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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その他の短編集

料理って残酷だね

作者: 皿日八目

※リョナです 苦手な方はお戻り下され

 昼でも夕方でもない中途半端な時間のせいか、スーパーの中はすいていた。


 最近ではめっきり見なくなった天然の人魚の解体ショーだというのに、海鮮コーナーに集まった人の数もまばらだった。


 でもそのおかげで、僕とお父さんは一番見やすい場所に陣取ることができた。


 台の上の、大きなまな板に乗った人魚は、僕より少し背丈が大きかった。ちょうど、大きめのマグロくらいの大きさに見えた。といっても、僕は本物のマグロを見たことはまだないのだけれど。


 人魚は身じろぎひとつしなかった。もちろん、太いロープで縛り付けられているせいだ。きれいな目を大きく見開いていた。


 時間になると、裏手からはっぴみたいな服を着たおじさんが出てきた。お客さんが少なくても、おじさんはにこにこしていた。僕も思わず笑顔になった。


「お待たせしました ではこれから 生鮮人魚の解体ショーを始めたいと思います」


 ぱらぱらと、まばらな拍手が起こった。僕とお父さんの拍手が一番大きいみたいだった。


「や やだ……」


 人魚が何かつぶやいたけど、人魚の言葉は僕にはわからなかった。お父さんにもわからないみたいだった。


「人魚の解体は 上半身と下半身で別々のやり方となります どちらを先にしてもかまわないのですが ……じゃあ坊や どっちが先に見たいかい?」


 おじさんが急に話しかけてきたからびっくりしたけど、好きに選んでいいのは嬉しかった。


「えっと じゃあ ヒトのほうから……」


「上半身だね わかった そっちからやろう」


 おじさんはうなずくと、台の下から何かの道具を取り出した。僕も使ったことのあるピーラーにそっくりだったけど、それよりずっと大きくて、刃も長かった。


 それを見て、人魚の目はいっそう大きく見開かれた。


「人魚のヒト部分の皮は あまり美味しくありませんし 栄養もありません 煮物にするときは味も染み込みにくくなるので このような専用のピーラーを使ってすべて剥いてしまいます」


 僕とお父さんはふむふむとうなずいた。


「人参やじゃがいものを皮を剥くのと何が違うの と思うかもしれませんが やってみると案外難しいのです あまり深く剥き過ぎると 貴重な人魚の肉が減ってしまいますし 出血させ過ぎるおそれもあります ……わたしの給料にも響くというわけですね」


 客の何人かがくすりと笑った。


「ですから なるべく表面だけをきれいに剥くようにします やってみせましょう ではまず 右手から」


 おじさんが、人魚の右手に巨大ピーラーをあてがった。


「やっ やだ やだやだやだ やめてよ お願い! ねえ やめてよ!」


 人魚が何かを言って、右手を振りほどこうとしたけど、おじさんの動きのほうが速かった。

 

 ずりゅ。


「――ッ!! 痛いいたい痛い痛い!」


 右手の表面の皮が、きれいにぺろりと剥けた。ちょうど手形みたいな形の皮が、少しも崩れずに剥がれていた。おお、という低い歓声が客の間から漏れ聞こえた。


「いたい…… いたいよう…… どうして…… わたしは……」

  

 今では赤い肉みたいになった人魚の右手から、ぽたぽたと血が垂れた。人魚の目からも、何か水みたいなものがぽろぽろこぼれた。


「ねえ お父さん あれ何?」


「あれは涙だよ 昔から住んでいる動物は ああやって目をきれいにするんだ」


「ふうん」


 僕は何か、もっと別の理由がある気がしたけれど、物知りなお父さんにそれを言って笑われたら嫌だから、とりあえず黙っていた。


「おっと そうだった 忘れずに爪も取らなくちゃいけませんね これはちょうどウロコみたいなもので 固くて食べられないんですよ」


 おじさんは、ピーラーの取手の部分についたでっぱりみたいなものを、人魚の右手の爪にあてがった。


 人魚は何をされるかわからないのか、涙を流しながら怯えた顔をした。


「それっ」


 べりっ。


 おじさんが力を込めると、人魚の爪が音を立てて剥がれた。また何か人魚は声を上げて、目から流れる……涙だっけ? それの量が多くなった。


「あっ あっ あっ ひっ やめて…… やめてよ……」


「なんて言ってるんだろうね?」


 僕はお父さんに訊いてみた。


「わからないな たぶん 虫の鳴き声みたいなものじゃないか あまり複雑な意味はないだろう 仲間とかを呼んでるのかもしれないね」


「えっ でも ここは海の中じゃないよ?」


 僕はびっくりした。


「そうなんだけど お父さんやお前と比べるとあまり知能が高くないから 身の危険を感じたらとりあえずサインを送るんだよ 」


「じゃあ ……頭がよかったら 捕まらなかったかもしれない?」


「最近はめっきり見なくなったからね そうかもしれないね」


「よろしいですか では 引き続き皮と爪を剥いていきますよ」


 おじさんの声で、僕は解体ショーに引き戻された。おじさんの手際は見事で、人魚の皮を人参みたいにぺりぺり剥いていった。


 人魚の体の白かった部分はどんどん減って、その代わり赤くて、血の滲む部分が増えていった。


「やだあ やだよう…… いたい! いたい! ああ……」


「もうやめて…… こんなの…… なんで…… ううう……」


 腕の皮を一息で剥かれたり、お腹の皮を取られたりするたび、人魚はうめいて何かを言って、目から水を流したけど、やっぱり一言も意味はわからなかった。


 そうこうするうち、あっという間に人魚の上半身は、顔以外は真っ赤な肉になった。台から滴り落ちた血が水たまりを作っていた。


「これで皮むきはおしまいです ちなみに 顔の皮は剥きません どうせ首ごと後で斬り落とすのでね」


「ううあ……」


 人魚は憔悴しきっているように見えた。おじさんはそれに構わず、今度は台の下から、大きな包丁を取り出した。


「では 下半身の処理に移ります といっても これは魚を捌くのとあまり変わりはないのですが」


「ひっ……」


 ちょうど、ヒトの上半身とのつなぎ目の部分に包丁を当てると、人魚が小さく悲鳴を上げた。


 おじさんが包丁を押すと、めりめりと音を立てて、ウロコが引き剥がされていった。


「あああああ! 痛い! いたいよ! やだっ やだ! やめて いやあ!」


「ウロコを剥がされるのも痛いのかな」


 人魚があまり大声を出したので、びっくりした僕はお父さんに訊ねた。


「どうも そうみたいだね」


「人魚のウロコは大きく 間違って口に入れると大怪我をしてしまいます だからこうやって丁寧にていねいに取っていくことが大事なんですね」


「……痛いいたい痛いいたいたいたいたい……」


 おじさんは言葉通り、丁寧に包丁を当てて、まんべんなくウロコを削ぎ落としていった。


 人魚の体がぶるぶると震えたけど、とてもしっかりと縛られていたから、それ以上は少しも動けなかった。


「もうやだ…… どこ…… お家は…… どうして……」


 ウロコが完全に剥がれ落ち、下半身がつるつると白くなるころには、人魚はもう大声を上げなくなっていて、その代わり小さな声で、何やらずっとつぶやいていた。


「食べ合わせがあまりよくないので 上半身と下半身は切り離すことが多いのですが それはもうちょっと後のことです これから魚の部分を捌きますが 切り離さないほうが鮮度を保てるのです」


 おじさんは客たちに説明したが、何人かはもう飽きているらしく、あくびをしたり、見切りをつけて去っていったりした。


 僕とお父さんは最後まで見ることにした。


「捌くのにはこちらの包丁を使います」


 おじさんは刀みたいに長い包丁を抜いた。人魚も、もう何がされるかわかったらしく、首を激しく振った。目からあふれる涙が飛び散った。


 おじさんは、僕たちで言うならちょうどふくらはぎあたりの場所に包丁をあてがうと、一気に貫いた。


「ぎ あ あああああ!」


 ひときわ大きな声を上げて、人魚の体が跳ね上がった。しかしおじさんは動じず、のこぎりのように包丁を使って、上手に下半身を捌いてみせた。


 血が滝のようにあふれ出て、台をいっぱいにして床まで滴った。人魚は自分の血の中に横たわって、泣きながら繰り返し同じような音の言葉を繰り返していた。


「わたしの足 足が 帰れなくなっちゃった もう」


「ご覧の通り 人魚には血抜きを行いません 陸上でも問題なく生きられるため 加工する直前まで生かしておくというのがセオリーとなっています」


 その頃には見物客が僕たち二人だけになっていたけど、おじさんは変わらずに説明した。


「では 次に切り離しを行います これまた大仕事なのでね 見ていてくださいよ」


 切り開かれた足と、血が止まらず滲み続けている上半身とのちょうど境目に、おじさんは包丁をあてがった。


「え…… なに…… どうするの……?」


 人魚が何かつぶやいたときには、もうおじさんは包丁に体重をかけていた。


「……! あっあっ やっ いたい痛い痛い! ああ やだ やだあ! やめてよう やめて やめて やめてやめてやめて……」


「ここの接合部分は ひどく頑丈にできていて なかなか切断することは難しいのですが わたしもプロなのでね お客さんをがっかりさせるようなことはしませんよ そらっ!」


「あ あう や いっ ひっ! あっ やっ 死んじゃう 死んじゃう 死んじゃう 死んじゃうよ……」


 おじさんが何度も力を包丁に力を込めるたび、人魚は悲鳴を上げ、泣き叫んだ。ぶちぶちという音が聞こえて、どくどくと血が包丁の下からあふれてきた。


「よっと!」


 最後に一声大きく叫ぶと、包丁が一気に下まで通って、無事に切り離されたことがわかった。


 僕とお父さんは拍手をした。お客さんがもっといた時に起きた拍手と、あまり音の大きさが変わらなかった。


「ああ……」


 人魚はため息のような声を出して、またその目からは涙がひとしずく流れた。おじさんは切り落とした下半身の断面を見せてくれた。


 でも、これは上半身もそうだったけど、なんだか赤黒くてぐちゃぐちゃしているだけで、何もわからなかった。


「これで解体ショーはほとんど終わりです でも ここまで付き合ってくれたお客さんに 今回は特別サービスということで 天ぷらを味わっていただこうと思います」


 やった! 僕は嬉しくなった。人魚なんて、最後に食べてからいつぶりだろう。最後まで見てよかった。


 でも、そんなにつまらないとは思わないのに、どうして他のお客さんはいなくなっちゃたんだろう。


「他の人も残ってたら 食べられたのにね」


 僕はお父さんに言った。お父さんも、そうだな、と言ってうなずいた。


「では 天ぷらにする前に 最後の仕上げとして 首を切り落とします」


 おじさんは血と脂でねとねとしている包丁を置いて、新しい包丁を取り出した。それを人魚の首にあてがっても、もう人魚はあまり動かなかった。


 ただ、首をわずかに動かして、僕たちのほうを見た。まるで初めてそこに人がいたと気づいたみたいだった。


 人魚と僕の目が合った。すっかり血の気の失せた顔をした人魚が、口を開いた。


「助けて……」


 包丁が振り下ろされた。首が落ちて床にごろりと転がった。まだこんなに残っていたのかとびっくりするほどの血が噴き出して、スーパーの床を赤く染めた。


 おじさんは人魚の首を青いバケツに入れると、天ぷらを揚げる用意にとりかかった。


 人魚が最後に僕を見てなんと言ったのかは、ぜんぜんわからなかった。


 おじさんは血まみれのはっぴを着替えると、首のなくなった人魚の上半身を少し切り取り、衣をつけて揚げ、僕とお父さんに渡してくれた。


 渡された天ぷらだけを見ると、あんなに泣いたり呻いたりしていた人魚の姿の面影もさっぱりわからなかった。何だか普通の天ぷらに見えた。


「お父さん」


 僕は天ぷらを眺めて言った。お父さんはもう口の中に入れていたので、返事の声がふがふがしていた。


「んん?」


「料理って残酷だね」


「うーん まあ でも うまいぞ?」


 僕は天ぷらを口に入れてみた。


 お父さんの言う通りだった。


 

 天ぷら 刺し身 親子丼 姿煮 ハンバーグ 串焼き 開き おかしら

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