきてくれたんでしょう? だったら美味しく食べなきゃ罰が当たると思っただけよ」
そう、アーサーがわざわざ自分のために夜食を持ってきてくれたのが嬉しかったのである。ここで、「ありがとう」とか、「嬉しい」とか言えばよいのだが、素直に感謝の言葉を言いなれていないモルガンは遠回しに感謝の言葉を伝えることしかできなかった。
「ああ、そうだな……」
別にお前のためではなく、単に俺が喰いたかっただけなんだけどな……などとは空気が少し読めるようになっているアーサーは言わない。
こいつもよっぽどおなかが空いていたんだな……
モルガン語検定5級くらいのアーサーにはいじらしい彼女の気持ちなんて一切通じずそんなことを思いながらホカホカのライスとおかずを口にするのだった。
この食事がきっかけでブリテンを危機から救うことになるとはだれも思わなかった。もちろんアーサーに至っては考えてすらいなかったのである




