71.料理人の意地
スローダは流浪の民である。彼が住んでいた集落は大国によって支配されてしまい、いろいろな国をまわり流れに流れエリンの父であるカンザスに雇われた。
そしてスローダは努力した結果、単なる部下ではなく、カンザスの右腕とまで言われるようになった。なぜならば、カンザスはスローダたちの旅慣れた経験と、様々な国の知識を行商に役立てて、お互いが助言しあって貴族の職位を買うところまで商会は大きくなったからである。
そして、カンザスがあてがわれたのは本来ならばあまりうまみのない王都から遠くにある山地だったが、そこはスローダたちの故郷と気候などが似ており、カンザスの許可を得てスローダは、離れ離れになった自分の民族を呼び寄せて、安住の地を手に入れていたおり、お互いが支えあっているのである。
「これはおもしろい穀物だな」
ある日カンザスが視察に来ていると、スローダの一族が植えていたお米を見て興味深そうにつぶやいた。詳しい話を聞くと、カンザスは小麦が主流の食生活に新しい風穴をあけようと食べ物を探していたらしい。スローダとしても故郷の食材が評価されるのはうれしいし、王都のお店で自分の誇りともいえる故郷の味が食べられるようになるのは魅力的に感じたので、彼に協力することにしたのだ。
だが、結果は散々だった。
貴族も招待したカンザスのパーティーで、スローダは一生懸命ライスを使った料理を作った。ライスは一番質の良いものを厳選し、付け合わせのおかずもちゃんとブリテンの人間の好みにあわせるように何人もの人間に味見をしてもらい調整した。
同じ故郷の友人はもちろんこと、嫁と子供にも手伝ってもらい、「みんな美味しく食べてもらえたらいいね」と話し合ったものだ。だが、招待された貴族はスローダが自信満々に出した料理に手を付けることはなかった。
彼らはスローダの用意した料理を一瞥しと苦笑すると、ブリテンの伝統料理にのみ手をつけて去っていたのである。
そして、それだけではなかった。彼らは誰もいないと思ったのだろう、スローダがたまたまお手洗いにいるときにこんなことを話していたのである。
「あの料理を見たか? あんなよくわからないものを出してくるとは常識がない」
「ああ、移民の出したへんな料理だろう? 誇り高きブリテンの貴族があんなものを食べると思ったのかね。あんなものは平民か家畜のえさだろうよ」
「はは、しょせんはカンザスも金で貴族になった人間だからな。我々生まれたときの貴族のとは違うのさ」
故郷の領地を馬鹿にするような言葉に頭に血が上ったスローダだったが、何とか抑える。ブリテンで貴族の立場は高い。ここで問題をおこせばカンザスにも迷惑がかかるだろう。
そして、貴族の中にもわかってくれる人間はいるはずだ。そう思って、パーティーのたびに料理を出し続けた。
中には食べてくれた人間もいたがその表情は硬く、カンザスに頼まれたからというのがバレバレだった。現にその貴族はライスをワインで強引に流し込んだのである。あれでは、味何てわかるはずもなかった。そうして、スローダは貴族が大嫌いになったし、ブリテンでライスを広めることはあきらめていたのだ。
「頼む、スローダよ、もう一度だけチャンスをくれ。平民に偏見のないアーサー皇子ならばきっとお前らの食事にも興味を持ってくれるはずなのだ」
「わかった。そのかわり今回で最後にしてくれ」
「ああ、もちろんだ。私からアーサー皇子にライスのすばらしさも説明しておく、だから、安心してくれ」
恩のあるカンザスにそう言われたら断ることはできなかった。そして、打ち合わせでは最初にブリテンの料理を出して、その後で目玉料理としてライスをだすことになった。
おそらくだが、カンザスはアーサー皇子が残してもおなかいっぱいだったのだと自分を納得させようとしているのだろう。そして、少しでもアーサー皇子が食べたと伝われば彼と近づきたがっている貴族や、彼の動向に興味をもっている平民たちもライスを食べてくれるかもしれない。
確かにこれまでよりもライスを食べてもらえるかもしれない。
だが、それに何の意味があるというのだ? 俺は料理人だぞ!! 本当に美味しいと思われてもいないのに広まった料理に何の意味があるというのだ?
スローダには料理人としても、故郷の料理を愛する者としてもプライドがあった。カンザスにはライスを広めたい理由があるようだが、これだけは譲れない。だから、彼は段取りを無視してアーサーにライス料理を差し出したのである。
人は不意打ちされたときに本性が出る。だからこそ打ち合わせにない行動をとったのである。
その結果は驚くべきものだった。見慣れない料理だというのに彼は興味深そうに見つめてくれて、自分の説明を聞いてくれている。
そして、なによりも彼が浮かべた笑顔だった。
「おお、楽しそうだな!! ではさっそく頂くとしよう。俺はお肉と一緒に食べてみるぞ。ケイはどうする?」
「はい、ではお言葉に甘えさせていただきます。私はお魚と一緒に食べてみますね」
その言葉と共にアーサーとそのメイドはライスに手を付けてくれたのである。そして、それはもう本当に美味しそうに食べてくれたのだ。
ほかの貴族の様に馬鹿にする様子は一切なく……ほかの貴族の様にごまかすように食べるわけでもなく……本当に本当に美味しそうに食べてくれて……スローダは思わず涙を流しそうになるくらいだった。
そして、彼らの食事がひと段落着いた時だった。
「その……我らの料理をこんなに美味しそうに食べてくださってありがとうございます」
「ああ、本当に美味しかったぞ。これってブリテンでも簡単に栽培できるのか?」
アーサーはそんなことを聞いてきたのだ。そして、エリンがはっとしたように目を輝かせる。
「ほう……さすがですね、アーサー様。私たちの考えなんてすでにお見通しということですね」
元々カンザスがアーサーをこのパーティーに呼んだのは、ライスの普及である。アーサーが美味しそうにたべたことによって、他の参加者も口をつけはじめている。
なぜ、栽培できるか、これを聞いた理由はピンときた。アーサーは平民たちの人気が上がってきている。そして、人はあこがれの人間の真似をするものだ。彼らはアーサーが食べたと言えばライスを口にするようになるだろう。
アーサーはカンザスたちの目論見を完全に理解してふるまったのだろうか? すさまじく聡明なかたである。
だが、スローダが美味しそうに食べてくれたのが演技だったら悲しいなと少し気を落としていた時だった。
「難しい話よりも今日は美味しいものをたべるのだろう? おかわりはないのか?」
「あ、アーサー様お肉ばかりじゃダメですからね。ちゃんとお野菜も食べてください。ほら、ピーマンが残ってますよ」
「わかってるって……他の組み合わせも試してみたいんだが、おすすめを教えてくれ。その……野菜の味をごまかせる奴がいいな……」
アーサーをメイドの少女が注意するとばつが悪そうにほほを書いている。そして、その自然体にスローダは確信した。ああ、この人は本当に我々の料理を楽しんでくれているのだと。
「少しお待ちください!! とびっきりの組み合わせをお教えしましょう!!」
かつてないほどモチベーションのあがるスローダだった。
実際この時代のヨーロッパらへんの人からのライスの評価ってどうなんでしょうね……
馬鈴薯をかわりにするのはよく聞きますが……
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