105.ランスロット
「ランスロット……帰ってきたのだな。お前はまだ俺の息子を恨んでいるのか……?」
「もう、終わったことでしょう? 今の私はただの護衛の騎士ですよ」
カーマインにランスロットは愛想笑いをして退出する。これはもちろん嘘ではない。真実である。本当にどうでもよかったのだ。
元々ランスロットはこの領地で名を上げた騎士であり、砂漠の民とも交流を深く交流をしていたのだ。
「アグラヴェイン様の命令でここに向かえと言われてやってみたが、あのころと変わらないな……君の願いはかなっていないようだよ」
テラスに出て、城下町を眺めるランスロットは昼の騒動を見て、大きくため息をつく。
「だけど……砂漠の民すらも身をていして救おうとするアーサー様ならばこの軋轢を解消できるだろうか」
ランスロットは胸元から虹色に輝く美しい色の枝があしらわれたネックレスを取り出してひとりごちる。
ランスロットは別にアグラヴェインの派閥というわけではない。牢獄から出してもらったという借りこそあれ、彼はあくまで騎士とは民衆を守る存在であるという考えを持って生きている。
だから、アーサーを見極めろと言われたときもくだらない派閥争いに巻き込まれたと思っただけだった。砂漠の民と関係なければ今回の事は引き受けなかっただろう。
「アーサー様か……最近の評判は良い。だが、どんな人間か見極めさせてもらおう。もしも、皇子の器でなければ……」
そんなことを思いながらアーサーと合流とすると、メイドと何やらいちゃついいる姿だった。
その少し先で婚約者であるモルガンが悲しそうな顔をしているのが見えて……いつものように体がうごいていた。
「あなたが噂のモルガン様ですね、本当に美しい。しかも、人妻とはまさに最高です。私にあなたの護衛をさせていただけないでしょうか?」
婚約者を悲しませる男など守る価値もない。そう思い傷心中である彼女に優しい言葉をかけたのだが、予想外の反応をされる。
「あいにくね、私には護衛はもういるの。それに知らない相手に触られるのはうんざりよ。アグラヴェインは部下に礼儀もおしえていたいのかしら?」
その手を叩かれたのである。そして、彼女はアーサーに身を寄せたのだ。その表情は完全に信頼してる相手で……
遠目に見たことはあったがいつも冷たい目をしたモルガンがこんな表情をみせるということに驚き、思わずランスロットもアーサーに興味をもった。だが、道中の彼からは特別なものは何も感じることはできなかった。
「だったら、私に護衛をまかせてはいただけませんか?」
目的地につき、なにやらバザーへと足を運ぼうとしている彼らに声をかけるとアーサーが敵愾心に満ちた目で見てくる。
「他の派閥の人間が護衛だと……面白い冗談だな」
それなりに殺気のようなものを放って見つめ返すもアーサーはビビりながらもモルガンを守ろうとしている。ランスロットは少し驚きながら楽しい気持ちに襲われる。
ほう……王族でありながら、私の殺気から婚約者であるモルガン様を守ろうとするとは……
本当は前世のことを思い出して、びびっており、むしろモルガンが倒してくれないかなとか思っているだけなのだがランスロットがきづくはずもなかった。
そして、バザーでの言動は皇子っぽくない……どちらかという庶民のような反応で驚く。
屋台などの食事には躊躇なく口にして、商人などにも自分から話しかける。慣れた様子に世間知らずという印象は消えて、どちらかという自分の目で何かを確認しないと気が済まない……まじめな性格のように感じられたのだ。
そんななか、一人の少女がアーサーを見つめているのに気づく。身なりは貧しく、しかも砂漠の民である。
殺気はないがその視線は獲物を見る目だ。楽しそうに騒いでいるその姿はよい獲物に見えるだろう。
そんな彼女がアーサーに近づいていくのを察したトリスタンが止めようとするのを邪魔する。
トリスタンが驚きの視線で見つめてくるが、無視する。彼が砂漠の民をどう扱うかを見てみたかったのだ。そして、財布こそすられたものの、見事砂漠の民を捕らえることに成功した。
「おなかが空いているのか?」
「ええ、そうよ。だって仕方ないでしょう。ご飯を買うお金もないんですもの」
ここで彼が感情のまま、権力をふるって処刑を命じるようならば、砂漠の民との対立は避けられないものとなるだろう。
だが、アーサーの次の行動は予想外のものだった。
「そうか……それはつらいよな。これをやるから財布は返せ」
「……いいの?」
そう、食料を分け与えたのだ。貴族としては甘いがその甘さはランスロットとしては好ましい反応だった。
「あー、ほら、あれだ。民が飢えているのは彼女たちのせいではない。領地を運営しているものの責任だろう? つまりは俺たちにも責はあるんだよ」
モルガンにせめられて苦笑しながら答えるアーサーの言い訳は苦しい。そもそも砂漠の民はブリテンの民ではないのだ。
苦しい言い訳にモルガンがおこるかと思いきや予想とは違い、苦笑ですましているのだ。その様子から。アーサーはとんでもない英知をもっているという噂を思い出す。
てっきりモルガンの印象操作だと思っていたが、彼女の瞳からは強い信頼が感じられるのだ。
ならば……これはもしかして、これは彼の策略のはじまりなのだろうか?
そう思った時に地面がわずかに揺れているのを感じ、神経を研ぎ澄ませると視線に気づいた。殺気はないがただものではない人間が気配を消してこちらをうかがっているのだ。
何者かの行動に気づいたのは砂漠の民に詳しい自分だけかと思ったが、アーサーがにやりと笑っているのに気づいた。
まさか彼は砂漠の民と接触するために、この子供に施しをあたえたのだろうか?
そう、頭によぎった彼はサンドワームの接近に気づいたトリスタンとモルガンの動きを制止する。ここで魔物を倒したら彼の策略が失敗に終わってしまうだろう。
そして、見事その身を挺して少女を守った目の前に現れたのは虹色の木のイヤリングをした砂漠の民であった。
「……ブリテンのアーサー皇子は戦闘力はないと聞いていたからどうするかと思っていたけど、まさか砂漠の民を身をていして守るとは……」
「ミランダお姉ちゃん!?」
「……砂漠の民だろうが、なんだろうが痛いのは嫌だろうが。子供ならなおさらだ。当たり前のことだろう? それよりもお前は何者だ?」
当たり前のように答えるアーサーに砂漠の民のミランダと呼ばれた少女の目に敬意がこもるのがわかる。
なるほど……これを見越して彼は助けたというのか?
あの不思議な色の木は確か砂漠の民の中でもえらい人間がつけられるものだったということをランスロットは知っている。あの子に教えてもらったし、かつてランスロットが前線で砂漠の民の部隊長を捕らえた時にもっていたからだ。
「まずは試したことを詫びさせてください。アーサー様!! 私の命はどうなっても構いません、お話をきいてもいただけないでしょうか? 砂漠の民は今『死の軍団』のせいで絶体絶命の状態にあるのです」
「気にするな、王族たるもの。試されることには慣れている。それでいったいどうしたんだ?」
そして、砂漠の民の少女の無礼にも彼は当たり前とでもいうかのように答える。あっという間に砂漠の民の協力者を得たその手腕に驚きつつも、これからどうするのかと思っていたのだが……
彼のカーマイン男爵との会話で悟った。アーサーはどうやら砂漠の民について色々と調べていたらしい。
そして理解する。先ほどの少女とのやりとりも『万能の実』とそれを手にいれるためなの策なのだと。
かつて人を利用した貴族を思い出してランスロットは表情をゆがめる。だけど、それと同時に彼女と語った夢が思い出される。
「ねえ、ランスロット……もしもさ、かの聖王みたいな人が現れたら砂漠の民とブリテンはまた手を取りあえるのかな。
夢見る少女の言葉をランスロットはかみしめる。
「アーサー様……私にはまだあなたがわからない。ですが、もしもあなたが聖王と同じ道を進んでくださるならば……」
わずかな期待をいだいてランスロットはアーサーの寝室の方を見つめるのだった。
今月の29日にこの作品の二巻が発売されますので、よろしくお願いします。
表紙はアーサーとガウェイン、マリアンヌとなります。
よろしくお願いします




